第五十七話 カオスノードその7、そして・・・
「ピイィィ!」「シャアァァァァ!」それぞれの首が、炎を噴き、牙を剥き出して俺の方に向かって来る。
それぞれの首の攻撃だが、牙で来る奴は一度首を曲げてから伸ばす。炎を噴く奴は首を伸ばしてこちらを真っ直ぐに向く。
何しろまだ七本残っているので、かなり目まぐるしいが、俺のトップスピードには及ばない。空中でステップを踏みながら、落ち着いて対処すれば大丈夫なのだ。
俺の攻撃は牽制として有用だったらしい。左側から突入した騎士は、ノーマークのまま、蛇の横っ腹に槍を突き立て、特に無謀な騎士達は、深く貫通した槍にぶら下がって揺する事までやってのけた。蛇の内臓は切り裂かれてしまい、内部からブチブチと言う異音が響く。
「キイイィィィィィ!」甲高い声が挙がり、蛇はキリキリ舞いを演じ、俺は空中に飛び上がり、騎士は槍を離して、地面に降りて剣を抜いた。その時だ・・・。
「シュウウウゥゥ」と言う、ボンベから圧搾空気が噴き出すような音がして、黒い飛沫が凄い勢いで俺に迫る。”後退?いや、間に合わない!”俺は籠手をかざして目の前を遮り、空中を蹴って斜め後ろに下がろうとした・・・が、左腕に何かが・・・これは蛇の牙だ!
凄まじい痛みが走る。しかし、その直後に蛇は牙を俺の腕から離した。一体何故?
****
「馬が消耗品みたいに死んで行く。あれじゃ、騎士達の戦力がすぐに消耗してしまう。」剣士達がそんな事を口にしている。堅忍不抜のエルフ戦士達、たった一つ欠点を挙げるなら、それは絶対にお喋りな事ね。でも、そのとおりだった。巨獣に打ち当たった馬は、簡単に首を折って死んでしまう。
槍を当てる為だけにそれ程の損害が出る。そして、彼等を支援すべきあたしには決定打になる打撃力はないのだ。それを悲しく思う。後、矢筒には5本の矢がある。それでどれだけの損害を蛇に与えられるだろう。
「魔術師隊、全弾射耗しました。」魔術師も炎の呪文を使い果たしてしまった。今日だけで何度この事を考えただろうか。”あたしはどうしたら良いの?”そして・・・・。
”代わってあげるね。”と、また空耳が聞こえる。あれ?そして、目の前が真っ暗になる。
****
血まみれの服の袖が、煙をあげて溶けて行く。皮膚の表面はもっと酷い。焼ける様な痛みだ。見れば、左腕の血管が膨れて、肉が真っ赤に染まっている。
マムシの毒素は、浸透圧によって、生物の細胞膜を破壊する毒素だと聞く。多分、こいつの毒素はもっと悪質な筈だ。こんなもんが目に入ったりしたら、俺はその場でアウトだっただろう。
”後どれくらい戦えるのか?”わからないが、ここで負けたら追い詰められて、糞みたいな怪物蛇の餌食になるだけだ。退路はない。
まだ動く脚と、まだ動く右腕で勝負するしかない。それしか手持ちのカードが無い。常に狙うのは端から。だから、左端の首を狙って直進、サイドステップ、右のストレートで蛇の鼻面をぶっ潰す。
だが、まだ死なない。背中に走り、回り込んで、右の手刀で首をへし折る・・・つもりだったが、こいつの首はまるでスプリングだ。電撃を受けてもまだ生きている。
俺はギリギリの勝負で悪手を打った事を知った。右端の首、良く見えない位置にいたそれが、俺に炎を吐きかける。焼け焦げた俺の左半身に追い打ちで上から牙が迫る。危なくも左腕で躱したが、それは激痛と言う代償を払っての事。
無敵とファルカン等が称える俺の戦闘スタイルだが、実際は体力の消耗が激しい上に、一度負傷してしまうと、その後の動きと攻撃の両方に支障が生じる。
痛みによる遅滞、防御力の不足による打たれ弱さ。結局、俺はギリギリの戦いしかできない様にできているのだ。
だから、こんなにしぶとく、人間とはかけ離れている勝手の違う怪物相手では、稲妻の籠手があっても、追い込まれたら逆転が難しい。加えて、今の俺が使えるのは右手一本。
そして、人間の腕とは、両方が連動しており、片腕だけでは半分の力も出せなくなるものなのだ。
そう、俺はかつてない危機の縁にいた。そして、それを救いにやって来た者は意外な人物だった。
****
獰猛なエルフの騎士は、馬を失ってもまだ戦いをやめない。良い傾向よね、流石よ。でも、長くは持久できないでしょうね。
叔父様は大ピンチ継続中。殺しても死なない様なタフガイだけど、それでも援護しないと、多分彼はここで死んでしまう。そのために私はここに来た。
残りの矢は5本、まずは叔父様を捉えている首、顎の下から脳味噌を吹き飛ばす!延びた首に命中!
