表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/166

第七十七話 フレイアの教育

 僅か二十分程ではまともな議論なぞはできる訳もない。とにかく、決まったのは”アローラなる娘を誘った者は誰だったかを問い詰める”と言う事だ。

 その者は、手口から言ってもアリエル姫が召喚した勇者に違いないと思える。その場合は、フレイア女王からも非難声明をノースポートに送る事で、謝罪に代えるものとすれば良い。

 アローラと言う小娘の物言いにせよ、フレイア女王の態度にせよ、金品を求めたりすると、フルバートを目指して軍勢を派遣し兼ねないと判断されたのだ。


「あの水晶玉で、議会の声を聞かれたりはしていないでしょうか?」と懸念する議員も居た。なるほど、ありえる事であろう。

 卑劣な手に対しては、貴族たるもの出し抜かれる事それ自体が怠りであり、許されぬ事であった。

 そもそも、計略とは自分達が仕掛けるものであり、他人に致されて良い事ではないのだ。


 とにかく、あ奴は「エルフは嘘を吐かない」と言い、「陳謝の用意がある」とも言った。それらを鑑みるに、ノースポートへの非難は行って貰えるやも知れない。それによって、アリエル姫の立場を悪化させる事ができるのだ。


 さあ、そろそろ予定の時間だろう。


 ****


 二人のエルフが並んで再び姿を現した。両方ともに完全な無表情・・・の筈だが、先程と比べておかしな事に気が付いた者も居た。

 それは騎士団副長のドラナーには見えた、他にも女騎士であるファラは敏感に気が付いた。

”あの小娘、どうしたんだ?僅かの間に美しくなっている。”それは造作が変わった訳でもなく、色気が仄見える訳でもない。だが、驚くべき変化があったのは感じられる。

 ただ、その理由はわからない。そして、その変化に彼と彼女以外の議場の誰も、鈍感にも気が付かなったのである。


 スラリと自然に背筋を伸ばしたエルフの少女は、愛する男の願いを汲んで、見事にその内面を変化させたのだ。あるいは、その本質にまた一歩近付いたとも言えるのであるが、その事を知る者はこの世に三人しか存在しない。


 ****


「フレイア女王、約束どうりの時間にお越しになられて、我等一同安堵しております。」マールティン・フルバートは今度は遜って物申した。

「いえ、当方としても、そちら様には少しなりとも議題を纏めて頂ける様にと配慮したまでの事。さそくに議題を進め、お互いに自由な時間を過ごそうではありませんか。」と隠れてフレイアは嫌味を口にする。


「議題としては、やはりヴァネスティの勇者殿が同道した者が何者かについての情報提供から始めたいと思うのです。勇者殿がどの様な成り行きで、不埒者に手を貸されたかについては問い詰めませぬ。しかし、当方でも百人近くの死傷者が出ており、内八十人程はまだ快癒の端緒にも至っていません。骨折や各所の筋骨の断裂によって、将来とも軍務に就く事が適わなくなる様な重傷者が今も病院で寝台に寝かされています。」まずはブレイブ・フルバートが発言を行った。

「あのケダモノの様な非道の輩こそは、ノースポートでアリエル姫が召喚した噂の勇者であろうと我等は目しています。その点について、勇者殿に審問を行いたいと思うのです。如何でしょうか?」


 レンジョウをケダモノ呼ばわりされて、フレイアは内心では怒りが渦巻いたが、ここは思い通りに筋書きが運んでいるのである。我慢して穏やかな表情を作った。

「それはそれは・・・まあ構わないでしょう。では、アローラ、当時の状況をお話しなさい。」

「わかったの、フレイア様。」


「あたしはまず、同道していた者が用意していた隠れ家に案内された。以前から用意されていた場所だったみたい。けど、何故かそこに居たカオスの国の勇者達に発見されて、逃げ出す羽目になったの。」

 そこで、フレイアがジッとフルバートの首脳部に目線を合わせる事になった。

「何故でしょう?我等はカオスの国と永らく国境線の設定に関して争っております。何となれば、彼等が南下を企み、国境を越えて浸透して来るからなのです。何故、カオスの国の勇者達はフルバートに居たのでしょうか?お答え下さいまし。」


 しばらくの間、フルバート首脳部はひそひそと話を行い、遂にドラナー副団長が代表して発言を行った。「カオスの国の勇者どもについては、我等の管轄外です。彼等は彼等なりの理由あって、フルバートに潜入してたのでしょう。我々とは無関係です。」と言う平板な回答だった。

「アローラ続けなさい。」


「次に、あたし達は地下道に辿り着いて、そこを進んで行ったの。そうしたら、さっきまで居た建物が爆発して、凄い振動が起きたの。あたしはこれ以上は巻き込まれるのは真っ平だったから、先に急いだの。そうしたら、二人のカオスの国の勇者が追い掛けて来て、あたしはそいつらを撃退したの。そして、地上に出たら、そこにはフルバートの兵隊が沢山待ち受けていたの。」

