第六十五話 バルディーン・トライトンその2
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「つまり、バルディーンと言う魔術師は、将来の事を何故か知っていたと言う事で間違いないのかな?」
「そうだと思います。今回の森に掛けられた魔術が世界を歪めていると言う事も、それとなく諭されておりましたから。」
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「フレイア女王、お目通りが叶って光栄でございます。」バルディーン様は、それは丁寧なお方でした。
「いえいえ、大魔術師同士が直接会ってお話しする等、滅多にない事でしょう。しかも、バルディーン様は、フレイアの本拠に乗り込んで来られた。その度胸と豪胆さには恐れ入るばかりでございます。」
正直なところ、何が狙いかわからかった事もありましたので、その方が有利と判断したならば、バルディーン様には幽閉するか、消えていただくかしようとも思いました。
けれど、お話を伺う内に、気掛かりな事が幾つか見えて参りましたの・・・・。
「この森に仕掛けられた魔術は、青系統の幻影魔術であろうと察します。生前の御父母は、どちら様も青系統に堪能なお方はおられなかったと記憶しておりますが如何に?」
その言葉に引っ掛かる何かを感じました。ですので、バルディーン様のお話をしっかり伺うべきだと、フレイアは判断致したのです。
「そのとおりでございます。」
「そして、件の森の幻術は、やはり青系統魔術である”空中楼閣”を基礎にしている。そう、世にも稀なる難易度の魔術を基礎にしていると思われます。それをどうお考えでしょうか。」
「その問いには、専門外のフレイアはお答えできませぬ。」バルディーン様の申す事は理解できても、フレイアに何故それを問い掛けるのかはわからなかったのです。
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「未来を知る魔術とかはあるんだろうか?」俺の問いに言下にフレイアは答えた。
「そんな魔術がありましたら、その魔術の持ち主かその方の御主人は、あっと言う間に世界を制覇できる事でしょう。」ですよねぇ~。
「明日何があるかわかったら、それは面白くないんじゃないの?」とアローラは言う。
「明日死ぬとわかってしまったら、それを避ける方法もないのだとしたら、それは絶望するしかないな。」俺もそう思う訳だ。
「それでも、未来を知る事ができると申す者共は尽きませぬし、それが他人にできると信じてお金を払う者達も同様に尽きませぬ。」フレイアは非常に冷笑的に言う。
「本人が幸せなら、俺達に口出しする筋合いも無いのと違うか?」俺も同感だった。
「もしも未来が決まっていなくて、抗うチャンスがあるとしてね。抗うべき未来がやって来ると知る魔術があるのならば、どうするのかな?」アローラは別方面からのアプローチを口にした。
「・・・・・。それは何とかして抗おうとするだろうな。」
「まあ、そうですわね。なるほど・・・。未来がどうなるのかの詳細は知る事ができないが、何かの危機を天啓として受け取る事はありえるかも知れませぬな。」
「あれ?もしかして、あたし良い事言ったのかな?」と言うアローラの髪を俺はクシャクシャと手を伸ばして掻き上げた。”んふふ”とか言う笑い声が聞こえる。
「つまり、アローラの言う事に近い能力、あるいはそれをバルディーンに告げた者がいると考えれば筋は通るのか。」
「少し、フレイアは頭が固かった様です。現にバルディーン様の問題提起を一蹴してしまいましたもの。」
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「父母の遺した魔術について、フレイアは非才であり、不勉強であるためにまだ賢しらに物申す段に至っておりませぬ。いずれ、奥義を極め、その本質を語れる様になった時、バルディーン様の問いにお答えする事ができるでしょう。」つまり、何も話したくないと申し上げた訳です。
「俺・・・もとい私は、専門が青系統魔術にございます。
青系統とは、世界に遍く存在する水の力が、光を照り返す作用を象徴しております。
光の反射が作り出す幻影の魔術なのです。
この世界は、炎や熱で作られる蒸気の循環で成立しております。
それらは光が運ぶ熱の循環あってのもの、世界は光と水が作り出す幻影に満ちているのです。」そうも言っておられましたね。
「あたし、わかんなぁ~いの。」
「太陽が空から照って赤い炎の力を降らせ、雨が空から降って青い幻影の力を降らせる。
緑はそれら両方を吸い取って成長する。そして、森には青い幻影の力が残る。
では、赤い炎の力はどこに行くのかしら?」
「白い月の光が生命を大地に振り撒き、黒い月の闇は死を世界に蔓延させる。
それらは釣り合うか、多少はどちらかが上回っても、それは天秤の様に何時か釣り合う事でしょう。
でも、青い力を輝かせる白い光が、森の為に使われるのだとしたら、残った闇はどこに行くのかしら?」
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バルディーンの言う事は、一見は無益な禅問答に聞こえるが、実は違っていたと言う事か。
現に、この森の近くでは、その赤い炎の力が溢れ、ラナオンの南方では黒い死の力が溢れているのだ。
赤い炎の力は、俺達が苦心惨憺の上で手遅れにならない間に封じ、それを逆に利用し始めてもいる。
では黒い死の力は?
