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第四十一話 ギリギリの戦い

 笛の音が聞こえる。三回響いたのを確認した。つまり、”獲物”は途中で馬車を止めたと言う事だ。

 しかも、この獲物どもは、強力な戦闘能力を持った勇者を含んでいるのだと言う。舐めて掛かれば逆襲で痛い目に遭う。腰巾着のアランは、そう偉そうに説明していた。

 あの賢そうな訳知り顔には虫唾(むしず)が走るが、それでもボスの直近に居るギルドの上位者なのだ。しかめっ面をしただけでも口から頬までナイフで刻まれかねない。そして見えた、凄い速度で走って来る人影が。

 あれは人か?獣か?木立の影を抜けて、そいつは坂道を駆け上がって来る。


 それは到底人間の速度とは思えない。「射殺せ!」と号令を掛ける。ところが射撃が当たらない。頭の上を超えて矢が外れ、木立に弩弓の鉄矢がめり込むばかり。弩弓の装填にもたつく手下を苦々しく見つめる。

 傾斜地では、弩弓の装填は困難を極める。まずもって、弩弓を正しく地面に固定できない、足で踏ん張って弦を固定具に戻そうにも傾斜が邪魔をして、下手をすると転倒してしまう。実際に、転倒してしまう手下が一人いた。


 短弓は普通の速度で射る事ができたが、それも当たればの事。静止した目標に対しても、30メートル離れたら半数命中させるのが普通の射手にはやっとの事だ。そして、盗賊は専業射手ではないのだ。

「剣を抜け!」と言う前に抜いている奴もいる。戦闘においての我慢と言うのは、腕利きの盗賊でも無理なのだ。こればかりは、正規の訓練を受けた剣士や槍兵にはどうしても及ばない。所詮盗賊なのだから、それが当たり前なのだろうが。

 しかし、抜いてしまえば剣の腕は確かだ。汚い方法の剣法も達者な奴が多い。特にこの班に組み入れられた用心棒たちは、その方面のエキスパートみたいなものだ。卑劣な手段を好んで使う者たちも多い。


 遂に勇者?らしき”怪人”が短弓使いの手下の間近に来た。怒声か唸り声か判然としない恐ろしい声を轟かせ、用心棒の一人が文字のとおりに吹き飛んだ。青い閃光、あれは電光なのか?グローブでぶちのめされた用心棒の顔面に閃いた光は、その後血煙と砕かれた顎からしぶく大量の涎が陽光で煌めく。

 その後は唖然とするしかない程に展開が急になる。ほんの数秒で手下が3人殴り倒される。用心棒が1人、弓使いが2人。奴は更に並んだ弓使いたちに迫り、次々と血祭りに挙げて行く。

 凄い速度でグルグルと回る腕が振り回され、時に股間を狙った蹴り脚が高々と蹴り上げられて、瞬時に引き戻され、また駆け出した怪人が無防備に近い弓使いたちを薙ぎ倒して行く。


 弓使いたちは遅ればせながら弓を捨て、腰の剣を抜くが隊列を組んでいる訳でもなく、一対一で防御行動を取っているだけだ。そんな消極的な戦い方で何とかなる相手とは到底思えない。こいつは想像を遥かに超える難物だ。と見て取ると、班長は「固まれ!隊列を組まないとやられる!」と叫ぶ。

 奴が拳を揮い始めてからどのくらいの時間が経ったのか?”もう10人も倒されている!”と知り、班長は総毛立つ思いだ。”しくじれば殺される”とわかっている。だから油断はしていない、なのに既に10人がやられている。

 後退しようとした用心棒が一人、怪人に追い付かれて横腹に大きく振った一撃を食らった。肋骨がまとめてへし折れられる恐ろしい音が響く。そして、彼はピクリとも動かない。

 おそらく、まだ始まってから1分も経っていないのだろう。酷い話が、手下を3秒に1人ずつやられているのかも知れない。自分も剣を抜いて隊列の先頭に立つ。班長は決して臆病者ではなかった。残念な事に、それでも彼は超人的な戦闘能力の持ち主ではなかったのだが。


 ****


 アランが後方に位置させていた物見は、森から出た班が恐るべき速度で動く勇者に壊滅させられて行く現場を冷や汗と共に見つめていた。

 そいつは、固まって反撃を企図した盗賊たちの眼前を走り抜け、隅の方から順番に叩きのめして行く。その速度は圧倒的で、毎回”先制攻撃”を盗賊たちは甘受するしかなく、反撃する前に倒されて行く連鎖となった。

