第七十話 塔の中の姫君最終話
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「凄いっすよね・・・。」
「ああ、凄いな。」
「ちょっと、これは凄過ぎじゃないの?」
「まあ、これも実戦的な演習の結果だったと言う事で良くないかな?」
「こんな機会は確かに滅多に発生しないだろうけど。」
「実際に生じた結果だから。それは否定できないけど、これは・・・。」
「今後も同様の結果になれば、八方めでたしにならないかな?」
「分岐点まで後少し。」
「これについては延期もできるが、彼はやるだろうな。」
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「アローラ、後ろは頼んだ!」
「任せるのよ!」と言いながら、アローラは何故かスカートを持ち上げて、それをはたはたと煽いでいる。
意味不明な動作に?となったが、今はそんな事に構ってはいられない。
そこに居たのは、忠実な兵士ではなく、単に俺の拳に追い立てられて逃げて来た兵士であった様だ。
ともかく、ここで手加減する理由は無い。いや、手加減はした。連中は死なないが、一生骨付き肉を歯でこそげ落す事は不可能だろう。顎が砕けて涎が垂れ、歯が折れて歯茎の骨が割れた。
あと少しで尖塔の基部だ。
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クリッサが前に押し出した時、奴の鎧の肩部を矢が貫いた。クリッサは倒れたが生きている。
しかし、”守護の風”を掛けていたにも関わらず、この有様。
下手人はすぐに見つかった。エルフの小娘が階段の上に立っている。小娘は次の矢を番えたが・・・。そして、呪詛と罵倒が奴の口から飛び出すが、それで死ぬ者などおらぬ。
ともかくも、”矢の腐敗”を防げる方法など何処にもないのだ。小娘には残念だろうが、カオス魔法の術者を相手にすると言う事とは、つまりこう言う事が必ず起きると言う事なのだ。
間髪を入れず、奴はもう一人の勇者を頼り、階上に去った。
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「レンジョウ!あたしの矢が全部曲げられちゃったのぉ!」と言いながらアローラが階段を上がって来る。
そして、俺は困っていた。
「レンジョウ、どうしたの?」とアローラが聞いて来るが、この白系統魔法の封印と言うのが何をどうすれば良いのかわからない。
奇妙な文字と図形の並んだ階段上の空中の一角を占める円盤状の・・・何か。
「これは殴って壊せば良いのか?」と聞くと、「普通にあたし達なら通過できるのよ。」と言われてしまう。ああ、そうだったのか・・・・。(赤面)
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「これより上は・・・だな。」
「ええ、赤系統と黒系統の術は効果を及ぼさないでしょう。我々には圧倒的に不利ですな。」
「どうしたら良いと思うか?」
「見届けるために、上に向かうのはありでしょう。そもそも、何もしないのは単なる怠慢でしょうから。」
「奴は我等に手出しをしようと思うかな?」
「どうでしょうか?彼にぶん殴られたら、流石に私も怒ってしまいそうですが。」と穏やかにウォーラクスは答える。
「元はと言えば、我等の撒いた種じゃからの。上に向かおうかい。」
「でしょうかね、お供致します。」儂は頷いて先頭に立って上に向かった。
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「袋のネズミなのかな?あたし達?」そうアローラが不安そうに言うが、ここまで狭い場所だと却ってやりやすいのだ。相手はほぼ一列で並ぶしかないのだから。後は順番に倒せば良いだけになる。
「着いたの。」何段登ったのか。遂に終点だ。今の高さは、外からみた目測では二十メートル強と言う事になるだろうか。そこにはドアがあった。
飛翔の魔法のあるこの世界で、外から誰も来なかったと言う事は、多分窓からの出入りは絶望的なのだろう。きっと手酷い仕掛けがあるのだろう。
一応、何をさておいても、ドアに着いたらこうするのが作法だろう。コンコンとドアをノックする。
「どうぞ・・・。」と言う返事がった・・・。俺とアローラは顔を見合わせた。やはり人が居るのだ。
ドアノブを回すが、施錠されていなかった。明るい陽光が部屋の中には溢れていた。
部屋は円形で、差し渡し直径8メートル強。机と箪笥、寝台が置かれており、中央にはテーブルと一脚の椅子が置かれている。
彼女は寝台の上に横たわっていた。年齢はパッと見て40歳前後か?金色の長い巻き髪を小さな丸椅子に座った”何か”が梳いている。
「姫様、御髪を梳かせて頂きます。」何かが口にする。
「どうぞ。」美しくはあるが、サリアベル姫とは年代が違いそうな女が応える。
「ひ、久々に”食物”が参りました。」何かがこちらを見据えて口を開く。黒い蟠りは大きな人の形に膨れて行く。相変わらず横たわる美女は「どうぞ。」としか言わない。
「あれは、きっと”怨霊”だと思うの。人の怨念や無念が凝縮した面倒な奴。でも、白い封印の塔で何故あんなのが生存しているのかしら?」とアローラは言う。
そこらは俺にも良くわからん。魔法や魔術それ自体が理解できない。ああ、性魔術だけは上手になったな。魔力は全部フレイア持ちだけど。
「やっつけないと、どうにもならない様だな。」しかし、殴って効くのか、こんな実体のなさそうな奴に拳は届くのか?
