第九十三話 タイムリミットが近付く
指の怪我のために、久々の更新となりました。
とりあえず再開です。
「ほら、あの人勝手に動き始めたわ。」
「後34時間少しの時点で仕掛けたか。向こうの時間では予定時間までに一年半程が経過する事になる。」
「計画に支障がある行動なのか?」本を閉じて男が声を発する。
「わからないわ。彼女は”向こうの陣営”でもアウトサイダーだから。誰にも彼女の行動は予想できないのかも。」
「”向こうの陣営”が勝手に行動を繰り延べている可能性は?もしも・・そうであるのならば、”我々”とは違う利益を求めていると言う事になる。」
「”我々”の利益と違う方向性か。考えてもみなかったが、そんな利益がありえるのだろうか?」
「想像もつかないわ。」
「そもそも、連中はどこに隠れているんだ?何人かはこちらに帰って来れたのだろう?」男は苛々した様子で、二人に問い掛ける。
「未だに誰も」顔を見せないと言う事は、”向こう”に何らかのトラブルが生じているのではないかな?」ヴァスは答えるが、当然推測でしかない。
そもそも、連中がコンタクトを未だに取って来ない理由が不明なのだ。
「貴方達と彼等は明白に違う毛色のグループだもの。歩調を合わせるのは大変よね。」とサエは言うが、
「共闘を持ち出して来たのは連中の方だ。今となっては、我等だけを働かせるつもりではないか。そう思えるようになって来たがな。」と男は苦々し気に言葉を締めた。
「まあ、連中には連中の都合があるんだろう。とにかく、今は我々だけで何とかするしかない。」とヴァスが言うと「では、再開する事にしよう。我等だけでも何とかしなければらなん。」と男は返事も待たずに奥の部屋に消えて行った。
「彼がやる気を出してくれたのは良かったけど、あちらさん達の動向は確かに気になるわ。」
「彼の場合、あわよくば自分達だけで、と考えているのが怖いところだけどね。彼は連中を心の底から憎んでいるんだから。俺なんかは、まだしも同じ陣営だから勘弁して貰っている、その程度なんだろうし。」
「難しいわね。」とサエは肩をすくめる。
呼ぶより謗れとは良く言ったもので、”向こうの陣営”からの連絡が入ったのは、そんな会話の一時間後だった。その時点で後33時間に”次の段階”への決行が執り行われる手筈となっていた。
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「全然顔も身体も特徴が合致しないんだが。」
「彼は自分のアバターをこちら側に送って来ているって言ってたわ。本体とは違う姿なんでしょうね。」
あいつの差入れて来たラノベ、そこには異世界以外にも、ゲーム世界に転生する小説があった。
「じゃあ、この世界はパソコンで検索できる世界だったりするのか?すると、ここは電脳世界と言う事になるのか・・・・。」
それは非常に悩ましい認識だった。”この世界は作り物で、この世界の住民もまた作り物にすぎないのか?”と言う事だ。
善良で美しいアリエル、苦労人の小姑であるシーナ、美しく危険なフレイア、乱暴だが実は可愛いアローラ、俺を慕ってくれるハルトやアマル、清貧の剣士カイアス隊長、有能無比のシュネッサ、自らの理想を体現し民を幸福に導こうと努力する神の子孫であるトラロック、元気者の美人であるシュリ、その他諸々の人物たちが所詮は創作物でしかない。その可能性は俺を深く悩ませた。
「どうしたのよ、レンジョウらしくもない。いや、あんたはずっと悩んでるタイプだったっけか?」シーナはちょっと意地悪な顔でこちらを眺めている。
この女が、果たして作り物だと言う事があるんだろうか?作り物ならば、もっと俺にわかりやすく、しかも便利にできている筈ではないだろうか?
