117話 暗殺者 その四
一方的に僕が悪い、そう決めつけることは彼にとって、どれほど都合がよく、心地のいいものだったのだろうか。それは僕にはわからない。
しかし、ふたを開けてみれば恨んできた男はただの傀儡であり、殺したところで何の意味もないのだ。それに、王国側の言い分も理解してしまった。そう、王国はただ、帝国から領土を守っただけなのだ。
こちらの事情を知ってしまった以上はもはや一方的に僕を恨むことはできない。少し考えれば誰でも思い当たることではあるが、向こうからすれば自分は養父を殺された被害者であり、それ以上の考えはわいてこないのだ。
今彼は自分の中の倫理観で板挟みになっているのだろう。自分は養父も仲間も殺されている。しかし、敵は敵で国を守っただけだし、仲間が殺されたのも自衛の一環に過ぎない。
一方的にベストール・ウォレンを恨んでばかりもいられないのではないか。そんな考えが自分の暗殺者としての使命感を鈍らせているに違いない。
あともう一押しだ。
「そろそろ、話を戻そうか」
「…………」
「別に僕はお前が優秀だから見境なしに部下にスカウトしたわけじゃない。僕なりにお前を部下に置くことでメリットがあると思ったからそうしたんだ」
「メリット、だと?」
「もし、仮にお前が僕の下につくことで、戦争の回避、あるいは帝国、王国、両国の被害を最小に減らすことができたとしたら、お前はどうする」
「どういう、意味、だよ」
少年は僕の言葉にひどく動揺していた。無理もない。あまりにもスケールが大きすぎる。ただ、少し話をモってはいるが。
この暗殺者を味方にすることで僕がやろうとしていることの結果として、そういう風に働かなくもない、という話である。
「そのままの意味だよ。今お前がこの場で首を縦に振れば、僕ならそういう風に事を運ぶことができる。そうでないなら……まあ、王国は滅ぶかもしれないけど、ただじゃ滅ばないってことだけは覚えておくといい」
「…………」
不敵に笑いかける僕とは対照的に少年は心拍数を上げ、目を見開き、脳みそをフルに回転させていた。僕の考えが読めないのだ。僕が何を考えているのか、まるで予想がつかない。そういう顔である。
当たり前だ。僕が考えてることなんて、僕以外にわかるはずがない。何なら僕だっていまいち考えがまとまりきってない。
それに、こんなこと、僕以外は誰も思いついたって実行しようとはしないだろう。
「返答を聞かせてもらえると嬉しいんだけど」
「……本当に、お前のもとにつけば、死者を、俺のような孤児を、減らすことができるのか」
「ああ。少なくとも増えることはないよ」
「根拠は」
「話せない。まだお前のことは信用しきれていないからね。でも、信じてほしい」
僕がそういうと、じっと僕の目を少年はのぞき込んだ。ここで目をそらしてはならない。それにしても、こうまざまざとみてみると、なかなかに端正な顔立ちをしている。女には苦労しないのだろうな。羨ましい。
「…………」
「…………」
しばしの沈黙ののち、少年は観念したようにうつむき、静かに「わかった」と口にした。それを聞いて、僕は自分のシチューを少年の口に流しいれてやり、「よろしく」といった。
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