110話 口下手皇子様
休日明けの学校初日。教室の隅にて、なんとも僕の心は落ち着くことなく我ながらなんとも厄介な方向に話を運んでしまったことに後悔していた。
なぜ自分はあの皇子に同情してしまったのか。適当に突っぱねればよかったではないか。
皇子の人間性の批判の前に自分のこの甘さをどうにかしなければならないような気がする。
そんなことを思っていた時だった。
「おはよう。ベストール」
ガーラン王子が僕のもとにやってきた。
「なんだか顔色が悪いな。体調でも崩したのか?」
「あー、いえ、別にそういうわけじゃないんですけど」
僕はこの王子に謝らなければならない。これから僕はこの王子に面倒ごとを押し付けなければならないのだ。
そんな風なことを思いながらバツの悪い顔を浮かべていたその時だった。
「やあ、ベストール。兄さんと何を話してるんだ?」
なんともさわやかな笑顔とともにフレデリック王子が現れる。
この王子にも僕は謝らなくてはならない。罪状はガーラン王子と全く同じものである。ああ、心苦しい。
そう思っていた時、僕の悩みの種である人物が教室に入ってきた。
ヘンリー皇子である。皇子はいつもと何一つ変わることなく、しかめっ面で護衛の一人に席の確保を命じた。
しかし、そこからの皇子の行動はおそらくは人生で初めての経験をしようとしているからなのか、なんともぎこちなく、皇子としての風格などありはしない。なんともいびつなものであった。
まず、心を落ち着けるために深呼吸をして、目を見開き、そして歩みを始めた。それはおよそ教室の隅の席方角であり、ありていに言ってしまうと僕の座する位置である。そして予想通り皇子は僕の前に現れると制止する。
そのそぶりに何事かと二人の王子は身がまえた。
「い、イイテンキダナ、ベストール・ウォレン」
「え、ええ……、そうですね」
なんで片言。どんだけ緊張してんだ。僕相手にその調子でどうすんだ。
「が、ガーランにフレデリックも、お、オハヨウ」
「あ、ああ。君から挨拶をしてくるなんて、珍しいこともあるものだな。おはよう」
「あ、ああ」
ヘンリー皇子からのあいさつがずいぶんと珍しかったのか、二人はかなり動揺していた。確かに自分から挨拶に行くようなタイプではないわな。
そう思いながら僕は立ち上がった。
「少し失礼します」
深い理由も告げずにこういった場合は大抵、便所であると王子たちは判断してくれる。そのため、たいして理由も聞かれずに僕は解放された。
しかし去り際に僕はヘンリー皇子の耳元で二人に聞こえない程度に「肩の力を抜いてください」と告げた。
そんなキザな去り方をしては見たものの、本心は単純に片言状態のヘンリー皇子を見るのがなんともむずがゆかったからである。
とはいえ、下手に僕が助け舟を出すのもよくない。あの皇子自身が自ら変わらなければ意味がないのだ。
それにぶっちゃけ、あまりなつかれるのも嫌なのだ。すでにフレデリック王子もガーラン王子もなぜか僕の引っ付き虫のようになっている現状を鑑みるに、下手なことをするとヘンリー皇子の場合もそのように事が運ぶ可能性がある。
これ以上はロマンスを持て余す。ほかの貴族たちから嫉妬を買うのは御免である。
それに、お世辞にも僕の顔は整ったものではないのだ。比べられるのも心苦しいのである。
ある程度ほったらかしにして自分から変わってくれることを願うとしよう。
そんなことを考えながら僕は用を足すのであった。
しかし、いまさらながら皇子が部屋に押し掛けてきたときはかなり驚いた。旦那様からの手紙もあったからその件で皇子本人から圧をかけに来たのかと思ったほどである。
いや、これが芝居で後々の布石として僕に接触しに来ているという可能性も否定はできないが、まあ、おそらくはないだろう。ないと信じたい。
もっとも、そうだとしても僕にはどうすることもできないのだが。銃のことに関しては旦那様に一任している。もはや僕一人が動いたところでどうにもならない問題なのだ。
さて、用も足し終えた。教室は今頃変な空気が流れているかもしれんが、僕の知ったことではない。すべてはヘンリー皇子の責任である。
そんなことを思いながら僕は恐る恐る教室の扉を開いた。
するとそこには和気あいあいと一人を囲んで話す王子たちの姿があった。なんとも異様な光景である。言わずもがな、その中心にいる人物の存在がそれだけ強いということである。
自分にはとてもまねができることではない。この手があったかと自分も感心してしまうほどである。
その人物というのは、アリーシャである。
根っからの主人公。まごうことなき主人公の風格を身にまとうその少女は一部を除き人間関係の構築には定評がある。
底抜けの善人であり、若干の天然。それがカンフル剤となっているのか、王子たちの間に絶妙な距離感を作り出している。
そう、よくよく考えればこれは乙女ゲームの世界。逆ハーレムルートだって僕がよく知らないだけで存在している。
完全に盲点であった。初めから何も考えることなくすべてアリーシャに丸投げするべきだったのである。
教室の入り口で僕は一人、自分の心労のなんと無駄だったことかを嘆くのであった。
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