第八十一話 邂逅する者達
「どうしたものか。これは我が君にお伺いを立てずにはおけまいぞ。」困り切った顔でイラムラグがぼやいている。
「つらつら考えましたが、我等に咎ある事なぞは考え付きも致しません。しっかり務めを果たしていただけでございまする。」レイヴィンドもゲンナリしている。
「そうなのですよ、ドラナー殿の御好意で、今回の出来事は一部だけでも知る事ができましたが、最悪の場合、我等を拘束しようとかの動きすらありえたと思います。」ウォーラクスはその様に評価する。
「ノースポートの間諜組織はかなり優秀みたいじゃの。エルフの女王もそれに相乗りしておるのだろうかな。今後はフルバート市内での活動は取りやめになるやも知れぬ。」
「シーナめの諜報機関は、未だにフルバートの間諜どもにも、工作員が誰かは特定できていない様子です。書記局は一般市民に毛が生えた様な者共ばかりで、何の情報源にもなりませぬしな。」
「我等としては、道路建設班としばらく行動を共にするのが正解かと。」
「ふむ、そうしようかの。それにしても、タキがおらぬと会話が真っ直ぐ進むのう。」
「老師、あ奴はあれで気を遣ってくれたのですよ。この議題で混ぜっ返したら申し訳ないとね。」
「そうでしょうな。あれでなかなかに雰囲気を気遣うところもございますしな。」
「丸聞こえなんだがな・・・。」と剃りあげた頭を掻きながら呟き、タキは馬車を進める。
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アローラはすぐにやって来た。待機していた長弓隊の兵士達と剣士団は”捧げ筒”の姿勢で武器を構えて元の”休め”に戻った。
誰も号令してなかったのだが、一糸乱れぬ敬礼を黙って行ったのだ。チラリと横目で見ると、アリンザは興味なさそうにしていた。奴にはエルフ兵の練度や兵士の素養が理解できなかったのだろうか?
「女王様の決定を下達する。”使節団の一行は、入国の際に汚れた者共の血を浴びながらやって来た。その品行の不良による咎により元より歓迎されぬ事となった。その件について、ノースポートへの事情の聴聞も行ったが、その返答も要領を得なかった。交渉の無益を遂に悟ったが故に、本日使節団を放逐し、同時にその拘置を解く事と決定した。”」アローラが例の人形モードになってフレイアの決定を読み上げる。
「馬車は修理してあるし、献上品の交換だけは行う。多少の色だけは付けてあるけどね。では、行きと同じよ、言った通りに動かないなら、森の中で死んで貰うわ。」
「本気よ。」と殺し屋モードで全員に凄む。そして、誰もその言葉を疑っていないと見て取るや、手を振って馬車の前後を剣士で囲み、弓兵が後を追う形で進み始めた。自分は最後尾で進む。
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「行ってしまうのね・・・。」小さく呟く。次はフルバート市内に入るまでは何もないだろう。
不意に悪い心がフレイアの中に芽生える。
「もっと違う罰を、フルバートの愚物どもに与えられないものかしら。」口に出して呟いてしまう。
少し、その事を考えてみるべきだろうか。
八つ当たりだとは当然自覚している。けれど、今はそうしたい気分だった。
お臍の辺りを自分で擦ってみれば、途轍もない喪失感と寂寥感が込み上げて来る。
これをどうやって埋めれば良いのか・・・・・・・・。悪巧みだ。
トラロックが嫌い、レンジョウが勘違いしてそんな事はないと思っていた・・・女狐のフレイアが再び目覚めてしまったのだ・・・。
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最初の一撃はまだ会議を繰り返すフルバート議場で放たれた。
議会では、既に水晶玉が片付けられ、エルフの国とカオスの国にどの様に対処するかの協議が行われていた。