 速度も速いが、それよりも左右前後に動き回る運動性の方が更に凄い。武器のリーチは盗賊が有利だが、そんなものは刃を立てて振るえたらと言う前提あっての事だ。

 奴は、目前の敵手の手首や肘を狙って無力化する様な際どい攻撃すら行うのだ。素人剣術の使い手にどうなる相手とも思えない。

 そして、盗賊が10人程度に減り、健闘していた班長が遂に後頭部に一撃を受けて坂道を転がり落ちて行った時、遂に物見の盗賊は吹く筈がないと思っていた合図の笛を吹く事とした。


 ****


「あの合図は何でぇ?」繰り返し吹かれる笛の音が聞こえる。3回、1回、3回。スパイダーの問いにアランは気乗りしないながらも即答する。「森から出た班がやられたと言う合図です。」

「何だと!」スパイダーは唾を吐きながら声を荒げる。「物見がそう報じて来ました。間違いだとは思えません。」続けて「土手の班を前進させます。馬車を確保すれば、奴等は逃げ足を失います。」

「俺も行くさ。」と言うと、スパイダーが椅子から立ち上がる。


「ボス自らが陣頭にですか?」アランは目を剥く。

「俺はこの期に及んでも、奴等を舐めてたんだ。そこまでの奴等だとは思えなかったからだ。これは俺のしくじりだ。俺が直率した襲撃なんだ、お前ぇ等に尻を拭かせたりはしねぇ。指揮については、最後まで頼んだぜ。最悪、退くとなったら、お前の判断で退かせろ。」それだけ言い捨てると、スパイダーはヒラリと扉から出て行った。

「わかりました・・・。」とスパイダーの後姿にアランは呼び掛ける。


 ****


 スパイダーが街道左右に展開させた班の片方に到着した時、盗賊たちは困り果てているところだった。

「何でぇ?お前ぇ等、何を揉めてるんでぇ?」と大声を出すと、班長らしき盗賊が「ビッグボス!お許し下さい。奴等の馬車に弓を射かけても、全く命中しないんでさぁ。」と恐れおののきながら膝を付いて謝り始めた。

 試しにもう一度射撃を加えさせると、矢は馬車に直進した後、急角度で空や地面に向かって方向が変わってしまうと見えた。なるほど矢は見えない力で軌道を逸らされてしまっている様だな。


 笛の音が聞こえる。土手の班が駆け足でこちらにやって来る。とにかく、状況の整理と、部下が迷わない様にしないとマズい。だからスパイダー自身が街道に上がり、手振りと大声でもう片方の班に畑の中を進んで坂道を囲めと命じた。

 指令の伝達を確実に受け取った伝令らしき盗賊は、頭を下げた後に自分の班の方に戻った。

 スパイダーは自分の方に6名の盗賊が駆けよって来るのを認めた。見覚えのある連中である。こいつらは盗賊であって盗賊ではない。暗殺を生業とする特に危険な連中なのだ。左右と土手に2人ずつ配置されていた取って置きの猛者である。森の班には用心棒を組み込んでいたが、そいつらは全員倒されてしまった様だ。

「アラン様のご指示により、ビッグボス直属で動けと命じられました。」その内の一人が膝を着いてそう物申した。

「良いぜ。俺とお前等は、噂の勇者とやらを仕留める。わかったな?」はっ!と一同は頭を下げる。


 ****


 あ奴が居る。あの恐るべき”見知らぬ勇者”が。

 流石にあの動き、あの攻撃で30人からを叩きのめしていたのでは、どんなに強健な者であってもヘトヘトになっている事だろう。現にあ奴も疲労困憊の様子だ。

 街路樹に括り付けていた水筒から、少量の水を口に含んでいるみたいだが、長々と休息する訳にも行くまい。あ奴の仲間たちには是非とも救援が必要であるのだから。しかも喫緊にだ。


 それはさておいても、眼下に見える下らない者共の集団に加勢すべきか、それとも結果だけを報告すべきか。しばらく逡巡する。気乗りは一切しない・・・関わり合い事態を謝絶したいが。


「仕方なかろう。」私が何もせずにこの戦いへの関与をしなかったと言う事なら、それは主君とあの糞伯爵との協定に泥を塗る事になる。私の主君は、どんな相手との約束であろうと必ず守る信義あるお方だ。

