第九話 それぞれの反省会
襲撃者は遁走した。俺も深追いをするつもりはなかった。たった一人で小隊以上の人数を追撃とか。そんなのは根本から考えが間違っている。
結構酷い人間模様を垣間見てしまったのは、実際には戦闘が終わってからの事だった。
「無産階級の子アマル、今から武器を拾います!」
「無産階級の子ハルト、今から武器を拾います!」
俺が持ちかえった長槍と長剣、盾は、装備を買う余裕のない無産階級の出身者にとっては憧れの品物だった。それを取得したいと言う二人に対し、俺は武器を取って良いと許可した。長槍は質が悪く、槍衾を作るには短すぎたため、それを有効に扱えそうな者はいなかった。
「正統な権利により、二人の無産階級兵が武器を手に取った。その武器で勲功をあげ、故郷と君主に貢献をなさんことを祈る。」隊長の宣誓で喜びに沸く青年たちは剣士としての門出を飾ったのだ。しかし、それもつかの間の事。
町民のギブリーがこの措置に対して異議を唱えたのだ。
「何故、小隊の一員でしかないレンジョーが、隊長であるカイアス伍長を差し置いて、他の隊員に勝手に武器を分配しているのだ?越権行為ではないか?」、まあそんな事を口にしては、相棒である町民のロッシと共に俺がカイアス伍長の統制を乱していると非難しているのだ。
「レンジョーは俺の与えた任務の最中に、他の小隊を奇襲しようとしていた襲撃者を発見し、それを単独で阻止した。これ以上ない程の戦果と功績だ。そして、襲撃者の武器を分捕って来た。ほら、リシャルとワルダーの小隊が俺たちと無事に合流できたのは、レンジョーがそれぞれの小隊を俺たちのところに誘導してくれたからだ。」カイアス伍長自身がそう俺の事を弁護してくれているのだが、それをギブリーは聞かない。
「カイアス隊長はそう言うが、レンジョーが勝手な行動をしたのは間違いない。それを弁護するのは、レンジョーの罪に連座する事になる。」とか言い始めたのには、流石に小隊の者たちが気色ばみ始めた。
「罪って何だよ?レンジョーが襲撃者を撃退したのが悪い事だってって言うのか?」同僚のマキアスが声を荒げる。
「そもそも、見世物拳闘の選手だからって、他の小隊との連絡と斥候を隊長に頼まれていながら、身勝手に戦端を開いたんだろう。完全に功を焦った命令違反じゃないか?その上に、勝手に武器を取り込んで、勝手に分配して、無産階級の者どもの好意を得ようと画策している。それは小隊内で造反を企んでるって言われても仕方ないだろう。」ギブリーは言い募る。
「レンジョーは拾って来た武器をまず俺に見せて、それから武器を小隊内で分配したいと具申して来た。俺はそれを許可した。どこに問題があるのかわからない。」カイアス伍長本人が反論し始めたが、ギブリーはなおも引き下がらない。
「それは隊長から見ればそうなのかも知れないが、俺の意見は違う。だから、俺はレンジョーを告発する。これを見ろ。」ギブリーは懐からキラキラ光る何かを取り出した。「俺は監察官だ。その意味がわかるな?」とそれだけで全てを説明したかのようにギブリーは勝ち誇っていた。
「監察官って何なんですか?」俺はギブリーではなく、カイアス伍長に聞いた。伍長は口ごもりながら、監察官とは貴族が軍隊の内情を探るために潜入させる内部調査官であり、軍隊の中での不穏な動きを監視し、任命した権者に対して報告を行う者なのだと教えてくれた。
「うーん、良くわからないが、俺の何がそんなに気に入らないんだ?俺はしっかりと道路建設でも、襲撃者への対処でも働いたじゃないか。それの何が不服なんだ?」俺は素朴な疑問を口にした。
「お前の罪状は軍事法廷で明らかになる。」そうとだけギブリーは口にして、目に不愉快な光を燻ぶらせた。残忍で、相手が抵抗できないのを嘲る、そんな邪な目付きだ。
「つまり、あんたは軍事法廷で俺を有罪にできると確信している。そう言う事かな?」俺の言葉に、ギブリーは舌を出して、ゲラゲラと笑い始めた。一秒でやる事は決まった。最大スピードで2メートルの距離を詰めて、ギブリーの顎を下から強く押し上げた。その後は2メートルを音もなく後ろ向きに進んで元の位置に戻った。その間1秒程・・・。
俺は口から血を噴き出して転げまわるギブリーを見たが、同情心は全く湧かない。世紀末救世主が同じようなことをしていたが、あの漫画だとコマが変わって、馬鹿な奴はそのまま置き去りだった。ところが、ここでは馬鹿は血まみれで大騒ぎをして、退場しない。
「レンジョー、これはやり過ぎだろう!」カイアス隊長はそう言うが、「俺が何かしましたっけ?こいつ、笑い過ぎて自分で舌を噛んだんでしょう?」と俺はあまりこの件に深い興味を持てない。
俺を冤罪で嵌めると公言していた密告屋が大変な怪我をした。死ぬかも知れない。上等じゃないのかな、それって。
「お前を拘束しなければならなくなった。」カイアス隊長はそう言う。俺は肩をすくめるだけだ。
「どうやって?武装した30人を弾き倒した俺を。腕づくか口車かで拘束できそうですか?」
「しかし、監察官への暴行は見過ごせない。」真面目な隊長らしい・・・・。
