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第四十九話 とても貴重な

 勇者レンジョウ様には、きっと才能がある。そう見込んだとおりでした。

 あれからほぼ一日の間、励みに励みました。昼夜を問わない指導の末に、勇者の腕前はメキメキと向上して行くのがわかります。

「どうして俺は倒れてしまわないんだ。」と、ほとんど半日程経った頃に勇者が問うて来ましたが、今更と言うか。本当に可愛らしいお方です。ここまで夢中になっていただける等、女としては感激するばかりでしょうか。

「それは、貴方様に対して、既にフレイアが”性魔術”を行使し始めているからです。」

「どんな種類の魔術なんだ?今の時点で、説明なしにヴァネスティの森の魔法を解除するのか?」と勇者は少し勘違いしておられる様子。説明せずにはおかれないでしょう。


「貴方様に対しての魔術と申し上げたとおりです。とても貴重な魔術を、貴方様の一生の間、フレイア以外には決して解けない様に施術致します。」それだけを教えたのですが、ちょっと意地悪が過ぎますか。

「だから、どんな魔術なんだ?」と幾分凄んでおられますが、汗まみれで熱い息を細かく吐きながらのご様子では、迫力も全く感じられませぬ。

「とても貴重な魔術。あるいは、長寿よりも余程人間達が欲しがると思える魔術ですわ。」そう言うと、フィニッシュに向けての”技”を使う事にしました。

「”再生能力”の魔術。例えばですが、今から使う”コルク抜き”の技などのこちら側の奥義ですと、心臓の悪いお方だと数分で息の根が止まるかも知れませぬ故に。その為の用心でもあり、貴方様が切り抜けるでしょう今後の荒事の際にも重宝すると思いますの。」とだけ言うと、後は勇者はただ喘ぐだけになり、5分後には二人でしばらく休憩する事となりました。


 ****


 もう、どれだけの技を持っているんだと呆れるばかり。これでまだ準備段階と言うのだから恐れ入る。

 それにしても、フレイアは寝物語ならば、随分いろいろと(本来は隠す必要のない)隠し事を教えてくれる。何事もギブアンドテイクと言う形にしないと気が済まないタイプかも知れない。

 つまり、トラロックの言う事は正しかったのだろうが、性悪の女狐かと言うとそうでもなさそうだ。狡猾に生きる事を決意しているだけで、本質はアリエルに似た善意の統治者であり、アリエル同様に父母の願いに従って国を統治している。経歴だけは二人とも似通っている。

「他の女の事を考えている顔ですわね。」俺の隣に横たわるフレイアが、嫣然とした表情で俺の腕に巻き付いて来る。「そんな風なお顔をしない様に、頭の中をフレイアだけにして差し上げたいものですわね。」と言うと、笑顔を浮かべながらコロコロと笑った。


「その”再生能力”とはどんなものなんだ?怪我が早く治るとか言う事なのか。」俺はフレイアの意地悪を無視して問い掛けた。

「さてさて・・・。フレイアとしては、今この瞬間の貴方様を独占している。それでひとまず満足する事に致しましょうか。」と前置いて続きを口にした。「それどころではございませんよ。随分な大怪我でもすぐに治ってしまいますわ。どの程度のものかは、ご自身で後日実感なさるがよろしいかと。」そう言うと、ニッコリと笑った。

 随分フレイアの事がわかり始めている。これ以上は何も言わないと言う事なのだ。なるほど、エルフと言うのはその根底から悪戯者なのだ。

「怪我も治る、疲労も凄い勢いで回復する。そう言う事なのか?」そうでなければ、俺はこの一日の間に多分死んでいたと思う。現在何回目なのか・・・既に正確な記憶すらない程で、俺の若い頃の最高記録を遥かに、桁外れに上回っている。


「それは単なる副作用といずれ知る事でしょう。実際、通常の魔術による”再生能力”はエルフの少数の軍事指導者と配下の者達、そしてアローラ以外には付与しておりませぬ。それ程に非常に貴重な能力であるとご理解下さいませ。緑系統魔術の深淵なる奥義の一つなのだとも。」フレイアの瞳は真摯な光で輝いている。

