101話 鍛練 その二
僕の質問に答えることなく、システィはただ泣きじゃくった。それは、答えなかったのか、それとも答えられなかったのか、僕には判断がつかない。しかし、僕はなんとなく前者のような気がした。
言葉ではどれだけ僕を恨んでいないといっても、本心まで偽れるわけではない。きっと、僕はそれなりにシスティに恨まれているはずだ。
とはいえ、十中八九僕が原因だろうが、さすがに泣き出す原因まではわからない。
「泣きたければ涙が枯れるまで泣いてもらって結構です。ですが、私は見てしまった以上、あなたを放置することはできません。ラザフォード殿がどのように思われてるかは存じませんが、一応は顔見知りですからね。ですから、落ち着いたら原因を教えてください。多分、私が原因でしょうから」
僕が説教じみた言葉を並べると、システィは泣き崩れ、地面に座り込んだ。
「……私にもわからないんだ」
のどからひねり出すかのような声だった。一文字発しただけで涙があふれ出て止まらないのだろう。
「考えがまとまらなくてもいいんじゃないですか。吐き出すだけでも楽にはなるものです」
僕がそういうと、ぽつりぽつりとシスティは胸の内を語りだした。
確かにそれは言葉に表すには複雑なもので、とっさに言葉が出てくるものではなかった。
「私は、なんでこんなにもふがいないんだろう」
「…………」
「皇子の護衛に抜擢されて、舞い上がって、それがどうしてこの程度なんだ」
「…………」
「貴殿も思っていたのだろう? こんな女がなぜ皇子のそばにいるのかと」
「思いませんよ」
「嘘をつくな……なら、どうして最初、手加減をした。私程度、本気を出す必要もないと判断したからだろう……!」
「……否定はしません。ですが、ラザフォード殿の実力であれば十分殿下の護衛は務まることでしょう」
「私のことを赤子同然に扱っておいて、何をいまさら……」
そう言ってシスティは歯を食いしばった。
「はっきり言えばいいだろう! お前は弱い! お前ごときが偉そうにするなと、そういえばいいだろう!」
「…………」
唐突に怒りだし、怒鳴り散らすシスティに僕は何一つ反論することはなかった。きっと、今は正常な判断ができないのだ。
こういうのは黙って受け入れてやるのが一番本人のためになる。変に反論すればそれはいたずらに相手の心を傷つけるだけだ。
「物心ついたころから剣を握って、必死になって今の地位にたどり着いて、プライドだけが大きく膨れ上がって、天狗になっていた私を笑え! 貴様の足元にも及ばない私を笑え! でなければ私が貴様を憎めないだろうが!」
「…………」
「そのほうが貴様もいっそのこと楽だろう。そうしてしまえばこんな面倒でヒステリックな女に気を使うこともなくなるし、心置きなく私をコケにできる。本心では思っているのだろう? あの時だって弱いくせに調子に乗る私をあざ笑っていたのだろう! そうだと言え!」
「……………」
「何とか言ったらどうなんだ!」
システィの怒りなのか、悲しみなのか、妬みなのかよくわからない罵詈雑言を聞き、おそらく、システィ自身、本当に何に対して涙を流していたのか、わかっていないのだろうと僕は思った。
しいて言うのであれば、僕にプライドをへし折られたことによる自己嫌悪といったところだろう。
僕がシスティを負かしてしまったばかりに、彼女の中の何かが壊れたのだ。
「私を慰めたいのなら罵詈雑言の一つでも浴びせて見せろ! そうでなければただ、私がただ惨めなだけだ! 勝手に思い違いをして、勝手に悪くもない貴殿を恨んで、貴殿がいったい何をしたというのだ……」
そう言い終えると、またもシスティは瞳を抑え、大量の涙を流す。
その間の少しの沈黙が、ずいぶんと僕には長く感じられた。そして、その間、システィの言葉の整理を行った。
そして導き出された答えは、システィは一人では抱えきれないものを背負っていたのだろうというものだった。
きっと、皇子の護衛というのはかなり精神をすり減らすものだったのだろう。しかし、今まで積み重ねてきた剣術が自分への自信につながり、それが心の支えとなっていたのだろう。
しかし、それを今日、僕が打ち砕いてしまったのだ。それも、あまりにも残酷な形で。
格下だと思っていた相手に手も足も出ずに敗北するというのが、いったいどれほどシスティの心に圧し掛かったのかは僕にはわからない。
わからないが、しかしそれは少女が今まで積み重ねてきたものを打ち砕くには十分なものだったのは間違いない。
それはやがて、行き場のない怒りに変わったことだろう。しかし、すぐに気づくのだ。僕を攻め立てるのはお門違いであると。だからと言って命令した皇子に文句を言うのもおかしな話である。
そして、これは完全に相手の実力を見誤り、慢心した自分の落ち度なのである。そう、システィは結論付けたのだ。
しかし、そうなれば今度は砕かれた心に、さらに自己嫌悪が混ざってくることになるのだ。
自分の剣術はたかが知れている。こんなものでは皇子を守ることはできない。
自分に才能はない。
お前に才能はない。
お前は無力だ。
これ以上、無駄なことをするな。
そんな想念がシスティの心をかき乱したことだろう。結果、鍛錬中にすべてが決壊したのだ。
どこにも吐き出すことができず、抱え込んだ結果がきっと今なのだ。
ああ、完全に原因は僕だ。あの時は皇子のことで頭がいっぱいでシスティのことまで頭が回らなかった。
これは僕が責任を取る必要があるだろう。
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