「けど、俺を冤罪で嵌めると公言してた奴ですよ。しかし、俺の何が気に食わなかったんだろう。おい、ロッシ。お前は何か知ってるのか?」俺は奴の眼前で稲妻の籠手の力を開放した。青い光と軽い電撃が走る。
「ギブリーさんは、レンジョーさんを脅すつもりだったんです。弱みを握って、俺たちの派閥に組み込んで、部下にしたいって言ってました。」すぐにゲロを吐いた。
「アリエル姫の召喚した勇者の弱みを握るって?派閥に引き込むって?それこそ反逆罪じゃないのか?」俺はしれっと自分の正体をカミングアウトした。
「勇者?レンジョーが勇者?」カイアス隊長は驚きながらも腑に落ちたと言う顔をしていた。
テントの中にいた5名、ロッシ、ハルト、アマル、マキアス、バラミルは違った。一様に驚き、取り乱している。特にロッシは平伏して赦しを希うばかりだ。
「ロッシ、お前はギブリーを監察官に任命した者について何か知っているか?」
「は、はい。ギブリーさんは、自分はフルバート伯爵に仕える騎士ライナード・ブレイブクレストに認められているのだと、以前から私に自慢していました。」
「アリエル姫の勅命で行われている道路建設に、何で貴族が横から手を入れて来るんだ?それこそ意味不明だろう。」俺はぼやいたが、それにはカイアス隊長が答えてくれた。
「フルバート伯爵は、王国の2割に相当する領土の自治権を与えられた大貴族だ。昨今では、アリエル姫との婚姻を願い、王国の実権を掌握しようとしているらしい。良い噂があまりない、困ったお方だそうだが、権力者なのは間違いない。」
「要は、フルバート伯爵は、アリエル姫に失敗して貰いたいのさ。そして、失敗についてはでっちあげもありなんだろう。あんたもその失敗の内に入れられる予定だったんだろう。そして、さっきの襲撃もあんたがいなかったら成功していただろうさ。死んだ奴等はアリエル姫の夢見る事業の犠牲者、そいで、ギブリーやロッシみたいな奴等が、それを王国中に触れ回って、更にアリエル姫の評判を貶める。そう言う事だな?」マキアスが吐き捨てるように隊長の言葉を継いだ。
マキアスと言う男は、元々は王国剣士団の一員だったらしいが、新しく隊長になった貴族のボンボンと揉めて、工兵に転属になったと言う変わり者だ。貴族が嫌い、貴族に指揮されるのも嫌いらしい。一時、長槍兵としても活躍していたが、本来から身軽な武器の方が好みなのだそうだ。
「とにかく、レンジョーが勇者だってのなら、間違いなくアリエル姫の直轄なんだし、軍事法廷で裁いて、有罪とかにしたら、王権に対する侮辱になる。拘束すら問題だろう。王家の魔法顧問であるザルドロン老師と同格の存在なんだからな。」マキアスの相棒の髭もじゃ男バラミルも俺の事を擁護してくれる。
ロッシはいよいよ進退極まった。俺はバラミルが口の中に布を入れて止血してくれたギブリーに近付いて、懐のブツを手に取った。美しく煌めく宝石で飾られた何かの装飾品。「これがそのフルバート伯爵の部下が与えた品物なんだな?」ロッシに見せて確認する。「はい、そのとおりです。」
「こいつの企んでた事を法廷で証言できるな?」俺は念を押した。ロッシは証言すると約束した。俺は息を吐き出すと、今後の展開を思い浮かべてみた。
最初に浮かんだイメージは、カンカンに怒って左手の人差し指を振り回すシーナの姿だった。俺は心底から、自分の短慮を悔やんだ。
そして、その頃、別の場所では・・・。
「老師、申し開きもございません。それがしはラサリア工兵部隊の夜襲に失敗しました。部下は怪我人を除いて無事ですが、相手にはとんでもなく強い輩が一人おりまして。その者に殴り倒されて大怪我を負った者多数にございます。」
「たわけが!たかだか工兵を襲撃して、のめのめと逃げ帰るとは、お主はその程度の事すらこなせぬ者だったのかよ?」水晶玉の向こうから、叱責の声が轟きわたる。
「老師、その強き者ですが、それがしの放った炎の弾丸が全く通じず、渾身の”混沌の百雷”を受けても平気でした。あれ以上戦っていたら、それがしは敗北したものと思っています。」
「なんと?その者は聖騎士であったと申すか?」
「いえ、そんな風には全く見えませんでした。威勢の良さそうな、そこらのゴロツキにさえ見える者で。到底叙勲を受けた名誉ある騎士には程遠い者であるかと思えました。」
「うーむ、その方の物言いでは、強き者はお主の部下を殴り倒したと言っておったの。それは誠か?」
「はい、凄い速度で距離を詰め、剣も槍も彼奴を捉えることができませんでした。部下共は皆きりきり舞いさせられて、接近して来たあ奴の拳で叩きのめされました。」
「鈍重なオークどもではそんなもんかも知れんな。しかし、侮れん。」
「次はいかように動くべきでございましょうか?」
「退け。ラサリアの領内でウロチョロしておったら、それこそ問題ばかり多くなる。妖精の国も、我らが遥かに越境して、ラサリアに浸透していると言うのは面白くなかろうよ。」
「は、おおせのままに・・・。」
「やれやれ、この程度の事でも、上手く行かない時はあるもんじゃな。」顔に入れ墨をした老人は、短い髭を手でさすりながら、そのようにぼやいた。