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第三十六話 強要

 今日の昼過ぎには、俺はまた使節団としてヴァネスティに出向く予定になっている。昨日の大荒れだった議会の模様、あれは俺に忘れがたい印象を植え付けた。

 つまり、この国は悪徳によって牛耳られており、アリエルはその財産と身柄を常に狙われているのだと言う事が理解できたのだ。

 少なくとも、テレビで放送される事はなくても、あの模様を国民が知れば、きっと少しは考える事があるだろうと思うのだ。密室の中で常に少女がリンチを受けている。こんな事があって良い訳がない。


 だからこそ、ヴァネスティでの交渉は失敗が許されないのだ。それによってフルバート攻略の成否が決定してしまうのだから。


 それにしても・・・アリエルのあの発言には驚いたものだ。シュリの奴も、俺たちを追い越して、アリエルに面会した際にあんな事を口走ってたのか・・・・。トラロックも俺を養子に迎えるとか。

 鹿子木の差入れてくれたラノベでも、勇者と言うのは何故かトントン拍子で道が開けて行く話ばかりだったが。俺の場合はただただ、敵をぶん殴って、あちこち駆け回って、毎度酷い目に遭ってるだけの様な気がするのだが。


 シーナの教えてくれたところでは、議会でアリエルが非難され続け、毎回圧力を掛けられ、譲歩を強いられているのは、元首としての仕事を始めた12歳からずっとなのだそうだ。

 その頃はシーナの父が生きていたそうだが、数年後にはシーナの父は暗殺されてしまい、シーナは13歳でアリエルの侍従として仕え始めたのだそうだ。

 その後、母と兄も”事故”で亡くなり、彼女の家は跡取り不在で男爵位も返上する事となったそうだ。シーナには、アリエルの傍仕えを辞して婿を取り、家を守るつもりはなかった。


 ザルドロンをアリエルが自力で召喚したのは15歳の時で、それからはザルドロンも議会に同席してくれた。

 そんなザルドロンに対しても、議会は”青系統(ソーサリー)魔法の幻影魔法を使う者が議会に入るのは相応しくない”と動議を起こして立ち入り禁止にしてしまった。

 アリエル本人が幻影魔法の使い手でもあるのだから、完全な言い掛かりと言える。


 もう、普段から顔をあわせている同僚達ですらこの有様。皆が皆、空恐ろしい屈辱的な仕打ちに耐えながら国と統治者であるアリエルを守っているのだ。

「我慢に我慢を重ねて、遂に反撃の時が来たのよ。貴方が取り付けてくれたトラロック様との約定、それらは大きな力になるわ。」

 今日の議会では、ヘルズゲイトから送られて来る交易品について、それを運ぶ隊商にヘルズゲイトの護衛を同行させると言う案件を話し合うそうだ。

 何しろ、バーチの当局は外交使節団にすら護衛を付けようとしなかった実績がある。交易品を出没する盗賊団に奪われる事態は外交問題に直結するだろうから。

「問題は、他国の兵士が国内をうろつく事がやはり問題と言う事よね。同盟国でも、そこはそれだから。」それを回避するための抜け道として、専属の護衛にラサリアの割符を渡し、ノースポート郊外に新設する集積場で受け取り、そこから、城壁の外に位置する船着き場に荷物を回送するのだと。


 俺は昔、大阪の日雇い労連の紹介で、港湾の荷役仕事をしていたのを思い出した。骨が軋むほどの重労働だったが、同僚は皆良い人が多かった。中には凄い屑も居たが。働いていると言う実感がある男の仕事だった。力仕事をしている最中は、全てを忘れて仕事に没頭できるのが俺には堪らなかった。

 ふと、そんな事を港と言う単語から連想してしまった事に苦笑が出る。


「郊外巡警のための騎兵も置く事になるでしょうね。これで、ノースポート周辺の治安回復にも繋がるでしょう。」万々歳って事か?