「つまり、お前はカオスの国の勇者と、フルバートの兵隊の大群に挟み撃ちにされたのね?」とフレイアが水を向ける。

「そうなの、女王様。」

「これについても、カオスの国の勇者は勝手に追い掛けて来たと言う理解なのですか?」

「まだあるのよ、女王様。」続けなさいとフレイアが告げる。

「しばらくしたら、カオスの国の勇者が新手で二人加わって来たの。電光を放って攻撃する強い魔法使いが二人。そして、地下道から更に追い掛けて来られたの。」

「合計四人なんて、カオスの国の勇者が勢ぞろいしてる事になるの。意味が分かんなかったけど、危険を感じたので、同道者と共に寺院に潜り込もうとして、その時に二人の兵隊を射殺したのよ。」

「カオスの国の勇者が何故四人もフルバートに逗留していたのでしょうか?回答を求めます。」


 それからは醜態が続いた。フルバート側の主張は二転三転し、飽くまで関係ない、関係あるの詰問に近い問答が繰り返された。追い込むつもりが見事に追い込まれてしまい、どんどん支離滅裂になって行く。

「では、カオスの国の勇者が四人も以前から入り込んでいるのには気が付かなかったのに、アローラについては到着後一時間も経過しない間に居場所を突き止める事ができたのは何故ですか?しかも、目的地の寺院には二百名の長槍兵団が既に展開しており、その兵団にカオスの国の勇者が加勢しようとしたのは何故ですか?」フレイアは容赦なく相手の論点の瑕疵を突く。


 そんな問答が次々に繰り返され、フレイアはその度に新しい魅惑的なポーズを披露して行く。口元に可愛く指を当てる。腰に手を回して脚を入れ替える。前かがみになって指を可憐に振りながら言葉を発する。時々髪を両手で掻き上げて、黄金の流れを作り、脇を皆に見せる・・・等々。

 含み笑い、苦笑、口元に手を当てて笑い、微笑み、目を煌めかせながら身体を乗り出し、正味のところ、質疑に応じている者以外は、ほぼフレイアの全身の動きと表情に目が釘付けにされている状態だった。応じている者だけは汗をかきながら必死に答弁していたが。


 それら支離滅裂な答弁の最後の最後に、フレイアは助け船を出した。「では、フルバートの皆様。取引致しませんか?」と・・・・。


 ****


「我等の森は、今もカオスの国と緊張状態を保っております。それらの国の勇者がフルバートを根城にしている事は、真に由々しき事態と言えます。しかし、その状態を改善する意思がフルバートにあり、決断する理性がある場合は、当方も同様に振る舞う事を約束できるのです。」


 ずっと立っているだけだったアローラにフレイアは水を向けた。

「さあ、アローラ。もう口籠る必要は無いのよ。貴方をフルバートに連れて行ったのは誰ですか?」

「はい、女王様。ノースポートの勇者レンジョウでした。」とアローラが返答する。


「では、フルバート伯爵にお伺いします。本当にフルバートにはカオスの国モルドラの勇者は入ってはいなかったのですか?」と・・・・返事はこうだった。

「その問いには非常に答え難い。我がフルバートの利益を考えるに、その問いに答える事はなかなかに難しいのだ。」と多少の言葉を残して、大筋で疑惑については答える事となった。

「エルフの森と、カオスの国と、天秤にかけるならどちらを選びますか?近くにあり、孤立を求めるエルフの森と、遠くにあり、領土を明らかに求めているカオスの国と?」ニヤリとフレイアは笑ったが、それは相変わらず魅惑的な笑顔に見える。もう、どんな顔をしても美人は美人なのだ・・・。


「エルフの森は独占的な交流をフルバートに求める事も考えています。そうですね、通行の自由を互いに認め、我等からは交易品を送り、それをフルバートで消費すると言う事もありえるでしょうね。」と言いながら、アローラに命じて籠の中に入った何かを持って来させる。

「これこそはエルフだけが作る事のできる”ご馳走”と呼ばれる食物です。効用については、魔術師ならばご存知なのでは?」と意地悪く囁く。もちろん、フルバートの首脳部はその効用を知っていた。


「利益、それを求めるのは当然の事。我等エルフ族も利益を求めておりますよ。そして、利益を返す方法も当然知っているのです。人間に取っては、何十年か程度でも長寿が欲しいものだと聞いています。その秘密を知る我等との交流を断るのですか?」


 ****


 最早、勇者を問責するとかは二の次になりそうな勢いだった。いや、事実上なっていた。

 目の前に最も欲しかった何かが吊り下げられたのだ。


「明日までに意見を必ず取り纏める。だから、明日の朝まで時間が欲しいのだ。必ず色よい返事を送る様に取り計らう。我等を信じて欲しい。」フルバート伯爵は醜悪な顔に満面の笑みを浮かべて声を張り上げた。