その力と、トラロックが、シュリが、ラキールが、そして俺の知らない多数の者達が今も戦っている最中なのだろう。
「責任を感じざるを得ません。フレイアもエルフ達も、森の護りに甘えて、世界が崩壊するのを呆けながら眺めていたと言う有様です。知らなかったでは到底済まない過失でしょう。しかし、この魔術を執り行った父母は、そんなつもりは微塵もなかったのですから。それだけは、父母とエルフ達の名誉に賭けて、このフレイアは断言致しまする。」
「俺は・・・フレイアの役に立てて嬉しかった。アローラも同じ気持だよな?」と言うと「うん!」と嬉しそうに答えて来た。この時から、少しだけ話し合いは中断した。
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「ああ、どこまで話してたかな?」
「ええ、少し人心地着いてから思い出しますわ・・・。」
「ちょ、ちょっとだけ休憩するのよ・・・。」
「反省しておりますわ。」
「アローラ、済まないが普通に”コルク抜き”を使うのは・・・俺の心臓が。あれは必殺技だ。」
「あれはこっちにも反動大きいのよ。」
その後、みんなで朝まで寝た。泥の様に眠った。
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「そうでございました。フレイアは問題を先送りにし過ぎて、世界に大きな負担を掛けてしまったと言うところまでございました。」
「感激してくれるのは悪くないが、もう少し控え目に感激してくれ。その上に二人相手だと、俺の身体がもたない。」
「あたしもそう思うの。このままじゃ、フルバートに行くのが来月になっちゃうのよ。」
「反省致します。」
「話を戻そう。バルディーンが死と混沌の蔓延に気が付いていたとするならば、20年近く前に、既に兆候が出ていたと言う事なんだろうか?」
「フレイアの知る限りでは、ヘルズゲイト近くのカオスノードが消えると言う、通常ではありえない現象が起きたのがその頃だったと言う事くらいでしょうか?その後に、あちこちで奇妙な現象が起き始めてはいました。アルカナス世界から、地下のミロール世界へ至る塔が沢山折れ果てたとも聞いております。」
「どんな現象が起きたのか、森の中に閉じ籠っていたエルフ族には良くわからない。ラサリアでは特段の変化は知られていない。そんな感じなんだろうな。」
「あたしは森の守護に専念してたしね。外の世界には興味もないし、出向いて探索しようとも思ってなかったのよ。」
「カオスに関する現象については、一番詳しく知っている筈の者と、フレイアもトラロックも没交渉でございます故。知りうる事、それ自体が非常に限られておりまする。」
「連中は俺達には何も話そうとは思っていないだろう。それはお互い様だろうが。」
「あたしなんか、出会うなり殺しに掛かっちゃったしね。」
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「ところで、例のコートの件だな。あれは結局、どう言う経緯があってバルディーンは置いて行ったんだろう?」レンジョウ様は首を捻っておいでです。
「謎めいた言葉を、バルディーン様は遺して行かれました。”塔の中の姫君を助け出す時が来るだろう。その時、勇者にこの魔道具を渡す事を約束して欲しい。姫君を助けた時、”様々な道”が開けるだろう。”そうあのお方は言っておいででした。」
「ただし、その”塔の中の姫君”とは、フレイアもどなたの事かはしかと存じておらぬのです。バルディーン様にもわかっておいでではなかったのかも知れませぬ。」ここまでは、フレイアも隠し事を致しませんでした。
「”様々な道”、それに関する言葉は残されていないのか?」
「はい、これはバルディーン様一流の”謎掛け”だったのかも知れませぬ。あるいは、あのお方も知らない”未来”であったのかも。」
「とにもかくにもよ!あたし達二人はフルバートに行く。そして、お姫様を助け出して帰って来る。それで良いのよね?」
「もちろんですよ、アローラ。」
「でも、ここが大事なんだけど、忍び込んで助けて終わりなの?その後は森に連れて来て匿うの?ノースポートに預けるの?あやふやな予言を頼りにすると、何をして良いのかがわかんなくなるのよ。」
「レンジョウは、どうすべきだと思う?あたしにはどこまで何をやるのかが見えないのよ。」
「フレイアは、まずはサリアベル姫にお話を伺うべきだと思っております。誰かもわからぬ”塔の中の姫君”、それをどう扱うのかで”様々な道”が変わりそうな気がするのです。それ故にバルディーン様も、その後の出来事をあやふやになさったのかも知れませぬ。」
そうだ・・・だから、アローラには言えない。バルディーンが具体的に示した道の中に”姫は大きな未来を開く力を持っているが、その代わりにお前が大事に思う者が永遠に去ると言う代償も払わねばならぬやもな。”と言う件を。
”お前が大事に思う者”については、以前からアローラ以外にはありえないと、フレイアは確信していた。それほどまでに深い絆が二人の間には存在している。以前から、今後ともに。
そして、今に至るもわからない事がある。バルディーンは、何故に極短期間の間に様々な事象に対し、とても大きな影響力を持つに至ったレンジョウの事に何も触れなかったのだろうか?
