第七話 遭遇
予想のとおりと言うか、大男は懲罰部隊の一員だった。根っ子から糞みたいな犯罪者だったが、優しいアリエル姫はこいつらに手錠や足枷を付けずに作業をさせていたのだ。しかし、事情は変わった。工兵部隊の面々は、最初から用意されていた革手錠や足枷に加えて、武装した工兵を監督者として懲罰部隊に増員した。
当然、50人の囚人全員に連帯責任で最低給食が支給されることとなり、保釈時の作業労働賃金も大幅カット。いまや士気はどん底を更に踏み割ろうとしている勢いだ。
しょっぱなから俺は目立つ事となった。誰もが俺の籠手が原因で大男が酷い目にあった事を悟っている。俺も自分の武器がここまで面倒な何かだと知らなかった事もあり、管理責任を感じて、籠手を着けながら作業している。これが実に目立つのだ。
籠手は拳闘士が身に帯びるグローブに良く似ている。観戦娯楽としての拳闘は、この世界でも存在していたため、俺は有名な拳闘士がお忍びで訓練修行をしているのだと噂されるようになった。休憩時間に俺がシャドウボクシングや空手の型を練習しているため、その噂は更に真実味を帯びた。
俺たちの小隊には犯罪者部隊は近付いて来なかったが、他の小隊では腹をすかせた犯罪者たちが、食事を分けてくれと強要して来る事例が相次いだ。それが工兵隊の巡邏に見つかり、更に犯罪者部隊の隔離が厳しくなり・・・・しばらくすると工兵隊は犯罪者部隊を工事に使わなくなり、ただ単に人手を使って隔離するだけの邪魔者になり下がってしまった。
沸点が近付いて来ている。誰もが懲罰部隊が近日中に大きな問題を起こすと確信していた。夜中の警邏では人手が足りなくなり、遂に一般の雇用兵部隊にまで夜勤の順転が回ってくるに至り、工兵隊長は犯罪者の懲罰部隊をノースポートに引き取って貰うように依頼を出し、数少ない乗馬兵士を伝令として派遣することとした。しかし、それはほんの僅かの差で間に合わなかったのである。
「しかし、アリエル様の采配は今回も空振りだったよな。」俺たちの小隊は毎晩過ごさない程度に酒が振る舞われる。俺は酒が超強い体質なので、ワインをカップに数杯呷ったくらいでは酔いは回らない。世間一般のスズメのさえずりを聞く良いチャンスくらいに思っている。
「今回の囚人更生も見事に失敗、その前の養護院での孤児や寡婦救済は金を責任者が持ち逃げして大失敗。やはり、世間知らずは何をしても上手く行かないもんだな。」その言葉に、俺は思わず呻き声をあげた。多分、今の俺は顔付が変わっているだろう。
「姿形と心根は天使よりも美しいが、それだけじゃ無力だよな。いい加減、フルバート伯に嫁いで、裏方で魔法を使っていれば、国ももっと安定すると思うんだよな。」こいつ、事情通だな・・・。確か名前はキブリーだったか。町民の応募兵だ。こいつは要領は良いが、真面目に働いてるって印象はなかった。ハルトは昼から汗でびっしょりで埃だらけになってるが、キブリーはそんな要領悪い仕事はしないようだ。
だから、俺はこいつを信用していない・・・・。
その後も、ギブリーとその相方と思われる奴は、毎晩毎晩アリエル姫の至らなさを夕食時に力説している。こんな奴等が、街中には随分と多くいて、ノースポートの庶民に毒素を注いでいるのだろう。
たっぷりとバターが入った切り株のように巻かれた焼きパンを千切って頬張り、濃い野菜とチキンのシチューを匙で掬いながら、俺は忘れてはならない事を記憶していく。
事件はその夜に起こった。
身体に巻き付けた薄い毛布とずだ袋の枕、蓮條主税は以前から贅沢とは縁の遠い世界で生きている。パチリと瞬時に目を覚ますと、ずだ袋をまさぐって稲妻の籠手を取り出した。
