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第四十話 袋の中

”準備万端だな。”手下たちの配置を見て、スパイダーは満足する。獲物が到着するのは明日の昼過ぎか。

「天気ですが、今日明日は雨の心配もありません。先程の事ですが、途中に残して来た斥候が使節団の現在位置を報せて来ています。連中が途中でどの程度の休息を摂るのか不明ですが、強行軍で来たとしても明日の朝より早くは着かないとの事でした。」アランからもその様に報告があった。

「よし、今から手下に少しだけ自由時間をくれてやれ。日没までなら何をしても許す。」とスパイダーが言うと、アランは「はっ。」とだけ返答して辞去する。

”ろくでなしどもに自由時間を与えたら、付近の住民に少なからぬ被害が出そうだな。”とは考えるが、ここまで夜闇に紛れて分散した百人程の手下が全員欠けずに到着した事は褒めてやっても良いのだ。

”目撃者の口封じも兼ねてなら、それもありかな。”と冷徹に考えもする。近くに控えている手下に通達して、ほぼ全員に日没までの自由行動を許可した。


 日没後、一番近くにあった民家の居住者である農民の一家は既に殺されて埋められていた。その民家をスパイダーの根城として手下一同は提供を申し出た。

 付近住民を殺害する事も、全ては予想の範囲内なので盗賊のボスはスンナリと寝室の提供を受ける。

 そして、手下たちは民家の炊事設備を使い、食事を仲間に提供する。野原で炊事をすれば、それだけで目立つ事になる。民家ならば炊煙が出ていても何等不思議はない。

 外に篝火を焚く事はしない、ここでは大騒ぎもしない、彼らは遠征中の盗賊なのだから。

”チャンとわかってるじゃねぇか。”やはり、ボスが直率している盗賊団は規律が固くなる。アランも上手くやっている。”さあ、袋の中に入って来い。”獲物たちに心の中でそう呼び掛けて、スパイダーは満悦の笑みを浮かべるのだった。


 ****


「先程、森の方向で光が反射するのが見えました。」ファルカンが言う。

「手鏡か何かで反射させた光を使い、互いに連絡を取り合っていると言う事か。」俺はそう応じる。

「斥候の手口ですね。傾け方が少し甘かったのでしょう。おかげで発見できたのですが。」


 あるいは故意に見せたのか・・・・。我々に緊張を強いて、弱らせる計画なのかも知れない。心理戦って奴かな。腐れ外道どもが大好きなやり口だ。

「どの道逃げ場はない。進むだけだ。」しかし、憂鬱になる。ここまで偏執狂的に外交使節団を狙うと言うのはありえるのか?と自問して、あるのだろうと結論を出す。


「明日の昼には国境の川に達するんだな?」

「はい、間違いなく明日には国境に達します。」

「川は人間が渡れる位の深さと流れなのか?」と聞くと「馬車は当然ですが、人が渡るのも困難です。浅瀬もかなり下流に行かないとありません。」との返事が返って来た。

「待ち伏せがあるとすれば、俺ならその橋を押さえるな。人数を配置するか、それとも橋を破壊するか。」

「橋が破壊されていた場合、渡し船はこの川にはありませんから、随分迂回して浅瀬を目指すしかなくなります。」ファルカンの答えは明確だった。俺は悪い予感に苛まれる事となった。


 ****


 朝早くから、盗賊たちは起き出して食事を作り始める。何しろ百人分だ、大きな鍋を庭に並べてスープや粥を作り始める。今日の昼過ぎには街道で狩りを行う事になるのだ。

 食堂のテーブルに座るスパイダーには、一番に食事が供される。彼専用のコックが居て、美味な食事をどこででも作る事になっているのだから。しかし、ここではフルバートのギルド本部の様な大した食事は出せない。

 それでも農家で飼われていた鶏を潰し、夜の間に血抜きして朝に捌き、ニンニクと蒸留酒で味を付けてソテーとし、多少乾いてしまった白いパンを入れた玉ねぎと粉にしたチーズの熱いスープを添えて朝食とした。出先での食事としては上等なものだろう。アランもご相伴に預かった。


