第六十四話 バルディーン・トライトンその1
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「姫様、御髪を漉かせて頂きます。」侍女がそう言い、窓の外を向いたまま「どうぞ」と言う言葉だけが返って来る。
一礼した侍女が長い髪を持ち上げて、ブラシで溶き始める。姫様は手を静めて座るばかり。
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「このコートをどうぞ。アローラの分もありますよ。」と言うと、フレイアはポールスタンドに似た家具に掛けられた二枚のコートを指さした。
「”透明化”と”速度向上”、そして”飛翔”の魔術が込められたマントにございます。」
「そんなものが二枚も?どうして今まで使わなかったのよ?」アローラは驚いている。
フレイアは下の方を向いたまま、しばらく口を噤んでいた。
「この日の為にです。それぞれ、このマントはそれぞれ”抵抗緩和”と”命中率向上”の効果があります。」ようやくフレイアが口を開く。
「アローラは”命中率向上”が良いの。弓使いだから。」そう言うが、囚われの姫君を助け出すのだとすれば、アローラと俺が一枚ずつ使うと言うのはどうなんだろうか?
「救出用に一枚用意した、そう言う事で良いのか?」
俺が確認すると、「それがよろしゅうございますわね。」との返事であった。
「じゃあ、あたしは警戒と援護をすれば良いのかな?」
「そこは臨機応変に。状況を見て、無理と見れば退くのが正しいのです。」フレイアはそう言う。
「既にアジトは用意してございます。そこまではマントを被り移動するだけでよろしいのです。」
「腑に落ちない点がある。聞いても良いかな?」
「そうでしょうとも、どうぞ。」
「マントを”この日の為に”用意していたと言ってたな。どう言う意味だ。」フレイアは嘆息した。
「このマントは、フレイアが設えた物にはございませぬ。”透明”も”飛翔”もフレイアの様な大した事のない青系統魔術の使い手には手の及ばぬ物。これらを作った術者は他におりまする。」
「それはどいつなんだ?」俺はそこが理解できなかった。
「大魔術師バルディーン、アリエル姫の父君でございますわ。」フレイアはそう答えた。
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「アリエルの父親と、フレイアがフルバートの姫君を助けるのと、どう関係して来るんだ?しかも、彼が亡くなったのは十何年も前の事だろう?姫君が幽閉されたのはその後の筈だ。」俺にはその繋がりが全くわからなかった。
「解せない事は重々承知しております。フレイアにしましても、バルディーンが突然ヴァネスティを訪問して来た時は驚きましたから。あれは19年前、アリエル姫が産まれる1年前の事でした。」
「あの時の事は覚えているの。バルディーン様にも、シャナにも失礼な事をしたのよ・・・。」
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「あたしは、その19年前にフレイア様から御用を申し付けられたの。あたし一人で、レンジョウと出会った川の近くに向かい、お客様を出迎えて来るようにとね。」アローラが当時の様子を説明する。
「その当時のあたしは、今よりもずっと人間が嫌いだった。125年前に召喚されたあたしは、当時のエルフの心に深く残っていた人間への憎悪を強く受けてこの世に現れたの。その頃、先日カオスノードを占領した方向の彼方には、まだ人間の街が幾つか残っていたのよ。」
「生まれたてのあたしは、人間の街の破壊にも加わった。拉致されたエルフ達を開放して連れ戻した後、兵隊を武装解除して、街を全部破壊する。占領なんかしない、街は全て破壊してしまうの。」
「その事をあたしは覚えている、今も覚えているの。本当に残酷で・・・ずっと後悔してたのよ・・・。あの後、街に住んでいた人間達はどうやって、どこに逃げたんだろう。ずっと、そう思ってたから、人間の姿を見るのも嫌だった。あの頃の事を思い出すから。」
「話が逸れたわね。」俺もフレイアも首を横に振った。
「良いのですよ、好きにお話しなさい。」フレイアもそう言う。
アローラは「うん。」と一言呟いて頷く。
「フレイア様の御用で迎えに行ったお客は、そのバルディーン様だった。その時に随行していた護衛がアマゾネスの勇者シャラだったわ。綺麗な人だったけど、強くて驚く程に荒々しく戦うと、以前からエルフの兵隊の間でも噂になってたわよ。もしかすると、あたしがこの世に現れる前に、エルフの軍隊は彼女と戦った事があったのかも知れないわね。」
「あたし自身も、彼女とはその前に一度だけ会ってたけどね。ラサリアの北にあるコンスタンティンと言う街の兵隊を率いてた彼女は、あたし達が破壊した街から追い払った人間達を収容して、そして去って行った・・・そんな記憶もあるの。おぼろげだけどね・・・・。とにかく、あたしは人間全てに腹が立っていた。レンジョウと出会ったばかりの時も腹を立てていたけど、それよりも当時は酷かったのよ。」俺はそんな事を話すアローラに対して笑顔を向けた。
「それが一週間程で大きく変わって、今や俺達は恋人同士なんだぜ?それをどう思う?」と揶揄ったら、アローラは白い肌を茹でた蛸みたいに赤くして「最前に言ったとおりなの。あたしは・・・あたしはレンジョウを好きになる運命だったのよ。」と言いながら、しばらく頬を押さえていた。
「続けるわよ。あたしはレンジョウに対しての無礼どころじゃない酷い事をバルディーン様とシャラに働いたのよ。特にシャラには、弓を向ける事までした。あの時の事は覚えているわ。」
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「君がエルフの勇者かな?お名前を伺おうか?私はバルディーン、彼女はシャラと言う。」