愚かな発言をしたブレイブ・フルバートは、既にコッテリと脂を搾られて、完全にグロッキーに成り果てている。
意気軒高なのは、変わらずライナード・ブレイブクレストで、フレイアを呼び出して、聖騎士に祝福を与えさせる為にも、装甲兵士ギルドの早期再建について手当を呼び掛けていた。
それにしても、倒壊してしまった装甲兵士ギルド内部では、住み込みのギルダー教官が死亡しており、ギルドとしても次回建造する建物が余程頑丈でない限り誰かを派遣しようとはしないだろう。
フレイアとしては、散々聞いた事のある不愉快な”フレイア活用法会議”に目新しい事は無いと思えた。
大魔法を使って街を再度破壊するのも考え物である。このメデタイ連中でさえも、それが偶然の災害ではなく、魔法による攻撃だと気付きかねない。
だから地味に行く事にした。監視を続けている透明状態の小妖精に精神で命令を下す。標的はこいつだ・・・。
マールティン・フルバート伯爵は、突然鼻に違和感を覚えた。痒いのか、痛いのかわからないが、鼻に変な感じがする。触ってみると、鼻がいつもより大きい。
「なんじゃ?これは・・・。」と声を挙げるが、鼻が詰まっているので間抜けな発音だ。何人かが伯爵の方を向き、その異常な鼻の大きさに驚く。
「伯爵様?一体どうなさったのですか?」女騎士ファラが最初に声を挙げた。続いて益々大きくなる鼻が痛み始めた様子を見て、「お医者様を呼んで!」と声を張り上げる。
こればかりは打算とは別に、ファラは伯爵の所に駆け付けて、痛みに苦しむ伯爵の背中を抱えるが・・・。伯爵は頭を振り回し、白目を剥き始めている。
「背もたれを外して、輿ごとお医者様の所に運ぶのよ。」と周囲の者に命じる。
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多少溜飲が下がった気がする。この老人が、要らない良識を発揮しなければ、もしかするとカオスの国との協定破棄に賛成する者も更に増えていたかも知れないのだ。鶴の一声で、彼等は断崖から脚を引けた。
仕返しとして、この老人には、若さを欠片も与えてやらない。そう、意地悪なフレイアはそう決心している。連中にご馳走とそうでないモノの差などわかる訳も無いのだし。
他人と差別化し、自分だけに不幸を感じさせ、その権力によって他人を打擲し始める連鎖を作る。他人がこの老人を恐れない様になり、反抗し始めたら最高のパターン。
自分にだけ何故かご馳走の効果が無いと気が付けば、この老人は他の人の分のご馳走まで独占しようとするかも知れない。それも面白い。
その場合はシュネッサに命じて、先手を打ってご馳走を全部回収させよう。そして、さようならと手を振るのだ。
餌が美味であればあるほど、取り上げられた際の苦しみは大きい。誰もが欲しがる何かを取り合って争う事を防ぐ。それこそがエルフ族が代々にわたり、”ご馳走”の門外への流出を禁じた理由なのだろう。
全くもって良識溢れる対応だ。しかし、フレイアはそれを敢えて行うつもりでいる。
一つには、フルバート首脳部にはいずれ消えて貰うとして、精々醜く争って貰い、それを後世への教訓とするつもりであるから。
もう一つは、短期的に、フルバート内部で絶対に争いが起きる様に計らう必要があるからだ。それなしには、一体いつまで膠着しているか知れたものではない。
そう、フレイアは敢えて考えない様にしていたが、ご馳走を取り上げられたフルバートの一味は、レンジョウが去った後の自分と同じ気持であるのだろうと・・・。
そもそもが、レンジョウが去った理由の大きな一つがフルバートの存在なのだから。それらを考え併せた末に、フレイアは普段にも増して策略を考え続けた。
”真っ正直に生きて、感じて、誰かを愛していた時は気楽で、充実していて、幸福を存分に感じられた。けれど、その時間は中断した。この愚物どものせいで!”