「さあ、いよいよだな。」スパイダーは舌なめずりする。食事の余韻だけではなく、梃子摺った獲物をいよいよ殺せると言う残忍な喜びを感じているのだ。

「この食事が終わったら、手下には一切火を焚く事を禁じております。川縁の土手に潜むのが30人、こいつらは一番に飯を食わせて、その後に橋の板を撤去させる作業に就かせます。何分古くから残っている橋なので、石造りで頑丈です。滑車を使って持ち上げて、川の中に石の板を投げ込む事になります。難点は遠目でも橋の破壊された状況が見えてしまう事でしょう。」

「森の中に30人、完全に退路を塞ぐ役目です。」

「街道の左右に20名ずつ。街道から外れたら、馬車の車軸が地面の凹凸で壊れてしまうでしょうが、自暴自棄になれば誰であろうと何でもやりますから、退路を塞ぐ備えだけはしておきます。」

「全ての班の半分は短弓と弩弓で武装させてます。”ボスの計画”のとおりに、最初は射撃で、それで生き残っていたら斬り込みで皆殺しにします。」

「よし、後は待つだけだな。」スパイダーはまたしても酷薄な笑みを浮かべるのだった。


 ****


「最後の森の横を抜けます。」今の時間は正午あたりか?幾つかの襲撃が予想される場所は既に通過してしまい、後5キロ程も行けば国境の橋に行き当たる。食事は森に差し掛かる前に済ませ、水筒にはたっぷりと水を汲んでおいた。

「覚悟はしておりますが、白昼の街道で盗賊が仕掛けて来ると言う事、それ自体が信じられない事ですね。」ファルカンがぼやくが、常識で考えても盗賊がそこまで横行している事は信じがたい。

「それがフルバート伯爵の統治下の姿なんだろう。それにしても、あの森の中には何人くらい居るんだろうな?」俺が顎をしゃくった先の森、あそこは伏兵が籠るのには最適だろう。ファルカンは頭を振った。

「ここから少し道を下ると川の土手が見えて参ります。」


 ****


「--*--」手鏡の合図が来る。意味は獲物が目前まで来たと言う事だ。

「**--*」森の中の手勢も今から後方遮断のために森を出ると言う事。

 アランは土手に潜む手勢に対して指示を出す。こればかりは伝令に頼った。

 オルミックからの伝言で、馬車は4頭立ての大型馬車が1台、2頭立ての中型馬車2台だとわかっている。それぞれ、何と言う事もない豪華ではあるが、通常の馬車であるとの報告も受けている。有能な彼が自ら検分したのだから、それで間違いはあるまい。

 手鏡で通信を送ってくれた斥候に対して返答する事はない。馬車の誰かに見咎められたら、奇襲とはならないのだから。

 しかし、アランは半ば予想していた。あの使節団、あるいはあの使節団の中の只者ではない強者が、自分達の企図を見抜いているだろう事を。

 この襲撃は、結局のところ強襲となるだろう。そう彼は予想していた。つまり、守る側と攻める側の力と力の勝負になるだろう事を。


 民家の窓から街道を見ているが、見事に全員が起伏に隠れて姿を消している。槍を持った者までいるのに、それらは一切光らず、頭を出している者もいない。完全な埋伏の姿勢だ。

”流石だぜ、アラン。”心の中でスパイダーはアランの手並みに感心する。2階から、アランの居る1階まで階段を降りて行く。

 アランは椅子に座らせた伝令に対し、「起立!」と命じると、起立した手下に対して「土手に向かい、班長にこの指令を交付する事。」と告げた。

 羊皮紙を受け取り、「はい!」と言う返事だけを残し伝令は走り去った。街道を迂回し、馬車の視線に見咎められない場所を伝令は走って行く。伝令は後3人残っている。

「ここまでは順調です。」アランの報告する声に、スパイダーは冷え冷えとした何かを感じたが、昂った様子もないアランの対して幾分かの気後れを感じて黙ってしまう。


 ****


「こうなるとわかっていたのに、何故俺たちはここに来たんだろう?」俺の独り言にファルカンは答えた。「これは勇者様が乗り越えるべき障害だからですよ。そして、勇者様は障害を乗り越えて、人を正しく導く存在なのです。私はそれを知っています。」

 ファルカンは、他の馬車に乗る者たちに、弓矢の攻撃を予想したら、俺たちの乗る大きな馬車に来るようにと指示した。”アリエル・・・。”俺は下着に縫い付けた小さなブローチを撫でた。


「間違いありません。森から出て来て、我々を追尾してくる人影がいます。凡そ・・・30人と見ました。」まだ遠いが、そこには人影がぞろぞろと出現していた。坂をほとんど降り切った今、左右に見える緑の田園風景と点在する民家が見える。

