第七十二話 ダークエルフの計略
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「実はもう大体の見当は付きました。」シュネッサが俺に事情を説明している。あれから二日でほぼ精査完了か。ダークエルフは仕事が早いな。
「で、アローラ様のご様子は如何でしょうか?」と、これは真剣な顔でシュネッサが尋ねて来る。
「もう終わりましたとか言ったら、それこそどうなるだろうか・・・・。」あれから毎晩、住居館に来ては俺にまとわりついて来る。しかも、途中で必ず泣き始める・・・・。
溜息が出る。ここまで好きにさせて、好きになったのは不覚としか言えない。あの状況では仕方なかったとは言え、結果はこうなったし、自分自身の去りがたい気持ちについても身を切る様な思いだ。
後数日、徹底的に甘えさせたとしても辛く、突き放す事などできる筈もない。恐ろしい事に手を染めてしまったと悔やむばかりだが、だからと言って、素晴らしい戦友であり、熱烈な恋人であるアローラに不満など一切ない。そこが一番の難点なのだが。
「俺は思う。彼女と一緒に生涯を森で過ごし、共に野山を駆け巡り、慎ましく暮らせたらと。」だが、この世界ではやり残した事が沢山ある。
その一番最初がフルバートの攻略、いや解放なのである。
「だが、ここで止まれば、大きな後悔だけが残る。」すまない、アローラ。
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「無事にクリア。」
「・・・どんな気持ちなんだろうな、蓮條さんは。」
「わからん。想像すらできん。しかし、模様としてはドロドロだよな。」
「あの人らしくないと言えば言えるが、彼も俺が求めた道とほぼ同じ何かを求めているんだ。俺の道は本当に長かった。到達できたのは最近だった。」
「ふふ・・・そうね。とっても嬉しかったし、今も嬉しいの。」
「その喜びを壊さない為にも・・・。最大限の努力をしよう。」
「オッケーだ、ボス!俺も協力するさ!」
「ところで、あんたに頼みたい事がある。」離れて座り、会話にも加わらない男に呼び掛ける。
「何かな?」
「手順書だ。読んでおいてくれ。」
「この本が終わってからな。気が向いたら読む。」
「そうかい。じゃあ、前向きによろしく。」
「・・・・・。」
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「つまり、本命は父親の代からフルバートの潜入工作員だった。そう言うのか?」
「その様ですね。確信に満ちて、忠誠を誓っている様です。しかも親の代から。厄介な奴です。」
「判別できた方法は何だ?」
「後学の為に教えて差し上げまする。つまりは、体系的にストレスに対応する方法を学んでいて、これ程長期間の”敵意溢れる環境下”で平静を保っているのは彼一人です。単に沈着なのではありません。実は、我々はそうと決めてから、ずっと彼等に不安と敵意、そして恐怖を振り撒いて来たのです。意図的にね。」シュネッサ、ちょっと怖いぞ・・・・。
「おかげさまで、ようやく尻尾を出した訳です。何しろ、”裏切り者とは褒めて欲しい、利益が欲しい”と言う気持ちで一杯の方々が揃っています。そして、良く訓練された裏切り者は、疎漏な行為とは無縁の存在なのです。全く人間らしくないと言うか。」口元に嫌悪の表情が広がっている。
「何故そこまで嫌悪を抱くんだ?」と聞けば、「ダークエルフの社会を思い出すからです。手強い密告者の魔手を避け続けて来た日々を思い出すからです。」目が座っているな・・・。
「今回はなりふり構わずと指令を出してしまいましたので、少し証拠隠滅のための時間が必要かと・・・。やはり五日掛かる事となりましたね。」と言って手を軽く振っている。
「そうか・・・。」俺はそれだけを答えた。
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「手順の概略を。まずは、彼等には予定の通りに雇い主に報告をさせます。もう、下位工作員の全員には事情は含めております。彼等の弱みについては、保護の策を建てます。」
「次に、勇者様にご協力願いたいのは、彼等全員に顕職就任の便宜を図って頂きたいと言う事です。これで彼等の利用価値は上がりこそすれ下がりはしないのです。これでいきなり彼等自身と彼等が守るべき相手が消される事はなくなるでしょう。これが第一段階。」