それは激しい怨恨であり、止められない怒涛の悲しみの発露だった。しかも、一つの大都市の運命を転落に向かわせる程の規模の・・・・。
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森を抜けた・・・。あの壊れていた橋が遠くに見える。今は直っているのだろうか?直っていた。
先頭の剣士団が橋を渡り切り、土手の上で横に路肩に避けた。馬車は全てが橋を渡り、遠くに激戦地だった坂道の登り口が見えた。アローラは全員に馬車の外に出る様に命じた。
「エルフの領域を抜けたところで全員に言い渡す。
”ラサリアの使節団については、今後はヴァネスティへの出入りを禁じる。交易についてはノースポートとは行わないが、フルバートとは開始する予定とする。”
”上記の決定に関して勇者レンジョウの罪を非難する。エルフ族の勇者アローラを謀り、多くのフルバート兵士を傷付けた件については、後日フレイア女王から厳しく抗議を行う事とする。”
”多くの非礼と、重大な虚偽を根拠とした扇動、加えて女王陛下直属の勇者を危険に晒した暴挙。数え上げるにキリがない程である。”」
「即刻立ち去れ!」とアローラの怒りに燃える叫びが轟き、両方の瞳が冷たい青に輝く。
俺は使節団の者達に馬車に乗り込む様に指示し、自分も馬車の中に入った。最後に一瞥を送ったが、アローラは未だに殺し屋モードのままである。
ここは黙って去るしかないのだ。馬車はすぐに進み始めた。
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レンジョウの乗った馬車は坂道に差し掛かり、すぐに樹々の中に紛れて見えなくなったわ。
エルフの兵隊達に手を振って、部隊に引き返すように合図をしたの。皆、心配そうな顔をしている。
森の中に入った時、もう一度振り返ったわ。馬車はどこにも見えない・・・・。
”もしも、レンジョウがあたしを呼んでくれる前に戦死してしまったり、謀殺されてしまったらどうなるのだろう。”
こんな酷い別れ方をして、お芝居とは言え、計略とは言え、レンジョウにあんな事を言ってしまって。
これで本当に二度と会えなかったら、あたしはどうなるだろうか。
突然、頭に血が昇って眩暈と頭痛を引き起こす。心が潰れそうな位の後悔が呼吸をかき乱す。
気が付くと、あたしは地面に四つん這いになって、オイオイと泣きじゃくっていたの。
そして、周囲の兵隊達までが貰い泣きをしているのにも、あたしは気付いていなかったの。
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前方に何かが見える。街道を三時間程進んだ時に、そいつらは現れたのだ。
旗指物を背負った、10騎ばかりの騎兵だった。軽めの板金鎧を着け、長槍とかは持っていない。
フルバートの哨戒部隊かと思ったが、違った様だ。
「ノースポートの使節団の方々でしょうか?」と誰何ではなく、質問を受けた。
「そうだ。」と俺が答えると、「フルバート騎兵団の先遣部隊です。本体はしばらく先で待っております。どうか、我等の本陣にお立ち寄り下さい。」とこれは丁寧な口調と作法での対応だった。
どっちみち、街道を離れても馬車では行く道がない。先導する騎兵に付いて行くしかないのだ。
二時間ほど進んだか?夕暮れが過ぎ、夜が程近くなって来た頃に、先の方で灯りが見えた。
「あそこで本隊がキャンプをしています。」と騎兵が声を掛けて来る。そこは、休耕地にクローバーを植えて牧草地にした場所で、柔らかい地面の上の草を馬がのどかに食んでいる。
テントの中からゾロゾロと鎧を外した兵隊が現れて、俺達の前で横に並んだ。全員休めの姿勢を取っている。
前に立つ騎士らしき人物が馬車の外に出た俺達にも整列する様に言い、次に兵士に号令を掛けて、俺達に敬礼させた。その後に大きな声で休めを命じた。
「フルバート騎兵団副団長、ドラナー・バルダースロワーです。フレイア女王陛下の要請を受け、フルバート評議会の命を受けて、使節団をノースポートとの境界まで護送する任務を拝命しました。総勢50騎の戦力です。今夜はこちらで野営して頂きますよう、よろしくお願いします。」と挨拶を済ませた後に食事を誘って来たのだ。
