第七十一話 エルフの審問
その後、俺達はシュネッサとは落ち合えなかった。
俺達は夕刻まで街を彷徨ったが、ダークエルフが人前に姿を現す訳もない。仕方なく、ヴァネスティに向かった。
夜の空を飛び、俺達はひたすらに来た道を引き返す。途中、来る際に一泊した民家跡地を再び発見した。
「レンジョウ、段々寒くなって来たし、またここに泊まろうよ。」とアローラが手を引いて来る。
「それにしても、いろいろあったね。今回も大暴れだったし。」ううむ。今回は詳細な戦果までわかっている。
死者26名、重傷者85名、怪我人を搬送している兵隊が、上司にそう報告していたのを横で聞いていたのだから確かな数字なのだろう。アローラも数名射殺していたのだろうけど、結構な数の兵隊が、味方の放った電撃で死んでいたみたいだ。跳ね返したのは確かに俺だが、放ったのは他の奴だ。
しかし、俺はそんなに弾いたっけ?ちょっと覚えていない。まあ、それもこれも正当防衛だから、俺の心は少しも痛まない。拳骨も大丈夫だ、痛んでいない。その点、稲妻の籠手は本当に便利な道具だ。
ちょっと遅いが鎧を脱いで夕食にする。市場で幾つかの美味そうなパンを貰って来た。代金は置いて来たので窃盗ではない。大量の柔らかいパンをアローラと分けて食べて、革袋に入れた葡萄酒を二人で呷り、それからいろいろと話をした。
この世界の良いところは、実は月明りが絶えない事ではないだろうか?フレイアと出会った夜、盗賊と戦った夜、その他様々な事が夜にあったが、全ての思い出で月明りが明るかった事が思い出される。
美しいフレイアの裸身を月の光が照らしていた事。襲って来た盗賊を撃退する時に、月が明るくて助かった事、様々だったが。今日も月が明るい美しい夜だ。
そして、今はアローラが間近に居て、その笑顔を青、白、緑の3つの光の月光が照らしている。
それにしても、今日のアローラは妙に俺の野蛮な行いを褒め称える傾向が強い。これが良い傾向なのか、それとも悪い傾向なのかで迷う。
「どうしたんだ?今日は血腥い話題が多いけど?」と聞くと「ちょっとね・・・。」と言った後、アローラは大胆にも俺の腕を掴み、自分の下着に俺の手を触れさせた。
「あたし、レンジョウが兵隊を沢山殴り倒したのを見た時に、何でか凄く潤んで来て・・・。」と言い始める。
「あたしには、あんなに優しくしてくれるのに。敵と見れば、あんなに乱暴なのよね?」
「そうだな・・・。」と俺は言うが、多少今夜のアローラには気おされる何かを感じる。
「あたしにはずっと優しくしてくれるよね?」と言うと、自分の服を脱ぎ始める。次は俺の服を。
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シュネッサがヴァネスティに帰還する道すがら、そこにたまたま出くわしたのだ。
”なるほど、これは想像以上だわ・・・・。”もう一時間程も続いている二人の絡みを見て思う。
”男の方も凄いが、女の方も凄い。”子供の様な外見からは想像もできない技巧と体力だ。しかも二人とも息がピッタリで。
”羨ましいわ、これは・・・・。”あの技はどんなのだろう?男の方がのけぞってる。上に乗ってる女の方も凄い有様だ。何て名前の技なんだろう?どこで覚えたんだろう?どうやって中を動かしてるんだろう?
