第九十八話 兄貴発見!
ほい、15分経過。現地時間では午前10時ですね。
昨日はシーナさんと会えなかったんですが、まだフラグが立ってないからでしょうか?
なんて事を当時は考えてました。呑気なもんでしたね、それまでの俺の人生なんて。
兄貴もこの時の事は、本当に本当に後になってから教えてくれたんです。
もちろん、兄貴が自発的に俺に教えてくれたって事じゃありません。
兄貴って、口が堅いんですよ。シーナさんみたいな特別な・・・兄貴がとっても苦手としているタイプの女性には、なんでも白状させられてたみたいですが。
そんな事を俺が口にしたら、それこそ絶交されてしまいそうな感じですが。
俺って、もともとは関西人でした。兄貴ほど悲惨じゃないですが、それでもおんなじ様な事が俺にもあったんです。
でもって、家を出て戻る事もなく、学校も行けなくなり、中卒でドカ・・(あ、我が事でも差別用語って言われますん?)の道を選んで、その道すがらに兄貴と出会ったんですよ。
でも、俺って、そんなに体格もないし、根性もあんまり自信なかったです。その点、兄貴が羨ましかったですね。兄貴には体格も腕力もありましたから。
”今”から思い起こしてみると、この時まで俺と兄貴はそんなに親しくなかったんですよ。
だって、それまでの兄貴は俺にろくに過去の事を話してくれた事もなかったし、俺の事も詳しくは詮索しなかったですから。
ああ、知らなかったって事なら、俺があのクールで、時に熱血で、その癖無口で、不愛想で、強面の兄貴がどっちかと言うと”ボケ”で、異世界で出会った女の人たちから思い切り”ツッコミ”を受けてたって事もですかね。真相を知った時にはかなり驚いたもんっす。
つまり、その時までは、俺は単に兄貴の取り巻きだった訳なんですよ。
でも、親父さんが死んで、会社は経営するものもいなくなり、営業も停止。経理の徳田さんが会社の金を盗んでドロン。そんな事件が起きて、借金取りと揉めて、兄貴が逮捕されてしまった。
絵に描いたような最悪っすよね。で、警察のお世話になってた兄貴は、留置場で魔法陣に呑み込まれて消え、世間ではそれが兄貴の脱走って報じられてしまい、新聞にデカデカと載るような大騒ぎになってしまったと。
「元プロボクサーの土木作業員、警察留置場から失踪。逃走か?」揃ってそんな見出しですよ。ネットでもワイワイ騒がれてますた。実名入りで。
こんな状況、俺なら耐えられないっすけど、携帯もパソコンも嫌いな兄貴なら・・・・まだしも被害は少ないでしょうか?
いや、そんな訳ないっすよね。世間の目って、そんなに甘くないですし。
誰も彼も興味本位で兄貴の事を散々に書きまくってました。でも、俺思ったんですよ。
ネットで兄貴の事を書きまくってた奴ら、実は兄貴を妬んでたんじゃないかって。
野性的な男前で、元々は超進学校に通ってて、元々は裕福な家の生まれで、インターハイに出る位の凄いスポーツマンなのに、両親を失い、高校中退後に苦労してプロボクサーになって、それが強過ぎて引退するしかなくなって。
どんな逆境にも負けない取り柄のかたまりみたいな男である兄貴を、ネットで吠えるしかできない、ヌクヌクの居場所で欲求不満を持て余した、下らない何の取り柄もない連中が叩きまくってる。
そんな無様な姿に、俺は心密かに怒ってたんですね。
そんなこんなで、俺は兄貴が失踪した後に思ったんすよ。
”この時を逃したら、兄貴に恩を返す事なんか、金輪際できない”ってね。
だから、今の俺がある。そう思ってまっす。
そう、それも”分岐点”だったんすね。でも、その分岐点を絶対にクリアできる。
兄貴をもとの世界に連れ帰り、その後をずっと介添えする。
俺はそんな男だって見込まれてた訳っすから。
本当に感激っす!
