第八十四話 アローラが見たノースポート
空を透明なままで飛び回っている。まるで自分が大気の精霊になったみたいな気がする。
そう言えば、ノースポートの主であるアリエル姫、彼女の名前は本来は”大気の精霊”って言う意味らしい。でも、先代夫婦の他の子供達の名前が揃って誕生星座の名前で、アリエル姫の誕生日が四月一日なのだから、本当は牡牛座の子供って言う意味ではないかとも思うのだ。
でも、どんな人なんだろう?レンジョウを召喚した大司祭様って人は。
もう夕暮れ時を過ぎて、空は暗くなり始めている。あたしは空を飛んでいるから、僅かな残照が見えるだけで、空は藍色に変わり始め、地面の上を見れば、遠くに最後の羊を囲いに入れ様とする牧童達が走っているのが見えるだけだ。
ノースポートは・・・あ!あれは海だ!だったら、ノースポートは街道の先に・・・見えた!城壁と建物。ちょっとだけ進路変更。
結局、着いた時には空は暗くなり、門は既に閉じていた。困り果てながら、マントを解いて姿を現し、門の上に居る兵隊らしき者達に呼び掛ける。
「この街に入れて頂戴!あたしはアリエル姫に御用があって、使いを頼まれた者なのよ!」と大声で呼び掛ける。
「おーい、子供が夜にやって来て、姫様に御用だと言っても取り継げる訳がないだろう。けど、門の外に置いておく訳にも行かない。ちょっと待っててくれ。」と言って来た。
「じゃあ、壁の上で待ってても良い?」と聞いたら、「空でも飛ばないと城壁の上に登れるもんかね。」と苦笑いしているが、あたしはマントを纏い、空に飛びあがった。
「ほら、壁の上に来たわよ。」とマントを再び解いて姿を現すと、兵隊達はビックリ仰天!
「この子、エルフじゃないのか?」「魔法のマントを着ているぞ。姿が消えて、空を飛んだんだ。」「あの弓も魔法の弓なのか?魔法の鎧らしきものも着ている。」と大騒ぎになった。
しばらくして、夜が完全にやって来た後に、大急ぎで馬を飛ばして来る人達が見えた。けど、こんだけ人が集まって来るのが遅いって、この街は防衛関係に重大な問題を抱えてないのかな?と思った。
スカートをはためかせて、城壁の上まで女の人が一気に上がって来た。大体、あたしが来てから三〇分は掛かってる。大きな街だから、馬を飛ばしても随分時間が掛かるのはわかる。けど、遅いのよ。
「こんばんは、私はアリエル姫の侍従のシーナと申します。そちら様は?」
「フレイア女王に仕える、ヴァネスティの森の勇者アローラなの。レンジョウとフレイア様からお使いを仰せつかって、フルバートの近くから、ここまで空を飛んでやって来ました。」そう言うと、シーナって人は目を真ん丸にしてたけど、気を取り直して、あたしに後ろをついて来る様に言ったの。
そして、壁の下に着くと、あたしを片手で!抱え上げて、馬の上に乗せて、横にスリットの入ったスカートから足を大きく出して馬に跨ったのよ。
この人は、見てくれよりずっと凄い人だとあたしには理解できたの。頭も良さそうだしね。エルフには少なくない、とってもせっかちなタイプだってのもわかる。
と言うか、この人、たまたま人間に生まれただけで、エルフに似た感じの人物なんじゃないか。そんな気がする。きっちり悪いところもエルフに似ていそう。
癇癪持ちや、せっかちや、嫉妬深いところが。そして、エルフの狡猾さや、執念深さ、なによりも敵に対する容赦のなさも似てる感じがする。その反面に、理性と知性と、諦める事を知らない頑固さも持ち合わせてる感じ。
そして、見た目もエルフと共通点がある。細身の結構な美形だし、吊り気味の目元とかもエルフっぽい。
「到着しました。ここがアリエル姫のおわします”魔術師の塔”です。」と、街のほぼ中央に位置する青銅の巨大な塔が見える。エルフの基準から言うと、余り好きになれない建物だが、これが人間達の魔術師の好みなのだろう。
「ありがとう、シーナさん。けど、どうやってこの塔には入るの?」とあたしが聞いた途端に、天井の一角が斜めに降りて来て、それが階段となった。大体五メートル位の高さにその入り口はあった。
「ここまで人間の魔術師は頑張って守りを固めているのね・・・。」と思わず声に出してしまう。
そう、エルフの街にはこんな塔は不要なのだ。フレイア様が捕らえられるか、殺される時には、エルフの森の民は全員フレイア様を守るために命を失った後だろう。こんなものは最初から不要なのだ。
「さあ、上がりましょう。」シーナの後をついて、あたしも階段を登った。
