第五十五話 カオスノードその5
結局、地面に倒れて石化していた兵士も発見され、石になったまま倒れていた兵士は50人強程発見されたの。もしかすると、まだ見つかるかも知れない。死体は100人強を回収。本当に、どんな弔辞を遺族に捧げるべきなのか・・・。
”貴方達のご家族は、命令に背いて不名誉な死を遂げました。”それを美しい言葉で飾っても、やはり無残なのよ。巻き毛に手を突っ込んでガシガシとかきむしっても、良い知恵なんか浮かばない。
そうして考え事をしていたせいで、あたしは後ろからレンジョウが近付いて来たのに気が付かなかったの。
「あんまり深く悩むなよ。お前らしくもない。」そう言って、レンジョウはあたしの肩に手を置いたの。
また・・・ビリって電撃みたいなのが肩と脇腹に走った。彼は籠手を外している筈なのに・・・。
「あっ!」と思わず声が挙がってしまうの!顔も熱くなってしまうの!
「あ、あんたがあんな無茶をするからよ!あたしがどれだけ心配したと思ってるのよ!?」とついつい怒鳴ってしまう。
「うむ・・・。それは済まなかった。けど、騎士団をあのまま放っておく訳にはいかなかったろう?そうじゃないか?」と彼はすまなそうに謝って来た。”そうじゃないのよ・・・。”と心の中で呟いて、あたしはレンジョウに思わず抱き付いた。
「ごめんな、アローラ。」レンジョウは私の肩に触れて、髪の毛に手を入れて撫でてくれた。ああ、もっと触れて欲しい、優しく・・・。
ゾクゾクする感覚が背筋と脇腹、肩口と首筋に感じるの。脚がまたわなないて来たの。
未知の感覚に、あたしは戸惑い、畏れに似た何かを感じた。お腹の中で熱いものが回っているのを感じる。
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「四個目は、騎士団の予備軍と弓隊で片付けました。その程度の連中だったのが幸いでした。六個目のノードは、これが巨大悪竜四匹と地獄猟犬多数、炎の魔族も一人確認しております。」げんなりする様な報告が入っている。「七個目のノードは、斥候によると地獄猟犬ばかりとなっておりますが、それは怪しいと思われます。なにしろ、ノードの直径が巨大なのです。魔法の精霊の偵察も失敗しました。奥に何かとんでもない奴がいるのではと思われます。」騎士団の伝令がアローラにそう報告している。
四個目のノードは小さく、地獄猟犬と少数の巨人の塒だったそうだ。それなりの損害は生じているのだろうが、エルフは基本的に優秀な戦士が揃っている。とにかく、剽悍な性質なのだ。
「また悪竜が一匹追加だな・・・。」俺の声は我知らず、自虐的で冷笑的な響きを帯びた。成り行きとは言え、ドンドン危険がエスカレートして行く様には笑いしか出て来ない。
そんな無責任な放言をする俺とは対照的に、幼い外見であっても、アローラは責任感が強いのだ。
「どんな危機でも、手持ちの駒でやりくりするのが、あたし達の使命なのよ。あんたが口でどう言おうと、最後まで頑張る人だと、あたしは知ってる。だから、今回もあんたを頼って作戦を立てるし、編成も工夫するわ。」こう言うところは俺も見習うべきなんだろうか。シーナやアローラの様に、弱音を吐かずに苦心して結果を出す姿勢を。
「わかった。そのとおりだな。どっちみち、俺はお前たちを見捨てたりはしないんだ。最後まで一緒にやり抜くさ。」そう言って、籠手を打ち合わせて火花を出して見せると、アローラはニッコリと笑った。何時からだろう?この娘が俺の前で平気で笑う様になったのは。
給仕が俺達に食事を運んで来た。アニタが作ってくれたのと似た、豚のブラウンシチューだ。ただ、こいつは繊維状になるまで豚肉を煮込んで潰している。それとお約束の薬草湯に”ご馳走”。
寿命が延びると言う曰く付きの食物だが、延びた筈の寿命も怪物に殺されてしまえば無意味になる。まあ、精々頑張ろうじゃないか。
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「えっとですね、アニタさん。」私は困った顔をしてるんでしょうね。
「どうかなさって?ファルカン様・・・。」はぁ・・・と溜息を吐いてアニタさんが答えました。
「今、勇者様は戦っておられるんですよね?」ううう・・・。
「はい、多分そうだと思います。」目の前にアニタさんの綺麗なお顔が。
「で、私達はそれを後目にこんな事していて良いんでしょうか?」アニタさんの指が・・・絶妙に顎から頸に。
「こんな事とは?」ふふふと妖艶に笑っておられます。
「どんな事?教えて・・・・。」水音が・・・静かなお部屋に凄く響きます。唇と舌が首筋を・・・。
「勇者様、お許し下さい・・・。」私がそう言うなり、アニタさんが全身で凄い動きを!ああ、もう何も考えられない!