「もう、50人ばかりの盗賊との戦い程度では、貴方様は以前の様な不覚は取らない事でしょう。」俺はその言葉の意味を噛み締めた。

「そこまでの力を俺に与えたのか?」と、これはつい口を突いて出た言葉だったのだが、フレイアはそれに頷いて「一度ならず、二度までも貴方様が無理をなさった挙句に、疲労で倒れるところを目にしたのです。その度にフレイアは心を痛めていたのですよ。」

「ですから、こうして貴方様に手の届くところに来たからには、何もせずに捨て置く事など考えられませんでしたの。」と口にした後は、俺の胸に顔を伏せて黙ってしまった。


「じゃあ、その”再生能力”とやらに感謝して、更に精進する事にしよう。」と言うと、フレイアに覆い被さり、更に指導の続きを受けたのだ。その時に俺は気が付いたのだが、フレイアの身体は今や白い色ではなくなり、桜色に変化していた。


 ****


「これは只事ではないわね。」と私が小さく言うと、木陰に潜んだ射手達も一様に頷いた。

 闇夜に篝火の様に幾つもの光が見える。それらはギラギラと輝き、ゆっくりとした動きで森の外縁から少しのところで動き回っている。

「単なる”炎の精霊”ではないわよ。大きさが全然違うものね。ノードの力をたっぷり吸ったのが湧き出ているのよ。それと”炎の巨人”も大きさが普通のより揃って二回りはでかいの。」


 巡回に出て見て驚いた。困った奴等が森の外をウロウロしている。これが赤のノードからはみ出して来た”暴走する子供たち”なのか、”カオスの国”の尖兵なのか見分ける方法がない。

 もしも、これらが”カオスの国”の先遣部隊だった場合、相手には勇者がいる可能性が高い。強い風鳴の様な”炎の精霊”の呼吸音を聞きながら、ここで仕掛けるべきか退くべきかを迷ってしまう。

 これが”暴走する子供たち”であった場合でも、”カオスの国”の勇者が部隊ともども介入して来る可能性もある。そうなったら闇夜で乱戦と言う最悪の事態に陥る。

 視力に優れ、昼間ならばカオスの勇者を楽々発見できるだろうエルフの巡回部隊であっても、これ程の数のカオスが生み出した巨大な怪物たちに紛れた人間大の標的を分別する程のものではない。連中の放つ光があちこちに疎らに光と濃い影を作り出すので、どうしても幻惑されてしまうのだ。


「ここは退却するの。女王様のご采配の下でならともかく、連中と今決戦を行う理由はないのよ。」と部下達を諭す。見的必殺と言うのは、手駒が豊富な場合のモットーであるべきで、今のアローラに当て嵌まるものではない。部下に手振りで後退を命じる。

「消極的でも仕方がないのよ。勇敢になるのは、機が熟してから。」アローラは報告の要旨を頭の中でまとめつつ、今は暗い森の奥に走り去るばかりだ。


 ****


「奴等は森の縁に居た様だが、今回は退いたか。」遠目に白木の弓らしき何かが見えたかな、それ位だが。地面に伏せながらでは見分けられるのはその程度でしかない。

「しっかしヤバいな、この数は。どうにか誘導して他に行って貰いたいもんだ。とにかくお前等は、奴等が近付いて来たら迷わず逃げろよ。俺からしても、足止めをどれだけできるかわからんからな。」

 塹壕の中に隠れたオークの斥候部隊にそう言い含めて、更に俺は監視を続ける。


「そら来た。」”炎の精霊”の一つが俺達に気が付いた様だ。他はボケっとしたまんまで、どうにも手が付けられない森の幻に惑わされてうろついているだけだ。

 今の俺の手下どもは、オークにしては足が速いが、戦闘能力は皆無に近い。剣も鞘も持たせていないのだから当然なのだが。

 だから、ここは逃げの一手だ。”早くしろよ。”と心の中で思いながら、俺は最後尾を早歩き程度の速度で駆ける。

 普通に動くだけでも大量の空気を燃やさないといけない”炎の精霊”は、人間の歩く速度程度でしか動けない。じきに引き離す事ができるだろう。少し動いた程度でも、いちいち空気を吸ってからでしか再び動けない奴等なのだから。