あたしにはわかる、シーナがどれだけ鍛えているのかを。あたしの基準じゃなくて、人間の基準としてはシーナは最高レベルまで鍛えているのだとわかる。
その足取り、足捌き、姿勢の保ち方。この人は熟練の剣士と同じレベルまで鍛えている凄い人だとわかる。若いのにね。”人間にしては・・・やるわよね。”
実際、あたしが思い浮かべる様になった人間代表とは、今やレンジョウなのだが。あれはちょっと別物って感じが凄くするし。
そもそも、人間代表として考えているとかではなくて、何時でもレンジョウの事を考えてるだけの様な気がするし。
そして、塔の上に登って行き、遂に辿り着いた先にアリエル姫は居た。
「こんばんは、アリエルと申します。貴女はエルフの森の勇者様なのですね。」彼女は椅子から立ち上がり、そう言ってからあたしに椅子を指し示して「お座り下さいませ。」と軽く微笑んだ。
あたしの身体に軽く何かの衝撃が走ったのを感じたわ・・・。
”この人は絶対に味方をしてくれる。絶対に信用できる。”心の中で強く響く声が聞こえる。
そうなの、この人を最初に見た時に何故か感じた気持ち。一度も会った事の無い人なのに懐かしさを強く感じる・・・。
だから挨拶をしたの。気持ちがグラグラしてたから、何か口にしてみたかったし。
「エルフの勇者アローラです。アリエル姫様、お初にお目に掛ります。」そう・・・本当に初めてなの?あたし達、出会った事は無かったの?
「ご訪問に感謝します。ところで、ご用向きは如何なものなのでしょうか?」アリエル姫は少し怪訝そうに言ったのよ。
「あのね、お姫様。実はレンジョウが困っているのよ。」と切り出して、その後にカーリに関してのあたしが知っている事をお話したの。
「あたしとレンジョウは、”塔の中の姫君を助け出して欲しい”と言う、お姫様のお父様が遺した言葉を叶える為にフルバートの廃寺院の上に立ってる尖塔を目指したの。そこに幽閉されているサリアベル姫が居ると信じてたから。でも、そこにいたのは、南でトラロック様と戦っているカーリと言う魔女だった女の人がずっと眠っていたのよ。」
「カーリと言う魔女だった女の人ですか?少し理解しがたいところがございますね。」アリエル姫は首を捻っているわね。まあ、あたしでも良くわかってないのだし。
「なんでも、カーリと言う魔女は、お姫様やフレイア様みたいにご先祖様から魔法を受け継ぐ魔術師ではないらしいの。誰かの身体を乗っ取って、使い捨てる何かがカーリの正体みたいなのよ。そして、今のカーリは囚われの身だったサリアベル姫だと言う話なの。」
「何が何だかわからないのですが、そのカーリの先代だった女の人とレンジョウはどう関係して来るのですか?」姫様に状況を説明しないとね。
「カーリの先代は、まだカーリだった頃の力を行使できるみたいなの。疫病や飢饉を起こす力を持っていて、近くの人に黒魔術をぶつけて来るのよ。だから、レンジョウがそれを今は引き受けてくれているの。」
「先日に起きた地震で、フルバートは被害を受けてしまって、寺院の尖塔も崩れてしまった訳。だから、カーリの先代は今は野放しになってるの。白魔術の封印も尖塔ごと壊れてしまったし。」
「そんな物騒な者をノースポートで匿うべきとおっしゃるのですか?」シーナはかなり反対してる感じね。無理もないけど。
「多分、フルバートの尖塔に封印を行ったのは、姫様のお母様なのよ。フレイア様にも高度な白魔術は使えないし。何とかできそうなのはアリエル姫様だけって事なの。極小さな範囲の封印で何とかなる筈なの。」
「あの女の人を放置してたら、大変な事になるし、カオスの国の勇者が言うには、あの女の人を殺したりしたら、凄い呪いが噴き出す事になりかねないと言う事なの。」あたしは懸命に説明しようとしたけど、要領を得てるのかどうか自信が全く無かったの。
「できるかも知れません・・・。尖塔とかはこの都には沢山ありますが、使われていない物は限られていますし、そんな危険な者を封じるのなら、更に強固な建物の方が適していると思います。」
「小さめの”魔術師の塔”を作るのが良いだろう、フレイア様はそう言っておられたわ・・・。”要塞”って、”魔術師の塔”の事なのよね?」
「ええ、そのとおりです。この魔術師の塔の中に封印の部屋を設ければ良いのです。」と姫様はおっしゃったの。
「ええ?それは問題がありませんか?仮にも相手は敵性の黒魔術師ですよ?その女自体が罠である可能性も高いのです。」シーナがそう言うと、アリエル姫はシーナを諭した。
