第八十九話 こちら管制室
「しかし、凄いですね。アドリブで何とかしちゃいましたよ。」
「ああ、成功だったな。」
「あの判断、ナイスだったとは言い難いんだけど?あれで変なパラメーターが生じたらどうするつもりだったの?」
「賭けだったな。あれが”死の使者の先代”って事なら、彼女以外には居なかっただろうし。」
「確証は無かったが、”トリックスター”の内で、あれ程の高位は彼女だけだろうと思ったんだ。」
「結果としては悪くは無かったわね。彼女自身のゲシュタルトも想定よりずっと回復している。」
「元々、彼女が”守護者”でなかったら、彼はあそこまで戦えていなかったろう。俺達の助力なんか微々たるものだった。」
「けどまあ、知ってたとは言え、凄い辛抱強さですよね、あの人。十五年とか俺だと耐えられない。」
「ああ言うタイプは思考そのものが楽しみで、考え事をすると落ち着くし、休息になるんだよ。そして、蓮條も同じタイプだけど、それに比べても、彼女の場合はその資質と傾向が桁外れに大きいんだ。」
「蓮條の場合は、その代わりに人と話してるだけで疲れるタイプでもあるわよね。」
「彼が考え事をしてないのは、力仕事の最中と、女性に奉仕してる時だけかな?いや、女性との時はずっと考え事をしてるか。その他の時は、他人に過度に気を遣うから疲れてしまうんだろうね。」
「彼女の場合は、他人に迷惑を掛ける方法を考え出す事で愉悦を覚える危険人物なんだよな。嬉々として思考し、その思考を相手に投げつける。」
「そして、必然的にアウトサイダーになると。けど、それも仕方ないだろうな。あんな人物が過度に社交的だと、却って困る場合が多いだろうし。役柄にせよ、能力にせよ、本質にせよ・・・。」
「彼女なりの篩なんじゃないの?あんまり他人を近寄せない為の。」
「君は理解が浅いよ・・・。彼女に迷惑を掛けられてないから、そうであるのも仕方ないがね。」
「終わったぞ。ただし、一人だけは不在だった。」
「お疲れ様、大活躍だったね。そいつは下っ端だから、他の連中には何も差し出がましい事は言わないと思うね。」
「・・・・・・。」
「しばらく出番は無いと思うので、ゆっくり読書を楽しんで下さい。」
「ああ、そうする。」
「あんた、サエにだけは返事するんだな。」
「おい、睨んでやるなよ。そこまでの事じゃないだろう。」
「・・・・・・。」
「俺もサエも、君の協力抜きでは、成功は無いと思っている。君が切り札なんだ。」
「もちろん、協力は惜しまない。だが、気乗りしている訳でもない。」
「助かるよ。」
「・・・・・・。」
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「後は半日程でノースポートじゃの。」
「そうだな。」黙っていてくれると嬉しいんだが、また話し始めたな。
「もう、そろそろ休憩を取る時間じゃろう。例の非物質化している男の為には、ノースポートの薬師に頼んで、傷薬を買って来れば良いのではないかな?」先代はそう言うが。
「やはり、あまりよろしくない事態が起きているのか?」俺は恐る恐る聞いたが。
「いや、もうすぐ人口が多い場所に入って行くのだからな。人目を配慮はした方が良いと思うのじゃが。」先代はそう言うが、まさに道理だった。
「あたし、言われたとおりにお薬買って来るね。お金も持ってるし。」アローラがドアを開けて外に出ようとする。
「頼んだ。発熱と凍傷、傷口の化膿が問題だろうから。その用途の薬を買って来て欲しい。」
「うん、わかったの!」アローラはドアを閉めて馬車の外に出た。多分、すぐに空を飛んで行く事だろう。
「のう、邪眼の石はまだ持っておるよな。」先代は確認した。
「言われたとおりにな。」俺は腰の革袋を示した。「失ってはならぬぞ。あの街の謎は、地下の旧市街にある。そこを目指すが良い。」
「俺達はあんたの所に行った時の様に、散々に追い回されるのではないのか?」俺の心配はそこにあったが、「モルドラの勇者が居ないならば、何の問題もないだろうさ。」との返事が返って来た。
「回りくどいな。」
「そう言う性格なのじゃ。もう、この年では何ともならぬわ。」先代は苦笑している。
「お前は”狂言回し”と言う事か?」
「ふふ・・・。”トリックスター”とも言うのだよ。覚えておくが良い。」
