第六十二話 最後の鍵
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さあ、人体実験の始まり始まり・・・・。
寝室に、例の二コラ・テスラ(仮称)が立っていた。
「それ無しには無理なのか?」と、聞かずには済まされない気持ちの俺が居た。男には、無駄だとわかっていても聞かずには居られない時がある。
「はい、残念ながら・・・。」と言う沈痛なフレイアの言葉に俺は少しだけ落胆した・・・。やはり抵抗は無意味だった。
「今日は今から叙勲者に名誉を与える式典と、合同葬儀に際しての弔問と弔辞を垂れる用がございますから。」
「ですから、実行は夜になります。」俺の死刑は夜まで執行されないそうだ。
「ああ、そうか・・・。」と答える以外に俺には道がなかった。
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「聞け同胞よ、我が声を。我が語るは、この者達が、多数の悪竜を打倒せし者達と、多数の炎の蛇を屠りし者達と、多数の炎の魔族を斬殺せし者達と、多数の炎の巨人を滅ぼしめた者達と、多数の地獄猟犬を一蹴せし者達と、多数の炎の精霊を消し去りし者達と。その武勲を後世に対し、今の御代にて唄となし、永く語りて継ぐるべし。永く語りて継ぐるべし。」フレイア女王の美麗な歌声が朗々と響き渡る。
次々と、徒歩の騎士達、素手の鉾槍兵達、剣を腰に差した盾を持たない剣士達、やはり弓矢を持たない長弓兵達、そして、魔術師団の者達。それら、ノードに入り占領任務に携わった者達がそれぞれ叙勲を受けようとしている。
女王自らに面目を付され、胸を膨らませて花道を行く戦士達の表情はどこまでも明るい。しかし、彼等も、志半ばで世を去った仲間達を忘れた訳ではない。
特に悲しいのはノード4に無断で侵入した者達200余名の事であり、その内、命を取り留めた54人の兵士達は、特段の処罰対象にはならなかった。
彼らの背負うべき罪は、同胞を無為に殺してしまったと言う罪の念だけで事足りるのだ。長命で、同胞との強い結びつきの中で生きて行くエルフ達には、罪はそれで事足りるのだ。
その他の者たちは、比較的無邪気に今日のこの日を喜んでいる。フレイア女王が歌い上げたとおり。この武勲は、フレイア女王の治世の内に永らく語り継がれ、後の世、長い長いエルフの統治者の寿命が尽きた後まで語り継がれるべき偉大な武勲なのだ。
世界樹の下にある練兵場に集まったのは、全樹上都市の内から抽選で選ばれた者と、貴賓に限られている。その他の者達は、フレイア女王の水晶玉から樹上都市の各所に設けられた中継設備に送られる映像と音声を視聴する事となっている。
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「アローラ様は凄いんだ。俺は見た。あのラサリアの勇者と共に、二人だけでノードに入り、九匹の炎の魔族を10分程度で全員殺して出て来たんだ。大袈裟な話じゃないぞ。騎士団の全員が証人なんだ。」
「騎士団で噂になっているのは、アローラ様の新しい弓の事だ。稲妻の矢を放つ恐ろしい弓らしいな。相手が何だろうが、その弓矢で貫けない物はないらしいな。」
「ラサリアの勇者とアローラ様は大層仲が良いらしい。あのアローラ様が笑ったり、抱きついたりしている程だとさ。」
「なんとまあ。アローラ様と言えば、人形の様な不愛想で無表情な勇者だったと思うが。そもそも、フレイア様の館近く以外では樹上でお見掛けする機会もなかった様な。」
「まあまあ、アローラ様もすっかり噂になってるのねぇ。」アニタは街で買い出しをしながら、いろいろな噂を耳にする。エルフ族とは刺激に飢えている種族なので、噂話は大好きなのだ。
勇者アローラは、エルフの中でも変わり種で、殆ど世界樹の都に帰らず、もっぱら周辺探索と斥候任務を自主的に繰り返す放浪者であり、晴れがましい事を好まない性格だった。人嫌いなところもあり、気難しく、ある意味エルフの悪い部分を凝縮した様な人物とも言える。
それが、小柄で痩せた少女の外見をしているのだから、エルフの男達、特に軍事に関わる者達に取っては、アローラは”腫物”だった。
