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1話 理不尽な豚令嬢

 目の前がとりとめのないカラフルな幾何学模様に埋め尽くされる奇妙な感覚のもと、水を吐きながら僕は目を覚ました。


 いったい何が起こったのか、わけもわからず周囲を見渡す。


「おお、ベストール! 目を覚ましたか!」


 初老の男性が涙ながらに僕を抱擁した。その横では不機嫌そうな恰幅のいい少女が僕をにらみつけていた。


「お前がおぼれたときはどうなることかと思ったぞ!」


 ああ、そうだ。僕はおぼれたんだ。でも、なんでおぼれたんだっけ。


「ふん! あんたが助けてくれなくたって私は平気だったんだから」


 ああ、そうそう、この子を助けるために泉に飛び込んで、逆に僕がおぼれたんだ。


 ……って、あれ? 僕はここでいったい何をしてたんだ? 確か、昨日は普通に学校に行って、いつも通り帰ってたら事故にあって……あ。


 その瞬間、僕はすべてを思い出した。


 自分があの日、交通事故にあってあっけなく死んでしまったこと。


 そしてこの世界に転生したこと。


 現在の僕は八歳のベストールという少年だということ。


 そして目の前の初老の男性は父親で屋敷の使用人をしていること。などなど、とにかく、すべてを思い出した。


 そして特筆すべきは、僕は最後に気づきたくもない最悪の真実を思い出してしまう。


 この世界は、生前で中学生の妹がはまり込んでいた乙女ゲームの世界なのだ。


 タイトルは「ドキドキ! 恋のお姫様ランド」というなんとも頭の悪そうなタイトルで、アニメ化もされていた。


 名前のわりにわりと面白いアニメだったため、僕も妹と一緒に見ていたから大体のあらすじは覚えている。


 物語の中でのベストールというキャラクターは、意地悪な悪役令嬢の使用人という設定の、主人に似て意地悪なキャラクターであった。


 そして、その主というのが……


「いつまでボサッとしてんのよ! 早くあたしの着替えを持ってきなさい!」


 この傍若無人という言葉を地で行くわがまま侯爵令嬢 エリザベート・クラウディウスである。


 容姿は贅肉の塊であり、手足はボンレスハムをほうふつとさせ、常に顔面は脂ぎっており、なぜが金属光沢のように輝いている。おまけに豪華絢爛なドレスがこれまたこの世のものとは思えないほどにミスマッチしており、このドレスを選んだ使用人のセンスを疑うほどである。


「は、はい! 失礼いたしました!」


 父さんはエリザベートの言葉に反応し、優し気に僕に笑いかけて屋敷に走って行った。父さんが走り去っていくのをエリザベートは相も変わらず不機嫌ににらみつけ、今度は僕のもとに歩み寄ってきた。


「あなた、名前はなんていったかしら?」


「べ、ベストール、です」


「そう。じゃあ、ベストール」


 その言葉とともに何の脈絡もなくエリザベートは固い革靴で僕を思いっきり蹴り飛ばしてきた。僕は思わずおなかを押え、その場にぐったりとへたり込んでしまう。


「よくも私に恥をかかせてくれたわね」


「ゲホッ、な、何を……⁉」


「ふん!」


 今度は容赦なく背中にカカト落としを浴びせてくる。これがまた背骨にあたるのだから痛くて仕方がない。


「あたしがおぼれかけたのは、あなたがいたからだわ」


「そ、そんな、僕は何も……」


「おだまりなさい!」


 またもエリザベートは僕を蹴り飛ばす。そして今度は深々と体重をかけながら僕を踏みつけてきた。


 僕を踏みつけるエリザベートの顔は歓喜に満ちており、狂気的ですらあった。


「いい? あたしが言うんだから間違いないの。さあ、発言を許してあげる。あたしがおぼれかけたのは、誰のせいかしら?」


 この女、性根から腐ってる……。人を踏んずけて、あまつさえ命の恩人である僕にすべての原因をなすり付けるとは、真正のクズだな。


 僕が助けてやらなかった今頃死んでたってのに、よくこんな横暴にふるまえるもんだ。


 いや、このくらいでないと悪役令嬢は務まらないのだろうか。


 目の前の少女を見ると、どうしてもこの先の未来について悩まずにはいられなかった。というのも、この少女の行動はほぼすべてが僕の結末につながるのである。


 アニメ版しか見ていない僕ではあるが、妹からいやでもゲームの話をされて、ベストールの最後についてもいくつか僕は情報を得ていた。


 アニメ版では売国奴としてエリザベートと共に一族、使用人、エリザベートにかかわるすべてのものは斬首とされる。


 ゲーム版ではこのほかに、王子様の恩情によりエリザベートとともに国外追放エンド。エリザベートのみ追放となるも、職を失い、クラウディウス家で使えていたことが災いし、浮浪者エンド。


 といったように、とにかくまともなハッピーエンドが一つもありはしない。


 まったく、神様も転生させるのであればもっとまともな世界を、というか、もっとまともなキャラクターを選んでほしいものである。


 僕は忌々し気にエリザベートを見上げる。


「なによ。その目は。しつけてあげる!」


 そういってエリザベートはもう一度足を下品に上げ、僕にカカト落としをお見舞いしようとする。


「お嬢様、お召し物の準備ができました。こちらへ」


 その時、父さんが後ろから優しくエリザベートに語り掛けた。その声を聴き、エリザベートは不満げながらも僕を一瞥してその場を去ってしまった。


「ベストール! 大丈夫か? 痛いところはないか?」


 エリザベートが去ると父さんは別人のように情けない表情で僕を抱き寄せた。使用人である以上、雇い主の娘に厳しく当たることはできないのだ。


「だ、大丈夫だよ。父さん」


 背中とかめっちゃ痛い。


「そ、そうか?」


「うん」


「お前にばかり不憫なおもいをさせて、本当にふがいない父さんを許しておくれ。お嬢様と年が近いお前をお嬢様のお目付け役に、と旦那様に言われてしまっては、私も強くは断れないんだ……」


「気にしないで。僕は大丈夫だから」


「ベストール……」


 父さんはより一層僕を強く抱きしめた。


 今、僕は侯爵家の屋敷にエリザベートのお目付け役という名目で世話になっている。


 そして、庭にある大きな泉をのぞき込んで、バランスを崩したエリザベートは頭から勢いよく水に入っていった。そこまでは馬鹿な話だと笑い飛ばせないことはない。問題は、エリザベートの肥満体系にあった。


 八歳のエリザベートの身長はそれほど高くない。大体、落ちた泉の深さと同じくらいである。そのため、泳げないエリザベートは当然、ジタバタともがき、呼吸しようとするのだが、贅肉が邪魔をしてそれがうまくできない。


 仕方なく助けようと泉に飛び込んだ僕はなんとかエリザベートを泉の底から押し上げて呼吸を確保させた。しかし、そこからもエリザベートは相も変わらずじたばたともがき、下から支える僕の顎を革靴にてクリンヒット。見事に僕は体の自由を失い、生死の境をさまよったというわけである。


 これからこの先、あのお嬢様の世話をしなければならないと思うとどうしても気をやまずにはいられなかった。


 ああ、神様、僕って前世で、そんなに悪いことをしましたか???


ここまで読んでいただきありがとうございます!


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