「問題は、万が一敵襲があった時には貨物を守れない事かしら?今後は城内に出入りする際に、今まで以上に警戒を強くするつもり。もう、今後は我々が大人しくフルバートにもバーチにも頭を下げる事は無いと明日以降も表明するつもりよ。問題は・・・。」

「こんな大事な時に俺がヴァネスティに向かわなければならない事だな。」俺もその事は痛感している。

「レンジョウ様、貴方は勇者なのよ。その事を忘れないで、一刻も早く帰って来て、アリエル様のお傍を守るのよ。」シーナが表向きで使う”レンジョウ様”は正直気味が悪いもんだ。


 その後、アリエルとザルドロンもやって来て、俺たちは今後の事をいろいろと話し合った。明日の議会も朝食後すぐに始まると言う。開催期間は3日程度なので、俺が午前の部に立ち会ってから出発する。そんな段取りだったんだ。


 ****


「父上、アリエルめの増長は今や座視できない状況にあります。我等の意見を代表して、アリエルに質疑を行ったレナート卿は、没落貴族の孤児シーナめに侮辱され、公民権を剥奪された上に罰金と給与の返済まで求められる始末となりました。何よりも、我等の求めるトラロックからの貢ぎ物の分配を、トラロックが目録に書き記した文言を盾に拒否して来たのです。」フルバート伯爵の長男、ブレイブ・フルバートは唾を飛ばしつつ、水晶玉で父親に向かってそう喚き立てたものだ。


「ブレイブよ、アリエルめの増長も決して許せぬが、それにも増して、アリエルがメソ・ラナオンの手の者と独自に婚姻を結ぼうとしている事が問題である。かの大国を後ろ盾にして、我等の勢力と対抗しようとしているのだろう。それは許せぬ。アリエルめは、我の後添いとして迎え、フルバートの勢力を盤石なものとする、それこそがラサリア国を飛躍させる唯一の道なのである。」と老人は言う。

「はは!」とブレイブは追従の声を挙げるが、心の中では、父の死後は自分がアリエルを正妻に迎える計画を建てている。その際には、今の正婦人には”不慮の事故”で死んで貰おうさえ思っている。どっちみち、幾ら精力が老人の平均を超えているとは言え、父であるフルバート伯など、アリエル姫を満足させられるものではないだろうと侮っているのだ。


 アリエル姫が屈服すれば、その時点でその肉体は大貴族の共有物になるのだ。ブレイブは、その時の為の手管も薬物も、若い頃からそれ専門の達者な奴隷に学び、盗賊ギルドの斡旋する代物を入手して、今や遅しと待ち構えているのである。しかし、アリエルはこの段になって、我等の思惑から外れ始めた。


 しかし、あの頑固で保守的な小娘は・・・・子供と言って良い頃から、美しく成熟した今に至るまで、一切の隙を見せず、一度の屈服もしなかった。多くの譲歩は引き出せても、ノースポートと自分の身柄に対しては、手出しを試みる全ての案件を跳ね除け続けた。

 あの儚げで清らかな乙女を、存分に犯して蹂躙したい。それは男ならば当然の欲求だろう。なまじに元首として祭り上げねばならぬ故に、我等の”我慢”を冷淡に見つめる不遜な小娘の許し難い反抗の数々、”権力者”たる我等が更に”我慢”をせねばならんとは・・・・。

 そう、”不遜”なのだ。我等の欲求は常に叶えられねばならぬ。当然の事だろう。尊き血筋?関係ないわ、我等の願いこそが真に尊いのだ。その事をあ奴は全く理解しておらん。

 そして、今度は他国の支配者が薦める男との婚姻を仄めかしよった!そんな輩は、他国の第五列であり、傀儡であろう。そんな事は当然だが、金輪際許す訳には行かない。


「あ奴は思うようになりませぬ。トラロック、あの裸同然の姿で人前に現れる野蛮人の魔術師に誑かされて、国を売ろうとしている女郎(めろう)が!制裁せずに捨て置いては、我等の権威も、ラサリアの発展もありえませぬ。」こんな時でも、この男が頼るのは父親の権威でしかないのだろう。威勢だけは良いが、それだけで何の解決がなされると言うのか。