さあ、今がその時っすよ。頑張ってください。
これから先は随分長く、そして忘れられない出来事が続くんすからね。
だから・・・。頑張れ、俺!
****
「俺、寝てたんすか?あれ?でも、10分しか経ってないですね。」時計を見てちょっと安心ですか。
けど、なんでしょ、これ・・・・。
「VRゴーグル?こんなもん、俺嵌めてましたかね?」そんな覚えありませんし・・・。
こんな高価な物を買うほどのオサイフキャパも無い訳で・・・。
しかも、このゴーグル・・・。ヘルメット型でマイクまで付いてますよ。
?そんなの市販されてましたか?少なくとも、俺は水中眼鏡みたいなのしか見たことなかったす。
でも・・・なんか、デスクの上には開かれた状態の宅急便の梱包がありますね。
送り主は”財団法人FRAIA”と書かれてます。宛名は俺?やっぱ開けた記憶がないっす。
徹夜明けとかでもないですし、酒も呑まなかったし。
首を捻るばかりですね。ちょっと混乱してしまいまっす。
で、なにやら、梱包の中に封筒入りの書付がありますね。これも開封されている・・・。
「拝啓。今回は当財団の募集に応じていただき、一同感謝の念に堪えません。つきましては、当財団の活動概要について、詳しくお知り願うためにも、同封致しましたVRゴーグルにより詳細な動画をご回覧いただければと願います。今後とも、当財団にご協力いただきますよう、伏してお願い致します。 敬具 財団法人FREIA代表理事 畝迫見雪」
・・・・・・・
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知らないっす。身に覚えがないっす。
財団法人って、なんか仰々しい響きっす。
しかも、この代表理事とか言う人。名前読めないっすよ!ルビ振って下さいって!
辛うじて女かな?ってイメージしかできないっす。この名前で男だったら裏切られた様な気持ちになりまっす。
「あ!ソンな事より、兄貴と会わなきゃ!」慌てて俺はMOMオンラインにアクセスしました。
そん時には気が付いてなかったんすよ。
俺の左右の手にブレスみたいなコントローラーが嵌っていた事。両手でそれらを操作していた事。
俺が極自然にVRモニターを被ってオンラインした事にも。
あんまりにも自然に、俺はそうしてたんす。前々からそうしてたかの様にね。
最後に、俺の部屋の両隣で、”見知らぬ誰か”が異口同音に「頑張れよ。」と俺を激励してた事にも・・・。俺は全く気が付いてなかったんす。
****
「”二番目”本人がオンライン・・・・。」
「全く遅延もなくか・・・・。流石だ。」
「”二番目”のゲシュタルトは全く成熟していません。それなのに、本体に正しく影響しています。」
「あるいは蓮條よりもゲシュタルトの地力が強いと言う事なのかもな。」
「強制の要素が全くないからだろう。”二番目”のゲシュタルトは、極穏やかに、自然なかたちで本体に影響しておるのだ。」革スーツの男が発言すると、ヴァスと呼ばれる男が応じる。
「人となりなんだろうね。”二番目”は、あの女達とはまた違う意味での女房役だからね。これから彼は蓮條の事を深く知るようになり、関りが強くなり、成長をともにするようになるのだろうから。」
「そうだ。穏やかで善意に溢れ、忠実で謙虚。まさに、人が望んでやまぬ存在である。生涯の友人。なんと得難い存在であることか。」
ヴァスは頷いて、人を深く観察する力を持った、それでいて気難しい男に対し、理解に満ちた視線を送った。
「かの男子あってこその、今後の蓮條の再生もあるのだ。”連中”の担当は二番目、三番目、今回やって来たイレギュラーの六番目。荒事を担当する我々は蓮條と四番目、五番目となるが、果たして連中はしくじらずに仕事をしておるのだろうかな?」
「ちゃんと報告はあがってますよ。とにかく、今は待つ事ですか。」
「さようであるな。歯痒いばかりではあるが。」
「今は身体を休めて・・・・申し訳ないが”次”に備えて欲しいんです。」
「わかった・・・。」
****
ひょう!これはこれは・・・・。
これ、いったいどうしたんでしょうか?
