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第五十六話 カオスノードその6

 原野に日暮れが近付いて来る。あれ程に明るい陽射しだったのが、今や涼しい風がもうすぐ吹き始めるだろう夕暮れの空に変わりつつあった。

 いや、それもこれも、俺とアローラが寝込んでしまったせいなのだが。本当に・・・騎士団その他に頭を下げたい気持すらある。

 エルフの騎士と剣士、魔術師は集合時間前にやって来て、それぞれに感慨深そうな表情で夕暮れの空と太陽を眺めやっていた。エルフは自然の力、星と太陽を崇拝する種族だ。その崇拝の根源となる精神を象徴するのがフレイアなのだ。

 太陽が沈むと言う今の時間、そんな種族が太陽に見とれているのは当たり前の事なのかも知れない。


 こいつらは、人間をいつの日か好きになってくれるだろうか?俺に多少とも心を開いてくれた様に。

 とにかく、戦友としてのエルフは満点に近い。勇敢で秩序立ち、器用で動きも早いのだから。

 そして、アローラもまた、他のエルフと同様に燃える空を見つめていた。まるで、それが最期に見る空であるかの様に。

 エルフ達の面々の並ぶ様は、とても敬虔な何かを俺に感じさせた。端正な顔をした妖精族が揃って太陽に見とれている。沈む夕陽のオレンジの光が、白銀の甲冑と兜に反射し、アローラの銀の鎖帷子を照らす。それは、それ自身が美しい光景であり、何かの絵を見ている様な気持ちになった。


”ああ、そう言えば、フレイアを最初に見た時に、俺はその姿をルーブルの名画と重ねていたんだよな。”と思い出した。あの日が今や遠い日の思い出の様な気持ちになる。エルフ族は、それ自体が絵になる種族と言う事なのか。そうも思った。


「そろそろ行こうか、みんな。」アローラがそう切り出してくれた。「そうですな、仕事を片付けないといけませんよね。」と騎士団の長も同調して、団員に用意を命じる。

「頼りにしていますよ、レンジョウ殿。」口々に騎士達が俺に声を掛ける。「ああ、任せておけ。」と言って、俺は籠手を打ち合わせて火花を放つ。「我等に勝利を!」そう騎士団の長が剣を振り上げて唱え、団員と剣士達、魔術師達が「我等に勝利を!」と唱和して騎士はそれぞれ騎乗して、空が暗くなるまでに俺達はノードの中に入った。


 ノードの中は昼も夜も明るい。エルフの剣士が言った事は嘘ではなかった。そこは確かに明るかった。真っ赤な異様な光で。

 そして、その赤い光の中で待ち受けていたのは、更に赤く輝く光を放つ地獄猟犬どもの目、目、目。一体どれ程の怪物が居るのか見当も付かない程の目の連なり。

 騎士団は長の短い命令で、あっと言う間に横隊を組み、段列を組んで整然と並んだ。

 少しの進路変更で衝突する程は近くない、それでも援護し合えない程に離れてはいない。もしも前列が戦いの為に足を止めたなら、後列の誰かが応援に入れる。そんな絶妙の位置に彼らは素早く並んだ。

 俺はその中央に位置して、射撃班の前に剣士が薄い陣を敷いて並んだ場所の少し前に位置していた。騎士団の討ち漏らしを俺が減らし、その後は剣士隊が地獄猟犬を食い止める。そんな布陣だ。


「騎士団槍構え!」と言う雄叫びが挙がると、「応!」の雄叫びが二度挙がり、「並足前進!」の号令で騎士団は揃って前進し始めた。俺も迎撃位置に素早く走り、そこで身構えて左右を確認した。

「わああぁぁぁぁぁ!」と言う怒声があちこちで響き、気合いに満ちた声が響く度に赤い光が閃いて、地獄猟犬が連続で騎士団に仕留められているのがわかる。それでも奴等は来た。騎士団の槍から逃れ、後方に擦り抜けて来る猟犬と、騎士団の横列の外側を駆け抜けて迂回して来た猟犬が。


「来るぞ、ぬかるな!」と後ろの剣士達が叫ぶ。俺は右側に遷移して、無傷で走って来る四匹の地獄猟犬の前に立った。こいつらにオーバーキルの打撃は不要だ。籠手の電光だけで死ぬのだから。素早く固まった猟犬の前に立ち、鼻面から顔面を狙って細かい打撃を繰り返し、通過する間に三匹を仕留めた。

 残りを追う事はしない。そっちには剣士が立ちはだかっているのだから。そして、俺は不思議な光景を見た。騎士団が、馬首を返して、こちらに並足で引き返して来るのを見たのだ。

 とりあえず、俺はもう一度迎撃位置を定め直し、最小限の動きで直進しかしない、どこか俺に似た地獄猟犬を更に一匹倒した。剣士の一撃をそれぞれ食らい、地獄猟犬は全滅した。


 ****


 レンジョウも異変を感じて、作戦開始位置に帰って来てくれた。騎士団も事前の打ち合わせのとおり、敵の正体を見定めた上で帰還して貰った。容易ならない事態とわかったのだからね。