まあ、ありえるのならば、あまりにドラマティック過ぎる恋愛風景となってしまったフレイアやアローラが怪しいところだが、あの揃って癇癪持ちで人殺し上等の危険なエルフ達は、どのゲームにも登場しそうにないキャラが揃っていたものだ。
「ほんと、上の空よね。」とシーナは詰まらなさそうに言った。
「俺の世界から来た奴の事を考えてたのさ。あいつはアバターを送って来ているが、俺は肉体ごとこちらに送られて来ている。帰るにせよ、帰れるにせよ、方法すらわからない。」
もしかして、こんな俺の身の上を楽し気に見つめている者達がいるのではないか。そう思うだけで、不快感が込み上げて来る。
まあ、実際はそれどころではなく、必死の思いで管制している者達だけしかいなかった。と、後に知る事になったが、この時の俺は不快な気分と嫌な予感に苛まれるだけだったのだ。
「本題に戻りましょう。フルバートに潜入するとして、一人で潜入するつもりなの?」
「もう、ヴァネスティの第五列の隠れ家もないみたいだし。勝手気ままに行動して、地下を探るのが正しいのと違うだろうか?」俺も気を取り直して、シーナにそう返答した。
「何人かを先行させて臨時に指揮系統を作らせるのもありかもね。幸い、こちらの支所もあるんだし。」
「幸いと言うべきか、カオスの国の勇者達は全員酷い扱いを受けて、フルバートから追い出されている。俺が出向いても見つからない可能性が高いそうだ。」
「誰情報なの?」
「今もアリエルが相手をしている先代様がそう言っているんだ。」
「本当に、あの人は何者なんだろう?見当も付かないよね。」
「俺としては、先代様の事はなるべく考えたくもないと言うのが正直なところだ。」
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「お主は少し焦り過ぎでは無いか?」
「そうは申しましても・・・・。」
「元来が、お主はそう言う存在なのじゃからの。”元来のお主達”は結果だけを報告して、過程は報告しない。いやさ、できないのじゃからな。その様に作られたのじゃ、生まれながらにな。」
「それはどういう事でしょうか?」アリエルは首を傾げるが、先代様はそれに対して憐れみを含んだ目を向けるだけだ。
「我には答えられぬな。約定があるのじゃ。」
「貴方様の陣営の方々への約束なのですか?」
「左様じゃな。わかっておるのならばよろしい。」
「致し方ありませぬ。わたくしとしては、貴方様の様な存在が、この塔に来て下さっただけでも感激でございますが、何分わたくしを取り巻く環境は厳しさを増すばかり。僅かな光明に縋りたいと願う弱さをお許し下さればと思います。」
「犠牲無くして勝とうと思う故に、そこまで心配性になるのじゃろうが・・・。どうじゃ、お主も覚悟を決めて、血の雨を降らせながら国内を統一しようとは思わぬのか?」
アリエル姫は僅かに顔を強張らせたぞ。
「いえ、それならば時間を掛けての統一を望みまする。聖騎士を任じ、それを育てれば長期的には勝ちの目は揺らがないでしょうから。」との答え。
「モルドラはどう動くかね?その間もラサリアは無事なのかね?」と我が意地悪をすると、覿面に言葉を濁しおる。
「覚悟を決めると言う事以外に、他に道は無いのでしょうか?」やれやれ、育ちが良いのも良し悪しじゃな。
「それならば・・・蓮條主税に精々働いて貰う事じゃな。」
「もう、過分なまでに働いて頂いていると思いますが・・・。頼れる方はやはりあの方だけだと思います。」アリエル姫はそう寂しそうに呟いた。
「シーナは内政と諜報に向いている。ザルドロンはお主の補佐として是非にも必要。その他の者共はフルバートに寝返るか片付けられてしまった。」
「・・・・・・。」
「この少ない手駒では、その後を乗り切るのも苦労するじゃろうな。この国は様々なモノを多く失い過ぎた。人を失い、金を失い、人心を失った。蓮條主税が現れなんだら、そこには僅かな希望もなかったろうよ。」
「おっしゃるとおりでございます。」
「蓮條主税が言っておったろう。”悪”の本質とは何じゃろうな?」
「レンジョウ様は、”悪”とは”離別”であるとおっしゃっておられました。」
