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第五十話 フレイアは詫びる

 三日目・・・。こいつは一体何でできているのだろう。

 段々と俺も”様々な技”を伝授されて、フレイアとも互角に勝負できる様になって来ている。けれど、まだまだ相手が本気を出していないのだとわかる。

 俺もタフだが、相手は更に上手で底が見えない。

「今朝の”訓練”はここまでにしておきましょう。さあ、お互いに湯浴みをして、隣に立った方々に眉をひそめられる事のないように、容儀を整える必要があります。」とフレイアは言うが、一緒に浴室に行くと言う事はつまりだ・・・・。


 やはり、浴室でもいろいろとあって、そこを出たのは昼前になった。


 ****


「後見をお願いしたいのです。」ようやく服を着て、獣から人間あるいはエルフらしい姿に立ち戻った俺達は、真にそれらしい会話を始めたのだ。

「後見と言うと、俺に傍に居て、お前を補佐して欲しいと言う事か?」と俺は口にしたが「フレイアがこの世で最も頼りにする殿方は貴方様でございます。」と言う返事があっただけだった。否はない。

 こう言うところでも、フレイアは俺の数段上なのだ。しかも、本気でそう言っているところが・・・何と言うかグッと来る。

「お前はエルフと言う種族を裏切っている訳じゃないんだぞ?何故引け目を感じる?」俺は何度目かの念を押した。


「父はエルフが人間を容赦なく殺す事に胸を痛めておいででした。母はそんな父の優しさに涙しておられました。そして、父の願いをフレイアは受け止めて、今日この日まで参った次第でございます。それが今日を境にエルフと言う種族は無道な世界に投げ出されて、再び戦いの最中に送られるのです。フレイアは、自らの無力に苛まれずにはおかれません。」

「貴方様を”利用”して、フレイアは重荷から逃れたいと思いました。」俺は無言でフレイアの独語を聞いていた。”ああ、こいつは本物の悪女だ”と思いながら。


「貴方様の”魔法免疫”は青系統に詳しくないフレイアには手の届かないもの。例え、それに手が届いたのだとしても、自分自身の”本質”に対して適用し、それを応用した上で、母なる森に掛けられた魔術を解除する役には立てられなかったと思いまする。」

「しかしながら、フレイアが父から受け継いだ”再生能力”を貴方様に授けたのと同じく、貴方様がお授け下さるでしょう”魔法免疫”は、フレイアを一時的でも”魔術の核”としての役目から外す事が能うでしょうから。それにより、循環している膨大な魔力は消散して大地に還り、この地の周辺に生じたカオスの亀裂に反作用を及ぼすものと思います。」


「それで万事上手く行くと言う事で間違いないのか?」俺には多分フレイアの言っている事が少し以上は理解できなかった。

「いえ、その後は貴方様のご活躍に係っているのです・・・。」そう告げるフレイアの様子はとても寂し気で、細かく肩を震わせてさえいた。

「人間にもお前の様な”悪女”は沢山いるんだよ。」

「お前の様に、深情けで、男がほおっておけない連中が沢山いるんだ。」俺はフレイアの肩を後ろから抱いた。

「お前は天然過ぎて怖い女だ。だが、忘れるな、俺とお前は今は”恋人同士”だ。俺はお前の愛人じゃないんだ。それを忘れるな。」フレイアは振り向かなかった。ただ、俺の手を取って頬に押し当てただけだった。


 ****


 ズラリと並んだ人、人、人。エルフが全員だとこんなに居たなんて。

 私は軍隊で、人数の概略を何人程度いるのかを数える訓練を受けた事があります。だから、この森の全てで数十万人もの成人のエルフが居た事に驚きました。

”フルバート程度の軍備では、この男女に一揉みに潰されていまいますね。”と戦慄しながら考えたものです。

 なにしろ、アニタさんの歩き方にせよ、あれは軍隊で務めた人の足捌きですから。無意識に出るんですよ。あちこちで見かける人達全てそうなんです。多分、国民皆兵なんでしょう。森の生活、それ自体がエルフと言う凄い兵士としての素地になるのでしょう。