「わかった。とにかく、この石は大事にする。」俺は完全にその気になっていた。
「そうしておくれ。」
何故だろう。信じる理由など一つも無いに等しいのに、俺は先代の言う事に従うつもりになっていた。
俺は操られているのだろうか?と自問してみたが、どうもそうではなさそうだ。
俺の中の何かが行けと命じている。だから行くのだと・・・。
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「ゲシュタルトの育ち方が順調過ぎて気味悪い程ですね。」
「しかも、素晴らしく安定しているのが見逃せないね。歪さが全くない。」
「本来の彼・・・ですか。俺達の知らない彼。」
「そうだな。本来の奴は、人を愛し、人に愛される機会を更に多く得るべきだったのだろう。それらを失えば苦しむだろうが、それを乗り越えるか、失わない為に精一杯足掻くべきなのだろう。」
「だから、君は彼を愛し、彼が愛する人と再会させる為に尽力してくれたと言う事なのか?」
「否定はしない。他にもあるが、それは些細な事だろうから説明は省略する。」
「更にイレギュラーの六番目も出て来ているし、それが良い循環を描いているのも間違いないか。」
「そのせいで、基本線から逸脱した影響を与え始めたら、それはそれで問題でしょうけど。」
「更に私が協力的なのもイレギュラーなのかね?」
「いや、それは違うのだけれど、大いに感謝される方向性ではあるね。」
「後36時間。オンコース。」
「段々と勝負の時が近付いて来るな・・・。」
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「ありがとうな、アローラ。」頭を撫でてやる。
「これで、あの気味悪い人間凧みたいなのを、ようやく地上に降ろせるね。」
「見てくれの酷さと来たら、最悪だったからな。なにしろ、空飛ぶ燐光を放つ悪霊を、馬車が引き連れて進んでる訳だからな。」
「見てくれだけであろうよ。別にあ奴が悪霊に本当に変化した訳ではないぞ。」
「その見てくれがとっても大事な場合もあるのよ、先代さん。」
「否定はしないが、お主等、もう少し世間の目を気にしない自由さを追求した方が良いと思うぞ。」
「金輪際、あんたと同じ方向性を探ったりはしたくない。俺からは以上だ・・・。」
「酷い塩対応であるな。」
「なら、まともな魔術師であると俺達にアピールしてみろよ。」俺からの希望であり、意見でありはそれ以外にはない。
「ふふん・・・。まこと、お主は照れ屋じゃの。お主はそう言うキャラを崩さんから固いと言われるんじゃ。」
「それだ・・・。」俺はかなり強めに眼力を使ってみた。完全に喧嘩を売る寸前位に。
「妙に真面目な顔付じゃな。」
「俺はいろいろと考えた。結果として、俺は気が付いた。」
「何をじゃ?」
「お前は俺を知ってる、前から知っている。そして、何故か俺もお前を知っているのだと。」
「ほう・・・・。」先代の顔も真面目なものだった。とても真摯な表情を浮かべている。
「一体何がどうなっているんだ?俺はそれを知りたい。」
「我からの助言は一つじゃ。更に務めよ。更に進め。それだけじゃ。」
キッパリとした口調で先代は俺を突き放した。口元をしっかり閉じている。
「・・・・・・。」
「あのさ・・・。」そんな会話を遮って、アローラが何かを言おうとしている。
「なんだ?」
「あたしは今回はここまでしか同道できないのよ。」アローラは下を向いて、寂しそうに言った。
「もうすぐノースポートよ。あたしはエルフの勇者だし、ノースポートとはしばらくは敵対関係に近くなるの。だから、使節団の無事を確認したら、その時点でおさらばだわね。」
「・・・・・・。」先代は俺達を黙って見ているだけだ。
「シーナに、出迎えの兵隊を出すようにとも伝言して来たの。彼等が来たら、あたしは森に帰るね。」
「わかった。」予定のとおりに進行するなら、それしか道は無いと言う事になる。
「お主は、フルバートに潜入するのだろう。我の言葉を信じて。」
「ああ。」
「ならば、忘れるな。誰と誰が何をして、お主が彼等彼女等に何を感じたのかを。ゆめ、忘れるではない。」
「お主がフレイアやアローラに感じた様な、アリエルに感じた様な何か。それは偶然では無いのじゃ。」
「ほう・・・・。」遂に俺の聞きたい事を話してくれるのか?