走れ、アローラ。もっと速く!
それにしても、エルフの騎士ね。こいつら本当に凄い。振り落とされてもまた槍にしがみついてる。それに耐える槍も凄い。錬金術の武器だっけ?便利なモノよね。
叔父様は、蛇の背中の上に居るのね。”飛翔”・・・は使えないか。仕方がないから、エルフの騎士を踏み台にして登っちゃう。番えた矢を右端の首に、ほら死んじゃった。
「叔父様!こいつを殺す一番の近道を教えるわ。ここよ!」蛇の背中、そこに心臓のある場所に矢を撃ち込む。後3本。だからもう1本!蛇が暴れ始めた。騎士達も槍から再び手を離す。
蛇は叫び声を挙げながら、その場でグルグルと回った。生命の危機と恐怖、低能な生物特有の無目的な反射に突き動かされて、疑似的な知能すら働かなくなってる。
叔父様は、また暴挙に走り始めた。空中に浮かび、大気を蹴って蛇の背中に急降下。鱗と肉をぶち抜いて、蛇の心臓を掴んで・・・引っ張り出した。
爆発的な歓喜が身体を駆け巡る。実際に叔父様が戦っている場面に、臨場感たっぷりで立ち会えたのだ。伝説になっている叔父様の暴挙を目の前で見る事ができたのだ。
「強い!強いわ、叔父様!」と、私は大声で叫んでしまう。そんな叔父様の背中を、生き残った蛇の首が狙っているから・・・・・1発、もう1発!二つの首が弾けて飛んだ。
力尽きた蛇は、グッタリと上半身を地面に横たえた。残った死に切れない首達は、エルフの騎士が殺到して剣で切り裂いて殺してしまう。叔父様も横向けに倒れて地面に落ちた。
****
苦しい、喉が渇く、痛い、怖ろしい・・・・・。悪夢の様な半覚醒状態の中に俺は居た。
この気分の悪さ、喉の渇き、左腕の激痛、そうだ、蛇は死んだのか?
「レンジョウ殿!」騎士が大声を挙げる。「水筒でございます。どうか口になさって下さいませ。」と言うと、俺の口に革袋を押し当てた。舌を伸ばすと、そこに水気が注がれ、俺は喉を鳴らしてそれを呑み込む。後頭部に柔らかく、弾力性のある何かを感じる。上を見ると、アローラの顔が覗き込んでいた。
「大丈夫、貴方は不死身だからさ。蛇はみんなで止めを刺したよ。それでも、一番の手柄は叔父様だよ。蛇の心臓を掴み出して潰したんだから。」アローラはそう言う。
「ね、みんなもそう思うでしょう?」と言うと、エルフの騎士は「左様ですとも!」「感服致しました!」とか口々に俺を褒めている。けど、それらは遠くから響いて来る様な感覚で・・・。現実感が全くなかった。
俺は何かを口にしようとして・・・そのまま再び闇に呑まれた。
****
その後はあたしには記憶がない。
あたしが何故、あたしとは違う言葉を話し、あたしらしくない行動をするのか。それは理解できなかった。ただ、それをとても自然だと感じるあたしも居る。
どうしてだろうか?良くわからない。
何を境にそうなったのだろう。
”それはね、貴方と私が、同じ様に叔父様を好きになったからなんだよ。”
またあの声が聞こえる。
”叔父様ってレンジョウの事?”
”そうだよ。そしてね・・・・。”
”え?えええ?”
”今はこの事は忘れてしまいなさい。世界樹の封印が解ける時、その時までね。”
”その時に何があるの?”
”あははは。それは貴方が望む事だよ。その為に・・・・”
”・・・・・。”
”またね。次は一緒に・・・。”
****
”かあぁぁぁ。おっそろしい。あれは一体全体何なんだ。”
もう、滅茶苦茶な奴だ。あれは本気でデタラメだ。もう、俺的には身体が疼いて仕方ない。
”あいつがレイヴィンドの報告してた、そうだ、ラサリアの勇者って奴なのかな?籠手でヒドラを殺してたけど。やる事なす事馬鹿丸出しだわ。”
普通は、ああ言う場合は魔法使いに任せるよなぁ。例えば老師、それより落ちるけどレイヴィンドも。そうして弱ったところを白兵戦で〆る。それが普通なんだわ。
”けど、奴とエルフの騎士どもは、白兵戦で殺そうとした。弓矢のお嬢ちゃんも、最後のあれは接近戦だったし。”
結論としては、こいつらは全員頭がおかしいって事になる。桑原桑原・・・・こいつらとオークどもを戦わせたらどうなるかな?