「お母様が何を考えてフルバートの尖塔に封印を仕掛けたのかはわかりません。けれど、当時に予測された範囲内で、死の力の発生を封じる為に必要だと考えて施術を行ったのでしょう。」
「わたくしはお母様よりも随分未熟な術者ですが、死の力を封じる為に何かをする必要があるならば、その責任は負うべきだと考えています。民に死の力が及ぶ事は断じて許せる事ではありません。」
「ですが、あまりにも危険です。姫様の御身に何かありましては、取り返しが付きません。」と尚もシーナは反対するけど、当然の事と思うのよ。
まさか、自分の住居にあんなものを住まわせるなんて予想外も良いところだしね。フレイア様だったら絶対しない事だと思うのよ。
「危険があるならば、アリエルがそれを引き受けるのは当然です。黒の魔術に対抗する術を一番知っているのがわたくし自身なのですから。」サファイアの瞳は強く輝いて、姫様の決意が固い事を物語っていたわ。
「あのね、実はフレイア様から水晶玉を預かっているのよ。御二人で話をしてみないですか?何かの方針が見つかるかも知れないですし。」とあたしは申し出てみたの。
「拝見させていただいてよろしいでしょうか?」アリエル姫は控え目にこちらを見つめた。
「最初からそのつもりなのよ。どうぞ。」あたしは水晶玉を差し出した。
光り輝く水晶から、黒い羽毛を纏ったフレイア様が現れたの。良かった、普段の恰好で・・・。
「お初にお目に掛ります、アリエル姫。ヴァネスティの主であるフレイアです。いきなりの会見に応じて頂いて感謝致しますわ。」と頭を下げた。
「こちらこそ。意外な経緯ではありましたが、ヴァネスティと誼を結べた事に感謝の気持ちで一杯です。」アリエル姫は控え目だけど、喜び溢れるお顔でフレイア様と見つめ合っている。
御二人の美貌に溜息を吐いてしまう自分がちょっと悲しいの・・・・。
それから二人はいろいろと話し合ってたの。フレイア様もいつになく快活で、悪い事を考えてる気配すら無かったし。
”ああ、この人とは正直にお話したいのね。”とあたしも納得しちゃったのよ。
レンジョウともそうだけど、フレイア様って心を通じ合わせる人を渇望している節があるのよね。本当は楽に生きて行きたいって思ってる感じがする。
「小規模の要塞を設置し、魔力結界を設定するのならば短期間で行えるかとも思ったのですが、御自分の塔の中にカーリの先代を匿われるとは。少し予想外でした。」フレイア様も同感なのね。
「もしもの時に、民に黒い力が降り掛かる事になれば、それは統治者としての怠慢であり、過失であるとわたくしは思います。その様な事はあってはならない事です。」
「姫君の決意が固いと言う事でありますれば、フレイアは強く反対は致しません。ただ、可能な限りの援助は行いたいと思います。何なりと申し付け下されますよう。」
「お心遣いに感謝致します。当面は白魔法の奥義である”浄化”を小規模な範囲で循環させる仕組みを設定して置き、その後に”邪悪からの防御”を内向きに発動する仕掛けを作ります。」
「それに要する時間はどの程度必要でしょうか?」とフレイア様が質問したところ、「”浄化”は今すぐに、”邪悪からの防御”は完成までに2日程度でしょうか。今すぐに、空いている部屋に施術を開始しましょう。」との返答だった。
「流石、白魔法のエキスパートでございますわね。」とフレイア様も驚いているわ。
「まだまだ、母の足元にも及ばない者ですが。」と言うアリエル姫は、丸で白百合の精霊みたいな感じのお方で・・・・。
お美しい。フレイア様が大地が産んだ宝石ならば、この方は空と雨が産んだお花みたいなのよね。可憐さに見惚れてしまいそう・・・。女性の美しさって多種多様なのね。
こんな女性を、あのフルバートの馬鹿者どもが狙っている・・・。だから思ったの。
”フレイア様、この通信が終わったら、フルバートの連中を追い込む悪巧みに立ち戻って下さいね。”と。フレイア様は期待に必ず応えて下さるわ。
心配なのは、期待以上にやり過ぎて暴走する可能性かしらね。
とにかく、まだお話は続いている。あたしの方からもいろいろと情報提供しないと。
そう、この人達はこれから一緒に戦い、運命を共にする同盟の首脳部なのだから。
控え目に微笑む姫様と、希望に胸を膨らませているシーナ。
そして、そこに更に一人の首脳部がやって来た。
「姫様、時間が掛かりましたが帰って参りました。」そう言いながらやって来たのは・・・。
あれは・・・・。
”お爺さん”だった!