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第五十四話 カオスノードその4

 伝令の報せを受けて、前線の総司令であるアローラは苦り立ち、内心では困り果てているのだろうが、一応冷静に対処を始めた。

「ノードを囲んでいる部隊には全て伝令を走らせて。”軽挙妄動は厳に慎むべし”ってね。これは厳命よ、背いたら成功しても死罪に処するって事なのよ。」


 消息を絶った部隊は、剣士隊と長槍隊が主力の200人程度の中隊だった。

「あたし達みたいに、女王様の密命を受けてた者達と違って、常備軍の中でも森の外の様子を知らなかった者は多いのよ。彼等は、森の外の危機を知らされて、勇み立って手柄を立てたいと思ったみたいなの。」

 まず、連中は斥候をノードの中に勝手に送り込んだらしい。命令違反だと理解した上で、仲間の制止に従わなかったのがこれ程の数に及んだのだと。

「中には大した事のない炎の精霊が居るだけ。そう斥候は報告して来たのよ。そして、それを信じて突入した者達が、既に1時間経っても帰って来ない。これは生存は既に絶望と言う事よね。」アローラは可愛い眉を寄せて苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「馬鹿な人達・・・。あたしは遺された家族に何て言えば良いのかしら。」涙が溢れそうな表情でアローラが呟く。


「準備が整いましてござる。勇者殿、下知を頂きたい。」と騎士の一人が膝まづいて礼をする。

 先程の騎士団の指導者らしいが、エルフは年配の者でも若い者と外見の差はない。

「では出発するのよ。」と言うと、アローラは歩き出し、騎士団も並足で駒を進めた。

 ノードにはそれ程の時を要せずに到着した。周辺には50人程の弓隊と長槍隊が居る。全員、頭を下げて、悄然とした雰囲気を漂わせている。

「顔を上げて!あんた達が悪い訳じゃないの。踏みとどまってくれただけでも、あたしは嬉しいわよ。」そうアローラは切り出した。

「だから、あんた達はここで待っていて。中に居る者達をあたし達が救出したら、手当してあげて。わかったわね!」とアローラは呼び掛けたが、返事はない。何人かのすすり泣く声が聞こえた。

 そう、アローラの励ましがあったのだとしても、賢明なエルフ達は仲間の救出が絶望的だと知っているのだ。

 そんなエルフ達に気が付かないふりをしてアローラは前に進む。「みんな、中に入るわよ!」と声を掛けて、今度は一番に自分がノードの壁を潜った。俺もすぐにその後を追う。


 そこは静まり返っていた。ただ、松明の様に、篝火の様に、炎の精霊が横一列に並んでいるのは見えた。その光に照らされて、何人かのエルフらしき人影が見える。そして、それらは一様に動かない。

「あれは確かにエルフの剣士や鉾槍兵に見えるの・・・。」アローラの声が沈痛な響きを帯びた。

「アローラ殿、如何なさいますか?」と騎士団の長が尋ねる。

「地面に倒れている者は、死んでいると思う。けど、ああやって立っている者は、フレイア様の力なら何とか回復できる可能性もあると思うの。」アローラは俺の隣で呟く。

「あいつらはどうなったんだ?」と俺が尋ねると、「彼らは石に変えられたんだと思う。死んではいないけど、普通では回復できない状態に陥っているのよ。」

「騎士団は、あの人影に接近して回収して頂戴。炎の精霊は相手をしても良いけれど、その後方の存在には決して手出ししない事。」

「あそこには”混沌の末裔”が居ると思うのよ。」と言うと、騎士団は一様にどよめいた。


 ****


”混沌の末裔”、それは恐ろしい魔法生物で、多くは火山の麓や頂上とかの、噴き出す炎の力を得られる場所に生息しているの。

 とんでもなく性悪い代物で、身体の大きな目玉と触手の上にぶら下がった目玉で様々な魔力を放つ化け物で、知能は極高いと言われているのよ。奴等の知能はほとんどが嗜虐的な楽しみを得るために使われているみたい。奴等の狩場に足を踏み込んだら、配下のカオスモンスターに命令を下し、自分達も攻撃に参加しようとする。

 炎の精霊同様に足は速くない。けれども、速くなくても良いのよね。近付く者を睨んだだけで殺傷できるんだから。


 こいつ等にはただ一つの対処方法しかないわ。つまり、遠くから射殺するのよ!