「それらは運命であり、宿命であり、ほんの少しの作為が込められておる。」
「つまり、あたし達を操っている人が居ると言う事?でもね、あたしやフレイア様の気持ちは本物なのよ?」アローラが口を挟む。
「操る?いや、違うのぉ。説明が込み入っていてもどかしいがな。お主等は皆操られて等おらぬぞ。」
「じゃあ、何だってんだ?」
「お主達は志願してやって来たのじゃ。それはいずれ知る事になるし、理解できる事となるじゃろう。今は励め、それ以外の助言はできぬわ。」
「聞き逃しておくわよ。あたしは誰にも操られないのよ。自分の信じたとおりにやるし、フレイア様の建てた計画のとおりに動くの。」
「そうするが良い。我も、我の役目を果たせる様に努めるのみじゃ。我が今話せる事はここまでよ。」と言うと目を閉じた。
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外で大騒ぎする音が聞こえる。
「ノースポートの剣士団だ!」と言う声が・・・。
俺は、鎧櫃を引っ繰り返した。一つ目は何も見つからず、もう一つの中に例のマントが見つかった。
「アローラ、マントを着ろ。」俺はそう命じて、俺もマントを着た。手を延ばして、アローラらしき何かを掴んで、ドアを開けて外に飛び出す。
そのまま、腕の中にある小さな何かを抱きしめて、空に飛び上がる。
「また会おう。」「うん、待ってるの。」俺達は空中で抱き合って、ひたすらに唇を貪り、舌で口内をまさぐり、唾液を呑み合っている。
身体中をお互いにまさぐるが、鎧に阻まれてしまう。「また会おう。」「うん。」それだけの言葉を交わし、俺は彼女の手を握って、その後にそれを空中に投げ放った。
俺が下方の馬車に舞い戻ると、空中に居た気配は消えた・・・。
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「俺達何もしてないのに、勝手にあちらで動いてくれている・・・。」
「自分でトリックスターって言い放ってたし、確定だな。」
「御大ご自身の出馬はまだなのかしら。」
「俺達は全然数が揃っていない。大物でいち早く帰って来れたのは彼だけだからな。」
革のスーツで読書に没頭する男を俺達は見つめる。
「中堅あたりも徐々に揃って来てはいますよ。でも、それでも全然足りちゃいない。だからこそ、俺達小者が何とか場を繕う以外に方法は無いけど、流石にキッついですね!」
「今でも最低限の管制要員は揃っている。彼も協力してくれている。順調にダイブして来たメンツもゲシュタルトが充実しつつある。課題も次々とクリアしている。」
「まあ、順調でしょうね。この上なく。」
「驚くべきレベルで順調だな。今の時点では・・・。」
「問題は、今に至るも”外側”に配置できる人数が圧倒的に足りていない事よね。まだ少しは猶予があるとしても、見過ごせない問題が今後生じるでしょう。」
「そこは更に努力するしかないだろうが・・・・。」
「サエにもヴァスにも呼び戻せる者はいない。だから、管制に専念して欲しい。」
「私が動こう。一番呼び戻せる手駒が多い。」
「・・・・・。」
「不服か?」さほど苛ついた顔はしないが、彼の目付きは変わらず冷たい。
「いえ、多少意外ですが、とても助かります。」
「そして俺だな。できる限りは呼び戻す。だから、管制は任せた。」
青白い顔で、手足が奇妙な程に細長い男が席を立つ。
「気は進まないが、全力を尽くそう。」
「後半部分だけを口にしていたら、他人から好感を得やすいと思うのだけど。」
今度こそ凄い目で睨まれたが、ヴァスと言う男は平然としたものだ。
「だが、助かる。君と彼の揃えてくれる人数があれば、圧倒的に俺達はやり易くなる。」
革のスーツの男は鋭く頷き、踵を返して奥に去って行く。
「それでもギリギリの人数だろうけど。」サエと呼ばれる女は小さく呟いた。
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「ハルト、アマル。お前達が来てくれたのか!」俺は喜んでそう叫んだ。
「兄貴!俺達も遂に専業戦士です!」ハルトが錬金術ギルドの剣を抜いて大きな声で挨拶する。
「お久しぶりです、兄貴!俺達、カイアス隊長の部下として、正式の戦士団に入る事ができたんですよ!」アマルも喜んでいる。
「随分立派になったじゃないか。あれから4か月、お前達も頑張ったんだな。」俺も笑み崩れてしまう。