「私の気分や好き嫌い等、大義の前には小さな事よ。」頭上にマナを集中し、炎の精霊を呼び出すと、精霊に命じて魔法を発動させた。


 ****


「何だ?」スパイダーは抜き払った自分の湾刀(カトラス)に燃え燻ぶる精霊の炎が宿ったのを見た。手下達の武器にも揃って真っ赤な炎が宿り、陽炎の様に揺らめいている。

「レイヴィンドの野郎か?この場面での加勢とはイカシテルじゃねぇかよ?」笑い声をあげると、手下達に「魔法使いが加勢してくれたんだ。その炎は普通の武器を魔法の武器に変える術なんだよ。さあ、奴等を痛い目に遭わせてやろうぜ!」と発破を掛けると、自ら道を駆け出して行った。

 手下もそれに続いて駆けて行く。


 ****


 ほんの少しでも、息を整える時間が稼げたのは幸いだった。

 後ろの坂の上を見ると、見覚えのある銀の兜に赤い額飾り、銀の鎧姿の騎士がいる。あれは例の魔法剣士だろう。奴は俺としばし視線を交わすと、馬に命じて来た道を引き返して行った。


”今は戦う気はないと言う事か。”それはありがたい。奴とは直接手合わせしていないが、手強い敵が一人減るだけでも上等と言うものだ。

 身体は・・・まだ動く。こうなったらやるしかない。ここを切り抜けて、俺たちはヴァネスティに向かわねばならない。


 ****


 盗賊たちの武器に炎の魔力が宿ったのがわかりました。危険な兆候です。ですが、私たちに揃って与えられているのも、錬金術ギルドで作られた魔法の長剣です。威力ではなく、鋭利さと軽量化で勝負する武器と言う事です。

 少し前までは、もう少し有利だったのですが、文句を言っても仕方ありませんし。とにかく、皆で力を合わせてベストを尽くすだけです。

「皆、抜かってはなりませんよ!勇者様ももうすぐ来て下さいます!」と発破を掛けると、目前の敵に集中する事にします。

 真っ赤な輝きが異様な迫力を武器に与えています。でも、それだけでは無い様な?疑問をひとまず飲み込むと、迫り来る剣と手斧を持つ盗賊に先手を加えて斬り付けます。


 ****


 あの炎はヤバい!そう悟り、俺は近道のために飛び乗った馬車の上から勢いよく飛び降りて、街道に上がって来ようとする盗賊の一団の中に踊り込んだ。

 不意を突けたのか、連中の先頭集団はギョッとした顔付きのまま、俺の拳で白目を剥きつつ倒れて行った。残り67人・・・・。10秒後にはそれが65人に減り、更に一人倒して・・・。


 ****


「居たぜ。あれが勇者なんだろうな。なるほど、凄い動きじゃないか。鍛えたら、人間ってのは、あんな動きができるんだな。」と俺は嗤う。

 しかし、馬鹿じゃねぇのか、あんな派手な動きを続け、盛大に身体を振り回し続けた日には、どこの誰だろうとすぐにヘバっちまうっての。


「行くぞ。あいつを俺たちで囲んで仕留めるんだ。」手を挙げて、暗殺者たちに合図し、俺は街道の下に降りた。暗殺者たちもそれぞれ後を着いて来る。焦る事はないが、やる時は一気にやっちまうべきだな。


 ****


 異様な雰囲気を感じた。あるいはこれは殺気なのか?

 ほぼ及び腰になってしまった盗賊の集団、既に7人を弾き倒した。そんな激しい戦いの最中に奴はやって来た。

 ドロリとした、肩に邪悪な何かが乗った様な、そんな気配を感じる。説明の必要も認めない程に、ひたすら只者じゃない、この帽子の男も、背後の6人の盗賊も。


「お前ぇが勇者様か?ああ?」野卑な声が耳朶を打つ。返事をする気にもならない。半身になって、横目で見やるだけだ。

「ケチな盗賊に対しては口も利けないってか?誇り高いお方なんだな、お前ぇってばよ!」と嘲って来る。

 ただ、軽い砕けた口調とは裏腹に、爛々と光りながらも深刻そのものの暗さを湛えた眼光には気を抜くと射竦められそうだ。邪悪な気配のせいで、冴えた頭の働きが鈍くなりつつある。

 こいつ相手では確信ある戦いが困難になりそうな予感を抱いてしまう。


 そして、背中に走る軽く痺れる様な危険な気配・・・。右手に剣を持った覆面の男たちが、左手にも何かを隠していると感じられた。それは、炎の剣よりもさらに危険な何かだと感じられる。おそらく何かの飛び道具か暗器なのかも知れない。


 直観を信じろ。俺は厳しく唇を結び、拳を少し上げて身構えた。

 周囲の喧騒がかき消される。俺は眼前の強敵たちに全ての神経を集中した。


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