「もはや、フルバートとの間に芽生えた緊張関係は解ける事はないでしょう。どんな手段であれ、もう手遅れなのです。ですから、ここからはフレイア様の管轄になりますが、今回のヴァネスティからの貢ぎ物は徹底的に緊縮させます。」
「私も参加しておりましたが、例のサリアベル姫の救出作戦ですが、あれはラサリアの勇者から強く求められた故にアローラ様を派遣したが、無謀な作戦でアローラ様もお怒りになっているとか何とかで・・・。ヴァネスティはノースポートを非難する声明を出します。これが第二段階。」
「ちょっと待てよ。カオスの国、モルドラだったか?連中もそこに居合わせてるし、俺とアローラが仲が悪いとかは考えないと思うぞ。」俺も少し意見するつもりになった。
「国境付近でレイヴィンドなる勇者が出て来た際の事をお忘れですか?彼等は、多分フルバートの者共の事を良く思ってはいないのですよ。同じように、フルバートの者共もモルドラの勇者達に好感など抱いていないでしょう。」
「”次回会う時は力と力で”、そんな事を彼等は言っていたのでしょう。彼等の流儀はそう言うものなのです。多分ですが、レンジョウ様達を取り逃がし、術の余波で人死にが出たと言う事なら、その事で揉めている事さえありえますね。探っている最中なので何とも言えませんが、多分間違っていないと思います。」
「そんなに都合よく事が運ぶかね?」俺は少し不安になった。
「感謝を知らない者達には、どんな人間であれ最後は使う事ができなくなります。余程の弱み、生活や生命を破壊するレベルでの拘束以外は人を掴めないのですよ。そして、モルドラの勇者達は揃って自信過剰の一歩手前の誇り高い者共でしょうから。お互いに上手く行っている道理がありません。」
「そんな訳で、今回の使節団の使命は失敗と言う事になります。良いんですよ、露見しても。どっちにせよ、相手がどう思うか、こちらがどう思わせるかです。相手に混乱を誘うだけでも良い。これが第二段階の目的です。」
「最初は、エルフの軍勢を河原付近まで前進させます。ああ、侵略と思ってくれたらとっても嬉しいですね。とにかく、後一月程で収穫が終わりますので、その後に使節団絡みで非難声明を出し、その割りをフルバートに被って貰います。トラロック様がバーチ方面でも同じ様な事をして下さると、更に効果的ですね。」
「おい、それは本気でやってると受け止められかねないぞ。そうなったら、アリエルの立場はどうなる?」と言ったところで、シュネッサは妖しく唇を舐めた。
「本気と受け止めて頂けたら嬉しいですわ。そうなると、無理にでも機は熟するのです。それを放置してたら、普段からの自分達の言動は何だったんだと言う事になりますし。」
「それとですね、ああ言う方々は皆決まって、自分の流していたスローガンやプロパガンダを本気にし始めるものなのですよ。嘘吐きとは、自分の嘘を本気で信じる、真実と真逆の世界に生きる愚か者なのです。だから他人を騙すけれど、自分も誰かから騙されるのです。論理性や一貫性なんか存在しないし、他人も自分も脳味噌で考えて行動すべきとかは考えない方々なのですわ。」
「アリエル姫は無能で、無責任で、民の事を考えない我が儘者だ。だから普段から我々はあの方を諫めていたが、遂に他国との関係でも無能な事が曝け出された。奸悪な側近共々に捕縛して、近しき奸臣たる者どもを誅殺し、正しい国を我等が取り戻そうではないか!とかね・・・・。言いそうでしょう、彼等なら?」
「ああ、聞いてたみたいにその通りだ。」俺は一部同意した。
「時々聞いていますよ。実際にね。」シュネッサはそう言って、邪悪な笑い顔を作った。のか、これが本性なのか・・・。
「まず自分達が周辺国の手出しで困る→次に自分達がアリエル姫を困らせる→アリエル姫は自分達に断固として従わない→相対的にアリエル姫の力が向上して行く→更に自分達に災難が降り掛かるが、軍隊はまだ無事→無理に出陣して敗退する、または出陣せずに自滅する→自分達の本拠地内部に不穏な動きが生じる→究極の選択に突入。」
「破滅へのハイウェイですね。敷石は彼等自身の愚かさで。」目の光が危ない・・・。エルフは森も黒も根っ子は怖い種族なのだと思い知った。
「使節団の皆様には、望むか望まないかは別として、第四段階の構築に尽力して頂きます。利益と坂道に走らぬ者なし。人間の諺だそうですが。走って頂きましょう。ただし、坂の下までには転んで頂きますし、最後には利益にありつけないままに滅んで頂きますが。」
