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第九十六話 シーナ・ケンジントン

この作品。

色事のシーンが異常に多いなと思われる向きもあるでしょうが、きちんと意味がある事です。

中盤あたりからは納得いただけると思います。

 意識が混濁した様になっている。

 レンジョウは優しくしてくれたし、今も心配そうに顔を覗き込んで来ている。

「身体が熱中症で本調子じゃなかったんだ。体温の急な上下と、熱中症の後遺症で気分が悪くなったんだろう。」ちょっと後悔している口ぶりだ。


「そんな事は大切じゃないの。わたしとあんたがこうして結ばれる事がさっきまでのわたしの一大事だったの・・・・。」

「あんたに言わなきゃならない事を言う。それ以上に大切な事なんかなかった。だから、こうした。」

 レンジョウはまだ心配そうにしている。

「この部屋、ここは鍛錬場だったの。女達のね。わたしはあんたに初めて抱かれる場所に、ここを選んだ。わたしの話を聞いてくれる?」


 我ながら懇願する様な目だったに違いない。レンジョウは、神妙な目付きで頷いた。

「ごめんね、そんなに構えないで欲しい。けど、真剣に聞いて欲しいとも思ってるけど。」

「わたしは、この場所で15歳の時から訓練を受けた。ここは、諜報に関わる女達が、篭絡を受けない様に訓練する部屋なの。つまり、その方面の師匠が、女達に色事に関する技をいろいろと伝授する場って訳。」

「でね、わたしもその方面の手ほどきを受けた訳よ。男をメロメロにしてしまう技、塩らしい仕草で相手から歓心を得る方法も教わった。あんたに対しても、その方面の方法を使わせて貰ったわ。それなりに楽しめたでしょう?」幾分、冷笑的な口調になったのは仕方が無いか。


「じゃあ、何でお前は男を知らなかったんだ?」と彼は聞いて来た。そりゃあ、そうだろう。

「その話には、ミュリエルって言う女の子の話をしないといけない。彼女は、暗殺される前に父が拾って来た美しい女の子だった。素性は知らない。けど、父は子供の頃からわたしの相方として彼女を引き立てていた。その理由も知らない。諜報員ってのは、そう言うもんだから。彼女は・・・わたしの親友だった。」

「・・・・・。」レンジョウはわたしの話に息を呑んでいる。


「彼女は、女としての美しさと態度で勝負する、そっち方面でみっちりと訓練を重ねた諜者だった。わたしみたいに剣士としての天稟はなかったから。わたしが受けた”女の訓練”で、実地の”教材であり師匠”は彼女だった。」

「・・・・・。」

「わたしは覚えの早いタイプだったみたいでね。そっち方面の”技”は玄人裸足の域まで達するのに時間はかからなかった、いずれは男相手に実地で試していたでしょう。けどね、その頃に姫様がザルドロンを召喚したの。」

「そして、その召喚に衝撃を受けたフルバートの連中が、すぐに牙を剥いたのよ。」

「・・・・・。」


「ミュリエルは、塔の中でザルドロンを殺そうとしたの。何しろ、彼女を女にして、”技術指導”をしていた男、竿師のリーダーが、裏返ったのか表返ったのか、偽装をかなぐり捨ててザルドロンを殺せと彼女を唆したんだから。そして、その襲撃を阻止して、ミュリエルを斬り殺したのは彼女の親友のわたしだったのよ。」もう、涙が溢れてどうにもならなかった。

 レンジョウはその話を聞いても、一切萎えなかった。強い力の腕でわたしを抱きしめて、ひたすらに抱いてくれた。


「竿師の男、もしかしたら、わたしも篭絡してしまっただろう、フルバートの回し者を、わたしは殺して、八つ裂きにしてやったわ!この部屋の隣に設けた秘密の部屋に閉じ籠っていた奴を探し出して、ズタズタに切り裂いてやった。あんたに言いたくない位に、残酷に殺してやった。」

「その後は、わたしは父の直伝の剣士の技を頼りにして、女の技は他の諜報員にも伝授しなかった。その後は女の諜報員を新規で雇いもしなかった。どうせ”蜜の罠”にはどうしても弱いもんだと見限っていたのだしね。」ボロボロと涙があふれる。


「父の遺した諜報機関は、結局のところ、わたしが正しく継承する前にボロボロに食い破られていたのね。父の死そのものが、護衛の裏切りだったんだから、父その人も多分随分前に負けてたのよ。巨大な財力を背景にして、悪を唆す貴族達、そして盗賊ギルドの者達。でも、父は最後の最後まで頑張った。母と兄も失ったけど、それでもわたしは負けなかった。自分だけが生き残って・・・でも、姫様を残して死ぬのはもっと怖かった。この世の中のどんな恐怖よりもそれは勝っていた。」ギュッとレンジョウはわたしの身体を抱いた。