試してみた所、チャンと効果はあった様だ。拳が通過して、剣で斬った場所がスカスカと欠けて行き。腐った顔面に見えた虚仮脅かしの頭部も消えて、怨霊は黒いゴミの様な塊に変化して、最後は光の粒に集られて消えて行った。
開いた扉の外に、顔に青い入れ墨が入った老人が上がって来た。ローブの端を女の人がスカートをたくし上げる様に持ち上げて駆けて来たのだ。なんとも締まらない登場の仕方である。
「ここでやるのか?」と少し凄んだら、ちょっと考えて両手を挙げた。
「こいつは何なんだ、サリアベル姫じゃないよな。そもそも彼女は黒髪だっただろう?」と言うと、「そうじゃな。」と言う返事があった。
「じきに喋り始めるじゃろう。待つが良いわ。」と言うと、自分は椅子にさっさと座ってしまった。
「ああ、それとじゃ、これは親切じゃよ。そいつの近くには寄らない方が良いじゃろうよ。」と指で女を指し示した。
「私も入らせて貰うよ。」落ち着いた声の後、大きな身体の赤い鎧の男が部屋に入って来る。そして、彼は寝台の脇に立った。
じきに女は目を開いた。そして、横たわったまま、言葉を発し始めた。
「汝ら、死すべき運命の者共よ。我は全ての世界の破壊者なり。全ての生ある者を刈り取り、乾かし、火にくべて煙と成す者である。ひれ伏せ、カーリの前に。そして、その首筋に我の慈悲を受けるが良い。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「なあ、爺さん。」
「なんだ、若僧。」
「説明してくれないか?この状況を。」
「確か、お主は敵だったと思うがな。」
「俺は年配の者に往復ビンタとかはしたくないんだ。必要が無ければだがな。」
「うむ、年上の者に敬意を表するのは良い事じゃ。その心映えを大切にせよ。」
「じゃあ、話してくれ。」
「しかたないじゃろう。」爺さんは、大男に目配せする。大男も頷いた。
「俺はレンジョウ、彼女はアローラだ。あんた達は?」
「儂はイラムラグ、あ奴はウォーラクスと言う。」大男は会釈をした。こいつ、礼儀正しいな・・・。
「ともあれ、こやつは、死の領域を司る危険な大魔術師カーリの先代なのじゃよ。」
「カーリ?聞いた事があるな。トラロックとシュリがその名を口にしていたな。確か、悪魔王を呼び出して使う、頭のおかしい魔女だとか。」
「簡潔なまとめじゃな。それだけわかっておれば、奴に関する理解は必要十分じゃろうて。」
「それ以上の理解については?」
「その先代の女は、カーリではなくなって捨てられたと言う事じゃな。」
「じゃあ、今のカーリは誰なのよ?」とアローラが口を挟むが・・・・。
「爺さん、あんたの言いたい事は、つまり今のカーリはサリアベル姫だと言う事なのか?」
「そう言う事になるな。」
「経緯を聞いて良いか?」
「儂も詳しくは知らんのじゃ。サジタリオ王子が謀殺された時、サリアベル姫はその証拠に辿り着いたのだと言う。そして、父のフルバート伯を糾弾した。口封じの為に幽閉されたのがこの尖塔じゃが、そこにカーリがやって来て、サリアベル姫と入れ替わったのだと言う事じゃが・・・。」
「解せないところがあるな。何故カーリはサリアベル姫と入れ替われたんだ?大魔術師と言うのはフレイアにせよ、アリエルにせよ、生まれて育ち、父母の術を継承するものだろう?」
「お、お主怖いものはないのか?大魔術師を揃って呼び捨てかよ?」
「そんな事はどうでも良いんだ。何故カーリは先代とかが居るのか。そして、先代を捨てて行くとか。全くわからん。」内心で汗をかきながら、俺は話を続けた。
「おそらく、カーリとは一人の人物の名前ではなく、誰かに寄生する何かなのじゃろうよ。魔女のふりをしてはおるが、実は違う何かなんじゃろう。誰かの肉体を乗っ取って、適当な期間を使えば捨てる様な何かであるのだろう。」
「良くわからないが、そう言うもんだと理解しよう。で、この先代の女が食事もしないでいるのは何故だ?」さっきまでは元気に呪詛を吐いていたのだが、その後はまた黙っている。
「黒系統魔術には”暗黒の眠り”と言う術がある。それに近いもんじゃろうが、多分それよりも根が深いと思う。つまり、この術は、カーリが犠牲者を乗っ取った際に掛けられたもので、カーリが犠牲者の精神を眠らせておくためのものだろうよ。」
「仮死状態がずっと続いていると言う事か。こいつは文字の通りに魔術で”生ける屍”にされていると言うのか?」
「この女は横たわりながら歳を取って行く。何も食さぬが、刻々と生命は失われて行きおるのよ。精神もカーリであった時の残滓が残っておるだけじゃ。じゃから、時には”疫病”や”飢饉”、その他の魔術をこの街に掛けようとしおるのよ。まあ、ここでは黒と赤の魔術は使えなくなっておるがな。」