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「俺も大概タフだよな。」またしても血まみれ。こいつの脳味噌の位置がわかった時点で、随分殺すのも楽になったが、無理矢理に勝利していると言ういつもの図式に変化はない。
「こいつの脳味噌、明らかに俺達のより小さいぞ。図体は100倍どころか、もっとデカいのにな。」引き出した脳味噌を地面に叩きつける。もう、以前の俺の常識とやらはどこに行ってしまったのだろうか。
「凄いわよ。驚きだわよ。」アローラも目を丸くしている。
「こんな豪快な殺し方は前代未聞ですな。」騎士団の長も首を捻っている。桶の水で手を洗うが、籠手はどうかとして、服の方は血まみれで脇の辺までずぶ濡れだ。
「本当に、貴殿が敵でなくて良かったと思います。巨人相手の方が余程に勝ち目があると言うものです。」苦笑しながら、騎士団の長は俺を称賛する。
「そう言うが、死者無しで悪竜を三体も突き殺したのは、エルフ達だと思うが?」と俺も賞賛を返す。本当に勇敢で、恐れを知らない勇者が揃っている。
俺の本心からの賞賛を感じたのか、エルフの騎士達と鉾槍兵達は兜を手にして、気を付けの姿勢で頭を下げる。
まず、魔法で絡めて空から落とす。次にアローラと魔術師が遠距離から攻撃し、次に俺が悪竜の背に乗って何発かぶちのめして頭を下げさせる。その後に騎士が突撃して腹や頸を左右両方から槍で刺し、あるいは鉾槍兵が駆け寄ってメタメタに切り刻む。その姿は、獰猛でありながら一糸乱れず整然としていた。
巨大な肉食恐竜サイズの悪竜でも、この連携なら殺せるのだとわかった。更に、アローラや魔術師が弾切れになった後は、俺が何とか一体の悪竜を殺した。今回考案した、とても野蛮な方法で。
エルフの騎士達の腕前は疑うべくもない。地獄猟犬などは、すれ違いさまに全部突き殺されて消滅した。炎を放つ暇もなかった。炎の魔族も似たようなもので、騎士団の猛攻の前に、悲鳴を挙げながら討ち取られた。
”俺はこの連中を尊敬し、好きになりつつある。”そう思えた。だから、昨日の夜に見た夢が心苦しかった。ラサリアの、アリエルの、シーナの夢だった。
早くラサリアに帰らなくてはならない。しかし、素晴らしいパートナーとして、フレイアは最早俺の心の中に完全に定着してしまった事も認めざるを得ない。
単なる恋愛の相手、最高の抱き心地の女としてフレイアはそこに定着したのではない。
必死に民の事を考え、隙を一切見せず、これだけのエルフの勇士達が命を賭けて仕えるに相応しい存在だと言う、真の意味での高貴さが俺の心を震わせたせいである。
だから俺は悩んだ。答えのある訳がない悩みに苦しんだ。
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「おい、また一人追加だと?」
「ああ、何でも本人の強い希望なんだとさ。」
「しかも、このタイム・インデックスは・・・。これは更に向こう側からよ?どうして?」
「何でもチャンネルが急に繋がったからだとさ。」
「おいおい、これはまだ確定している訳がないところからなんだぞ?」
「でも、現にチャンネルが繋がってしまってるんだから、追加するしかないわよね。」
「分岐点の数を上回って事態が膨らんでいると言う事かな。」
「悪い事じゃない・・・と思うが。成り行きに任せるしかない。どうせ引き返せないんだ。」
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「ここで今日は最後なんだな?」流石に俺も自分の体調が危ないと感じている。無理どころか、活躍そのものが人間離れしている。
「うん・・・。え?ええ?」アローラの様子がおかしい。
「どうした?」アローラの顔を覗き込むと・・・。「うん、気のせいなのかな?良くわかんないや。」と返事をするが、何か少しおかしい。そう、雰囲気が少し変わっている。
「本当に何もないのか?」と言うと、奇妙にぼーっとした表情で、俺を何か懐かしい誰かを見る様な表情で見つめている。「うん、何もないよ。アローラは何時もと変わり無しだわ。」
「何時ものアローラなら語尾に”なのよ”とか”だわよ”って付けてる様な気がするが?」俺は本格的に不審に思う様になって来た。
「だから・・・心境の変化があったのよ。おじ様をちょっと見直したって事なのね。」
「おじ様?」俺は目を剥いた。「私の方が年下に見えるでしょう。だからそれで良いのよ。」
そうだ、口調も表情も急にエルフらしくなくなった感じがする。まるで人間の少女の様に思える。