 樹上のテラスで、私はアニタさんと共にフレイア女王がヴァネスティの国民に聞かせたいと願う訓示あるいは告知を伺うべく、今もここで待っている次第です。


 ****


 魔力を集中して、臣民の皆に言葉が届く様に心掛ける。まず、そこからが出発点です。自分の語りたい事だけに飲み込まれてはいけない。

「臣民達に告げます!」最初の言葉は上手く言えた。レンジョウは言った。”お前の思う様に言え。どんな事になっても、俺がお前を護る。”と。その時は、身体全体に痺れる様な感覚が走り、腹部に小さな痛みに似た感覚が響き渡った。


 両腕を上げて、臣民達に語り掛ける。「エルフの森が、先代の統治者の掛けた魔力によって護られ続けて、それから一体どれ程の年月が経過したでしょうか。」

「その歳月の内に、我等エルフ族は人を殺さず、人に殺されず、互いに傷付けあわぬ様にと強く心掛けて来たものです。その歳月は、傷を負ったエルフ族の魂を癒し、その間に我等は再び優しい心を取り戻す事ができました。それは誰にとってもの幸いであり、特にエルフ族に取っての幸いであった事は間違いありません。」

「フレイアは、その様な優しく、気高いエルフ族の在り方を喜ぶ者です。皆に、そんなフレイアの思いは通じているでしょうか?」と言って言葉を噤んだ。


 中には平伏する者もおり、涙ぐむ者もいる。自身が涙を零しそうになってしまうが、不覚はこの場では許されない。

「今から告げる事は、とてもとても大きな変化をエルフにもたらします。そして、それを避ける事が世界全体に対してどれ程の被害を与えるのかも、フレイアから説明致します。」

「心して聞いて頂きたいのです。偽りのない、フレイアの言葉を・・・・。」聴衆達はシンと静まって、フレイアの言葉を待ってくれている。


「この森を護る魔術によって、森の中のエルフ達は、外界からの侵略を全て防いでいます。しかし、この数十年間の間に、付近ではカオスの魔力を噴き出すノードが幾つも発生し、南方のメソ・ラナオンの領域では、死の魔術の力が強まっています。つまり、森を護る魔術は、森の外の世界を滅ぼす原因に成り果てているのです。」ここで全ての言葉を切る事にした。臣民達がハッと言う反応をした。

 その理由は・・・フレイアとラサリアの勇者が肩越しに手を取り合っているのを見受けたからだろう。一体どんな反応が返って来るだろうか。試さずに引き下がる訳にはいかない。

 そして、臆して引き下がる訳には”決して”いかない。


 ****


 フレイアは言っていた。エルフは嫉妬深く、実は残忍で邪悪な種族だと。それは一面で正しいのだろう。しかし、勇敢で結束の強い民族でもある。何よりも、他人の為に真剣に怒る種族であるのだとも。

 世界樹下の広間に居る群衆、また群衆。これが全員敵に回る可能性があるだと?

 フレイア、お前の度胸は一体どこから湧き出して来るんだ?俺には恐ろしくて、怖ろしくて仕方がない。

「女王様のおっしゃる事に異議がある訳ではございませんが、森を護る魔術を解除する事は今すぐでなくてはならないのですか?」と問う声がある。もっともな疑問だと思う。

「森の魔術はフレイアの父母の術ですし、期間設定や途中解除は考慮されておりませぬ。故に、フレイア一人では解除できず、ラサリアの勇者が逗留している間に、その助力により成し遂げる事が叶うのです。」それに対する反応は予想していたとおりに激烈だった。


「やはり余所者が絡んでいたのか!」と言う怒声が挙がったのだ。聴衆達に小波の様に動揺が走ったのがわかる。

 フレイアは先手を取った。「落ち着いて下さい。」と言う当たり前の言葉、そこに込められた何かは強くありながら平静で、しかも愛に満ちていた。

 その何かこそが、種族の存亡を担い、重い義務を背負い続けながら、父母の愛を継ぎ、民を気が遠くなる年月に亘り愛し続けた女の真骨頂であったのだろう。

 フレイアのエルフ族への愛は、その間歪みもせずに存在し続けた。父母の魔術が世界を滅ぼす程の歪みを作ったのと好対照であるのが、真に悲しむべき皮肉とも言える。


「ラサリアの勇者をその為に招いたのはフレイアなのです。事前に皆に相談しなかった事を詫びさせて下さい。」と言うと、フレイアは腰を折り、頭を下げた。「もったいない事でございます!」と言う涙声が挙がり、聴衆に再び聞く姿勢が戻りつつある。

