第八話 魔法剣士
肩の上と中段に構えられた槍が煌めく。合計4人が俺に殺到して来た。鈍器や角材を持って喧嘩したのはもう10年も前の事だ。しかも、今回は鋭利な刃物が付いた殺傷力が段違いの槍である。けど、やる事は同じなのだ。
素早く一番左端の相手の更に左側に走り出す。こうなると、相手は左端の者は方向変換、右側は大回りに回って来るしか方法がない。凄いスピードで走っているせいか、顔が引きつるような感覚がある。夜の大気が目に入り込んで、眼球に痛みを感じる。
太った槍兵は、槍を立てて”捧げ筒”の様な動作を取った。ヨタヨタと脚を動かして方向を変換しようとする。が、俺の方が圧倒的に早かった。初めて使う稲妻の籠手の打撃・・・右手で槍を掴み、右足を軸にして、左足をつま先で軽く踏むようにする。そして、遠心力と回転の力を利用して左の拳を相手の腎臓の上にぶち込んだ。
そこには衣服と鎧の背部分があったが防御効果は発生しなかった。バシっと言う何かの爆ぜる音がして青い閃光が走り、焦げ臭い臭気が瞬間俺の鼻を刺激する。
殴られた槍兵はしゃがみ込んで倒れたが、それよりも早く俺は次の槍兵の手元に飛び込んだ。そいつは槍を肩の上にかざして俺を突き刺そうとしたが、最後まで動作を完了する事はできなかった。
左手で相手の右腕を掴み、身体を回転させて右の拳を鳩尾にぶち込む。また閃光が走り、クタクタと倒れ込む槍兵の手から、俺は槍をもぎ取って、構えようとした三人目の槍兵に投げつけた。胴体に当たった槍は鎧を貫通しなかったが、ひるんだ相手に左右でワンツーを叩きこむと、真後ろに下がろうとした三人目はツーの右拳をもろに受けることとなった。
こいつらは、人間に似ているが人間ではない。俺は闇の中で見える人影の輪郭を確認しながらそう判断した。「何をしておる!」と言う怒鳴り声が聞こえ、更に多くの人影がこちらの方に近付くのが見えた。
剣や更に長い槍を両手で抱えた兵士が見える。四人目は完全に浮足立っていた。
豚のようなたるんだ皮膚の人間もどきは、上官の叱咤と、俺の拳の間に挟まれて居竦んだ。かろうじて中段に構えた槍を両手で突き出したが、俺の左手が槍を掴み、右手で更に槍を握る両手の間を掴みなおし、即座に離した左手がそのまま槍と平行に叩き込まれた裏拳になって顔面を襲った。
拳法の諸手突きの武器への対処型そのままの動きだった。本来は裏拳以降の動きもあるが、この場は目つぶしの段で既に決着していた。
今までは黙って俺を殺しに来ていた襲撃者たちだが、俺の思わぬ反撃に驚き、絶対に殺さなければならないと決意したようだ。どこまでやれるか試してみたいが、危なくなれば近くの篝火の方に避難する事も考えるべきだろう。襲撃者たちは雄叫びを上げて俺に襲い掛かって来た。もう、隠密行動は取りやめにしたのだろう。
長剣と木の葉型の盾を備えた連中が集団でやって来る。人数は8人、その後ろと左右に10人ほどの長い槍を備えた兵士が散開して並び始める。集団VS個人では必ずと言うレベルの行動がある。個人は集団に囲まれたら絶対に勝てない。だから、必ず端から攻めて行くのだ。今回も俺は左に走った。
ノースポートの練兵場を見学して思っていたが、何故かこの世界の剣と盾を持った連中は同じ行動を繰り返す。足を止めて、剣を上に掲げ、斜めに振り、相手はそれを盾で受けて、次に自分が剣を上げ、斜めに振り降ろすのだ。そうしなければならないルールがあるかのように、剣士たちは同じ動作を繰り返す。
こいつらも同じであるようだ。一発目の振り下ろしを下がって避け、もう一度振り上げられる瞬間に踏み込んで腋の下に拳を入れる。次の剣士は右に回り込んで、左手で盾を掴んで俺の身体を回転させ、右の拳を左肩にぶち込んで無力化した。三人目は振り上げる剣をくぐって相手の籠手を右手で掴み、左拳を肘の内側にぶち込んだ上で続く右拳を顔面に叩き込んだ。
