第九十四話 攻略準備開始
「良く見てよね。基本、剣術には8つの型があるの。あんたなら見えるよ。私なんかよりずっと目が良いんだし。」
シーナは五角形の燐光を放つ盾を構え、極細い長剣を斜め下に垂らした。「行くよ・・・。」
静かな合図と共に、怒涛の攻撃が始まる。
「1の型!」これが基本の型なのだそうだ。つまり、右斜め上に剣を振りかぶって斜めに振り下ろす。そして、最速で振り下ろす!
それを向かって右に躱す。
実はこの場合、左に躱せば圧倒的に優位に立てる。何しろ、振り下ろされた剣先は右側に降りるのだから。相手は剣先を引き上げて、再び刃を立てるまで攻撃できない。
しかし、それは頭と首筋をより早く相手の切っ先に晒す結果となり、往々にして一撃で仕留められる最悪の結果に繋がる。まさにイチかバチかだ。
シーナは肘を綺麗に曲げて、手首で器用に剣を返して刃を立てた。「次!」
「1から4!」再度右斜めから、次は何と股間を狙うワンツーだ。後ろに下がれば即アウトのパターンだろう。踏み込みの靴音がカンカンと響き渡り、小柄なシーナの身体が強靭なバネで躍動する。
半身に構え直して右後ろに、次は左からも牽制の斬撃が来る。
「7から8、次は3。」薙ぐ、斬る、突く。変幻自在の剣筋が続け様に襲い掛かる。
「6!」この6番目の型が一番恐ろしいのだそうだ。背中を狙う攻撃は常に6の型からやって来るとシーナは後で教えてくれた。
「反撃できそう?」と言うシーナの問い掛けに「やってみる。どっち道、突き殺されても、”再生能力”で俺はしばらくすれば生き返るのだそうだ。」
「だから手加減は要らない・・・・。」
「へぇ・・・。フレイア女王はあんたにそこまでの術を掛けてくれたの?」と物問たげに首を捻るシーナ。しかし、こいつにどんな風な施術過程だったのかを言う事はできない。
「絶対不死身じゃない。俺はフルバートの魔術師に、再生能力を持つ半獣人が焼き殺されるのを見たからな。過信は禁物だ。」
「まあ良いわよ。手加減は無用って事で行くわ。痛い目に遭っても恨みっこ無しだからね。」
「わかった。」
その後の攻撃は全く悪夢の様な連打がやって来て、シーナの揮う剣先は正面からではほとんど目にもとまらない。肘と肩、膝と踝、腕と太腿に加えて、身体の回転と手首の返しが一連の舞踏の様に見事に継続する。
”スカートを履いたシュレッダーみたいな奴だ。”俺はとんでもなく失礼な感想をシーナに抱いた。
”!・・・・!”
反撃の拳がシーナに何度か伸びたが、シーナは盾で受け止めるのではなく、盾を斜めにして全ての打撃を滑らせてしまう。そして・・・・。
「ほら!だから、6の型なんだって。」その言葉は俺がシーナに脚を絡められて倒れた後に発せられた。見事な一本と言う訳だ。切っ先ではなく、柄で背中を突かれていた。
「参ったよ。敵方にお前が居たら、俺は確実にどこかで敗れていただろう。」
汗みずくになり、眼鏡の内側まで蒸気で曇らせたシーナは満足そうに笑った。
「あんたから一本とれるなんて思ってなかったけど、こっちは”加速”付きの剣と、あんたが持ち帰って来た魔法の鎖帷子でブーストしてようやくなのよ。そっちは”加速”付きでもリーチの短い籠手だけでしょう。ちょっとハンデが大き過ぎるんじゃないかな?」
「どうかな。これから相手をする予定の半神剣士は、俺がフル装備で固めてもこれ以上のハンデがあるんじゃないんだろうか。」
「それもそうよね。でも、今までの一連の型稽古で判かった事がある。」シーナは眼鏡をちょいと直して俺の目を見た。
「あんたね、ゴロツキの振りをしてても、中身はそうじゃないのよ。あんたは基本がスポーツマンなのよ。だから、脚や背中への攻撃への警戒が少し足りないって思うの。」
「そうか・・・・。」
「あんまし使わないんだけどね。こっちの方が良いかも。」
と言いながら、シーナが取り出したのは、鉄製の柄を持ったハルバードの練習具だった。
「反撃はなしにしてね。その代わり、勉強になるのは保証するわ。」もちろん、俺に否はない。
ハンカチで眼鏡を拭い、革袋から水を一口含んだ後、シーナは更に打ち込んで来た。右左前上下斜めの全方向から打ち込みがやって来て、その内のどれだけかは脛を狙って来たし、引き返した打撃は俺の後頭部を見事に打った事もある。
