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第七十五話 フレイアの初手

 天窓から入る陽の光が美しい。緑滴る様な浴室の中、レンジョウ様と二人で言葉を交わしている。

「最初にお会いした時は、フレイアを彫像とお思いでしたわね。」その時と同じポーズを取ると「今でも生身の女とは思えない時があるな。」とのお言葉。

「お前は、現実離れして美しいからな。芸術作品だと思えても仕方ないだろう。」との続きがとても嬉しくて。「お上手ですわね、いつもの事ですが。」


 手を延ばし、陽の光を手に受け、浴室内の蔓草に魔力を注いで循環させて、細かな霧を作り出す。それが光に触れて美しい輝きが室内に満ちた。その光景をレンジョウ様は殊の外に喜んでくれていた。

「お前と一緒に居ると夢の中に居る様な気持ちになる。お前自身もそうだが、お前の作り出す静謐な美が俺の心を落ち着けてくれるからだ。」

「それが貴方様の望まれるものです故。フレイアは貴方様の望む事を望む様に致すだけですわ。」そうなのだ。この男は、心の底で静謐と安息を求めているのだ。

 激しく戦う闘士であり、激情に駆られて敵を薙ぎ倒す恐るべき男なのに、フレイアやアローラに対しては、求められるだけ応える熱烈な恋人であるのに、その根底では静けさを愛する奥ゆかしさも持ち合わせ、美に感動する心根が据わっている。


「アローラにも言った事だが、俺はこの森で平和に暮らす事はできない。森の外では戦乱が起きている。ノースポートではアリエルやシーナが、フルバートでは貧民達が、北には敵であるカオスの国モルドラ、南では死の軍勢が未だに蔓延っている。」レンジョウ様はフレイアの頬に手を当て、髪の生え際を撫でられました・・・・。

「だから、俺はそこに行く。いずれはアローラを伴って戦う事になるだろうと思う。」輝く霧の中でそう告げるレンジョウ様の声は、済まなさ、寂しさ、そしてフレイアへの惜別が混じり合った固い響きでした。


「本日、騎士団の長がフルバートに出発致します。キチンと因果は含めております故、フルバート攻略に将来役立つだろう働きをしてくれる事でしょう。」レンジョウ様の胸に顔を当てて、フレイアはそう申し上げました。

「そうか・・・・いよいよだな。シュネッサの計略が開始されるか。」

「はい、左様でございます。細部には変更がありましたが、大筋は”夜の剣士”で立案したとおりになるかと。」お腹のあたりを指がスルスルと走っております、いつもの合図です・・・。

「さて、次はアローラの番ですから・・・。」その後の言葉を続ける必要はありません。言葉など必要では無いのです。レンジョウ様が傍に居て、周囲を美しい光が満たしている。

 静かな世界に、今は二人だけ、それで十分なのです。


 ****


 永らく編成されていなかった兵団が遂に陽の目を見る事となった。カオスノードを攻略し、栄誉を受けた長弓兵の精鋭達は、その騎馬として天馬を与えられ”飛翔騎士”として再編成されたのだ。

 エルフ軍の重騎士達は、そのままに職務を継続するが、騎士団の長のみは”飛翔騎士”として重騎士団を統率する事となり、その最初の任務がフルバートとの交渉となった。

”今回の任務こそは、エルフ族を拉致して慰み者とする卑劣な者共に策略を仕掛ける事であり、大きな恩を受けた勇者レンジョウに報いる為の第一歩なのだ。”と胸を膨らませていた。


 しかし、その反面で、エルフ族の勇者アローラ様共々に、レンジョウ様をも非難すると言う筋書きもあって、なかなかに本心を明らかにする事もできない歯痒さもある。

 カオスの国が正面切ってフルバートを支援する様な事態に陥るのは避けるべきであるし、エルフの国ヴァネスティは今のところは周囲の情勢を静観すべきなのだともわかっているのだが、それでも納得が行かないのは確かである。


”もう、二度とエルフが人間の街を破壊する様な蛮行に及ぶのは望まない。”そのように、神にも等しい権威と威厳で、我等を慈悲深く統治されるフレイア女王がそう願っておられるのだ。

