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第四十七話 【ジョンバール分岐点】YES

「人は牛や豚を食べます。だからと言って牛や豚に変化する訳ではない。けれど、ある程度の変化を特定の食物を摂る事で起こす事はできます。例の”ご馳走”を食された貴方たちには理解して頂けるでしょう。」

 俺は頷いた。そして、その後の事も思い出して赤面した。


「あの”ご馳走”は、エルフが夜の月と輝く星々、そして大地から得る事のできる恩恵を込めたものです。その方法を知る者はエルフだけですし、利用できるのもエルフだけです。しかし、その恩恵に預かる事は人間にもできるのです。」フレイアは訥々と表情を変化させずに言葉を紡ぐ、その反対にアローラは不愉快と不機嫌で膨れた顔をしている。

「問題は、その恩恵に預かる方法です。」フレイアの静謐な瞳が僅かに輝きを増した。「つまり、拉致監禁されたエルフ達は、ラサリアの権力者と呼ばれる者達に夜伽を強いられている訳です。薬物や精神に作用する魔法で堕落させられたり、中毒状態で無気力にされた上で。」アローラは小さくその言葉に頷いた。


「成人したエルフは身体の中で緑系統の魔力を循環させて生活します。その作用で、数百年間歳を取らずに暮らし、死に際しても強い魔力を大地に返還する事が可能です。それらの大地に返すための魔力を、長寿欲しさに啄ばむ方法が夜伽と言う事です。我等エルフの憤懣がご理解頂けますでしょうか?」その一端は理解できる、アローラのブルーアイが冷たく光る様を見れば。

「つまり、エルフ達もフルバートをアリエル姫が領有するのに反対しないと言う事で良いのか?」俺は端的に尋ねる事にした。

 二人ともが大きく頷いた。「それどころか・・・。積極的に尽力致したいとすら願っているところです。」フレイアはそう答えた。

「ただ、今すぐと言う訳には参りません。問題が幾つかございます故に。」と言うと、言葉をそこで切った。

「少し、拗れてしまった問題が起きているのよ。もう、繰り延べができない程に拗れた問題が。」アローラはそれだけを口にした。

「アローラとエルフの特に口固い者たちだけが我等の森の危機について知っております。部外者の貴方様たちに口にするのも恥ずかしい事ではございます。しかし、これ以上は無理と思い定めた時に、貴方様がこの世界に現れました。ですから・・・恥を忍んでお願いする次第となった訳です。」フレイアのあの切なく、切実な表情の正体に近付いている。俺にはそう感じられた。


「長い話になります。そして、そのお話を聞いて頂くのは、レンジョウ様だけしか許可できませぬ。ファルカン様が介添えできるのはここまでです。」とフレイアはファルカンに頭を下げた。

 ファルカンは大きく首を振って、フレイアの詫びに対して恐縮し、「ではお二人だけでお話下さいませ。私はアローラ様と二人でお待ちしております。」と言ったが、アローラは「ファルカンさんはかなり長い時間待つ事になるのよ。そして、使節団の人たちのところにも帰らせる訳にはいかないのよ。」と前置きをした。

「使節団の中には、フルバートとロンドリカのスパイがそれぞれ何人かずつ入って居るのよ・・・。」とアローラは噛んで含める口調で説明した。「それらのスパイ達は、エルフの術者が今も洗い出しをしているところなのよね。今帰れば、ややこしい事にしかならないと思うの。」


 ファルカンは何か変なものを呑み込んだ様な顔をして硬直していたが、やがて納得して頷いた。

「私は疑われていないので?」と恐る恐る俺たちの方に苦い目を向けて聞いたが、「叙勲で聖騎士の資格ありと判断されるだろう者を疑っても無益な事です。」とフレイアは請け負った。その言葉に、一番打ちのめされたのはファルカンだった様だ。「私が?聖騎士に?」と驚きの声を挙げ、一同の注目を集めたその後は、恥じ入って何も言えないままに床を見つめ始めた。