「加速無しでも俺の相手は大丈夫じゃないか。」俺は合間にそう言ったが、「反撃無しだから当てられたのよ。あんたの癖もわかって来たしね。」とシーナは返して来た。
「俺の癖だと?」流石にそれは自分で気が付いていなかった。
「どんな癖なんだ?」
「あんた、左後ろに下がる時に、肘を少しだけ上げて、肘を引くような感じで後退するの。後、膝を伸ばした状態からすぐに屈む事をしない。大きく屈む前に小さく動くの。」
「・・・・・。」
「ちょっとの間、わたしとあんたとでみっちり訓練した方が良く無い?あんた、多分我流で学んだ事が多くて、自分の知らない動作の癖が一杯あるんじゃない?」
「お前、やっぱり凄いな・・・。」俺は素直に驚いた。
「だからこれで稽古をつけたのよ。これだと、ちょっと距離を置いて相手の動きを見てあげられる。」肩の上でコンコンとハルバードを動かすシーナ、しかし、もう限界だろう。
「じゃあ、明日から頼もう。今日はここまでだ、お前もちょっと苦しいだろう?」と言うと「まあねぇ。明日はどっか筋肉痛になってそうな感じがするよ。」と苦笑しながらそう言っていた。
「この鎖帷子凄いよ。身体がビュンビュン動くもの。ちょっとズルしてる気になるけど、それは仕方ないかな?それもこれもレンジョウのおかげって考えると、本当にあんたには頭が上がらないわ。」と晴れ晴れした顔で笑った。
「お前、最初会った時と今じゃ全然顔付が違うよな・・・・。」と俺はしみじみと口にした。
「あんた程には変わってないわよ。」とシーナは呟く様な声で口にした。
「何?」と俺は怪訝に思ったが、「自覚ないんでしょうけどね、あんたは随分変わって帰って来た。ラナオンからは、晴れ晴れした顔で帰って来たけど、ヴァネスティからはもっと違う顔で帰って来た。」と・・・・。
そして、やにわに顔を赤らめたかと思うと、スカートの中に脚を隠してしまう。
「あんた、良い顔になったわよ。さっぱりした顔って言うか、色気も妙に出てるし。」と言うや、また元の顔に戻ってしまう。いつもの詰問調のシーナに。
「何があったの?」と・・・・凄い目で見つめられて・・・。
咄嗟にその言葉に驚愕してしまう、そんな覚悟の足りない、女に対してしらを切りとおす度胸が根本的に無い俺の姿に、諜報のエキスパートでもあるシーナは、すぐに想像を巡らせた様だ。
「なるほど、あんた、エルフの女王を篭絡しちゃったんだ・・・。」
「いや、感心してるのよ、わたしは・・・・。」
「・・・・・・・。」冷たい汗がドクドクと噴き出て来るのがわかる。
「まあ良いわよ。結果オーライってね。あんたのおかげで、本当にとんとん拍子で良い事が起きている。あんたを召喚できたのは、本当に幸運って言葉じゃ表せないくらいよ。」
「いい?ちゃんと聞いてよ。顔を挙げてね。」シーナの言葉に目線を僅かに上に上げるが・・・。
「あんたが来てくれたおかげで、わたし達は希望を目にできた。ラナオンからの大量の贈り物、ヴァネスティからの援護と約束。あんたでなきゃ、絶対にこれだけの事は成し遂げられなかった。」シーナの長い指が俺のコメカミと髪、頭皮を強い力で掴む。
「あんたが今回の任務に失敗して、フルバートで死んだりしたら、わたし達はどうして良いかわかんないのよ。それくらい、あんたの存在は大きくなってるの。」無理矢理に顔を上に向けられた。シーナの眼鏡がとっても近くにある。
「明日も稽古よ。それと、女王の件は誰にも言わない。二人だけの秘密、それで良いわね?」とはい以外の返事を許さない口調でシーナは俺に対して決め付けた。
「それとね、これも秘密よ。」と言うと・・・・。
シーナは俺の顔をこれまた無理に自分の方に向けると、本当に軽く口づけをした・・・・。
「じゃ、また明日ね。」と言うと、汗まみれのシーナは、呆然とする俺を背にして、訓練場から出て行ったのだ。
随分と更新が滞ってしまいました。
パソコンが壊れたのに続いて、身内に不幸があり、到底更新ができなかったのです。
人との別れが、物語の中だけであれば、この世はとても平和なのでしょうけれど。
弟の分まで、私は精一杯生きて行かなくてはならないのです。
蓮條主税の冒険物語も、完結まで書き続けなければなりません。
その誓いを込めて、本日から連載を再開します。