「ふふん・・・。ならば、姫は悪とは反対の方向に向かえばよろしい。あ奴と姫は何度も小さな離別を繰り返すであろうよ。しかし、その都度あ奴は姫のところに帰って来るじゃろう。死に抗う男、死を厭う不死身の男。それがあ奴なのよ。」
「不死身?レンジョウ様が?」
「左様じゃ。あ奴はヴァネスティでの滞在で、更に不死身に近付く事となった。全てはあ奴の成長に係っているのじゃ。しかし、今回ばかりは相手が悪いの・・・。」
「と申しますと?」
「フルバートの守護者である勇者は、まさに死の化身の様な男じゃからの。今の蓮條主税では、おそらく対抗できないであろうよ。」
「では、フルバートにレンジョウ様を送るのは間違いなのでは?」
「ここが正念場じゃ。ここを乗り越えない事には、その後の試練を突破するのは無理じゃからな。」
「・・・・・。」
「聞きたい事はこれで終わりじゃろう。我は休むとするよ。ここは居心地が良いからの。それには感謝しておるよ。」
「はい・・・。ありがとうございました。」
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「何が見つかったって?」
「三番目が大変な事をしでかしていました。連中はその方面のチェックに謀殺されていたみたいです。確証がない事を口にする事もできず、ひたすらにチェックを行っていたらしいです。」
「で、連中は何と言っているんだ?」
「三番目はありえないデータを、まさに自分自身に対して送り付けているみたいなのです。」
「どんなデータなの?」
「自力走行血液、超圧人工赤血球、それと蓮條主税の最後の遺伝子配列についてのデータです。」
「それだけで人類史が変わる位のインパクトよね。」
「それだけではないようです。」
「これ以上に何かを送って来ていると?」
「ありえないレベルの高速演算ルーチンを送って来ています。問題は”彼女”が何時気が付くかですが。三番目は気が付く様に手を回しているでしょうから、時間の問題であると思われます。あれを使い始めたら、”彼女”の仕事は早期に終結してしまう事でしょう。」
「そして、”あの事件”が早期に起きてしまい、”あの方向”に人類は足を踏み入れてしまうと。」ヴァスが呟く。
「それでは、我等の時間的余裕が全くなくなってしまうではないか!」皮のスーツを引き千切らんばかりに・・・彼はスーツの肩口を掴んで唇をわなわなと震わせている。
「落ち着きましょう。」ヴァスが彼に声を掛ける。常からの険しい表情で、彼はヴァスを見返す。
「連中の落ち度だ!」男は革のスーツから手を放し、眉根を寄せて怒鳴った。
その声の量と声色は、周囲の男達を竦みあがらせてしまう。
「全くそのとおりです。しかし、連中は事の次第を詳細に調べ上げ、報告を行って来たのです。我々では、きっと何も知らずに破局を迎えていたでしょう。」ヴァスが反論混じりに宥めに掛かる。
「わかっておるわ!」と彼は怒鳴るが、「更に人数が必要と言う事だろう。」と言い捨てて、奥に向かう。
「フラフラじゃないの、彼?」とサエが声を掛けるが、ヴァスは「これから全員がフラフラになるさ。」と不吉な声で宣言した。
「俺にできるのは、彼の愚痴を受け止め、彼の苦労を全て目の当たりにする事だけだ。」
「そうか。ようやく仲直りできたのね。私も安心したよ。」とヴァスに笑い掛ける。
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あれから、アリエル姫はかなり根を詰めてフルバート潜入計画を見直しておられました。
「あのお方の仰る所では、レンジョウ様であっても、フルバートに現存する剣士の勇者にはまだまだ及ばないと言うお話でした。」アリエル姫はそう言う。
「そして、今のままでは血の雨を降らせて国内を統一するしかないとも。」姫様は自分のその言葉に震え上がった。
「俺がその剣士の勇者と真っ向勝負をする必要は今回あるんだろうか?」レンジョウはそう呟いたが