「俺はそんな連中に尻尾を振ったりはしない。中途半端で去ったりもしない。信じてくれるよな?」当ったり前でしょうに!でも・・・でも改めて、何度でも嬉しい。


「あんたみたいな男なんか、生涯現れると思った事もなかった。」わたしは自分の下にいる男を睨み付けた。

「けど、現れた。あんたがどんな男なのか、それが全然わからなくて悩んだわよ。けど、やはり思ってたのとは違った。」

「どう違ったんだ?」と言ったかと思うと、彼は上下の体勢を極自然に引っ繰り返した。

「どのこの言っても、あんた上手じゃん・・・・・。」と言うが、「思った以上に、馬鹿正直で・・・良い男だった。」今までと違って下からの体勢では強く出るのも無理だと思えた。

「この部屋は・・・わたしの暗部であり、汚点だったの。この部屋であんたと結ばれようと思ったのは、つまりは、わたしが過去を超克しようと思ったからよ。」


「ミュリエルは、薬物に蝕まれて、男の言いなりにされてしまった。あの子は、それでもわたしと父に対する恩義を清算しようとはしていたのね。でなかったら、ザルドロンをわたしの目の前で無理に殺そうとはしなかったでしょう。」

「小娘だった頃の潔癖なわたしを庇ってくれたりもしたし、男を墜とす技を丁寧に伝授してくれたのも彼女だった。それなのに、男と交わる事はさせなかった。今となってみたら、花嫁修業の一環って事になっちゃったわね。」


「花嫁って・・・俺が花婿なのか?」とレンジョウは幾分笑いを込めながらわたしを揶揄った。

「日陰者の諜報員で、明日の命も知れない剣士ですもの。今日この時だけでも、愛する男の花嫁を演じたい。そう思うだけよ。」と強がるけど、レンジョウはそれを優しく受け止めてくれた。

「俺も同じさ。だから、今だけはお前の想いをしっかり受け止めたい。」


 それからの夜は短かった。なるほど、ミュリエルが人生を誤った理由もわかった。もう、わたしはレンジョウ無しでは暮らしていけないだろう。

 だけど、わたしがレンジョウに惹かれた理由は、男として素晴らしかったからじゃない。彼が強い闘士だったからでもない。

 彼がこの世の中で一番信用できる。そう、一生涯を通じて信用できる”同士”であると確信できたからだ。


「一本気で真っ直ぐな人。わたしの求めていた、生涯の同士。あんたと会えて嬉しい・・・。」涙声で内心を吐露したら、レンジョウは優しく髪を梳いて、キスしてくれた。


 果てしない安心感と、身体を突き抜ける悦び。自分の中で何かが変わって行くのが不思議な感覚で理解できた。

 後は、この逞しい男に全てを任せるだけだ。


 ****


「驚きのタイミング・・・・。」

「5番目本人は今どうしているかな?」

「いつもと変わりありません。普通に公開情報の収集と整理をしています。あ・・・。」

「どうした?」

「緊急のメールが来ました。彼女がネットを検索しているそうです。キーワードは”蓮條主税”、次に彼が留置されていた警察署のアクセス方法も調べているそうです。」


 それだけではなかった。彼女はその後に上司にメールで数日の休暇を申請する旨を送った。


 ****


 VRゴーグルを外して、目をパチパチと動かしてみる。

「なるほど、良くできている・・・・。」自分の目付きが険悪な感じになっているのを感じる。


「さあ、部長からの返事を待とうかしら。それとも、ここで口に出しただけでも用件は取り次いで貰えるのかしらね。」

 自分が監視を受けているのは前々から気が付いていた。ただ、誰がそんな事をしているのかはわかっていなかった。

「そう、今まではね・・・。」口元に冷笑が浮かぶ。


 メールが着信する。内容は読むまでもないだろう。そのとおりのスケジュールで動けば良いのだ。それよりも先にする事がある。

「じゃあ、しばらくは彼との冒険の時間を楽しむとしましょうか。」

 そう呟くと、またVRゴーグルを装着して座るのだ。


 ****


「おはようございます。」と言うシーナの声が聞こえる。

 薄暗い地下の武技訓練場、それと隣接して設えられた女の技の訓練場。色事の師匠を殺害した後には使われなくなったケンジントン家の秘密の場所。

「碌なものはないけどね。」と言いながら、酢をぶっ掛けた黒パンと生魚のマリネ、卵黄と油を混ぜたマヨネーズ風の調味料で和えた刻んだ茹で卵が乗ったサンドを押し付けて来た。