今までの様々な問題解決は、レンジョウの登場無しにはあり得なかった。レンジョウは突然現れて、様々な懸案とその後に生じた難題の多くを解決してしまった。
彼がバルディーンの予知すら上回る存在なのか、完全なイレギュラー存在なのか。それがわからない。
”お前は様々な大きな問題、森に掛けられた魔術そのもの。更に時を経て大きくなり、無視する事が叶うわぬ規模に至るだろう死と混沌の力の噴出。中途に様々な事は起きても、それら全てを解決する事には必ず成功するだろう。”
”しかし、姫君を助け出さぬ限り、遂には世界そのものを破滅から救う道には辿り着けないと知るべきだ。それこそは、決して避けられぬ道であり、お前の臣民と、それよりも更に深く大切に思う者達を救う道なのだ。”
そう、その言葉を当時は笑い飛ばした。しかし、二つのコートはバルディーンの言う通りに手元に仕舞い込み温存しておいた。
そして、バルディーンの予言の正しさを更に深く痛感した今この時に、最愛の部下を勝負に投入する決断をする事になった次第だ。
賭博かも知れない、確証もない。しかし、乗り出さない訳には行かないのだ。そして、今やアローラの傍らにはレンジョウも居るのだ。きっと彼ならなんとかしてくれる。アローラも守ってくれる。
そう信じるしかないのだ・・・・。
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「おい、六番目のやっている事に異変?」
「ああ、今度は・・・の仕舞い込んだ古い品を漁っているな。」
「あんなものをどうするつもりだ?」
「あれって動くのかしら?」
「仲間の詳しい奴等に聞いてみろ。あれで何ができるのかを。」
「そうしてみるわ。それと、以前に調べてたあれも。」
「知らぬは・・・ばかりなりか。」
「いや、誰だって・・・があんな事するとか思わないと思うね。」
「要視察だな。間違いない。」
「ところで、予定まで後40時間で問題ないのかな?」
「問題ない。それで進めよう。」
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”フレイア様は今晩は研究館にお籠りになるのね・・・。”
新しく見つけたカオスの魔法書、沢山の呪文が記された書物も発見された。それらの使い方を一刻も早く習得しないといけないのだろう。
隣で眠っているレンジョウの顔を見つめる。月光を浴びて目を閉じているレンジョウは、何か作り物の様な造作に見えた。でも、頬に触れると温かく、寝息は確かに続いている。
”作り物の生命であるあたし。でも、フレイア様はあたしをずっと愛し続けてくれた。”
フレイア様が口にしなくても、今回の道行きがきっと信じられない程に危険で、フレイア様がアローラを失う事すら想定しているのだろうと、そう悟っている。わかってしまうのだ。
勇者とは、例えば斬り刻まれて死に至ったのだとしても、怪物に食われて死んだのだとしても、別の魔法核に情報を移し替えて蘇らせる事ができる。
アマゾネスの勇者シャラが消えてしまったのは、召喚者のバルディーン様がいなくなり、情報を移し替える事ができなくなったからだ。
”でも、やはりシャラは死んだのよ。もう帰って来ない。あたしはシャラにあの時の事を謝る事もできない。”
”あたしはフレイア様より長生きする。そして、フレイア様の死後は、いつか消えてしまう日を待つ事になる。ずっとこのままで・・・。そう思い続けて来たけれど・・・。”
何かの予感がある。そんな未来が変化する予感が。
そんな事を考えている間に、レンジョウは再び目を覚ましてしまった様だ。
そして、今はそんな事を考えている時ではない。
レンジョウと過ごせる時間は有限で、その期限は刻々と迫っているのだ。
レンジョウの太い腕にしがみつき、その温かさを感じる。今はそれだけで満足だった。