 ****


「騎士団前進!」長槍は馬の鞍に固定して、騎士団は両手を手綱に掛けて馬を駆る。目的は石になった同胞の回収だ。

”混沌の末裔”の知能は極高い。アローラはそう言っていた。しかも、それは悪知恵なのだと。奴等は待ち伏せている。そうもアローラは言っていた。俺は騎士団と共に走り、すぐさまに一つの石像にしがみついた。重いが、何とかならないものでもない。ヘルズゲイトで持ち上げた岩のオブジェに比べれば何と言うものでもない様に感じた。地面から引き抜いてアローラの待つ陣地に引き返す。


 騎士団も次々と馬を降りて、石像を回収して行く。その数は四十体程か?

 俺は思った。あの異質な”岩の悪魔”、あれはこんな風に石に変えられた人間達が、長年浴びたカオスの力で変化したものなのではないかと。

 他の怪物が、多かれ少なかれ炎の魔力を帯びているのに、何故石の悪魔だけが石なのか、それを俺は不思議に思っていたのだが。そんな事を考えている間にも、敵は動きを開始していた。

 背後で「来たぞ!応戦だ!」と言う雄叫びに応じ、”応”と言う大きな雄叫びが轟いたからだ。しかし、今の俺は石像と化したエルフの戦士を運んでいる。これを放り出して良い道理はない。


 ****


「現れました!混沌の末裔が三体、石の悪魔も少数ですが見えます!」魔術師の一人が報告して来た。

 視力では、あたしの方がずっと上だから同じものが見えてるんだけど、彼等にも見えているとわかっただけでもオッケーなの。頷いて指示を出す。

「騎士団が応戦するから、石の悪魔は捨て置くの!あたし達は、みんなで真ん中にいる混沌の末裔を狙うわよ!」と命じると、了解した旨の返事があった。さあ、こいつは何時にも増して目玉を狙いやすいわね。なんせ、球形の胴体の半分ほどは大きな目玉なんだから・・・・。ほら!


 ****


 俺はようやくアローラの下に辿り着いた。後ろでは速足で駆け戻る馬の足音、「護ってやれ!」と怒鳴る騎馬小隊の隊長の督励、固い石に剣を叩きつける音。そして・・・なんと例えるべきなのか、想像すら絶する悪意ある嗤い声の響き。

 俺は石像を地面に横たえた後、戦場を振り返った。遠くに大きな目玉がフワフワと浮いている。その目玉の下には大きな口が開き、口元を吊り上げて嗤っている様が見えた。まさに化け物。


 BEMベムと言う言葉がある。英語の”BIG EYE MONSTER”の略なのだそうだ。古いB級SF映画の定番モンスターだったらしい。まさに奴等はそんなもんだった。誰もが納得するだろう化け物の典型だ。本能的に怯える自分を感じる。未知であり、理解を絶した存在に抱く原初的な恐怖だろう。

 しかし、そんな俺の思いをよそに、アローラはやる気十分だ。矢を番えて、落ち着いて放つ。またしても目玉に命中!そして轟く意味不明の叫び声。誰に説明して貰わなくても理解できる。この叫びは呪詛と報復を誓っているのだろう。


 俺の乱れていた息も回復して来た。そして、ドッと肩口に感じる疲労と寒気。俺は最後の”ご馳走”を口に運んで噛み砕き、呑み込む。そして、石の悪魔に足止めを受けている騎士団目指して駆け出した。


 ****


 少し焦ってしまうの。石の悪魔達に完全に捉えられて、騎士団が離脱できないのよ。このままでは、彼等にも混沌の末裔の凶眼が届いてしまうわ。

 その時、レンジョウが騎士団の援護に駆け付けるのが見えたの。本当にどれだけ元気な訳?