「森を護る魔術が世界を危険な状態に陥れると言う事が判明した後、フレイアは旧き馴染みであるトラロックと相談しましたが、結局は世界に生じた歪みを抑制する方法を考案する事ができなかったのです。そして、森を護る魔術を解除する方法も見つかりませんでした。」

「そして、ある時に、ラサリアで召喚された勇者が、エルフ族の勇者アローラの様に、以前からの世に知られた勇者のアーキタイプから外れた、イレギュラーな勇者である事が判明したのです。実のところ、彼は他の世界で生まれ育った、本当の意味での”余所者”なのです。そこにフレイアとトラロックは目を付け、それぞれの国に招いて目利きを行ったのです。」シンと静まった聴衆は耳をひたすらに傾けている。


「目利きの結果は、そこに可能性があると言う事でした。」あれが目利きね・・・。食事以外はほぼ浴室と寝室に籠り切りだった様な記憶しかないんだが。

「今後に起きる事を伝えます。最初に勇者と共にフレイアは森の魔術を弱めます。次にエルフ族の総力を挙げて森の外のカオスの怪物たちを駆逐し、カオスの魔法の泉を全て奪取します。最後に父母の魔術を完全に解除し、ラサリアと友好を結ぶ予定となっております。」

「フレイアは、今後のエルフ族が人間を再び殺戮する未来を望んでおりませぬ。今までと変わらず、エルフ族は森の中で生きて行く事でしょう。今や荒れ果ててしまった森の外に入植するかも知れませぬが、それは定まっていない未来です。しかし、今この時だけはフレイアを信じて欲しいのです。そして、エルフ族全員が一丸となって、外の世界と立ち向かう強い心を蘇らせて欲しいのです。」そこでフレイアは言葉を切った。


 真実は聴衆の胸を打ち、フレイアへの愛情は並み居る者達を奮わせた。その他の要因は沢山あったのだろうが、それからは喝采と歓声が響き、聴衆を万が一の時に備えて囲んでいた武装兵達は武器を振り上げて喜び叫んだ。

 フレイアは再びお辞儀をして、その後にテラスから降りて聴衆達の下に向かった。俺も同行した。


 途中でファルカンとアニタも合流した。フレイアは、一段高い場所に俺達を待たせて、自分だけが聴衆達のところに向かった。恐ろしい程の人数を前に、俺は心底恐怖を抱いた。

 これらが全て敵に回る可能性が少しでもあったのだと思うと背筋が震えた。そして、それを覚悟しながら前に進んだフレイアに強い敬意を抱いた。


 その後のフレイアは女達と抱き合い、男達の手を取り、聴衆達の間近に姿を見せ続けた。何時間もをその為に費やした。俺にできるのは、ひたすらにその姿を見守る事だけだった。

「愛し合う民と統治者。その姿は本当に美しいな。」俺はファルカンに語り掛けた。

「そのとおりです。ラサリアの臣民達は、ラナオンやヴァネスティと比べて、やはり不幸に思えるのです。アリエル姫様との繋がりがまだまだなのです。あんなに善良でお強い統治者を心の中から慕えない状況ですし。」

「ラサリアも、いつの日かこんな風になれたらと思うな。」民主主義の国からやって来た俺が、独裁的で怪しい魔術を使う統治者に感銘を受けると言うのはどんなものだろうか。

 しかし、この光景が美しいと言う事実は変えられない。俺はこの光景に美を感じている。この光景を護りたいと思っている。それこそが、今の俺の真実だった。


 ****


”本当に惜しい事。”それがアニタの想いだった。

”鞍替えなんか考えそうもないわね。”それを残念に思う。この人達はラサリアに帰ってしまうだろう。ラサリアにこの光景を現出するために。

”人間の男も捨てたもんじゃない。”そうも思う。この人達を引き留めてはならないとも。


”女王様も気が付いておられるのでしょうね。”女としての辛さをアニタはフレイアと共有している。

 ならやる事は一つだ。ファルカンに最後まで良くしてあげようと。一生残るだろう思い出を彼に与えてあげるのだ。

 腕を組み、豊かな胸を押さえながら。聴衆達を見やる男達の背中をアニタはジッと見つめ続けた。


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