「じゃあ、あんた達は今無力なのね?」とアローラが口を挟む。
「お主、儂はキチンと協力しておるではないか!物騒な事を口にするでないわ!」とイラムラグが慌てているが、この爺さんはもしかすると悪い男ではないのではと思った。
「つまり、この女はカーリの魔術の出先として使われているのか?では、何故それを何とかしようとしないんだ?」これも疑問だ。
「この女を殺せば、それこそカーリの思う壺よ。”死の使者”に”人の手で死を与え”たらどうなるかな?”死の使者”には”自然に死の世界に帰らせる”のが最善と言う事じゃな。」
つまり、この女は分解すれば無条件で爆発するが、そのままに放置すれば爆発しないと言う性質の爆弾なのだろう。
「長々と話したな。では、俺はここで失礼するよ。」と言うや、俺達のコートはその力を取り戻した様だ。俺とアローラの姿が消えた。
「むむ。そんなものを着込んでおったのかよ。何故それを最初から使わなかった?」とイラムラグが言うが「俺はてっきり魔道具の力が抑えられたのは、お前たちの仕業だと思ってたよ。」と答えた。実際、そう思ってたのだ。
「いや、そんなつもりも無かったし、お主達の居場所も知らなんだ。一体何故そうなったのやら。」イラムラグも首を捻っている。
「ところで、下は兵隊の残党どもが集まっておりましょう。どうなさるのですか?」大男、ウォーラクスか?が問うて来た。
「レンジョウのやる事は一つよね・・・。」とアローラの声がする。
「一列に並んでくれてるのなら、何百人でも大丈夫かな?」と俺は軽口を叩く。
「それはまた、普通の者共なら大口でしょうが、貴殿に限ってはそうではありませんな。」ウォーラクスは笑いを含んだ声でそう答える。
「我等は追いませぬ。またどこかでお会いするでしょうが、その時はまた力と力で。今日は仲間の命を助けて貰った借りを少しでも返す事に致します。よろしいですな、老師?」と言うと「異存はないわい。」とイラムラグも応じた。
「じゃあな。」「じゃあなの。」と言い捨てて、俺達は”階段の上”を駆けて行く。
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「言わないで良い事については隠せたか・・・。」
「そうですな。とりわけ、サリアベル姫が”カーリになる事を希望した理由”等は。何とかなりましたな。」
「あの若僧は、サリアベル姫を助けようとするかな?」
「それはトラロックが関係して来る事でしょうから。何とも申せませんな。」
「フレイア女王、アリエル姫。あ奴が関係しておる大魔術師達の事を考え併せるとな。何と言うか、我等のやっておる事は実は遠回りなのではないか?」
「どうでしょうな。我が君の致す事に、我等が云々する事は不敬でありますれば。」
「そうじゃのう。」と言っている間に・・・・。
「ほら、始まりましたよ。」
「盛大じゃのお・・・。」
「何とも凄い男ではございませんか?」
「あれは手摺が壊れる音か?もう基部の扉を潜ったのか?」
「ならば、最早手の付けようがありませんな。彼等は空を飛んで、獲物を透明なままで狩るのでしょうから。」
「多少げんなりする思いじゃよ。まあ、我が君の望みがあの若僧との戦いであるのなら、我等に否はない訳じゃがな。」
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「また分岐点を超えましたわね。」
「そうだな、今度も正しい方向に向かった。」
「次の大きな分岐点までに、小さな分岐が二つあると出ています。小さな分岐を間違えると、大きな分岐点に辿り着けない模様です。」
「ところで、今回残留した例のあれはどうなるんだ?」
「あの因子が関わって来るのは、随分先の事になると思われます。現在計測できる範囲では影響はないのではと。」
「なんか引っ掛かるな。見張らせろ、一人裂いて構わん。」
「了解だ。」
「6番目のゲシュタルトが続々と形質の質と量を増大させているな。このままだと、本来のゲシュタルトに劣らない規模に成長しそうだ。」
「それにしても、その呼び水が”おじ様の蛮行”と言うのは・・・。」
「成功した未来での”おじ様”は、俺達の想像を超えてるのかもな。」
「しかし、存外良く考えられた仕掛けかも知れないぞ。考えたのが誰かは知らないが。」
「いや・・・。どう考えても本人じゃないのかなと。俺はそう思うがね。」
「そいつは・・・ある意味凄いな。」
「問題は次だ。どうするのかな?彼は。」
「”おじ様”ではなく、”彼”として振る舞って欲しいね。でなければ、大きく軌道変更だ。」
「祈りましょう。賽は既に投げられているのだし。」