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第六話 建設現場

 俺が世話になっているラサリア国は小さな国なのだそうだ。アルカナス世界と言われる既知世界の中央領域の北東部に位置している。

 アリエル姫の両親は、本当か嘘かは不明だが、東の海からやって来た旅人だと言う。その夫婦が土地に定住していた人間族(蛮人や遊牧民ではない農耕民)を統治し始めたのが250年前。最初に統治した街をノースポートと名付けた。その後、バーチとコンスタンツ、フルバートの街が勢力圏に入り、ファイアピークの街が新規で建設された。アリエル姫の両親は10年ほど前に相次いで亡くなり、半人前の魔法使いとまとまりの悪い家臣団だけが遺された。


「平和を強く願う穢れなき聖女の国。しかし、その家臣たちは多くが凡人であり、聖女の願いなんか寝言程度と軽んじている。」自分で口にしてみて胸糞が悪くなった。

 200年以上も平和だった国で、その支配階級に属する者たちに腐敗が蔓延していない訳がない。生前のアリエル姫の両親たちは、できる限りの力で娘や息子に未来を遺してあげたかったのだろう。しかし、姫の兄たちが貴族の代理戦争じみた権力闘争の末に共倒れになるに至り、遂に先代聖女であった母が、次いで大魔術師の父が力尽き、今に至っているとの事だ。


 魔法顧問である賢者ザルドロンや、侍従長の若造女シーナは、それでもアリエル姫を盛り立てて行くつもりだ。問題はそれが見事に上手く行きそうにない事だろうか。王城に定住している大貴族が一人もいない。バーチ、コンスタンツ、フルバートの3つの大きな街は、それぞれが貴族の自治領と化しており、税金の上りも少ない。俺がこれから出向くファイアピークの街は、まだまだ建設途上の街で、アリエル姫の唯一の直轄領だ。しかし、この街が成長すれば、それを統治したいと言い出す貴族が出現するに違いない。


 王城を出発してから3日目、ファイアピークの街に向けての直通街道を切り開く現場に到着した。そこは山塊と隣接した平野で、その先には鬱蒼とした森が見えている。そこには、大きな木造の建物が幾つか見えており、随分前から用意された建設キャンプである事が伺えた。「今は一心に働こう。力仕事さえしていれば、いろんな悩みは忘れられる。」俺としては、この世界で直面する現実はあまりにも理不尽で、不可解で、しかも過酷な予感だけがあった。

「勇者か、ホントわかんないな。」職場の後輩から借りたラノベ。その世界の勇者は圧倒的な力を持ち、ほぼ無尽蔵の魔力を有し、童貞なのに王族をも含むハレムを作り、金もたっぷり。自分の能力や魔物を使役する。それらは世界を変える程の影響力と科学部門の進歩をもたらす。とかなんとか・・・・。俺はそんな便利な存在にはなれそうもない。


 俺の属している小隊20名のリーダーであるカイアス伍長は、中年に達した無産階級の叩き上げ伍長だ。無産階級とは、都市近郊に住んではいるが、何の財産も持たず、農家の小作人や、労働者として使われているだけの奴隷の一つ手前の貧民だ。真面目なだけが取り柄の伍長は、15年にわたって真面目に道路建設に勤しんできたが、未だに無産階級のままだ。

 小隊の面々とも行軍の最中にいろいろと話す機会があった。給金の良い道路建設の仕事は、力自慢のノースポート市民にはそこそこの人気がある。陸軍工兵部隊から職業技術を教えて貰い、食事つきの住み込みで給料も確実に支払われる。ただ、辛い仕事なのは間違いない。日がな歩いて、重い道具を担ぎ、地面を掘り下げて砂利と石を敷き詰めて行くのだから。


 それと、この小隊にはいないが、特に過酷な労役を担う犯罪奴隷たちも随分と動員されているのだそうだ。そんなこんなで、部隊全てとしては3個中隊320名ほどの部隊編成となっている。だらだらと働く馬鹿者を排除するために、食事は働きの良い小隊には優遇給食、効率が悪い小隊には最低給食が支給される。最低給食だと、朝は食事が穀物の粥を除いて何もなし、昼も主食のパンが半分となり、夕食もまともな食事を供されなくなる。俺たちの小隊は、常に良く働いたので最初の週は優遇給食が続いた。優遇されると、夕食の大きなパンにはバターがたっぷり練り込まれて、ワインの甕も差入れられるのだ。


「レンジョー、お前は凄いな。3人分働いてるぞ。みんな、レンジョーにはワインを1杯多く注いでやれ!」朝から夕方まで俺はツルハシとモッコで休みなく働いた。モッコの後棒は決まってアマルと言う名の無産階級の青年ハルトが引き受けてくれた。腕力も根性もある良い青年だ。「レンジョーさんは力も手の固さも凄いですよね、俺は全力で掘った土を穴から掻き出してるんですが、全然追いつかないです。」

「固い岩をツルハシ一発で叩き割ったり、超人的な手並みですよね。どこでそんな・・・」と小隊の町民雇用兵が話しかけて来た時、悲鳴のような叫び声があがった。皆がその場で立ち上がり、「テントの方で声がした。偶数番号、たいまつを持って行くぞ。奇数番号、この場で待機。」とカイアス伍長の命が下る。番号18番の俺もテントに向かって走った。


 人影がテントの方で見えた、その人影は俺たちに気が付くと、そのまま暗がりに向かって走った。伍長の指示により、数名は人影を追いかけ、他はテントの中に入った。

 そこに居たのは、ぐったりと横たわる人相の悪い禿げ頭の大男で、グニャリと身体を捩じりながら舌を出して倒れている。そいつの足元には俺の荷物が転がっており、袋の中から稲妻の籠手が出されていた。

 思うところあって、俺は稲妻の籠手をそいつの手の中に挟み込んだ。瞬間、凄まじい音と衝撃が天幕の中の空気を殴打した。アリエル姫は無事だったが、他の者はそうではなかったのだ。


「これは肌身離さずこいつを持ち歩く必要があるみたいだな。」俺はそう呟いて籠手を手に嵌める。

「それは何なんですか?」一部始終を近くで見ていたハルトが恐々としながら質問して来る。

「別に気にする必要はない。こいつは盗人で、触らなければ良いものに触った。それだけだ。」大男の服と帯を掴んで、俺はそいつを肩に担ぎ上げる。工兵の隊長にこいつを突き出して、それで面倒とはおさらばするつもりだ。

 たいまつを持った数名が俺たちのテントに近付いて来る。きっと工兵部隊の者たちだろう。俺の脳裏を埋め尽くしていたのは、面倒ごとから早く解放されたいと言う、ただそれだけの願いだった。

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