「奥に居たのは”炎の蛇(ヒドラ)”が二匹でした。しかも大きな奴で、それぞれ首が九本ありました。」騎士団の長が報告する。

「間違いなく九本だったのね?」と聞いたら、そのとおりだと答えが返って来た。

「それで動かないんだ。わかった・・・。」あたしは頭を抱えた。最悪の状況かも知れない。


「何が起きているんだ?」とレンジョウが尋ねて来た。状況の確認も踏まえて、説明しておくのも良いかもね。

「あの蛇達は番い(つがい)なのよ。多分、九本の首なら最大にカオスの力を蓄えた後の蛇って事になるし、卵を抱えているだろうから、その卵も近い内に孵化するのよ。」

「で、蛇は三匹に増えるわ。そして、ノードは更に大きくなり、もっと強力で大変な怪物で溢れてしまうでしょうね。前までここに居たかも知れない巨人や魔族たちは、蛇達の餌食になったのね。だから、動きの速い逃げ回れる猟犬ばかりが残っていたのかも知れないのよ。」

「一番の問題は、産卵して、子供を孵化させる前の炎の蛇は、普通と違って猛毒を持つ事なのよ。手出しを今する事が得策なのかどうか。悩んでしまうわ。」


「なるほど、前に仕留めた巨人達は、ここから逃げ出したんじゃないのかな?」とレンジョウが言うが、騎士団の面々も、その言葉に頷いている。鋭いわね、こいつ。やっぱ、頭良いのかも知れないわね。

”叔父様は、元から頭が良くて素敵な人ですよ!”と微かにそんな声がする・・・。え?空耳?なんだか、女の子の声だったみたいだけど?


「とにかく、奴等は今は動かないし。どうするか、フレイア様に伺うのも良いかも知れないのよ。」と言うや言わずやのタイミングで・・・・。”ブオォォォォ!”と言う、腹に響く音が鳴り響いたの。

 ノードの天蓋が揺らいで、騎士達の鎧や金具にカオスの力が入り込んで火花を散らして行くわ。

「産まれちゃったんじゃないですか?子供が?」と剣士の一人が口にするが、それに反対する意見はどこにも出ないのね。

「おい、子供が産まれた蛇は次にどうするんだ?」とレンジョウが詰め寄って来るの。

「あ、あの・・・。子供が産まれるまでの間、蛇は何も食べないの。でも、産まれたら、子供に餌を運ぶためにも、蛇は近くを荒らして回るのよ。でも・・・。」


「じゃあ、ノードの外に奴等は飛び出して来るのか?」レンジョウの心配を、騎士団や剣士団、魔術師団のみんなも共有してるみたい。

「そうだと思う。そうしかないと思う。」あたしはそう答えた。そう、今や餌になる地獄猟犬まで居ない。ここに居るのはあたし達だけだ!ハッとして、あたしはノードの壁に近付いて手を触れた。

「ノードの壁が不安定になってる。あたし達、外に出られなくなってるのよ!」みんな、あたしの言葉に巍然とした表情を浮かべている。


「じゃあ、やるしかないって事だな・・・。」レンジョウは覚悟を決めたみたいなの。

「全員騎乗!隊列、左右に開け、段列3段!」騎士団も配置に着こうとしてるの。

「剣士隊、盾を並べて!魔術師団は合図の後、左側の炎の蛇に集中攻撃をするのよ!」あたしも号令を掛ける。


「俺も左の蛇を叩く。あいつ相手に気を付ける事はあるか?」レンジョウが聞くけど、月並みな事しか言えないの。

「蛇には基本的に死角がないの。ただ、前に立つのだけは最悪なの。全部の首に一斉攻撃を受けるから。背中の上が一番戦いやすいかなと思える位なのよ。」レンジョウは鼻から息を噴き出して嘆息する。「とにかく、正面だけは避けるさ。」と言って駆けて行った。「後ね!蛇には再生能力があるの!だから、短時間で仕留めないとドンドン傷が治るのよ。」と叫んだら、振り返ってギョッとした顔をしていた。

 その後に彼は小さく手を振って再び駆け出した。今回の戦いの危険さを一番良く知っていたのは、案外と彼だったのかも知れない。

 そう、彼はきっと知っていたのよ。心の奥底にある、何かの本能みたいなものが、彼に注意を促していたのだと後で思えたの。

 そして、あたしは弓を両手で握りしめて、奥の手を使う事にしたの。弓に込められた強い魔法、”拘束”(エンタングル)の魔法を・・・。


 ****


 一番後ろにいる筈の、生まれたての蛇はまだ見えない。そんなに大きくないのかも知れない。

 蛇は左右にそれぞれ並んでノシノシと胴体横の小さな四つ足で歩いている。これのどこが蛇なんだと思うが、ゾロゾロ並んでいる鱗と牙の生えた頭と首はまさに蛇だ。それが九本ずつ・・・。


 そして、突然に右側の蛇の周囲に蔓草が急速に生え始め、まず足を絡めて動きを止め、胴体に絡み、尻尾までが蔓草に捉えられた。蛇は口から火を吐いて、蔓草を焼こうとしたみたいだが、蔓草はそんな炎を全く受け付けなかった。