「それはそれは・・・。」俺の気のない返事に対して、シュネッサは俺に止めを刺しに来た。
「ところで、フルバートの者共が、アリエル姫の身柄を手に入れたらどうすると思っておいでですか?」と彼女は唐突に俺に問い掛けた。その瞳は真剣そのもので。
「伯爵の嫁にすると言う事だったな。60目前の爺さんの。」そう吐き捨てた。
「甘いですね・・・・。」とシュネッサは言い募る。
「何がだ?」俺の胸の中に黒いモノがわだかまる。
「彼等の共通了解です。アリエル姫は、貴族達と富裕層の共有物になります。薬物とそれなりの技術によって、人格を堕落させられて・・・です。」
「・・・・・。」
「彼等は破滅すべきなのです。私はそう信じています。」
俺はしばらく無言でシュネッサの方を見つめた。「俺でできる事なら何でも言ってくれ。」それで話は決まった。
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「想像してたより、余程酷いのよ・・・・。」
「シュネッサ、ありがとう。貴方の働きに、フレイアは何時だって感謝しています。」
少し驚いたな。アローラ様だけでは無かったのだ。
「レンジョウをあたしの我が儘で引き留めたら、後でレンジョウはずっと苦しむと思うの。」
「フレイアも同じに思うのです。我等はずっと待ち続ける事ができます。何ならば、アリエル姫が寿命を全うした後までも。レンジョウ様も勇者ですから、アローラ同様に御年を召しませんし。」
それはどうかなと思う。あの勇者は、異世界で普通に暮らしていた一般庶民らしいのだから。普通の人間と変わらずに歳を取るかも知れないのだ。
「エルフは長期戦ができるのよ!100年そこらで死ぬ人間とは違うんだから!」
魔術師は普通に300年生きる様な気がするけどね。カーリは別みたいだけど。
「シュネッサ、動きなさい。フルバートの者共を誓って滅ぼすのです。できるだけ早急に決着が着く様に取り計らいなさい。」フレイア様も大乗り気だ。
「あたしにも出番が欲しいの。フレイア様、例のマント、あたしの物にして良いかな?」
「許します。それにしても・・・・。フレイアは勘違いしていたのかも?」
「そうですね。塔の中の姫君とは、サリアベル姫では無かったのでしょう。」フレイア様の緑の瞳と、私のラベンダー色の瞳が視線を交える。
「アリエル姫も、魔術師の塔にお住まいでしたわね。」女王様の言葉に、私は鋭く頷いた。
「あたしも協力するのよ。全力で・・・。」アローラ様の冷たい青の瞳が、更に温度を下げて行く。
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残り日数は3日。そして、俺達は石もてこの地を追われる事になるのだ。シュネッサの策によって。
住居館から見えるエルフの森は美しく、豊かで、生命の蔓延る世界だった。
「こんな美しい光景は、元の世界のどこにも無かっただろうな。」俺の両脇に二人が立つ。
「また帰って来て、あたし達の世界に。」
「いつまでもお待ちしております。」俺の両腕を二人が抱きかかえる。約束を軽々しくできないのが辛いが。
「俺はお前達を決して忘れない・・・・。」俺はそう言ったが、それには答えず、フレイアは黙って水晶玉を持ち出して、それをテーブルに台座で据えた。
「”夜の剣士”が捜してくれたのです。」それはどこかで見たような小さな男の子だった。
男の子は笑いながら街路を駆けており、その先には家族が待っていた。父と母と乳飲み子の兄弟が。
「これは!」俺は目を疑った。
「今は息子はノースポートの商人ギルドで使い走りをしているのです。父親は身体が治るまで、水路の掃除をするのだそうです。母親は笛を作り、編み物をして市場で売っています。古い家を借りて暮らしています。」
「フレイア、お前の仕業か?」
「はい、最初は貴方様とエリアル姫の間に恋敵として入ろうかと思いました。まるで貴方様がたは、騎士物語の勇士と姫君みたいな関係でしたからね。ですが、フレイアは貴方様の流儀に従って何かを行おうと思い立ったのです。その方が貴方様も喜ばれると思いましたもので・・・・。」
俺は感激していた。こんなに良い女だったとは・・・・。
「レンジョウ・・・。」俺は二人を両腕で抱きしめた。
「これって二度目だよね。」とアローラが小さく呟く。「あたし、見なかったよ。」「フレイアもです。」
そうだな、俺も・・・。もう、目の前が全然見えない。嗚咽がどうしても止まらない。