稲妻の籠手が俺に与えてくれた恐るべき速度は、常人では捉えきれないものだった。俺は常にイニシアティブを取り、相手をきりきり舞いさせた。
長槍を持った兵士は槍と槍の間をすり抜けて来た俺の突進を止められず、左右に振り抜いた拳を食らって、その武器もろとも横転した。大きな武器を構える腕力と体力はあっても、所詮装備が重過ぎて、異常な速度で、武器を掴み、逸らしながら肉薄してくる相手には対処できる道理がない。剣士たちも長槍兵を殴り倒した俺を追うだけの速度を備えてはいないし、味方が武器ごと転倒している場に足を踏み入れても次の犠牲者になるだけと知っている。更に長槍兵が2人殴り倒されて、いよいよ状況が悪くなって来た。
「相手は一人だけであろう!者ども、一旦下がりおれ!私が彼奴の相手をしようぞ!」と馬上の立派な兜の男が怒鳴り声をあげた。
「邪魔っ気な輩よ!お主もここまでと知れ!」その男は何かの輝くペンダントに見える物を左手で鎧の中から掴みだすと、右手を俺に向けて構えた。
「この災いを受けてみろ!」男は俺に炎の弾丸を投げつけて来た。これまで機会のなかった魔法を我が身に受けてみる経験だったが、実際に経験してみると何と言う事もなかった。
ガン!と言う軽い衝撃が身体の表面で生じ、俺の身体の線に沿って、炎の舌が薄膜になって広がった。そして、それらは唐突に小さな破片となって、俺の周囲から散乱し、闇の中に小さな粒となってすぐに燃え尽きた。
「何?」と言う呻き声があがり、もう一発の炎の弾丸が飛来した。しかし、それはまたも無益に俺の前で散華した。魔法免疫と言う何かの資質か能力は確かに俺に対して有益に動作しているようだ。
「魔法が効かないだと?お前はアリエルの呼び出した英雄なのか?だが、お前の様なアーキタイプは見た事がないぞ。」目の前の魔法使いらしき人物は驚きを隠せないようだ。
俺は心底面倒になって来た。俺とこの集団が戦っているのに、物見高く見物しているだけの連中に対しても腹立たしさが抑えられない。
「悪いが、俺も忙しいんだ。で、どうするんだ?まだやるのか?」俺は敢えて奴を挑発してみた。「これならどうだ!」魔法使いはペンダントを掲げ、短く呪文を唱えた。まだ残っていた兵士が隊列を組みなおして、一丸となって俺に接近して来る。
突然、青天の霹靂が俺を襲い、耳をつんざく稲妻の咆哮が俺の周囲で鳴り渡り、周囲を紫色に発光させた。オゾンの嫌な匂いが立ち込める。それには構わず、俺は長槍兵に接近して殴り倒し、奪った長槍で剣士を横殴りに叩いた。その後は剣士も殴り倒され、次の剣士も同じく拳の下敷きになってのびてしまい、遂には残った長槍兵は槍を捨てて、腰の剣を抜いて襲って来た。が、それは単に被害者のカウントを伸ばすだけの結果に終わった。
「退くぞ!こんな訳のわからない奴と噛みあうのは真っ平だ。全員撤収、負傷者を何とか運べ!」魔法使いは怒鳴った。「そこのお前!俺たちは退く。お前の仲間は見ているだけのようだがな。お前だけで追い掛けて来るか?」歯噛みしながら、魔法使いは強がって見せた。
「じゃあな。俺もお前らが帰るってのなら、それ以上追い掛けるつもりはないね。」俺はそっけなく答え、連中が負傷者を収容する最中も邪魔建てしなかった。
後に残ったのは、連中が遺棄した多くの武具、剣、盾、長槍。それとひん曲がってしまった兜が幾つか。「他はどうなったのやら。」訪問途中で敵と遭遇してしまったが、目当ての小隊は無事だった。
「あれが襲撃者の親玉だったのか?なら、全員退いてくれたって事かな?」
何もわからない。何が起きたのかもわからない。うやむやの内に、どうやら俺がこの世界に来てからの最初の危機は嵐のように来て、去って行った様だ。