「わたくしとしては、その方法は避けたいと思っております。しかし、あのお方はこうも言っておられました。”何百人もの精鋭が寄って集ったとしても、あの死の権化に狩られるだけだ。”とも。」と言う姫様の次の言葉に絶句していた。
「つまり、俺はフルバートを攻略する前に、その剣士とも決着を着ける必要があると言う事だな。」とレンジョウは口にした。
「あの剣士、”デスストライク”と言う異名を持った男ですが、”主導力”と言う特質を備えております。全軍の指揮を執る強力な能力と、超人的な戦闘力を備えておるのです。上級勇者の中でも、白兵戦と軍隊の将軍としての力量は抜きん出ておりますな。」ザルドロンはそう助言した。
「その勇者を排除するとしても、何処にいるかもわからないのでしょう?」私はそう言ったが、それに反応したのは驚くべきか姫様本人だった。
「かの勇者の居る場所は、おそらくレンジョウ様の行こうとしている先なのだと思います。そうでなければ、今までに彼を目にした者も居たでしょうし、あのお方が仰った言葉にヒントがありました。」私達は固唾を呑んで姫様の言葉を待った。
「あのお方はこうも言っておられました。”あの男こそは死の権化”と。つまり、レンジョウ様が探索なさる予定の、フルバートの旧市街。」
「何故かは我等には理解できない理由で地下に埋没してしまった場所に、その勇者は居を構えているのでしょう。何しろ、そここそは、”死をもたらす者であるカーリ”の生まれ故郷なのだそうですから。」
ふう・・・と言う溜息が聞こえた。レンジョウが発した溜息だ。
「格上か。殺さないでは、殺される・・・そう言う事なんだろうな。」とレンジョウは呟いた。
遠い目で、寂寥感や後悔、自分自身の至らなさを咎める様な、そんな自虐的な響きが耳を打つ。
ザルドロンと姫様が、幾分心配そうに彼を見つめている。口には出さないが、二人はレンジョウが生還できなかった時の事を考えているのだろう。
しかし、私の内心の気持ちはレンジョウの安否を気遣うだけではなかった。
「あんた、ヴァネスティに行って、えらく佳い男になって帰って来てかと思ったら、また元に戻ってるじゃないさ?」ついつい声を荒げてしまった。
「おい、どうしたんだ?」レンジョウは私に苦手意識を持っている。だから、私に詰められるとついつい腰が引けてしまう様子なのだ。
「あんたは、そんな顔が似合う男じゃないんだって。相手が最悪に危険な奴なんだとして、あんたはそれから逃げる男じゃないでしょう。あのエルフの女の子が言ってたよ、”レンジョウはヒドラの心臓を、ドレイクの脳味噌を手で掴み出して殺した”、”何百人ものパイク兵を殴り倒した”って。」
「もっと堂々と胸を張りなさい!あんたは何処に出しても恥ずかしくない勇者だし、とっても勇敢な男よ。だからこそ、そう言う迷ってますみたいな態度は頂けないわね。」
「まあ、それはそうだな。出会ったら仕方ない。菩薩に会えば菩薩を殴るかと言われたら殴らないだろうが、俺はどうにも過去のしがらみを捨てきれないんだろうな。」レンジョウはそう言ったが、翳った表情は余り元に戻らない。
「その言葉は、全てに絶望し、懐疑し、その先に真理を見つけよとの言葉じゃな。儂としては、レンジョウにそんな真似はして欲しくないと思うがの。」ザルドロンが発したその言葉に、レンジョウは何も言わずに黙って目を瞠っていた。そして、何かを納得した様に頷いたものだ。
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「五番目のゲシュタルトが臨界値に達してます。今後は現時点の彼女に影響を与える水準になる予定です。」
「随分早いな。」
「六番目は完全に成熟、本体との交感が既に開始されています。」
「四番目が遅い。それでも、期待値を大きく上回っていますね。」
「三番目が一番遅いのが困ったものだな。MOMオンラインの中では大活躍なのに。」
「こちら側での仕事に没頭しているからだろう。」
「二番目については、一定のところで完全に停止中。完全に停まってますね。」
「そっちはどうとでもなる。」
「後・・・三十二時間。」
「いよいよだな。」
その後、彼は追加で十人程を招いた。その後には精魂を使い果たして休む事になったのだが。