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第三十七話 宣戦布告

「当国の統治者であり、正統なる王家の末裔として、この国の混乱しきった現状を憂うる気持ちは誰にも負けません。私はこの国の腐敗と悪徳に対抗する義務を持った者として、私は自分自身の権利をまず擁護したいと思います。」

「我が父と母は国民を家族と思い、貴族であれ平民であれ、その幸福を強く願う気持ちを生涯抱き続けました。そして、その幸福の根源は男女の偽りない愛情にあると看破しておられたのです。ですから、王家及び貴族の名誉ある憲章に”王家及び貴族の女児は、その身柄を権力に拘束される事はない。望まぬ婚姻については断じてそれを認めぬ権利を持つ”と明記されています。今がその権利の章典を思い出す時です。父は賢人であり、母は聖女でした。その最後の子である私は、父母の定めた憲章に護られているのです。」


 議会の中は、異様な沈黙が打ち続いていた。

「そう、サリアベル姫も、塔に幽閉されながら、ご自身の愛を護ろうとなさっておられましたね。フルバート伯爵のお家の方々には、改めて説明するまでもない事でしたか。さて、アラリック侯爵。私の答弁はこれで仕舞いです。何かそちらから補足する事項があればどうぞ。」と水を向けた。

 アラリックは何も発言しない。身を護るためには、今は沈黙するしかない。ブレイブも、顔を深紅に染めながら黙り込んでいる。


 思えばだが、アリエルはずっとこの方法で大貴族に対して最後の抵抗を行おうと考えていたのではないだろうか。俺が現れず、トラロックからの援助がなかったとしても、それでも最後の最後は、大貴族の降嫁要求を突っぱねた事だろう。

 絶望的な抵抗であっても、唯々諾々と屈服する事はしなかっただろう。そして、今の情勢を考えると、アリエルの陣営は多少遅れを取っているとは言え、宣戦布告は可能な状況にあったのだ。

 そんな事を考えている俺を驚かせるタイミングで、今度はシーナが唐突に発言する。「流石でございます姫様・・・。後見するシーナめは、姫様の強いご決意と、口先だけではない真の愛国心に改めて感服致しました。強き同盟国の援助も得られましたし、若く強い配偶者の目星も付いて万々歳でございます。お傍仕えを始めてこの方、これほど嬉しい報せはなかったかと考えます。どうか、今のお気持ちのままに、国を宜しく切り盛りされて、国民たちに喜びをお恵み下さいますよう。」と全てを結んでしまった。

 議会の混乱はほとんど極致に至り、誰もまともに発言すらできない。こんなアリエルを彼らは初めて見るのだろう。当惑と混乱で成す術を知らない様だ。


 その後は、議会では発言を行う者も少なく、実務的な協議だけが進んで行った。その中心はシーナが受け持ち、キビキビと議題を進行させて行く。それらの内容には、確かに譲歩もあり、バーチには特に貿易面でのオコボレが振り撒かれる事と決まった。それは責任も背負う内容であったのだ。


「ヘルズゲイトとノースポートとの貿易に関係して、バーチの街道整備と宿場町の中途設置を提案します。」それにより、財貨の把握の権限が付与され、通貨の税金が”ノースポート”から支払われる事とされた。捌けた商品を追跡して、生じた利益の内の5%が最終的な取り分となる。それらの計上は商人ギルドの管轄となるため、公正さは担保されている。しかし、その主導権は常にノースポートにあると確定する。


「ノースポートが求めるのは、街道の安全です。天下国家の軍事について物申した其方の事。街にやって来たばかりの”ランソム”と言う流れ者の無法も、盗賊の跋扈(ばっこ)も当然許すことはないでしょう。それとも、貴方は口だけの無能者なのですか?内部の粛正と勢力拡大のために蛮行を繰り返す、頭のおかしい盗賊はちゃんと討伐して頂けますよね?もちろん、善良なる民草のために・・・。」シーナの叱責にアラリックは蒼褪める。

「それすらできないのなら、爵位を返上しなさい。これは、武勇の誉れ高き先祖のご恩と恵みに返礼する最後の機会ですよ。その覚悟で臨みなさい。失敗すれば、その時点で貴方は終わりです。また、バーチの境に協定を無視して入植した結果として、メソ・ラナオンの兵団がバーチを更地にしたとしても、アリエル姫は当然の報復であるとお認めになる事でしょう。同盟国と相討つ結果を甘受してまで、貴方の愚行の尻ぬぐいをする謂れはありません。その事、良く理解して頂きたいのです。」もう、徹底的に追い込まれている。実際、議員の内の数名は、緊張のあまり朝食を吐き戻している。ある意味、地獄絵図の様な有様である。