”つまり、不名誉とは無縁な男だったか”と俺もかなり嬉しくなった。シーナの眼力の鋭さを流石だと膝を叩いたものだ。


「ではこちらに・・・。」と言うや、フレイアは俺の腕を取り、俺たちは二人で奥の扉に向かった。そこから裏手の門を抜けて、俺達は住居の館に向かう事になったが、否応はないみたいだし、成り行きを見守るしかない。フレイアは俺の方を見もしない。ただ歩くだけだ。

「ここがフレイアの住む館です。」と言うと、門の前で俺の腕を離し、手をサッとかざした。門はひとりでに開き、そこから穏やかな風が吹き出て来て、俺の鼻を新鮮な草花の香りがする大気がくすぐった。

 フレイアは俺の腕を再び取ると、前に向かって静々と歩んで行く。


「ここでなら、どんなお話をしようと、誰からも知られる事はありませぬ。」とフレイアは請け負った。「お話以外の事も知られる事はない・・・のです。」と俺を見上げて囁くと、意外な事に顔を赤らめ始めた。俺は思わず手が汗ばむのを感じた。

 見上げれば、館は鎧戸まで蔓草に覆われた緑の館だった。表面の板は、迎賓館同様に白い板だったが、その表面が全て見えなくなる程に、蔓草はビッシリと繁茂している。木漏れ日の光を浴びて、蔓草は誇る様に緑を際立たせていた。

「どうぞお入り下さいませ。」黒い羽毛に覆われたエルフの主人が俺を促した。


 中に入ると、そこは吹き抜けの大広間で、2階は壁沿いに廊下がグルリと一周する造り。”ここにはフレイアの家族も住んでいたのだろうか。”と俺は思った。一人で住むのには、少し大き過ぎる館である。

「お茶を淹れて参ります。」と告げると、フレイアは奥に去って行った。後姿を見ると、大きなカラスにも見える。俺は昨夜の事を思い出していた。”中身はあんなに真っ白なのに”と・・・。

 そこで、その後のあの痴戯を思い出して頭を抱えた。トラロックの所では、衆人環視の羞恥プレイ。エルフの森では、美しい女王から驚く程の個人的歓迎と”奉仕”。

 それが、多分鹿子木あたりなら「男の夢っすよ!羨まし杉です、兄貴!!!」とか大騒ぎしそうなシチュエーションだろうが、俺にはそうは思えなかった。


 ラノベのエルフはエッチな身体の従順な魔法使い種族なのだろうが、この世界のエルフは違う。

 平気で人を殺す、不愛想、秘密主義、狡猾と・・・なによりも本音では人間全てをどこかで憎んでいる節すらある。

 そんなエルフの女王が、俺に秘密の頼みがあると言うのだ。天窓から入り込む日差しは美しい館の中を明るく照らしている。けれど、俺の心は曇り空なのだ。

 とにかく、面倒事の予感の他に、深刻極まりない秘密を持った美女が既に夜に俺を裸で待ち伏せしていたと言う意味不明な展開が俺を不安にさせる。そして、ひとたまりもなく、その美女に男としての敗北を喫しているのだから尚更だ。「ふう・・・。」思わず溜息が出た。

 その時、俺の横にお盆を掲げたフレイアが立っている事に気づき、俺の心臓は凄い音を立てた。”この女、いろんな意味で心臓に悪い。”マジでそう思った。


 フレイアが淹れて来たのは、例の薬草湯に香りを足した様な何かだった。素晴らしい香りが鼻腔から俺の脳を直撃した。「素晴らしい!」と俺は思わず口にした。フレイアははにかむ様な表情で「お褒めに預かりまして。」と呟いた。一口含んで、俺は更に驚く。例の”ご馳走”と同様のゾクゾクする感覚があった。

「これも寿命を延ばす効果があるのか?」と尋ねると、「はい。」と言う答えが返って来た。「より貴重な効果があります。」そうも言っていた。

「ところで、用向きを詳しく聞いても良いかな?」俺としては、それを避ける気はなかった。むしろ、早く使命を終わらせて、ノースポートに帰りたかった。フレイアは俺の方を向いて、少し寂し気な表情を浮かべた。