フルバートの手の者と言うが、態度は全く問題なく、動作を見ても問題なく・・・。これでアリンザと言う男の事を知らずにいたら、思わず油断してしまいそうな人物だった。
しかし、実際に俺はフレイアとフルバート首脳部の約束が交わされる現場を見ているのだ。
「じゃあ、ご相伴に預かろう。皆もここで食事を頂く事にしてくれ。」と使節団の者達にも声を掛けた。
半信半疑の者達も居たが、俺がまず座り込んで食事を貰い始めたので、その後は全員が緊張を解いた。
給仕役の騎兵は、まだ少年と言える年恰好の男子で、木の皿にフライパンで焼いたパンを広げ、その上に煮込んだ野菜や肉を載せてくれた。
竈は複数あったが、最初に食べた俺と、最後に食べた者達の間にはそこそこの時間差があり、腹の鳴る音が響いて皆を笑わせていた。
楽器を弾いて耳を楽しませてくれる者も居て、そこでは確かに使節団を歓迎する騎兵の姿があった。俺達がたとえ本来は敵同士であったとしても、今は違うのだとドラナーは俺達にわかって欲しかったのだろう。
「明日の夕刻にはフルバートを通過できると見ておりますが、今日以降に雨が降る可能性もあります。それを見込んでスケジュールを建てましょう。」
「明日は市場が混む日であると予想されています。脱穀された穀物の最初の分が入荷する予定なのです。広場に並んでいるのが袋だらけで、いつもよりも混雑している上に、生鮮品や保存食が少ないと言う事もありえます。」
ドラナーと言う男、本気でいろいろと情報に通じている。実務能力も高いのだろうし、何より他人の言う事をよく聞くタイプに思える。本気で好感を抱いてしまった。ファルカンに似たタイプなのだ。
そして、ドラナーが遂に仕掛けて来た・・・。
「レンジョウ様、実はイケるタイプだと見ましたが、如何?」と、小さな湯飲みを差し出して来る。
今の俺には毒素や麻薬みたいなものは効果が薄い。再生能力のおかげだ。身体が毒物と見れば、全てを肝臓が叩き潰し、小便や汗にしてしまうのだ。
「貰おうか・・・。」と湯飲みを受け取ると、トロリとした液体が注がれて行く。ドラナーはニヤリと笑った。
口に入れると・・・・これは凄く強い酒のようだ。しかし、口の中で舌を使って掻き回すと、それが風味を変えて、鼻腔から良い香りが噴き出す・・・・。喉を通すと、胃の中でカッと熱くなる。
「美味い!」と言うと、「やはり強いですね!」と俺に瓶を渡し、自分にも注ぐ様に願う。
注いでやると、それを含み、片目を閉じて味わい、最後に喉を通して熱い息を吐き出した。
「お前も強いじゃないか?」と褒めてやると、嬉しそうにしている。まあ、こんな奴も居るんだろうな。
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勇者レンジョウは、ドラナー騎兵副団長と仲良く酒を呑んでいる。
まかり間違えば毒殺されるかも知れないのに、いい気なもんだ。
今はまだそこまでの間柄では無いが、私が彼に酒を注げるようになった暁には、いろいろと考えても良いだろう。
そして、ドラナーの行いについては、是非報告しておかなければならないだろう。私には公私混同に思えるからだ。
エルフの森では軟禁されていたので、何の情報からも隔絶されていたのだが、ドラナーがレンジョウと話している内容を聞くと、レンジョウはフルバート市内に戻って、そこで長槍兵団相手に大太刀廻りを演じたらしい。
その事には、フルバートの要職に就く者ならば、もっと怒って然るべきだろうに。何故レンジョウを褒めるのだ?そいつは敵だろうに?
しかも200人の内の半数をぶちのめした?与太話も大概にしろと思う。大した事のない盗賊でも100人集まれば、レンジョウは私達を馬車に残して右往左往していたのだ。それが専業兵士を200人と正面衝突して勝っただと?
私の中で軽蔑が拡がって行く。レンジョウも、ドラナーも、この使節団全員に対しても。何よりも、今から帰還するノースポートで、あの馬鹿者の始末を完了しなければならない。
母方の股従妹であるシーナ・ケンジントンを。