「私は勇気を頂きました。私が愛するお方は私に勇気を下さったのです。その方の与えて下さった勇気に応えるために、私は今までの様に皆様に迎合する事はなくなりました。去って行かれた父と母の理念と、若くして亡くなった兄達のやり残した無念を拭うため、父母と兄達の愛した国民の期待に応えるため、私は全力でこの国に蔓延(ばびこ)る悪徳と相対する決意を新たにしたのです。」その言葉に、少数の議員はただ真剣な顔付きでアリエルを見つめている。更に何人かの議員は揃って涙すら流している。

 仕掛けた方にしてみれば、こんな展開は完全な藪蛇であり、思いもよらないビンタであろうが、そんな事を気の毒に思う謂れはないだろう。モジモジと居心地悪そうにしている者たち、ギラついた面持ちで様子を伺う者たち、腐敗した議会の大多数はそんな連中ばかりだ。


 そんな流れを正しく汲んだ者たちも居た。

「此度の同盟国からの援助は、アリエル様の日頃からの態度と方針が正しく働いた結果生じた功績であり、その成果は姫様の父君であらせられたバルディーン様の功績に匹敵するものであると思料します。」先程涙を流していた議員の一人が発言を求め、アリエルに対しての感謝を議会が表明する旨の動議を提案した。

 この国は、議会における全ての発言に大きな責任のある王権の統治者が招集する議会制の存在する封建主義の国である。この感謝動議についても賛成と反対、棄権は記名投票で行われる。発言者はナイスアシストとしか言えない。


 加えて、昨日まではいなかった眼鏡を掛けた賢そうな女の子が、ペンを走らせて議事を記録している。実は、今までは議会で選任された書記担当が書き記していた議事録であるが、品を保つために罵倒や挑発の文言を省略していたのだが、今後は王家の書記を同席させ、詳細な文言の記録を行う事としたらしい。アリエルとシーナは自分達が完全にやる気だと言う事を、敵に向けて見せつけた訳だが、薬が効きすぎているのではないだろうか?俺の不在中は本当に大丈夫なのかと心配になって来る。


 午前の議会は途中で閉会となった。周章狼狽した議員たちは発言を止めてしまったし、アラリックなどは黙り込んだまま、顔色は蒼褪めて、アリエルの方を見ようともしない。そこに読み取れる感情は”恐怖”だった。大一番の見せ場を任されながら、アラリックは完全にしくじったのである。

 もう、フルバート伯爵から援助を貰う方法にも窮する事だろうし、今後アリエルの求めるところを果たせなかったら、ノースポートとヘルズゲイトに挟まれて、バーチは大きな危機に見舞われるだろう。

 彼の状況はほぼ詰みであり、今からアリエルに鞍替えしたとしても、以前からの悪事の尻尾をフルバートが掴んでいない訳がないと俺には思えた。自業自得だが、進退窮まっているだろうと俺は確信していた。


 ****


「秘書官として新任したシーリス・ケンジントン。私の義理の妹です。」眼鏡を掛けた気弱に見えるが賢そうな女の子、さっき見た書記の子だが、シーナの身内だったらしい。彼女の父親が生きていた頃に養子として迎えた子供らしいが、詳しい経緯の説明は省略された。

 シーリスは高名な魔法使いの弟子だったが、師匠が逝去したため、去年からシーナが再び面倒を見ていたらしい。おでこが広く、歳の割に幼く見える14歳の少女だ。

 一般的な魔法使いの嗜みとして、赤系統魔法を護身の為に身に付けてはいるが、本来は青系統の幻影魔法が得意なのだそうだ。ザルドロンと全く同じ宗旨と言える。

「ヴァネスティから帰って来たら、貴方の世話役として傍に付ける予定よ。そのつもりでいて。」シーナはそう言った。なるほど・・・そんな事を以前言ってた様な気がする。「私に取って、一番信用できる人物は彼女なの。」とも付け加えた。


「シーリスです。今は見習い魔術師ですが、大人になる前には姉のお役に立てる様になるつもりです。宜しくお願いします、勇者様。それと、姉は素直な性格ではありませんので、勇者様をどれ程頼りにしているのかは言ってないと思いますが、そこは大人として察してあげてくれると嬉しいです。」真っ赤になったシーナと、澄まして笑っているシーリス。良い組み合わせの姉妹だと思う。血は繋がっていなくても、仲の良い微笑ましい二人だった。


 そして、ザルドロンがやって来て、親書の封印を解除する鍵を手渡した。

「敢えて念を押そうと思っての。前回の外交使節団と、今回の外交使節団は目的が大きく違う。前回のメソ・ラナオンは古くからの同盟国であり、あの愚か者のアラリック侯爵の愚行ですらも腹の中はどうであれ見逃してくれたほどに、我等の国に好意的じゃ。しかし、今回の国は違う。控え目に言っても冷淡、多分じゃが本来的には険悪と言って良い関係の国じゃからな。」