「帰りを急ぐお気持ちはわかります。しかしながら、その日は少し先に延びる事でしょう。貴方様は、どの道エルフ達の信頼を得ずに森を出る事は叶いません。」

 そして、チラリと俺を見て付け加えた。「今のエルフ達は信頼を得ずに森を出る事を許さないのです。間違いなく、お命を取られる事になるでしょう。」


 俺は思わず呻いた。「そこまで、エルフは人間を憎んでいるのか?」フレイアは頷いた。

「エルフは元来から善なる生物ではないのです。父がこの森を外界から隔離しようとした理由も、そんなエルフの苛烈で恨み深い性格を知り抜いていたからです。」

「以前の人間との戦争では、エルフがアルカナス世界から滅んで消えたのだとしても、人間を滅ぼさずにはおかないと言う決意を抱いて戦っていたものです。父と母はそんなエルフを説得し、矛を収めて森に引き籠る決断をしたのです。父母の犠牲で、森は厳重に護られ、外界から隔離される様になりました。」

「しかし、父母は自分達の生命と引き換えに戦乱を収拾するのだとは、エルフ達に教えてはいませんでした。そんな条件ならば、エルフ達は決して戦いをあきらめなかったでしょう。エルフ達は父母の死を知り悲しみましたが、それでも父母の遺志を汲み、人間との終わりない戦争だけからは手を引いてくれたのです。けれど、人を嫌う理由がなくなった訳ではなく、そこに父母の死までが却って追加されてしまう始末です。こればかりは、フレイアにもどうする事もできません。」


 なるほどと言うべきなのか・・・・。俺は暗澹たる思いを禁じ得ない。ここに来た事それ自体が凄まじい罠と言うべきだったとは。


「それで、俺は何をすれば良い?」その何かをしなければ、俺は森から出る事ができないのだろう。

「レンジョウ様にお願いがあります。貴方様にしかできない事です。」フレイアは椅子の上で背筋を伸ばし直した。

「言ってくれ。」

「フレイアを貴方様の愛人にして頂きたいのです。ほんの数日で構いません。貴方様のお情けを頂きたいのです。」


 最終的に、俺はYESと言う事になった。フレイアの更に語った理由を聞いた上での結論だった。


 ****


 椅子に座ったまま、数時間が経ちました。する事もなく、所在が全くない有様です。

 おや、ドアをノックする音がします。どうぞ、と返事をしました。

 中に入って来たのは・・・エルフの女性です。美しい・・・・けど、何でスケスケの薄絹を纏っているのでしょうか?目のやり場に困ります。

 え?女性が後ろ手にドアを閉めた・・・。それは人間社会と同じ意味なのですか?ええ?


 あれ!入り口の床の上で・・・なんと服を脱ぎ始めましたよ。えええええ?

 ああ、こっちにやって来ます。えええええ?

 ちょっと誰か?この状況を説明して下さい。あの、一体何が起きてるんでしょうか?

 あれぇ!いや、私は・・・・ゆ、勇者様、助けてぇ!!


 ****


「分岐点の一つに到達したわ。」

「ああ、この方法は本当に展開がスピーディーだな。」

「けど、その制御も大変だ。現在の所、制御している人数は5人。その内一人は大変な状況下での制御を行っているんだ。時間経過が早過ぎて、下手をすると行き過ぎてしまう可能性も高い。」

「やり直しが効かないのだし、失敗すれば取り返しがつかない事態に陥るわ。」


「それは最初から理解した上でのトライアルなんだ。最善を尽くすしかない。大丈夫だ、彼本人が出馬してるんだから。シナリオの通りに進むと信じようじゃないか。」

「彼本人ではあるけれど、彼本人の自覚は存在しないのよ。良く似た考えの他人と割り切って、誘導の手は抜くべきじゃないわね。」


「そのとおりだな。彼もそれ以外の者達も、俺達と同じ様には行かない。そう考えるべきだ。しかし、彼等との付き合いは俺達だって長いんだ。段取りの組み方は緻密であるべきだが、ここ一番では彼を信じて大胆に振る舞うのも大事だろう。」

「もう次の段階に入りかけている。動きは予想の範囲内ね。」

「今は信じて見守るしかない。そう言う事だな。」

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