そんなの決まってるわな。さあ、どうするか。とりあえず、帰って報告しないと。
****
エルフの都に続々と負傷者が運ばれて来る。特に騎士団の負傷者は多数で、剣士や鉾槍兵にも怪我人が続出している。
ラサリアの勇者は、騎士団の槍とマントを使って急造した担架に運ばれて都に移送されて来た。
勇者アローラも、激戦の疲労によってか意識を失い、手当を受けている。
「全く凄い戦いでしたね。」剣士団の兵隊が食事の合間にお喋りをしている。エルフからお喋りを取り上げたら、それこそ単に不機嫌な集団に成り果てるのではないだろうか。
「あんなのが森の外に続々と湧いてたのなら、女王様が森の魔術を解除しようとしてた理由もわかるってもんだ。」
「まだ半分ちょいしか潰してないんだよな。それなのにこの損害。」
「けど、まだ常備軍の内、半数程度しか動いてないんだよな。余裕はあるんじゃないか?」
「何言ってるんだ。今戦ってるのは選りすぐりの精鋭ばかりなんだぜ。俺達みたいな訓練途上のペエペエとは格が違う方々だ。それがこの損害。俺達なら死んじまってるよ。」
「けど、今日陥した七つの魔法の泉。全部が二人の勇者が参戦してたらしい。ラサリアの勇者と、アローラ様のお二人だ。」
「でも、ラサリアの勇者は血まみれで帰って来てたよな。あれは当分の間は戦えないんじゃないか?」
「そうかぁ?俺はあの人が不死身だって聞いたぜ。ここに来る最中も、盗賊を何十人もぶちのめして、返り血でドロドロだったらしい。洗濯女達が嘆いてたもんな。」
「あの勇者は何か違うんだろうな。フレイア様も、勇者の助力がなければ魔術を解けないとおっしゃってたし。」
その時・・・・ヴァネスティの森一帯に住む者達は、緑魔法の一つ”ネイチャーの癒し”の効果が及んだのを実感した。
エルフも人も、全ての者達の中を緑の魔力が駆け巡り、その傷を完全に癒す事となった。
****
「ふう・・・これで何とかなったかしら。どう、お加減は?」
「いや、本当に助かったよ。」レンジョウは左腕を動かして怪我の後遺症がないか確認している。
「さあ、その服ともおさらばよ。もう、血が固まって脱がす事もできないのですし。」剃刀を取り出して、服を裂くしか脱がす方法はないのだ。ズボンも上着も、替えはあるけど酷いものよね。
「髪の毛も血が固まって酷い有様ですわよ。何とかなさらないと。」そう言うと、ジッとこちらを見て、考え事をしておられます。
「昨日はゆっくり眠れたんだけどな・・・。」と流し目をしておられますね。
「丁度服も全部脱いでいるし、湯浴みを致しましょう。」フレイアも羽毛を脱いでしまいました。
それにしても・・・・・完全に回復なさったみたいですね。とっても・・・・逞しいですわ。
お姫様抱っこと言うんですか、こう言うのを?こんな姿で廊下を歩くのは本当に無作法です。でも、ドキドキしますが。
そして、廊下に出た途端に、玄関のドアが開いて・・・アローラが現れました。これはビックリ♪
「あっ、あの、そのっ・・・・。」おやおや、目がグルグルしていますね。
フレイアは、ストっとレンジョウ様の腕の中から降りて、アローラのところに歩いて行きます。
「あ・・・あたし、レンジョウの事が心配で。だから、あの・・・。」ドアをそのまま閉めて、アローラを廊下に上がらせます。
「今日の戦い、見ていましたよ。立派でしたね、アローラ。」
「は、はい・・・。あの・・・・。」
「おいでなさい。一緒に湯浴みをしましょう。」
「え?ええええ?一緒にですか?」
「嫌ですか?」
「いえ・・嫌では。えっと、あの?レンジョウも一緒になんですか?」
「嫌ですか?」
「いえ・・あの、ちょっとそれは・・・・。」
「嫌なのですか?」
「あ、あの、どうしてここで?あの、あの?恥ずかしい・・・。」
「湯浴みするのなら、服は脱ぐでしょう?」
「えええ?ええええ?」もっと素直になれば良いのに。
「なんでこうなるんだ?」と、レンジョウ様は固まっておられます。
アローラの裸を見ても、興奮したりしないのは、流石に紳士ですね。
ともあれ、レンジョウと一緒にアローラも綺麗に洗い上げて、その夜は三人で休みました。