11話 秘策
ダイエットが開始されてから早一か月。
「ひぃ、ひぃい!」
その日も相変わらずエリザベートはうめき声をあげながら巨体を揺らしていた。
現在は弱音を吐きながらとはいえ、エリザベートもそれなりの分量をこなすことができるようになってきた。今は三十分くらいはヘトヘトになりながら走ることができる。毎度死にそうになっているが、大きな進歩である。
それから、見た目にも少しだけ変化が現れている。いや、最初がひどすぎたからと言えばそうなのだが、若干、贅肉が減り、超デブから普通のデブくらいになっている。
「大丈夫ですか、お嬢様?」
さすがに一緒に走っている僕も厳しくなり、速度を落とす。
「!」
僕が振り向いた瞬間、エリザベートは盛大に地面に体をたたきつけ、ベチャっという音とともに体液を周囲にまき散らす。うわぁ……何回見てもひでぇ。
「いきてますかー」
「い、生きてるわよぉ!」
かすれた声でエリザベートはそう言い返すと僕をにらみつけてくる。相変わらずエリザベートは親の敵と言わんばかりに僕のことをにらみつけてくるが、さすがにもう慣れて何も思わない。
「お嬢様すごいですよー。今日は三十分も走ったんですから」
「ふ、ふふふ、当たり前よ、あたしを、ゼェ、誰だと、ハァ、おもってるの」
「いや、そんな息切らしながら言われても……」
最近はエリザベートも僕がふてぶてしいことを言ってもあまり突っ込まなくなった。奥方公認ということもあるのだろうが、やはりエリザベート自身が慣れてきたというのが大きいだろう。
「早く起き上がってくださいよ。朝食がさめてしまいます」
「む、無理、引っ張って行って」
「またですか……」
ただ、慣れが全部いい方向に働くというわけではなく、こうして侯爵令嬢のかけらもないようなことを平然と要求してくるようになってしまっている。
僕はため息をつきながら台車を近くから運んでくると、その上にエリザベートを酒樽でも運び込むかのように手慣れた手つきで乗せた。
はじめはもちろん僕も反対したが、そのたびに駄々をこねるため、仕方なく一回だけと許してしまったのがいけなかった。おかげでここ一週間はこのざまである。全く持っていい迷惑だ。
「しっかりしてくださいよ、まったく……」
僕は仕方なくエリザベートを館まで引っ張るのであった。
「そういえば、今日ってエインベルズ家の方々が来られるんですよね」
エリザベートを引っ張りながら僕はそう口にした。
あの手紙を見て以来、僕は今日という日が恐ろしくていてもたってもいられなかった。
作中において、ニーナ・エインベルズは伯爵令嬢でありながら従順なふりをして陰でエリザベートを言葉巧みに操る狡猾な人間であった。
もし、そんな人間とのかかわりをエリザベートから断てたのならエリザベートの破滅エンド、それに追随するベストールの破滅エンドも回避できるのではないだろうか。
そんなことを毎日考えてはいるのだが、奥方から二人に干渉するなと言われている以上、僕は直接的には何かをしてはいけない。完全に八方塞がりである。
そのため、僕は一つの秘策を考えた。
「今日はめいいっぱい楽しんでくださいね」
僕は歩みを止め、らしからぬ満面の笑みをエリザベートに向ける。
「……? なに、急にどうしたの? あなた、そんな人間だった? 言われなくてもそうするつもりよ?」
「いえ、お嬢様はわかってませんね。考えてもみてください、お嬢様。お嬢様の初めてのお友達になる方なのですよ? そう、僕のような召使ではなく、お友達なのです! お嬢様」
「え、ええ。そうね」
「きっと将来、一番最初のお友達として、“親友”となられるに違いないでしょう」
「し、親友?」
少し高揚させながらその言葉にエリザベートは食いついた。やはり、エリザベートは友達がいない分、年相応に、多少なれどもその手の情の深いものに興味があるらしい。
「そうです! いつ、いかなる時もお嬢様のお心を支える最高の存在、そんな方と今日、お嬢様は出会うのです!」
僕がそう言い切った瞬間、エリザベートは自ら立ち上がり、ムフーと大きく息を吐く。
「ベストール! あなたの言う通りだわ! たまにはいいことを言うじゃない! 今日は絶対に邪魔しないでよ!」
完全にやる気になったエリザベートは疲れなど忘れ、僕を置いて食堂に走り去ってしまった。
……計画通りだ。
あのエリザベートのことだ。放っておいても突拍子も無いことをしでかすことだろうが、あれだけ念押ししておけばもっと酷いことをしでかしてくれるに違いない。
そう、秘策とは、何のことはない。僕が直接関与できないのならばエリザベート本人に初対面でニーナ・エインベルズに最悪の印象を植え付けさせてしまえばいいのだ。
さて、これで僕は安心して今日という一日を乗り切ることができる。
まあ、念のため、尾行くらいはしてもいいのかもしれないが……最近色々あって(主にエリザベート関連)働きすぎな部分があるし、今日くらいはゆっくりしてもいいだろう。
そう思うと急激に眠気が僕を襲い、思わず大きなあくびがこぼれる。そして一回背伸びをした後、僕は自室に戻って二度寝を開始するのであった。
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