テントの外に出ると、既に火の手が上がり、揺らめきながら拡がりつつある。そして叫び声が聞こえる。あるいは断末魔のように聞こえる絶叫も。
「カイアス小隊長、火の手が見える。叫び声が聞こえる。何か異変が起きている。」俺はカイアス伍長を起こした。彼も瞬間的に反応し、起床した。
「たいまつを可能な限り掲げろ。篝火を守れ。」カイアス伍長が外の状況を確認して、俺たちの小隊に指令を下す。
「敵襲だ!全員起こせ!武器を持たない無産市民はシャベルか鍬を持って隊列を作れ。円陣、篝火を守れ!」
部隊の若輩者たちは色めき立った。「盗賊ですか?何が起きているんですか?」そんな声が聞こえる。
「馬鹿者ども!300人を数える大規模な集団に襲い掛かる盗賊などありえんだろう。こいつらはどこかの国か街の軍勢だ。武器を取らないとただ殺されるだけになるぞ。さっさと動け!」カイアス伍長は的確に状況を判断しているが、未熟者たちはその判断を受け入れる事すらできない。
「囲まれてると考えるのが正しいかな?」俺はカイアス伍長に声を掛けた。「どうかな、連中は森の方から出て来たみたいだ。となると、逃げるとしても方向は平らな地形で隠れる場所がそれほどない。逃げ道の途中に待ち伏せがあったら到着した順に殺されて仕舞いだ。おまけに俺たちは食料も携行していない。もしもの時は、襲って来た奴等に降伏する方が生き延びられるだろう。」
「それはそうとして、レンジョー。君は周辺の斥候に行ってくれないか?何とか俺たちの小隊は整然と隊列を保ち、可能なら他の小隊と合流しようと思う。」カイアス伍長の指示は的確だと俺も思う。
俺はわかったと返事をして了承し、近い順で近隣の小隊の陣地を訪ね、合流を勧めて行くことにした。
配食の関係もあり、各陣地はベースキャンプをぐるりと囲むように配置されている。
驚いたことに、近くの幾つかのテントでは騒ぎに気が付かないままの小隊が幾つかあった。こんな連中は叩き起こしても初動では役に立ちそうもない。余計なパニックを避けるためにも、一人でどうこうするのは避けるべきだと判断した。
篝火の周囲で騒いでいる小隊の一つを見つけ、隊長らしき人物に大きな声で呼び掛けた。「敵襲だ。状況はまだ不明だが、カイアス伍長の組があのたいまつの並んでいる場所で隊伍を組んでいる。合流して、防戦態勢を整えよう。」と口上を述べると「わかった!俺たちの組も合流する。」と返事があった。
俺は「近くの小隊で、まだ敵襲に気が付いていない部隊が幾つかある。あんたたちの組の全員で起こして、連れて行ってくれ。」ザワザワと声があがったが、俺は「次の小隊に事情を知らせに行く。早く動いてくれ。」だんだんと雄叫びや武器の立てる金属音がはっきり聞こえるようになって来た。あまり時間は残されてないようだ。「急げ!」そう言い捨てて、俺は次の篝火の方向に走り出した。
俺の頭の中にあったのは、一人でも多く、一秒でも早く、可能な限りの手を講じることしかなかった。稲妻の籠手の力だろうか。俺の脚は信じられない速度で動き、夜闇の中におぼろげに見える土砂の障害物を軽々と飛び越した。
次の組の篝火が見える。その周囲で何事かを話している様子もはっきり見える。そして、俺が近付いている小隊のすぐ近くの闇の中に、幾つかの金属の武器が煌めいているのが見えた。
俺は迷わず、正体不明の集団に接近した。「何者だ!」俺は誰何の声をあげた。僅かな光の中で、馬に乗っている男と、30名ばかりの武装した集団がかいま見えた。何かの声が聞こえたが、言葉の意味は不明だった。馬上の男がさっと手を挙げた時、俺に向けて槍を持った人影が殺到して来た。