「今までは、噂にするのも危ないって感じだったのにね・・・・。」
「ところで、ラサリアの使節団って本当にやって来たのか?」
「噂になってるのは、ラサリアの勇者だけ。他の者達は影も形も見えないな。」
「軟禁されてるとか?まさかな。」うふふふふふ。軟禁の上、美味しくいただいておりますわ。
「お!見ろよ、予定のとおりだ。練兵場の様子が街頭に中継され始めたぞ。」と言うと、多くの者達が水晶玉からによる映像中継を見物するため、市場の一角に移動し始めた。
アニタも籠を持ったまま、広場の方に移動して行く。迎賓館では、ファルカンも部屋に備えられた装置で中継を見ている事だろう。
やがて、フレイア女王の歌声が響き渡り始め、勇士達が整然と素早く練兵場に列を作り、並んで行く。それは滑らかで素早く、見る見る内に、数百人が指定の位置に就いた。
次に、管楽器と笛の音が響き、美々しく飾った女達が現れ、勲章をそれぞれの男達の首に掛けて行く。
「証書を授与する!騎士団代表、魔術師団代表、長弓兵団代表、鉾槍兵団代表、剣士団代表。それぞれ御前に向け、近寄るが良い!」フレイア女王の許しを得て、それぞれの代表が歩み出て、女王自らの祝福を受けた。
それぞれの兵団代表の施された名誉を、練兵場の全員が歓呼して腕を振り上げる。広場の見物人、そして樹上都市で中継を視聴している者達が方々で拍手を送り、喝采する。
このめでたい日を、皆が喜び、戦勝を祝い、栄誉を得た者達を祝福した。
そんな穏やかな風景をよそに・・・・。
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”ふん、お祭りかよ。いい気なもんだぜ・・・。”樹上の潜伏位置を選び、練兵場に人が集まりつつあるのを察知したタキは、聞き耳を立て、様子を窺いつつ、役立ちそうな何かを選び出して行く。
”エルフの女王は、カラスみたいな恰好のエライ美人さんです。なんて情報は要らねぇよな・・・。爺に怒鳴られるのがオチだって。”
樹上の都市の方から、拍手や喝采が漏れ聞こえて来る。って事は、連中は樹下に降りずとも、ここいらの様子を見て取れるって事なんだろう。しかも、住民の多くが今も練兵場の様子を窺い知る事ができるとなると・・・。
”奴等は下手すると、樹上で自給自足ができるのかも知れない。そうでなかったとしても、樹上の都市を目指そうとすると、あの大きな階段を一直線に登るしかないのか?”
タキはそれに気付いて真っ蒼になった。”ヤバい。絶対にヤバい。あんな見通しの良いところを通って行くしかないのか?”樹上都市への侵入経路を見て取るや、そこに絶望を抱くしかない。
しかもエルフは知らぬ者の居ない弓の名手揃いだ。”何万何十万人で攻めても、階段を30段上がるまでに皆殺しにされちまうっての!”
全く、罠そのものとしか言えない地形と比べれば、どれだけ高い城壁でも可愛いもんだとしか思えない。”難攻不落なんて甘いもんじゃねえって、地上兵力なんかそもそも無意味だっての。”
そう言う事が判明しただけでも、潜入した意味はあったと言う事なのか・・・。
と言う事を考えていたその時・・・・。”うわ!”と思う間もなく、隠れていた樹の枝葉を貫いて、恐るべき稲妻の矢が幹にめり込み・・・・。
タキはその超絶的な反射神経と人外の敏捷性を発揮して全速力で退避を開始した。
”これはあの小さなお嬢ちゃんの仕業か?”と頭の片隅が考えたが、タキのほぼ全知全能は本能の部分を総動員して、足先に感じる枝の弾力を感じ、滑らかに障害となる枝葉を擦り抜け、矢の飛来方向から見て遠い位置に移動する。その事に全力を投入していた。
ところが、それでも足りなかった。右側の樹木の切れ間にアローラが姿を現し、滑らかな動作で既に矢を番えた状態の弓を引き、次の梢に飛び移りながら放つのを見た。様な気がした・・・・。
”おっかねぇ!マジでおっかねぇ!何なんだよあれは・・・。”全身汗まみれ、日の傾きから見て、多分2時間は逃げ回っていたのだろう。無我夢中だったせいか、途中の記憶が殆ど飛んでいる。
多分、追尾されてたのは1時間ほどで、合計3回程弓矢で狙われた。最悪なのは最後の最後に”破滅の雷”らしき魔術まで食らった事だった。
”ホント、命からがらって奴だよな。俺以外なら間違いなくヤラレてたな。”