さっきログアウトする前は、こんな凄いグラフィクスじゃなかったような?
ですが、あんまり気にもしてられません。ゲーム内の時間は午前10時を少し過ぎてますし。
「こんなに綺麗な街並みだったんすね。なんか今まで損してた感じっすよ。もうちょっとこう言うとこにも目を向けて歩くべきでしたか。」とか言ってる間に、魔術師の塔の外側の壁が間近になってきました。
「割符オッケー!」と首元から鎖を取り出して確認し、そのまま歩きます。
「そう言やぁ、まだ朝食食べてなかったっす。」そんな事を思い出して、近くの屋台であぶったソーセージを買って食べます。お値段は銅貨5枚程で少し割高でしたが、ニンニクと香辛料の効いた血液と脂のソーセージはなかなか行けました。
これで腹ごしらえもできましたし、兄貴捜索を頑張りますね。
それにしても、本当に良い匂いです。この通りに充満してる匂いだけで飯食べられる自信があります。
ただし、所詮は匂いなんだから、代金を請求されても、こっちが支払えるのは銅貨がジャラジャラ鳴る音だけっすけどねw
とか言ってる間に、商店街は終わって、噴水公園と簡単な薔薇園があり、その向こうには高い壁が見えます。何度か行って場所は確認しています。壁の前の検問所まで行けば良いんです。
検問所には、何人かの兵隊さんが詰めてるんです。俺はと言うと、制服と言うかお仕着せを着てない、武装した不審者な訳で、毎度の事ながら検問所で呼び止められます。
そして、もはや慣れてしまった口調で「シーナさんと面会したいんです。割符はこれです。」と告げると、「伺いを立てて来る。ここで待て。」とこれも何度か繰り返したやり取りです。
結果はと言うと、「シーナ様はいらっしゃらない。出直して来られよ。」との事でした。_| ̄|○
「しゃあないっすね・・・。出直します。」まぁた無駄足。ほんにツラタン。
・・・・・・・とそんな風な考え事をしながら、再び屋台の並ぶ商店街に脚を向け戻した俺の前から・・・・。
平和な商店街を、結構な速度で駆け抜ける軍馬らしき逞しい黒馬が見えたんです。その上に乗ってるのは、髪の短い丸眼鏡の、メイド服?あれはシーナさん?
その後ろには頭一つ高い、ライオンみたいなフサフサの髪の毛で、銀色の鎖帷子を着た・・・・。
次に俺がとった行動は、完全に無意識の行動でした。
後で兄貴に叱られましたが、俺は二人の乗った馬の前に躍り出たらしいんです。
「兄貴!シーナさん!俺っす!鹿子木です!」と言いながらね。
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「!!!」シーナが息を呑んだのが伝わって来る。
俺のそれからの行動は、頭脳からの命令によらない行動だった。
ヒラリと鞍から右足を上げて、左足一本で着地すると、右足が地面に接するより先に前に振り上げられ、”俺は馬を追い抜いて”、目の前に立ち塞がるバカ野郎にタックルを仕掛け、一緒に道の外に盛大に転ぶ事になった・・・・。
「おい、こいつノビてしまったぞ?」ギリギリで馬を制止し、棹立ちになった状態から馬を宥めているシーナに俺は呼び掛けた。
「レンジョウ、装備は少し変わってるけど、そいつがあんたを訪ねて来た男だと思うよ?」シーナはそう俺に伝えて来た。
「こいつが鹿子木?背格好から何から全部違うぞ。」けど、こいつが鹿子木って事なら遠慮はいらない。ヘルメットのバイザーを乱暴に上げて、面を拝んでみる。
「髪の毛も、目の色も違う。顔付きなんかどう見ても白人の顔じゃないか。」
「アバターって言ってたよ。これは彼の本体じゃないって。」
「まあ、そうだったな。糞!こいつ早く目を覚まさないかな?」と言いながら、俺は近くに良いものを見つけた。
「レンジョウ、何するのさ?」とシーナが聞くが、俺は鹿子木?と思しき男を噴水の前まで肩に担いで連れて行き、ヘルメットの留め具を外すと、ヘルメットをむしって噴水の中にぶち込んで頭から水をぶっかけた。
「起きろ、鹿子木!」と俺が怒鳴ったら、奴は「はい!」と返事をして身体を起こし、俺の額に思い切り頭突きを食らわしたのだ。
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目の前に火花が散って、頭の中が”しばらくお待ちください。”モードになりました。
ヒヨコが飛び回る目の前に、同じく額を赤くした・・・よく見慣れた怖い顔が凄い目でこっちを睨んでます。あやや・・・・これ迂闊に話し掛けたらアブナイかもって思える感じなんですが。
「で、お前は鹿子木なのか?」と、本題直撃の短気な声が響いて来ます。どうしよう?返事しないとぶち殺されそうなんですけど?