「険悪な関係の理由は?」俺としてはその理由を知っておきたい。

「実しやかな噂でしかないが、フルバート伯爵の手の者は、ヴァネスティの臣民であるエルフの娘を何人か拉致しておると言われている。フルバート伯爵は凡人で、魔法の素養も知識もないからわかっておらぬのじゃが、フレイア女王の得意な魔術は緑系列(ネイチャー)魔術ではあるが、隠された奥の手として諜報関係の奥の手を持って居ると考えてよかろう。なにせ、お主の所在に誰よりも早く気が付いたのはフレイア女王じゃからな。」

「しらを切っているつもりで、フルバート伯爵はフレイア女王の不興を買っていると?そう、あんたは考えている訳だ?」


「儂だけではないよ、アリエル姫もそう確信しておられる。」ザルドロンはそう言い切った。なるほどね・・・。

「そのつもりで対応する事にしよう。ヴァネスティの女王は全てを知っていると考えて行動すべきだと。」

「それが良いだろうの。なまじな社交辞令やらお惚けやらは却って逆効果であり、自分の首を絞めるやも知れないと思いなされ。」

「年長者からの助言をお願いしたいな。どうすれば良い?」


「儂もアリエル姫もシーナも同感なのじゃが・・・。お主は頭は良くても馬鹿なのじゃから、素直に正直に男らしく振る舞えば良いと思うぞ?ただ、エルフの顔を殴るのはやめて欲しいがな。連中は異常に誇り高く、そして執念深いぞ。顔を立ててやる位でも満足する事かどうか。」

「森の中で引き籠って貰う訳にはいかないのか?」俺は、自分が最も苦手な連中の群れの中に投げ込まれるのだと悟った。どっちみち逃げ道はないのだろうが。

「ご指名のお呼びとあれば、どうにもならんだろうさ。そもそも、連中としても興味も用事もないのなら、お主を呼ぼうとも思わなかったろう。言ったではないか、連中は冷淡なのだよ、普通の場合はな。」

「つまり、フレイア女王はお主を待っておるのだ。こころせよ、かの女王が何を求めておるのか、余人にはわからぬ。それこそが最も難儀な事なんじゃよ・・・。」ザルドロンの助言はありがたかった。しかし、大事な事は自分で見極めなければならないのだともわかった。


 出発の際に、アリエルは俺に大きな籐で作った籠を持たせてくれた。「お口にあいますかどうか。」なんと、それは俺の為に手作りしてくれたサンドウィッチだった。

 俺は微笑んで「後でお茶と一緒に頂く事にするよ。」と言って受け取った。俺の事を見つめるサファイアの瞳、シミすら見えぬ白皙の肌の中で、頬だけが僅かに赤い。それは俺が守るべき最高の価値が結晶した存在だった。

 この少女の様に見える大魔法使いは、臣民の幸福の為に全てを投げ打って戦う決意をした気高い存在であり、ひねくれ者の俺が掛け替えのない存在と認めるに至った稀有な女性でもあったのだ。

「行って来る。また帰ってからいろいろと話し合う事も多いだろう。」俺はそれだけをアリエルに告げて、馬車の中に入った。長々と話していると、未練ばかりが募りそうだ。


 俺は恐れている。俺が不在の間のこの国とアリエル本人に降り掛かって来るだろう災厄を。アリエルが狙われるだろうその日の事を。不在の俺には何もできないだろう事を。

「シーナ、アリエル姫を頼む。お前とザルドロンが頼りなんだ。」シーナは黙って頷き、「成果をお待ちしております、レンジョウ様。」と言った後に、ニヤリと不敵に笑った。

「なかなかに、私が油断できない女だと言う事を、帰ってから知るかも知れません。」と嘯いていたものだ。見送る人たちを残し、俺は馬車の扉を閉める。出発の時間だ。

 今は昼下がりの午後、まだ明るいが、これから辿る道は敵地であるフルバートを超えての道筋であり、そこに危険が待っている事は確実だった。しかし、俺はそれを切り抜けなければならない。


 行程は一週間の予定であり、フルバートには3日後の到着を予定していた。後々に思ったものだ、この時、この瞬間が、俺とアリエルが何の翳りもなく思いあっていた最後の日だったのだと。


 ****


「ふふん、本当に麗しく、初心な恋人たちである事ね。英雄の物語を飾るに相応しい恋模様ですわ。」

「そんな物語には、当然・・・が出現して、・・・・そう、それこそが必要よね・・・。」

 俺たちの様子を見て、そう独り言ちる者がいる事を、今の俺は知らない。

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