 遂に、中央の混沌の末裔が、魔術師の火球爆発の呪文に触手を全て吹き飛ばされた。奴はしばらくの間、クタクタと地面でのたうっていたが、やがて萎んで大きな目玉を残して溶解してしまった。

「次は向かって左の奴を狙うわ!」と叫ぶと、了解の返事が来たわ。

 石像を回収して来た騎士団は、それらを地面に横たえてから、再び騎乗したの。でも、まだ馬の息が乱れたままなのよね。今無理をさせたら、戦いの途中で力尽きかねないの。

 レンジョウは騎士団を襲う石の悪魔に横から挑み掛かって、次々に仕留めている。けど、混沌の末裔は間近に迫っているの。

 もう一発!命中したわ!魔術師たちも炎の帯を目玉と触手に浴びせているの。でも・・ああ、どうしよう。


 ****


 フワフワと漂う様にやって来る気味悪い奴等。片方は意味不明の喚き声を挙げているが、そっちはアローラに任せても良いだろう。

「お前らは下がれ。ここは俺が引き受ける。」と騎士達に俺は呼び掛けた。返事は何と言うか・・・。


「俺達に命令するな!人間風情が!」と言う怒声で・・・。せっかく、最後の石の悪魔を仕留めたと言うのに。そして、制止する間もなく、連中は鞍から長槍を引き抜くと、隊列を素早く作って突入する構えを取った。

「やめろ!無謀過ぎるぞ!あいつは、睨んだだけで相手を殺せる化け物なんだ!」と叫んだが、そんな理屈の通った助言でも人間の言う事は聞こうとしないのが、エルフと言う種族の宿痾なのだろう。

「行くぞ!」と小隊二〇人程の騎士が、槍を構えて怪物に突撃して行く。


 ニヤリと怪物の口元が吊り上がったのが見えた。

 そして、その視線がスポットライトの様に多数の騎士と騎馬を照らし上げ、舐めまわした。次の瞬間に騎士の乗った馬達が、揃って泡を口から噴いて死んで行くのが、妙にゆっくりした動きで俺には見えた。

 騎士達は、皆精鋭揃いだった。だから凶眼の魔力に影響されなかった。しかし、怪物の眼前で落馬して、何人かは怪我をしている。槍を落として、剣を抜いた者もいる。絶体絶命の状況だ・・・。


 ****


 二体目の混沌の末裔が遂に倒れたわ!ボンと音を立てて、それは破裂したのよ。

 魔術師たちから喝采が挙がるけど、その次にあたし達が目にしたのは、落馬して転倒する騎士達の姿だったの。

 心底からあたし自身の油断に震え上がったわ。射撃に集中し過ぎて、騎士団が暴走したのに気が付かなかったのよ。

 ケラケラと目の前の無力な姿を晒す獲物を嗤いながら、化け物は長い舌で口元を舐め回したの。


「化け物を射殺すのよ!」と魔術師たちに呼び掛けて、あたしは弓を番えて射たの。何度目かの喚き声にウンザリしながら、またもう一矢を番える。矢筒には後2本、つまり2回しか射撃できない。額と生え際に汗が噴き出すのを感じた。矢を指で挟んだまま、袖で汗を拭う。何としてでも・・・。


「あっ!」またしても、またしてもレンジョウが・・・。何も言わずに駆けて行く。頭を低くして突き進んで行くわ。ヒュッと弓を放つ。命中、でもまだ死なないの!

 石像を運んで来た騎士団が、命令もしないのに駆け出して行くわ。仲間を見捨てられないのだろうけど・・・。このままじゃ、凶眼の餌食が増えるだけよ。何とか、何とか!


 炎の帯が目玉の怪物に降り注ぐ、悲鳴が挙がるが、まだ死なないの!