 その期待に沿えない等、騎士の端くれであっても許されぬ事。ましてや自分は騎士団の長なのである。

”やり遂げずには置くものか・・・。”新しく与えられた美しい天馬に跨り、騎士団の長は空に舞い上がり、フルバートを目指した。到着は昼過ぎになるだろう。


 ****


「騎士団長様!一大事の出来にございます!」大慌てで執事が執務室に入り込んで来た。

「何事であるか!」麗しき女騎士ファラを相手に、昼間の情事を始めようとしていた矢先の事。既に女騎士ファラは下半身を剥き出しにしている状態だった。

 冷え冷えとした口調で「興が削がれましたな。」とファラは立腹している。下々の者に、自分の裸体を見られたと言うのも許し難いのだろう。


「無礼者めが!事と次第によっては許しはせぬぞ!」と怒鳴るや、執事は「一大事でござりますれば、無礼の程を平にお許しを。エルフの軍勢が天空より飛来し、上空を旋回しております。」と前置いた。


 続いて「既に魔術師兵団は出撃準備を始めており、他の兵団にも召集が掛かったと聞いております。騎士団も早速に準備を致したいとの事で、副団長様がお屋敷においでになり、目通りを求めておられます。」との文言をほざきおった。


「ドラナーめが、吾輩の指揮無しには何一つ行動を起こせぬか、無能者が!」と罵ったが、実のところは、普段から「吾輩の裁可無くして騎士団を動かすのは反逆である。」と釘を刺していたのは自分であり、これは単なる逆ギレでしかない。そもそも、兵どもに信頼が厚く、しかも野心家で家柄も良いドラナーを、ライナードは毛嫌いしているのだ。


「騎士団に出動を命じろ。ファラ卿も、取り急ぎ兵の許に急いで頂きたい。」と言うと、承知したと返事を得た。「甲冑を着る、用意せよ。」と下僕たちに命じる。次々と甲冑のパーツが運ばれて来る。

 まずは下着を換えてリネンと絹を合わせた下鎧を着け、鎖鎧の上に頸の装甲、胸当て、肩部の装甲、腰回りと草摺り、脚と脛、装甲ブーツが手際よく着せられて行く。最後は絹の陣羽織にマントが着せられて、剣帯と籠手、ヘルメットが被せられて固定される。

 恭しく差し出された剣と鞘を握ってから、見送る下男下女が頭を下げる中を、ライナードはノシノシと歩いて行く。


 邸宅の庭を過ぎると、門の外には近衛の騎兵が何名か待っているのが見えた。庭に愛馬が引いて来られて、専用の乗馬台に登り、鞍に脚を掛けて尻を落ち着けるなり、馬腹を蹴る。

「者共、不埒なる侵入者に鉄槌を下すのだ!」と叫ぶが、部下達は内心で「もう戦う事に決まったのか?」と怪訝に思いつつ、口先では「応!」と雄叫びを挙げて応えるのだ。


 街中は騒乱と困惑で充満していた。エルフの軍勢は総勢では200騎程度だが、それら全てがペガサスに乗った煌びやかな弓兵と厳重な装備の騎士で編成されており、天空を旋回しつつ、フルバート市街を睥睨していた。

 副団長のドラナーは、団長に対して「エルフの軍勢が空から投げて来た書状にございます。」と美麗な作りの巻物を差し出して来た。

 内容を一瞥したところ”フルバートの高貴なる者に目通りを願いたい。拙者は中央公園の上空にて待機するものなり。 エルフ騎士団の長 サトゥルヌス・リブラエリ”との記述がある。


「まずは吾輩が交渉に当たるとしよう。ただし、御裁可は伯爵閣下にお願いする事になるであろう。」そう勿体ぶって口にする。

「それがよろしゅうございますな。」とドラナーも同意してくる。

 公園に向かい、騎士団に命じて、公園から下々の者どもを排除する様に命じる。部下達はライナードの命に従う為に騎馬の速度を上げて去って行く。

「エルフか・・・。女どももおれば良いのじゃが・・・。」と口にして、舌なめずりをする。その為ならば一戦しても良いとすら考えていた。


 ****


 巻物に書かれていたとおりに、中央公園の彫像に向かい、そこで旌旗を立て、騎士団の幹部と共にそこでエルフを待ち受けた。

 程なくして、エルフの天空騎士の内10騎程が高度を下げて来て、ふわりと公園の石畳の上に着地した。元来、どんな兵科でも鼓笛隊そのものを好まないエルフ達なので、その登場には何の予兆もなく、さり気ない動作で動いた。気が付くとそこにエルフ達が居た。その様に一部始終を見ていた者達にすら思えた。