「あっはい。兄貴、鹿子木です。」と思わず返事をすると、兄貴のただでさえ怖い目が、更に大きくなって・・・俺マジでちびりそうなんですけど・・・・。
「俺を探してくれたのか?例のラノベに書かれた男みたいに、電脳世界に迷い込んでるかもって考えたのか?」兄貴、俺何か尋問されてるみたいで、過呼吸になりそうな感じなんですけど。
「そうっす。ネットで検索したら、兄貴と同じ名前の勇者が登録されたゲームを見つけたんです。だから、このラサリアに来て、シーナさんとお知り合いになって・・・。」
「兄貴、本当に兄貴なんすよね?これ、たちの悪いイベントとかじゃないっすよね?」恐る恐るそう言ってみたら。
「俺はお前の黒歴史を知ってる。佳代子に惚れたお前が、新宿のチーマーに・・・。」
「ストップ!ストップです兄貴!ネトゲの中でそんな事口にされて、それが掲示板に載ったりしたら俺の人生どうなるんすか?!」俺、ついつい大きな声を出しちゃいました。けど・・・。
「本物なんすね?兄貴のそっくりさんみたいな電子データじゃないっすよね?NPCがAIで会話してる訳じゃないっすよね?」俺、ついつい兄貴の両腕を掴んでしまいました。ようやく会えたんすよ。どこにも行かないで欲しい。そう思いましたから。
「おい、なんかお前の仕草は世間から誤解されるような感じじゃないのか?」商店街の中から物見高い連中が湧いて来たようです。茶番か寸劇って思われてそう?俺、兄貴の腕から手を放しました。
「じゃあ、確認のためにも・・・。兄貴の座右の銘。答えてくれますか?」俺としては確証が欲しかったんです。兄貴は黙って頷きました。
「”どうして良いかわからなくなった時は”この続きを言って下さい。」
「”敵に向かい突撃せよ!”だな。ネルソン提督の言葉だそうだ。俺は父親からそう教わった。」兄貴はそう答えました。
「兄貴・・・。信じられないっすよ。ゲームの中になんて、何で居るんすか?」俺、改めて困り果てましたよ。でも、その言葉を聞いた兄貴の顔が、初めて見る表情だったので、俺は黙ってしまいました。
それは兄貴が浮かべる事が、当時の俺には想像できなかった程に悲嘆に暮れた表情だったからです。
「でさ、あんた達。」こちらも短気な声で、シーナさんが俺達に呼び掛けてます。
「積もる話もあるだろうから、塔の中に入らない?ここじゃ人目も、人の耳もあるんだしさ。」
ですよね・・・・。兄貴も頷いてます。「ついて来いよ。」とだけ言うと、俺を手招いて横に並んで二人で歩き始めました。
前にそびえ立つ、巨大な青銅の塔。異様な形状の建造物の上に、その人は見えました。
展望台から俺達を眺めている、純白の装束の少女?でしょうか?
あれはアリエル姫なんでしょうか?
俺、これから魔術師の塔に入るんですね。
でも、その時の俺は、これからどれだけの間、俺がこの世界に留まるのかわかってなかったんですよ。