「俺はお前の出して来たパンをマズいと思った事がない。最初にこの世界で食べたパンも、お前の作ったライ麦パンのトーストだった。」

 シーナはニッコリと笑いながら「あんた、そう言うの記憶してる所がマメよね。」と言いながら照れている。

「お前とこんな関係になるなんてな・・・。」と俺は照れて頭を掻いてしまう。


「わたしはそんなに意外じゃないの・・・。あんたとしか、こんな関係になるとは思ってなかった。最初から、姫様の召喚した勇者なら信用できるし、こう言う”友好の深め方”もありかな?って思ってた。」シーナは最初からそのつもりだったのだろう。

「そいつは何と言うか・・・。」

「問題は女の勇者だった時とか、あんまりにも好みとかけ離れてた時とかね。わたしもずっと若い訳でもないんだし、今なら丁度か少し遅い位よね。勇者召喚がまた3年後なら良いのだけど、そうである保証もなかったし。」

「意外と肉食系だったんだな。」と俺が笑うが、本人は結構真面目な顔だ。薄暗がりの中でもそうとわかる。


「本当の恋愛を経験したかったの。好きでもない相手と女の技を磨いて、それで終わりなんて寂し過ぎるわ。」

「・・・・・。」俺に何が言えるだろうか。

「でも、恋はやって来た。拗ね者で、素直じゃないけど、思った以上に素敵な人がね。」シーナが頬にキスをして来る。

「お前が喜んでくれたのなら、俺に何の不服がある訳もないな。」俺は小さなサンドイッチを頬張った。まあ、照れ隠しなんだが。

「そんなとこが素直じゃないね。でも、許してあげる。」シーナはクスクスと笑う。


「それはそうとしてね。あれから考えたんだ。」シーナが俺の顔を覗き込んで来る。

「何をだ?」こんな時は必ず良くない事を言い出すんだが・・・。

「わたしもフルバートに行く。もう決めたから。」やっぱりだな。


「アリエルの護衛はどうするんだ?」

「マキアスに任せるよ。彼なら大丈夫。あ、言ってなかっただろうけど、彼はわたしの部下なの。つまり、特命諜報員なのよ。」なんてこった・・・。

「ファルカンもそうだったし、結構いろいろと諜報員が入り込んでいるんだな。」

「そして、お互いには身分や所在を知らせあっていない。アリンザもそうだったけど、敵方の間諜が入り込んで来る可能性は高いから。わたしの父の暗殺も、考えてみればアリンザの父が糸を引いてたと考えると、辻褄は全部合うのよ・・・。本当に因果因業な仕事よね。」


「それよりも、お前がフルバートに行くのは、俺は反対だ。」


「理由を聞いて良い?」

「お前では、相手になりそうもない敵だからな。お前が無謀な戦いで無駄死にして良い訳がないだろう・・・。」と言いながら、俺は確信していた。

「あんたが死んだら、その時点でラサリアも終わりだってば。」シーナの表情は真剣そのもので、俺に何を言う事も許さない雰囲気だった。

「じゃあ、俺はどうやってお前を護れば良いんだ?見当も付かないさ。」と途方に暮れるしかない。

「何言ってんの!」とシーナが大きな声を出す。

「何って、お前の事が心配なんだ。当たり前の事だろう!」と俺も怒鳴り返してしまう。


「あんた、本当に莫迦よ!そして、とんでもないスケコマシよ。間違いないわ!」また怒鳴られた・・・。

「あんたが生きててくれないと、わたしも生きてる意味が無いのよ!」と言うや、シーナは俺に抱き付いて来た。涙を流しながら。


 ****


 場面は再びエロゲーと化してしまったので、VRゴーグルを外して椅子から身体を起こす。

 部長からのメールを開く。時計を見れば、時間はたったの30秒間しか経過していない。


*休暇は本メールを開封した時刻より開始。期間は3日間。その間の行動については、自由であるが、合間に配下の者達に24時間の実地訓練を行うことも併せて命ずる。”


 その実地訓練の内容と来た日には、目を剥くような内容である。

”濡れ仕事”込みとは・・・。やはり、この部門は連中に乗っ取られているのだろう。


「まあ、相手は民間人だからね。報復はないんだし。」

「ちょうど良い時間かな?今は夜だし。」ニヤリと笑うと、手下達に連絡を行う。

「今回は日本人チームを使う事にしましょう。」


 ****


 事が終わって、気分はスッキリだ。

 ミュリエルの身体を使って、事後の嗜みは練習済みだから、方法はわかっていた。

”けど、量が凄く違うけどね。なんて凄いんだろう、この男・・・。”


 レンジョウの身体も教わったとおりに甲斐甲斐しく布で拭き、身嗜みを整える。


 いつか、姫様のこんな身嗜みも整える日がやって来るのだろうか?と少しだけ想像してしまう。


 けれど、そんな日は”わたし”が知る限りは遂に来なかったのだが。







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