 そして、遠くに見えるのは川の土手と国境の橋なのだろう。


 ****


「掛かって来やがったぜ!袋の中に、網の下に!馬鹿どもが、もうどうにもならないだろうさ。」スパイダーが舌を出して笑う。

 けれど、まだ引き付けきってはいない。後は川縁の土手に潜ませている班が遊んでいる。今の時点で馬車に止まられたらそこで包囲を掛けるしかない。しかも互いの班の射線を確保した状態で。「ビッグボス、相手の動き次第では土手の班を動かす事になりそうです。」とアランが許可を求めて来る。

「お前ぇの事前の見積もりでも、そうなってたんだろう?なら、タイミングは任せるさ。」とスパイダーが言い、アランは一礼して再度馬車の方向に向き直った。その手には金属製の笛が握られている。


 ****


「ファルカン、ここは任せたぞ。」と言うと、俺たちは坂道を降り切る寸前で馬車を一列に並べて道を塞いだ。

「わかりました。全員、盾を構えて馬車を背にして下さい。」応答の雄叫びがあがり、彼らの金具と鎧の板金が音を立てる。これで剣士たちは背中を気にしないで済むだろう。

「馬車を中心として”守護の風”を展開しています。アリエル様の手作り魔法道具です。」

 前回の使節団が弓と弩で狙われて苦戦したのは、ヘルズゲイト到着の際にアリエルに報告済みだった。アリエルは、大魔法”神器作成”を使い、守護の風だけをアミュレットに仕込んだ。そして、それを馬車の正しい位置に設置する事で、周辺に守護の風が取り巻く様にしてくれた訳だ。


「俺は森から出て来た連中を何とかする。」そう言い捨てて、俺は駆け出す。道沿いに並ぶ幅員を示す木立を盾に、俺は坂道の上に現れた盗賊たちに逆襲を企てた。

 その時、遠くから3回鋭い笛の音が鳴ったのが聞こえた。


 弓は坂道で上に居る場合は有利に射撃できる。しかし、弩弓は坂道では使い難く、装填も困難になる。ざっと見て短弓を構えている奴は10人、弩弓を構えてる奴は5人か?うぬ・・・もう気が付きやがった。さっきの笛は何かの合図だったのだろう。

 弩弓の鉄矢が唸りをあげて飛んで来る。かなり広い間隔で並ぶ街路樹の樹に何発か命中し、他は外れる。単独で集中射撃をできても、木立を盾にされると狙いにくいし、角度が悪いと、傾斜地では簡単に矢は頭を越して飛んで行ってしまうのだ。

 弩弓はまだ平射弾道に近い矢の飛行特性があるが、短弓となると低進弾道と言うなだらかな曲線が目標とある一定の個所で交差していないと命中しない。この場合は、頭を下げて走り込んで来る俺と交差させなければならず、高速で背の低い相手を山なりの弾道で、しかも自分が傾斜地に立った状態で狙わなければならない。


 ジグザグに走り、時に大きく横に飛びながら、俺は傾斜地を爆走しつつ登った。これだけでもかなり消耗するが、矢玉に当たるよりは随分マシだと無理に納得した。最後の短弓が一斉に放たれた。

 ここでスピードを落とせば、その時点で狙い撃ちの的になってしまう。一発でも当たれば、その時点で今の動く速度は保てない。腕と掌を必死に動かして矢を払いのける。

 俺は”稲妻の籠手”を着用したままで毎日欠かさずシャドウを行い、空手の型稽古を必死に繰り返していた。

 早く動く、その意味は大きい。なにしろ、自分の移動速度、攻撃速度以下の攻撃ならば、その攻撃を見切る事は簡単なのだ。

 そして、今の俺の攻撃は弓矢の飛翔速度には劣るが、それでも自分自身の高速の攻撃や移動には十分に目が慣れている。基礎的な動体視力が以前の比ではない代物になっているのだ。

 弓を使う盗賊の前に、剣と手槍を構えた盗賊、あるいはファルカンの言う用心棒が進み出て来た。なるほど、俺とどこか似ている連中だ。だからわかる、”こいつらはロクデナシだ”と・・・・。


 俺はまるで鉄球の様に、盗賊の一団に踊り込んだ。その衝撃力で、目の前に居る奴等を薙ぎ倒すのだ。

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