 しばらく蛇は無駄な足掻きを続けた後は流石に諦めたみたいで、首をくねらせながら、怒りのボディランゲージを繰り返すばかりとなった。


 並んでいた蛇の連携が途絶えた。アローラの奥の手は敵戦力の分断に成功したのだ。左側の蛇はしばらく逡巡していたが、前方から火の玉と弓矢が飛んで来るに至り、役に立たない番いを放置して、単独で狩りに向かう事を決意したみたいだ。

 アローラの矢は頭の一つに命中して、その頭を殺したようだが、グニャリと垂れ下がった頭の他は元気一杯で、それぞれに威嚇する声を挙げ、グルグルと回転した。


 どうもおかしいのだが、普通の生物は脊椎が後頭部の方に必ず寄っており、それから肋骨が生えて身体を形作っている。

 こいつの頭の動きを見ると、脊椎が首の中央にあるとしか思えない。なにしろ、三六〇度の範囲で首が動いている様に見えるからだ。

 ならば、肋骨に相当する保護材はどこにあるのか、謎である。また、頭を狙おうにも、蛇はコブラの様に胸を高く持ち上げている。これでは鎌首の上にある頭には俺の拳骨が届きそうにもない。


 そんな時、背中に飛び乗って戦うべしと言っていたアローラは、俺との言葉を思い出したのか、俺に飛翔の魔法を掛けてくれた。うん?俺には魔法免疫があるから、魔法は触れてないと掛からないのではなかったか?解せないところはあるが、文句はどこにもない。有効に活用させて貰う事にする。

 その時、また何かの動きがあった様で、ノードの天蓋が再び脈動し始めたのが見えた。しかし、それに深く関わる気はない。俺にできる事は、突っ込んで、ぶちのめして、相手を地面に転がす事だけだから。


 ****


 フレイアはほぼ半狂乱になっていた。ノードの中が全く見えないのだ。

”レンジョウ様とアローラが入った時から少しで、全く中が見えなくなった。”

 いろいろと考えられる事はある。内部の怪物で、とても強い力のある個体が居て、それがノードの組成を変換する際に、ノードを封印する場合があると言うのだ。とても珍しい事で、通常では到底考えられない事態だ。そして、今のままでは何の援護もしてあげられない。


”中に強力な怪物がいるとわかっているのに・・・・。”傍らに居る侍女のマレッタ、まだ12歳のエルフの少女は、敬愛する女王の苛立ちに、強い不安を感じているようだ。

「マレッタ、お茶を淹れて来て頂戴。それと少し何かを食べておきたいわ。」そう言うと、喜んで厨房に歩き去った。

”何か手を考えないと・・・。”あれがある種の魔術なら、小さな区画に掛けられた術法ならば。

「そうよ!」魔術書を開く。青系統(ソーサリー)の魔法の本を開いて、そのページに込めた魔法回路に接続し、魔力を投入する。”上位魔法(ディスエンチャント)浄化”(トゥルー)の呪文を短く唱え、そして発動させた!


 ****


「フレイア様!」あたしは思わず叫んだ。

 確かに今のは戦闘魔術の発動があったのだと思う。でも、何の魔術だったのだろう?それはわからなかった。青い光が見えたから、青系統(ソーサリー)魔法に属する魔術だとは思う。けれど、フレイア様は青系統にはそれ程詳しくない筈。大した術は使えない筈なのよ。


 ****


「成功したわ!」と思わず両手を挙げて喜んでしまう。マレッタがお盆を持って帰って来たが、今は構っていられない。得意の緑系統(ネイチャー)魔法をすぐに発動する。”怒れ、大地よ!”


 ****


 轟音が轟き、蔓草に絡められていた炎の蛇の下の大地が揺らぎ始める。ボロボロと地面が陥没し、突然に蛇の巨体が地面に陥没する。

「ギィヤアアァァァァ!」と蛇達が口を揃えて絶叫したが、陥没した地面の下に更に蛇は入り込み、地割れが更に広がった刹那、瞬時にそれが閉じた。

 最後の瞬間に、血しぶきが噴き出したが、それっきり。蛇は消えてしまった。


 騎士団は既に左右から蛇に迫っている。俺は斜め前の上方から蛇に駆け寄って行く。アローラの矢が再び首に当たったが、今度は首は死ななかった。

 蛇は俺達を射程内に収めたと確信し、それぞれの首で八方向に火炎を噴き出した。さながら、それは巨大な軍艦の対空砲火と、小型の舟艇を狙う副砲の射撃を思わせる盛大さで、火炎をまともに浴びた騎士と馬は、その両方が地面に倒れた。

 俺の手刀は、端っこの蛇の首に当たり、その顎を打ち砕いて電光を胴体に向けて放った。そのまま、死んだ首を掴んで目的地の背中に降り立った。


”ここからが勝負だ!”俺は睨み付ける何本かの首に爛々と輝く目、それらに対しまともに視線を返し、歯を剥き出した。”

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