チラリと見たエルフの少女の表情と来たら・・・。まるでお面みたいな無表情。まるっきり感情が見えない無感動な目付き。そして、その時感じた血も凍る様な殺気。
”マジ、あいつは単なる殺し屋じゃねぇの?”と思うや、蘇って来た恐怖が無理にでもこの場を離れるべきだとタキを急き立てた。
それは正解だった。アローラは彼が今まさに立っている場所にほんの数分後に現れる事になる。そして、その時点でようやく追尾を諦める事になるのだから。
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”たった一人を殺し損ねた・・・。”アローラは驚いていた。
”ビックリするくらい素早くて、人間離れして敏捷だった。”レンジョウと比べても、敏捷性は上だったと思う。速度はレンジョウと互角か少し下。
”反撃して来なかったのは、投射できる武器を持ってなかったから?”間違いなくそうだろう。
”あいつは一体何だったんだろう?”決まっているカオスの国の密偵なのだ・・・。
一つ溜息を吐くと、この事をフレイア様にどう報告しようかと、アローラは考えた。そして、考えが纏まる前に、来た道を引き返して行った。
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「おい、これを見ろよ。」
「何だこれは?これだけの蓄積が発生したのか?何をどうやったんだ?」
「わからんが、現にこれだけデータとパターンが蓄積されているのは事実だ。」
「後々のためには良い事だと思うが、このやり方は進展が早過ぎる。ついて行けない部分が多々ある。」
「同感ね。でも、有用である事は間違いないわ。」
「新しく来た”彼女”と何か関係があるのかも知れない。」
「プレイバックして調べてみましょう。」
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「グハァァァァ!」「ア!アアアァァァァァ!」ニコラ・テスラ(仮称)から放たれた何かは、前回同様あるいはそれ以上の効果を発揮した。
俺は自分の魂が、肉体から離れたのを感じた。俺は見える筈のない自分の背中と後頭部を確かに見た。自分の身体が腰を支点に激しく前後し、フレイアの海老反った上半身の腹部と打ち当たって弾む様な音を立てるのを見て聞いた。
と、魂が元に戻り、後頭部がポンと軽い音を立てたのを感じた。精神と神経の両方に大きなダメージ、あるいは痺れが生じたのを感じる。衝撃の激しさに身体が全て麻痺している・・・・。
高い所から転落する様な声を挙げていたフレイアは、一時呼吸を停止していたが、ふらつく俺が抱き起して、背中を膝で押して活を入れた。
息を吹き返したフレイアと共に、俺は寝台の上で身体の復調を待っていた。
「ようやく終わったか・・・。」と力なく呟く俺の顔を、フレイアが恐怖の混じった顔で見つめている。
俺は半泣きでフレイアに訴えた。「嘘だろ?嘘だと言ってくれ・・・。」
フレイアは顔を背けた。もう一度こんな事をやる?いや、無理だ。人間には限度がある。これ以上は俺の器の限界を超えている。多分、フレイアの限界も。
俺は呆然としていた。今は何も考えたくない。
「二人だけでは無理なのかも知れませぬ・・・・。」フレイアは困り果てた顔をしていた。
「フレイアは考え違いをしていたのかも知れませぬ。そもそも、世界樹を幻の中に封印した際、父母とフレイアの三人で儀式を致しました。ならば、封印を解くのも三人でなければならぬのやも知れませぬ。」
「・・・・・。だが、俺達の他に誰を呼ぶと言うんだ。」と呟いた俺に、フレイアは平然とした顔付きで眼差しを返して・・・・。俺はそこで察した。
「いや、それはダメだ!幾ら何でも!」と大きな声を出したが、その時だ。ノッカーの音が響いたのは。
「服をお召し下さいまし。」フレイアはそう言い、用意してあった布で自身の身体を軽く拭くと、衣文掛けに掛けてあった羽毛を纏った。
「フレイア、考え直せ。」と言ったが、フレイアは俺の言葉を見事に無視した。
「これも勇者の使命でございますよ、レンジョウ様。」と言うや、フレイアは玄関に向かい、アローラ。封印を解く為の最後の鍵を迎えに行ったのだ。