「サトゥルヌス・リブラエリである。」そうエルフは名乗り、怖ろしい視線でライナードを睨んだかと思うと、「我等が神と崇める尊き女王フレイアが、汝らにお言葉を下さるそうだ。その様に希望するならば、持参した水晶玉で陛下よりのお言葉を頂くが良い。望まぬならばそれまでである。如何なさるか?」と一方的に述べた後に沈黙し始めた。


 内心ではカンカンに怒りながらも、ライナードは前に進み出た。「フルバートの尊き血筋の末裔ライナード・ブレイブクレストである。フルバートの栄光満る騎士団の団長として物申す。フレイア女王に、フルバートに関する用件があるならば、ご自身で出向かれないのは何故であるか?」と呼ばわった刹那の事。


 背後から「殺せ!」「女王陛下を侮辱した者を殺せ!」「人間どもを殺せ!」と言う叫びが挙がり、上空のペガサス達も、弓隊と騎馬隊が分離して、陣形を再編し始めるのが見えた。

「皆殺しだ!」と猛りながら上空に舞い上がり始めるエルフの騎士達を、騎士団長が一喝した。


「鎮まれ、者共!女王陛下が会話の意志ありと仰せられたるを、汝らの勝手で反故にするか!」との大音声が轟き、エルフ達は口を噤み、武器に掛けた手を元に戻し、再び着地した。彼等の美しい顔には一様に不服の色がありありと見え、切れ長の目は揃って吊り上がり、数名はなおも歯を剥き出して怒り狂っている。


「ライナード卿、しかし無礼を許すのは一度限りだ。次は無い。」サトゥルヌスは軽蔑も露わな目付きでライナードをねめつけ、「女王陛下は水晶玉で話すと仰られたのだ。それに何の不服がある?女王陛下を呼びつけて話たいだと?痴れ者が・・・。それを正式に求められた時は、エルフの軍団全てで攻めて、この街の民を殺し尽くし、この街それ自体を平らに均す事であろうよ。過去にその様にして我等エルフが滅ぼした街と同様にな。その覚悟はあるのだろうな?!」と凄まじい敵意の籠った睨みと共に決め付けた。

「あうあう・・・。」と歯を鳴らして立ち竦むライナードであるが、「返事は如何に?!」とエルフの軍勢を一喝した大音声で怒鳴り上げられて、カクカクと頷く事だけはできた。


「然るべき場所、然るべき者共の前で水晶玉を使う事としよう。左様に取り計らえ。時間は一時間後である。」そう言うと、サトゥルヌス団長は瞬きもせぬまま、その場で沈黙してまるで彫像の様に屹立して動かなくなった。


 ****


 段取りはドラナーが行った。ライナードはショックを受けて、しばらく口も利けなかったからだ。

 幸いにも、フルバート評議会は事態に対処すべく、小委員会を立ち上げており、官吏と軍民、貴族達が対処について検討しているところだった。石板に文字が書き連ねられ、次々に上級貴族の裁可を求めて伝令が走り始める。


「騎士団から、エルフ族の女王が水晶玉で話し合いを持ちたい旨の打診を受けたとの伝令が来た。午後3時に然るべき場所で高貴な方々に呼び掛けるとのエルフ軍司令からの伝言を受けたそうな。」

「後40分そこそこか?議会に参集できる議員や貴族を集める様に通知しよう。集まれない者は仕方がないだろう。」

「緊急招集があるとは通知しています。」

「なら招集すべきだろう。裁可を頂けますか?」普段から評議会で議長を務めている貴族に裁可を求め、許可された。


「伯爵様にはおいで頂くべきだろうか?」

「お呼びするしかあるまい。これ程の一大事なのだから。」

 こうして、久方ぶりにフルバート伯爵御自らが、議会に向かう次第となったのである。

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