でも、それは聞けないか。責めて明日の朝に、二人が起きて来る前に食事を作っておいて・・・彼と彼女を驚かせて、慌てさせるだけで満足しよう。
妖精族から悪戯を取り上げたら、その時点で残る楽しみは極少なくなるだろう。
しかし、あれだけいろいろと水分を垂れ流してたら、朝起きた時に喉が渇かないのだろうか?塩気が不足しないだろうか?思わず心配になってしまう様な二人だった。
思い違いをしていたのは、この二人が、最初から最後までで都合3時間以上も睦み合っていた事で。
そればかりは、流石のシュネッサでも予想できなかった事だった。最後の方は、半ば呆れながら感動しそうになっていたが。
何しろ、二人の姿は、傍目で見ていて崇高なまでに美しかったからだ。その表情とお互いを見つめ合う瞳の必死さに、何か心抉られる思いが伝わって来たのだ。
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覗かれていたのかと思うと、昨晩の事を深く後悔してしまう。
朝起きると、そこにはシュネッサがいて、水を汲んで運んで来ていたところだった。
まあ、慌てふためいたが、どうにもならない。俺も濡らした布で拭いて貰ったし、アローラは外に連れられて、シュネッサに徹底的に洗われていた。
「フルバートの支部は完全に閉鎖します。今後は必要があるのだとしても、旧市街地下の遺跡都市にでも住まう事にします。随分用心して火を使わないといけなくなるでしょうけど。」簡単なお湯にシリアルと調味料をぶち込んで煮ただけの朝食だったが、結構身体に染みて来る美味しさと味わいを感じる。
「お二人とも、もっと水分と塩分を摂らないと。」と言いながら、シュネッサは更にお替りを出して来た。もう、完全に長い間覗かれてたのは確定だ。
「ところで、私はほぼ身一つでフルバートから逃れて参りましたが、カオスの国の勇者達が、彼等の主人と”魔法感知”の情報を共有していると言うのは事実でしょうか?」シュネッサが問う。カップを出してお替りを貰った。
「イラムラグと言う爺さんの言う事には、確かにそうしているらしいな。まあ、嘘を言ってる様には見えなかった。」
「イラムラグですか。強力な勇者であり、妖術師ですね。アローラ様は要注意ですよ。かの勇者には飛び道具は通用しませんから。」シュネッサは言うが。
「そもそも、あいつは”矢の腐敗”の魔術を使うから、一発撃てたら上等って感じだわね。」と少ししょ気ている。余程悔しかったのだろう。
それからしばらくは、民家跡地で雑談をしながら休憩し、最後は使った大きな鍋を洗って、元の場所に返しておいた。それから実験を開始した・・・三人で飛べるかどうかの実験を。
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片方ずつの脇に肩を入れて、歩調を取って、速度にズレをなくする。アローラは通常の速度で、俺はセーブして。
途中にヒヤリとする場面もあったが、それでも最後は完全にペースが揃った。森に帰還したのは8時間後、夕暮れの随分前だった。昼食は抜きで過ごしたが、その程度で俺もアローラもへばりはしない。
「大丈夫です。私は余計な事は誰にも話しません。」とシュネッサは最後に請け負った。
俺達は彼女の約束に大いに感謝した。ただし、アローラは”技”の伝授を強く希われていて困っていたが。
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「レンジョウ及びアローラ、シュネッサを連れて、ただいま帰りました。」とアローラが住居館の入り口でフレイアに声を掛けた。自分だけなら平気でドアを開けるのだが、今は俺以外の者も居るからだ。
「お入りなさい。」と声が掛かり、扉が開いた。
「フレイア様、これは何時にも増して麗しきお姿。不肖シュネッサめは、我が君の命ぜられたフルバートにおける諜報活動を終了し、ただいま御前に復命に参ったものです。」
「お疲れさまでした、シュネッサ。まずは大筋からお願いします。」
まずはシュネッサの最新の諜報活動の成果が口頭で述べられ、後程紙に書き記して渡される事となった。
その後に俺達の報告が続いたが、単に暴れ回って尖塔の上の部屋まで行きましたと言うところ以降の話が難しかった。
「要は、サリアベル姫は身柄を誘拐され、カーリと言う魔女に成り果てているらしい。」
「サリアベル姫の肖像画を描き写してございますが、何分彼女が12歳程の肖像画でございますれば、今とはそれ程は似ておらぬ可能性もあります。」とシュネッサ。
「トラロックにもその肖像画の写しを見せておきましょう。」フレイアはそう言う。
「それと、カオスの国は勇者を四人もフルバートに配備していた。これは只事じゃないと思うんだが?」
「あたしと遭遇したのは偶然だったと思うのよ。でも、その後には外で仕事してた連中も合流して、四人組になってたわよ。」
「そもそものおかしな点を指摘したいんだが?」皆の視線が集まる。
「何故連中は俺達の潜入に気が付いた後、兵隊まで配備して尖塔を封鎖したんだ?俺達の目的地を連中は最初から知っていたんじゃないか?他にもたくさん守るべき場所はあったんだからな。」
「!!!」
「そもそも、私にしてからが目的地を知らされていませんでしたね。」シュネッサが呟く。
「俺も間抜けだったが、あの状況下では仕方ないかとも思う。何にせよ、わかってる事は一つだ。カオスの国の勇者の内に、事情を詳しく知っている者がいて、そいつは俺達を言い包めて厄介払いしたって事だな。つまり、腹を探られたくはなかったんだろう。」
「そう言えば、駆け付けて来るのも凄く早かったのよ。奴等のアジトはあそこのすぐ近くだったんじゃないかな?」
「ですが、四人もの勇者が居た理由は何でしょう?」フレイアは首を捻っている。