「・・・・アローラ。」
「アローラ、出迎えを感謝します。我が君共々、エルフの都にご案内願えますか?」
「嫌よ・・・。」
「嫌なのよ。人間風情があたし達の都に何の用があるの?」あたしは飛び退って、そのまま弓を手に持ったの。
「勇者アローラ、そんな事をすれば、貴方の主君であらせられるフレイア様がお困りになるのでは?」
「黙ってよ!あたしの主君が困るとか、困らないとか、あんたに何がわかるってのよ!」すっかりあたしは頭に血が昇ってたの。だから武器に手さえ掛けてない彼女に、あたしは弓を向けたのよ・・・。
そんな緊張した状況の中で、バルディーン様は何故か微かに笑っておられたの。そして、あたしを見つめる目はとっても優しくて、懐かしいものを見る様な目だったわ。
「アローラ。俺・・・いや、私達は、どうしても君の・・・御主君に目通りをしなければならないんだ。こうして献上品も担いで来たんだ。君の一存で追い返してはマズいんじゃないか?」そうバルディーン様は穏やかにあたしを諭したのよ。
バルディーン様は、魔術師と言うよりも戦士みたいに屈強なお方だったわ。大きな長櫃を右手に結わえて軽々と運んでたもの。そんな方があたしと会ってから数年で寿命が来て、塵になって消えてしまったなんてね。人ってわからないものよね。
ともかく、その時のあたしは気さくで穏やかなバルディーン様の態度に、すっかり血の気も引いて、毒気も抜かれてしまったのよ。ああ言うタイプは苦手なのかも。
森を駆け回り、太陽と月と星に感謝を毎朝毎日毎晩捧げ、慎ましく暮らしながら、森を守護する。
そんな毎日が、人間を殺して回っていた過去の自分を浄化してくれている。そう実感し始めていた頃でもあったしね。あたしも過去の自分とはおさらばしたかったのかもよ。
「良いわよ。フレイア様の御言い付けだもの。勝手気ままに臣下が反故にするなんてありえないわよ。さあ、後を付いておいで。はぐれたらあんた達の責任だからね。」そう言い捨てて、あたしは速足で森に入ったのよ。
驚いた事に、バルディーン様は引き離そうとわざと速足で歩いていたあたしよりも更に早く歩いたのよ。シャラも普通に歩いてあたしより足が早かったのよ。
こうなったら仕方ないし、最初からフレイア様の御言い付けだったし、あたしは二人を連れて森の中を進んで行ったの。
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「アローラ、こっちに来い。」俺はアローラを手招いた。そして、頭を撫でて、髪の毛を手で漉いてあげたのだ。
「お前は良い香りがするな。」と言うと、アローラはその言葉に反応した。
「どんな香り?」と言って、俺を見つめたんだ。その目は何か真剣なものを感じさせた。
「日向に干した草の香りだ。それと、ほのかに山梔子の様な香りがする。」
「あのさ・・・・。バルディーン様もレンジョウと同じ事を言ったんだよ。」
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「お前は良い香りがするな。干した草の香りだ。野山を駆け巡るエルフらしいな。」そうバルディーン様はおっしゃったの。
「犬じゃあるまいし、他人の臭いをクンクン嗅がないでよね。」あたしはそう言い返したんだけど、それは照れてただけだったのよ。
「それにしても、こんな迷路の様な森で、アローラとはぐれたら一大事ですわ。」シャラはそんな心配をしていた。あたしは、その頃には意地悪をしようとか考えなくなっていたのよ。
「あたしの後ろにいれば大丈夫なの。」そう言いながら、あたしは気になっていた事を聞いたのよ。
「でも、あんた達はなんでエルフの森に来たのさ?しかも護衛もなしに。」バルディーン様はすんなり答えたの。
「魔術師協定の内容を更新に来たのさ。古い協定内容だと、今後に問題が生じるからな。」と言う返事だった。その時の協定の更新内容が、レンジョウに会った時にあたしが言った”越境捕縛”の項目だったのよ。
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「あれ、考えてみれば・・・・。あの時に取り決めた内容が、レンジョウと会った時に説明した事のそのままだったわね。そして、レンジョウが襲われた時の状況そのままだったわ。」
「どう言う事なんだ?」
「うん。もしも、あの時にバルディーン様が、魔術師協定の内容を追加更新しなかったら、あたし達はレンジョウを援けに川を渡る事ができなかったのよ。」
「ぶっちゃけ、川向こうでレンジョウと使節団が皆殺しにされてるのを見物するだけで終わってたかもよ。」
「そうですね・・・。きっとそうなんでしょう。」フレイアが呟く。
「バルディーン様は、何故だかは存じませんが、未来に起こる事をご存知だったとしか思えないのです。」フレイアには思い当たる節がある様だ。
「そして、その際に彼はこのマントを2着、その他の品を置いて行ったのです。」
「彼との会見の事を話しましょう。今回の世界樹の封印を解く必要性についても、バルディーン様はその時既に知っておられました。フレイアもトラロックも、ある意味バルディーン様の予言に従って動いていたのです。」
アローラの弓:陽炎の弓(MERGED WEAPON)
攻撃力+2
命中率+1
幻(幻影無効の敵以外は防御を無効化)
拘束(1回チャージ)
アローラの弓:天空の怒り(MERGED WEAPON)
攻撃力+5
命中率+3
稲妻(防御力半減)
破壊の稲妻(3回チャージ)
上記二つは俗に言うバグ武器です。普通では作れません。
二枚のマント:タルンカッペ
飛翔(空を飛ぶ、飛行ユニット及び投射武器ユニット以外は攻撃不可)
透明(遠距離武器無効、敵の白兵戦命中率-10%)
移動力+3
片方が抵抗緩和-4(魔法ユニット勇者用)、片方が命中率+2(射撃ユニット勇者用)