「今ので撃ち尽くしました。我々も走って行き、倒れた騎士団の方々を回収しようと思います。」魔術師達は杖を投げ捨ててそう言うわ。頷くしかなかった。


 もう一発だけの矢を見つめる。その時、レンジョウに怪物の視線が集中した。レンジョウは転倒したけど、前転しながら怪物の目前に出た。そのまま飛び上がって地面に立ち、怪物の横に回り込んだの!

 彼が死なず、石にもならず、精神に打撃を受けて倒れなかったのは奇跡に思えたわ。”破滅の凶眼”に防御を崩されたのは仕方ないとしても、そのリカバリーは完璧に見えたのよ。そして、レンジョウの放った真横からの一撃がまともに当たったの!


 怪物は口から大量の白い液体をビュウビュウと吐き出して苦しみ始めた。白い液体・・・・。ビュウビュウと噴き出す・・・・。あ・・・・。


 あたしの脳裏に突然映ったのは、白い液体を垂らしたレンジョウの・・・・。それをフレイア様が・・・・カプカプ音をさせて・・・・。頭がグルグル回って、膝がカクカクと音を立て、思わず内股になってしまうのよ。頬が熱くなるのを嫌と言うほど感じてしまう。あああああああ・・・・・・・。

「死んじゃえ!この馬鹿!」と苦しむ怪物に対しての理不尽な怒りを込めて、脚を強く半身に踏み直し、あたしは最後の矢を放ったの。

 それは手応え十分な会心の一撃だったわよ。抉られた目玉の更に奥に一撃が徹って、怪物の裏側に大きな穴を開けたの!


 ****


 目の前で破裂して萎んで行く目玉の怪物。アローラの死の一撃は怪物を完全に仕留めた。

”本当に大した奴だ。男でもこれだけの腕前の持ち主はいないだろう。フレイアも鼻が高いだろう。”俺はその手並みに舌を巻くしかない。


 それにしても、あの怪物の攻撃は全く恐るべきものだった。身体が痺れる、ゾッとする程の寒気を感じる、痛みで卒倒しそうになる。それらが繰り返し襲うのだ。

 しかも、それは副作用でしかなく、抵抗しそこねると石になり、昏倒し、死に至るのだ。

 もう、次からは狙撃班に任せるしかないとすら思う。実際二度と御免だと思った。


 騎士団の連中は駆け付けて来た仲間達に助け起こされているが、その内の何人かがやがて俺の方にやって来た。「すまない、あんたの言う事を聞かなかったせいで、この体たらくだ。あんたの助けが無かったら、石像か死体かになるしかなかっただろう。どうか、俺達を許して欲しい。」そう頭を下げて来た。

「馬達には可哀想な事をしたが、あんた達は生き残った。俺はそれで十分さ。もし、それで謝り足りないってのなら、戦勝祝いの宴席で、俺に一杯多く注いでくれたら良い。それでチャラにしよう。」俺はそう言って、籠手を外して右手を差し出した。

 エルフの騎士は、革の手袋を外し、コートで手を拭いてから俺に右手を差し出した。その後は、お互いに肩を抱いて叩いた。騎士達は拍手を始め、俺の背中をそれぞれに叩き始める。

”ようやく打ち解けてくれたのかな?”と俺も一安心だ。


 本陣、あるいは作戦開始位置では、アローラが所在なさげに立っていた。何やらモジモジしている。

「今回もお前に助けられたな。見事だった!」俺はそう言って、アローラの肩を叩いた。

「全く、女にしておくのが勿体ない位の腕前だ。」と肩を揺すって続けたが、俺が触れた瞬間にアローラがビクリと身体を強張らせたのに気が付いて不審に思う。

「どうした?何があった?」見た事のない内股姿で立っているアローラに明らかに妙なものを感じる。顔も真っ赤にしている。

「何でもないのよ!」と飛び上がって駆け去って行くアローラの後姿は、すぐにノードの壁の向こうに消えた。

 何が何だか理解できない俺を残して、アローラはそれからノードの中に戻って来なかった。

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