 それにしても、監視部隊の指揮と言うのは、危険ばかり大きくて、それでいて華の無い地味な任務だと思う。”できればエルフの部隊を襲撃してみたいよな!”とも思うが、今の手駒で戦えば勝ち目云々を考えるのも愚かだ。

 いろいろと不服に思う事もあるが、与えられた任務は熟さなければならない。そこが勇者の辛いところでもある。


 ****


 遂に二日目。あまり疲れないとは言え、俺としては時間の経過が掴めなくなって来ているのを危険だと思うようになった。つまり、人間としての正常な感覚から外れ始めているのである。

「そう言えば、ファルカンを待たせたままだな。」と口にしたのだが、「ファルカン殿には、まだ若く美しい寡婦の女を宛がっております故。」とフレイアが答えて来た。ニンマリと口が笑っている。

「その方面に達者な者です。、ファルカン殿もきっと退屈とは感じておられぬと思いまする。」澄ました顔でフレイアはそう言うが、俺は心配になった。けれど、聖騎士の資格がある様な男だから・・・。


「大丈夫だろうな・・・。と思う。」俺も自分の事を心配するので手一杯なのだ。

「そうですとも。さあ、休憩が終わったら、次は1時間”通し”でおさらいを致しましょう。」お、おう。俺も常識がドンドン壊れて行く。


 ****


「さあ、ファルカン様。どうぞ召し上がれ。」、目の前のテーブルに料理が並んで行きます。

「アニタさん、これは凄いものですね。」と私は目を丸くするしかありません。

「フレイア女王の迎賓館に住まわせて頂く幸運に預かったのですもの。少しくらい料理を奮発しても罰は当たりませんし。」美しいエルフの女性に、夜昼なく”もてなし”て頂き、おまけに美味しい手料理まで頂いております。幸せです。


「ここに来て、エルフの方々もお肉を食べると初めて知りましたよ。」目の前には豚のベーコンと共にオーブンで軽く焼かれた茹でジャガと玉ねぎがまず並びます。ニンジンと玉ねぎと豚のブラウンシチュー。茹でた卵と様々な野菜をハニーマスタードで和えた凄く美味しいサラダ。パイ生地の中にホワイトソースと魚が入った焼き物。例のパンみたいな”ご馳走”。それらは大量で、到底私たちの手に負えそうに見えません。

 しかし、そのお心遣いはとても嬉しくて。

「本当にアニタさんは料理も上手で、何から何まで最高です!」私、こんな美しい人に巡り逢うなんて想像もできなかったです。思わず感涙してしまいます。


「ほら、心配なさる事なんか無かったでしょう?」と声が聞こえ、「ああ、大丈夫だったな。俺の取り越し苦労だった。」と言う声が聞こえます。

 ハッと目を上げると、そこには女王様と勇者様がいらっしゃりました。いつの間に!

「ああ・・・ああああ!勇者様、これはあのですね!」と大きな声がついつい出てしまいます。

「良いから静かにしろ。女王の御前なんだぞ、わかってんのかお前。」と凄まれてしまいました。

「ところでファルカン殿。アニタが上手なのは”料理も”と言っておられましたが、料理以外で上手なのはどんなものでしょうか?」とフレイア女王がアニタさんと顔を見合わせて笑っておられます。


「あら・・。お食事と色事の話題を混ぜるなど、文明種族たるエルフの沽券に関わる事でござりますれば。例え女王様と言えども、お控え下さいますよう。臣アニタ、伏してお願いいたします。」とアニタさんが真面目に返すものですから、更に女王様が笑って、勇者様も苦笑しておられます。

「じゃあ、俺たちもご相伴に預かる事にしようか。」と言う勇者様ですが・・・。

「あの勇者様・・・。」と私は思わず尋ねてしまいました。

「何だ?」と勇者様は軽くお返事なさいましたが、それ以上私の方では疑問を問う事ができなかったのです。

「勇者様から、女の人の香りが漂って来る。ファルカン様はそうおっしゃりたいのですよ。」サラリとアニタさんがおっしゃって。勇者様がギクリとした顔をなさっておられます。


 なるほど、これがエルフと言う種族なんでしょうね。女性の方が圧倒的に強い種族なんでしょう。そう納得するしかありませんでした。

 そして、この日が仮初にも平穏だったエルフの森の日々の終わりだったのです。

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