「カオスノードから出て来るモンスターを俺たち同様に連中が倒していたんだろう。フルバートの戦力に損傷が出たら、それはアリエルの利益に直接繋がるからな。」
「それと、あたし達と同じ事を企んでいたのかも?あのタキって奴なら、潜入工作とかできると思うのよ、頭はちょっと悪そうだけどね。」
「けど、トラロックが言ってたよ。ヴァネスティがフルバート攻略を認めてしまったなら、どうやってもあの街は”詰み”だってな。カオスの国の勇者が頑張っても、盤面の駒が詰んでしまったら、それを努力と根性と能力を振り絞ったとしても、何とか逆転できるのかは怪しいもんだな。」
「そのお話はまた後程に。それよりも・・・使節団のメンバーの洗い出しが完了致しました。念には念を入れましたので、裏も取れております。」
「私の同僚も頑張って動いていたみたいですね。」シュネッサは誇らしげだ。
「貴方も、貴方の同僚も常に頑張っているのを、フレイアは知っておりますよ。」とのお褒めの言葉もいただけた様だ。
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ファルカンを呼び、軟禁中だった他の使節団員8名の内、今回洗い出されたのは何と4名・・・。
「フルバートが2名、ロンドリカが2名。相互監視を行うなら、それが最低人数と言えます。」シュネッサは最初から4人だと見ていたらしい。
「あの・・・この美しいお方はダークエルフなのではありませんか?」とファルカンが俺に囁いて来るが、「見ればわかるじゃないか。」と一刀両断の塩対応。
「留守中のお家を家宅捜索させて頂きました。密かにですが・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」これは酷い。
「ですが、解せない事もございまして。どう考えても、こんな重要な任務の遂行の対価にしては、報酬が貧相なのですよ。証文を見ても、その署名が中間の大した事ない人達ですし。」
「本気で勘違いしてるんだろう。小間使いとかと。」俺がそう言うと、「何かと何かがどう違うのかを見分けられない人は知性に欠けた人なのですが。そんな人が権力者であるとか。全く不幸な国でございますね、ラサリアは。」との評価を頂いた。
ファルカンは「元の報酬はそこそこでも、中間の者が抜いてしまっているのではないですか?」との意見を出したが、こんな任務で中間の者が報酬の中抜きをするとか。それでは連中の内部は、腐敗し切ってどうにもならない状態だろうと思える。
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四人は連行されて来た。異様な装束のダークエルフ達に連行されて個別に。
「やあ、久しぶり。剣士隊のラザウェイだな。君の留守宅に隠されていた証文を見つけた。これだが、申し開きはあるか?」と証拠を揃えて見せる。
「いいえ、ありません。そのとおりです。」とあっさり認めた。
「理由を聞こうか。」それにもあっさりと「家族が人質になっています。他にも様子がおかしな者がいました。彼等も同様でしょう。」と返事を得た。
「報酬を見ても、我々にそれ程の価値を認めていない事は明白です。用が済めば消されるかも、いえ、消されますね。」とも。
「様子がおかしな者達とは?同僚のハロット、マルセン、ロットーの三人です。」シュネッサは頷いた。
「家族の保護から始めないといけませんね。ご家族はノースポートから外に出ているのですか?」
「私が彼等のエージェントから脅されたのは、バーチの外交官事務所で働く妹のリセンダの身柄についていろいろと仄めかされ、報酬を提示されました。今はそれだけです。しかし、私はケンジントンのお殿様がどんな死に方をしたのかを覚えています。ですから、妹の身を楽観的には考えていません。」
「貴方は、他の誰が潜入者なのかを聞いていますか?」シュネッサは尋ねた。
「聞いていません。」ラザウェイの返事にシュネッサは頷いた。
「今しばらく軟禁の継続を我慢して頂きたい。それから、貴方を脅迫したのはロンドリカの家の者で間違いないですか?」シュネッサは更に尋ねた。
「間違いありません。時期は我々がラナオンから帰ってすぐにでした。」それで終わりだった。
「我々は嘘吐きを殺す事で有名な種族です。嘘を見抜く手管にも長けているのですよ。彼の言葉に嘘は無かったのです。」シュネッサはそう言う。
「これで振り出しですし、更に厄介な事になったかも知れません。状況を洗い直すべきでしょう。」
「何を洗い直すんだ?」俺は不思議に思った。
「多分この集団には相互監視が働いていないのです。その場合は、違う状況を想定すべきです。」
「つまり、監視者は最初から一人だけで、それ以外はただ使われているだけの駒だったと言う事でしょう。彼等の誤算は、最初から”我々エルフ”が人間を全く信用していなかった事。情報の欠片も与えずに軟禁するばかりだった事でしょうか。ここには内通者も置く方法がありませんし。」
「勇者様の寝首を掻こうにも、近くに居るのはファルカン様ばかり。ちょっと手の出し様がありませんね。この場合、放流するのがよろしいかと。ここでは、何の成果も挙がらなかったのです。帰ってからが本番と言う事になるでしょうか。」
「あのさ・・・・。もっと時間を掛けて調査すべきだと・・・。そうあたしは思うのよ!」とアローラが大きな声を挙げた。それを聞いたシュネッサは、目をスッと細めると・・・少し考えて・・・。
「真に怪しい人物を特定するまでは・・・使節団の方々はヴァネスティから出ない方がよろしいかと。日数は・・・そうですね。5日と見て下さい・・・。」そうシュネッサはアローラに告げた。他の誰にでもなく。
「わかったの・・・。」その声は小さくて、切なげだった。