「一体どうしたんだ、アローラ?」俺はアローラの目を覗き込んだ。ふと、その目が焦点を結ばなくなり、すぐに瞳孔が動いて焦点を結んだ。
「大丈夫なのか?しっかりしろ・・・。」と言うや、「あ、ちょっと疲れてたみたいなの。後一つだし、休憩した方が良いかもね。」と普段のアローラが戻って来た。頭を軽く振って、「少しだけ横になるね。」と言うや、マントを身体に巻き付けてクウクウと寝息を立て始めた。
まだ昼の三時、割り当ては後一つ。俺もしばらく眠るべきだと思った。実際、陽光の中で、俺はアローラの前に横になった途端に眠ってしまった。
ハッと気が付くと、俺は眠ってしまっていた様だ。確か、アローラが・・・まだ目の前で寝ていた。
身体を起こすと、そこにはエルフの剣士が歩哨として立っていてくれた。「おい、君。今は何時くらいなんだろう?」と問い掛ける。「はっ、只今は大方6時前であろうかと。日没まで後1時間ほどでしょうか?」何ともはや・・・・。
「伝令を頼む。勇者二人は目を覚ましたと。今から日没までに勝負を掛けよう。」と言うと、「カオスノードの中は昼も夜も同じく明るいのですが。まあ、今からだと遅い夕食を家で食べる事はできるでしょう。」と言ってニッコリ笑うと走り去った。
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「アローラ、アローラ。」と言う声が聞こえる。あの声は?きっとあの人の声だ。
「アローラ、アローラ。」あの人ってだあれ?誰だろう?誰だったかな?
「アローラ、アローラ。」呼んでいる・・・。あの人が。あの人が。
「アローラ、アローラ。」あの人の逞しい胸板を感じる。逞しくて、優しくて。
「アローラ、アローラ。」あの人だ。あの人が呼んでいる。あたしを呼んでいる。私を呼んでいる。
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こいつ、寝ぼけて俺の胸に頬ずりし始めてやがる。「アローラ、アローラ。」背中に腕を回し始めてる。一体全体、誰の夢を見てるんだ。
「ハッ!」アローラは突然目を覚ました。そして、大きな欠伸をしたかと思うと、俺の胸の中でまた目を閉じようとしている。「起きろよ、おい!」と言うが、あまりにも無邪気な顔に強く叱る気が起きない。
「ハッ!」もう一度そう言ったかと思うと、自分が俺とどんな風に接触しているのかに気が付いて、驚いて身体を離した。
「なに?一体何があったの?」と普段の口調で慌てている。「単に起こそうと思ったら、お前が寝ぼけて抱き付いて来ただけだ。」との端的な俺の説明に少し顔を赤らめていた。
「最後の一つだ。行けそうか?」との俺の問いに、「もちろんだわよ!」と即答して来た。
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「我々も小休止しておりました。」と騎士団の長は言うが、多分みんな眠り込んでいたのだろう。少しでも疲れが取れていれば良いのだが。
「連戦だが大丈夫なのか?」との俺の問いに、「疲れや負傷が酷い者については、今回は外します。」例の20人程がそれに該当するのだろう。「他は全員大丈夫です。馬も替えておきました。」俺にも敬語を使う様になったか・・・。
他には、予備の魔術師隊が一つと、剣士隊が一つ編入されている。
「作戦としては、最初に騎士団が地獄猟犬を排除、討ち漏らした場合は剣士隊が盾役で、その後引き返して来た騎士団で挟み撃ち。魔術師隊は可能な限り魔法を温存する。そして、奥に居る何かを撃滅する。索敵が失敗しているので、これ以上は行き当たりばったりになると思うのよ。」
「それ以上は考えても仕方ないでしょうが・・・。何にせよ、この大きさのノードです。何が奥に居ても不思議ではありません。」騎士団の長はそれだけを述べた。
「じゃあ、掛かるとしましょう。」アローラの締めでその場は解散となった。開始時刻は6時45分。
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「おや、あいつは何をしようとしているのかな?」
「わかりません、イレギュラーな反応です。」
「どうしたの?」
「彼の戦術システムがおかしな動きをしています。」
「どこにもエラーは見えないけど?」
「位置的におかしな動きをしているのです。動作の事ではありません。」
「ああ、そうなの?でも、これって・・・。」
「ええ、衝突コースまっしぐらです。」