「ノースポート周辺でシーナ様の指揮下に入って、怪物を倒しに倒してました。兄貴に比べたらマダマダですけど、度胸だけは付きましたよ。」と二人は口々に俺に自慢混じりに挨拶をしていた。
「俺達だけじゃないんです。シーナ様はまともに働こうとする無産階級の若者をスカウトしまくってます。大体が途中で跳ねられたりしてますが、軍隊に残った者達はやる気に満ち溢れています。」アマルはそう言って胸を張った。こいつは残った少数派と言う所なのだろう。
「俺達工兵隊の後釜は、その跳ねられた連中なんです。闘争心が弱いし、命知らずでもない奴等ですが、働く気はちゃんとありますから。それと、ノースポートでは水路の再整備も盛んになってます。仕事は溢れていて、皆の懐も温かくなって、街には笑顔が戻って来ました。」アマルはしみじみとそう言ったものだ。
「ほら、カイアス隊長の本隊があそこに見えて来ました。」ハルトが指を差す。30人ばかりの輝く鎧の一団が丘の上に見える。
「遂に帰って来たか・・・。」俺は大きく息を吐き出してそう呟いた。
「いろいろあったんでしょうね。また、夜にでも俺達に兄貴の武勇伝を話して下さい!」アマルが満面の笑みでそう言うが・・・・。
「多分、お前達に話しても、本気にして貰えない事ばかりじゃないかと思う・・・。」
大蛇の心臓に一撃、悪竜の目玉を抉って脳味噌を掴み出す様な狂気の戦い。与太話の類だよな、これって・・・。
それと、妖精族の女王と幼い外見の勇者を相手に快楽まみれの生活を送っていた事は、どこの誰にも口外できないと来たもんだ。
「それに、俺達は滞在期間のほとんどを幽閉されていたんだ。俺にしても、戦いの時以外はずっと同じ館に蟄居していた。他にもあるが、復命が終わってない今は誰にも詳細を話せない。」
今のこいつらに話して良いのはこの程度だろう。
「わかりました、兄貴。外交使節の行動は機密事項ですからね。」ハルトはそう言う。
「お前、そんな事をどこで聞きかじったんだ?」と俺が言うと「シーナ様からいろいろと教えて頂きました。」とアマルが代わりに答えた。
「内密の話ですが、来年は、俺達も使節団に同行するかも知れないとの事でしたし。」
「それにしても、兄貴変わりましたね。」アマルが俺の顔をしげしげと眺めている。
「全く、何があったんです?」ハルトも首を捻っている。
「俺がどうかしたのか?」と意味がわからないので二人に尋ねたところ。
「兄貴、凄く変わりました。どこがどうとは言えないんですが。」ハルトはそう言っていた。
****
「まあ、わからないだろうな。」
「でしょうね。でも、ちょっとだけでも気が付いたのは凄いと思わない?」
「ああ、アリエルが本来の役割を発揮していると言う事なんだろうが。」
「それでも、まだまだなのよね。」
「そこらは、今後に期待する事としよう。今は別の事に集中しないとな。」
「はい、そうしましょう。」
奥からゾロゾロと出て来る者達が居る。
「ヴァス、俺達も動くぜ!」
「帰って来れたのか、お前達。」
「今回は・・・今回こそは味方同士だな。俺は嬉しいぜ。」
「同感だ。」
「今回は10名だ。彼はちょっと無理してくれたんだ。」
「感謝の言葉もない。」
「彼とも、何時か和解してくれよ。」彼はヴァスの肩を叩いて小声でそう言った。
ヴァスは無言で頷いた。そして、男と握手を交わしたのだ。
後35時間と少し。
「来た。彼が・・・・。」
「次のフェイズに入ります。」全員にコピーされた文書が配布される。
「詳細は追って説明します。通信用にこれを渡しておきます。」
机の中に用意されていた携帯電話が多数。凄い数が入っている。
「誰がどの電話を持っているのかがわかる様にね。」
サエが番号の欄に名前を書く様にとそれぞれに指示している。
「分岐点がまたやって来る。しかも、これが一番大きな分岐点だ。」
ヴァスが舌で唇を湿らせている。緊張している時の彼の癖だ。
管制室に響くのは、それぞれの呼吸音と、バインダーに挟まれた紙に新入り達が名前を記入する音、僅かな足音。そして・・・・。
高らかで、心を震わせる様な美声。心を高揚させ、揮い立たせる希望に満ちた賛歌。
「俺達はあの声に呼ばれた。」男はそう言う。
「彼の献身あってこそだ。」まだ間に合う。まだ遅れてはいない。
「蓮條、しっかり選んでくれ。頼んだぞ。」ヴァスはそう独り言ちた。