「はい、お待ちしております。明日の朝10時にお会いしましょう。」それで通信は一旦終了した。


 ****


「ざっとこんなものです。チョロいものですね。」とフレイアは嘯いた。

「これで、完全にフルバートの連中は首根っこを押さえられたのよね。馬鹿じゃないの?」

「酷い・・・。かなり酷いやり口だ。」と俺も思う。


「さあ、この馬鹿げた衣装は明日まで着る気になりませんわ。臣民達にこんな服を着ている事がバレたなら、どんなに失望させる事か・・・。」とフレイアが吐き捨てた。

「だが、俺にしてみれば、それはなかなかに魅惑的な格好ではあるが・・・。」と本音を言う。

「あら?フレイアもアローラも、一番綺麗な姿はこの恰好でしたっけ?」と言うと、二人ともすぐにそのとおりの恰好になってしまった。


「さあ、レンジョウ様ならば、二人位の重量では何とも思わない事でしょう?」と言うと、俺の両腕に二人は抱き抱えられて行き、奥の寝室に向かう事となった。

「夕食までに少しは時間がありますので。」とフレイアは笑い、アローラは俺の肩に腕を置いて首にもう片方の腕を回した。

「フルバートの者共が、我等のこの姿を見たらどう思うでしょうね?」とフレイアが言い、俺達は皆で笑い声を挙げた。全く、欲に駆られた道化者達の哀れな事。

「明日のお昼には出発ですね・・・。」と、フレイアがしみじみと口にした言葉に俺もアローラも心を抉られた。名残惜しいが・・・・。


「最後の仕事を片付けて、心置きなく行ってらっしゃいまし・・・。」結局、夕食は大幅に時間が遅くなる事となった・・・・。


 ****


「父上、遂に我等の苦労と我慢が報われる時がやって来ましたな!」

「うむ。エリアルを手に入れる事なく、老いて無力に成り果てる事も防げるのだ。これこそが最もめでたい事では無いか?」

「あのいけ好かないモルドラの勇者どもをお払い箱にして、代わりにエルフ達を同盟者として迎え入れる。素晴らしき策にございます。フルバートの繁栄はこれで約束された様なものかと。」


「しかしながら、エルフ共は揃って気まぐれな輩である。何時掌を返すかわからぬ事が大きな問題であるな。」そうフルバート伯は懸念するが、

「ヴァネスティとの同盟を結べば、上手く行けばフレイアの祝福によって、フルバートにおいても聖騎士を産する事が可能になるやも知れません。」と飽くまでもライナード騎士団長は楽観的で、

「私めは、あのフレイアが聖騎士の祝福の為にフルバートを訪れた暁には、何時か不意を突いて、あの女王を薬物で従わせる計略を巡らせたく存じます。」とブレイブが応じる。


 それぞれの思う所を存分に、フレイアとアローラ、そして俺は水晶玉を通じて耳にするところとなった。聞かれていないと思っているところが哀れでもあり、怒りを禁じられないところでもある。

「凄いものだな、あいつらの脳味噌の出来は・・・。」俺はフレイアを後ろから抱きながら、連中の悪だくみの実況中継を眺めている。大きく開いたフレイアの脚の間に手を差し伸べて、指先を触れさせて軽く手首を回す。

 フレイアは悦んで声を挙げるが、剣呑な響きもそこに不協和音として加わっている。


「罰を与えなければなりませぬな・・・・。」フレイアの口内に溜まった唾液を、口を付けて啜る。舌が音を立てて、体内に循環した魔力が、身体の一部が繋がっている俺にも流れ込んで来るのを感じる。

「即席の魔術でも、フレイアにはこの程度は可能なのです。さあ、教育を行いましょうぞ!」そう言うと、フレイアの緑の瞳が光を増して行くのが見える。


 水晶玉の向こうで、叫び声と悲鳴、罵声と叫喚が交差し、地鳴りと家鳴り、建具と柱の軋む音が続いて、それらはやがてやって来た更なる轟音に飲み込まれて行く。

 森の都は世界樹に支持されている事もあり、揺れは僅かで、フレイアとアローラの間に挟まれていた俺には何の振動も伝わらなかった。


 フレイアの使った”大地の揺らぎ”の呪文は、フルバート市街を直撃し、装甲兵士ギルドは完全に倒壊し、魔術師ギルドも本拠地の塔が土台ごと倒れて、筆頭魔術師であるランサーズも塔の下敷きになり運命を共にした。

 他にも沢山の建造物が倒壊した。特に厩舎が城壁の一部と共にほとんどが倒壊し、厩舎の馬糞を得るべく付随していた自然崇拝者の農法カルトハウスも維持ができなくなってしまい、街の食糧供給と情操安定の面で大きな不安が起きてしまうのだ。

 騎兵隊は怪我人で欠員が居たもののほぼ全部隊が維持できたが、魔術師部隊は多くがギルドタワーの倒壊で圧死して半減以下となり、剣士と長槍兵団も惨めな手傷を負ってしまったのだが、今の俺には関係ない。


 明日のフルバートとの交信まで半日程を残し、俺と二人のエルフは遂にやって来た別れの日を前に、身体を存分にぶつけている。

 愛しい二人のエルフの白い肉体を前に、俺は敵に降り掛かった惨状など意に介さず、俺は二人の事だけを考えてひたすらに身体を動かしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