「たわけが、お前の議会でのしどろもどろ振りは全て報告を受けておるぞ。お前があ奴を論破できておったら、その時点で何の苦労もなかったろうに。ザルドロンはもとより、お前はシーナすらも口で負かせた事がなかろう。もう、黙って別の弁士に任せるべきなのだ。」伯爵の息子と言う看板に遠慮しようとしない者には、こんな男の物言いは笑い物となるしかない。


「そんな事は!俺、いえ私は父上のご威光を象徴する者であり、それを差し置いて、別の誰かが賢しらに弁を建てるなど、引いては父上のご威光にも影を差す事となりかねませぬ。」

「じゃから、お前はまさに今日もその様な影を差してしまったところではなかったのか?いい加減諦めを知らないでおると、お前のせいでアリエル一味にやられっぱなしで議会が終了してしまいかねぬぞ?」フルバート伯爵もそこは譲ろうとしない。

「本日の弁士は、アラリック候に任せるのじゃ。あれは、既に領置を失った者じゃが、弁だけは立つし、頭も良い、何よりも失地の回復にも必死なのじゃ。これは命令じゃ。」そう言って、フルバート伯爵は通信を打ち切った。

 不満で膨れ上がった顔で、ブレイブ・フルバートは光を失った水晶玉を睨み付けるだけだ。


 ****


 議会は朝9時半から開始された。まずは前日に仮決定された保留中の各事項についての討議をもう一度行う事から始められた。

「第三の議題についてですが、再度の考察をお願いしたいと存じております。当方はバーチの街を守護する立場ではありますが、父上のご勘気に当たり、領置は失われ、統治が名目上のものと成り果てて久しいのです。幸いな事に、フルバート伯爵のご援助で街の維持を可能な形で踏ん張ってはおりますが、それも懐事情から言って苦しい限り。動議の第一番とも組み合わさって来ますが、中央の援助があれば、バーチの価値を嵩上げし、更に王国の利益の為に頑張れると愚考するところにございますれば。」

 一応は尤もな論を繰り広げるこの男、完全にフルバートの飼い犬と誰もが目する、バーチの統治者であるアラリック・ロンドリカ侯爵である。

 この男の先祖は、バルディーンの建国の際に協力した武勇に優れた旗本であったが、カンケル王子が成人してバーチに赴任して来る10年前に、こともあろうに同盟国たるメソ・ラナオンと局地的な一戦を交えるまでに関係を悪化させた張本人の一人なのである。

 また、カンケル王子の失踪に深く関係すると噂されている。王家に深い怨恨を抱いているのだとも。


 彼が領置を失った理由は、バルディーンによる減封もあり、メソ・ラナオンによる賠償を含めた領土の割譲もある。先方の好意により、バーチの郊外の内、ヘルズゲイトに近い方向は中立地帯として、人が住む事を禁じられ、以前の広大な領地は、現在は誰も済まない空白地と成り果てている。自業自得としか言えないが、伯爵は領土の8割程も失った事になる。


「バーチの価値を嵩上げすると言うのは、ヘルズゲイトとの境界に入植行為を行うと言う事でしょうか?」今回はただならぬ雰囲気を感じ、シーナではなく、アリエル本人がアラリック候の発言を問い質した。

「左様、アリエル様のご決意とご決断により、環境の整っているフルバートにて聖騎士の叙任を行い、国軍の強化を図り、ヴァネスティとの国境の戦力増強を行います。そして、浮いた分の兵力をバーチに回し、国境線を強化し、バーチの入植範囲を広げる事こそ、国内の安定を盤石にする方策であると心得ておりまする。そのための軍資金については、ラナオンから頂いた献上品で梃入れしていただければ幸いです。」アラリックは澄ましてそう言葉を紡いだ。

「資金提供をして頂いた同盟国に対して、そこまで後足で砂を掛ける理由を伺えますか?」流石にアリエルも予想外の無礼な要求に驚いている。

「理由についてはご存知でしょう?メソ・ラナオンは、我が国に手を入れようとしている。貴方と婚約を結ぼうと画策しており、その相手すら選んでいる有様。我が国としても、強い意志を示さねば、かの国に玉座を乗っ取られない状況と今や相成っているのですよ。聡明な聖女様ならば既に事情は知っておいでではありませんか?」

「憶測と邪推で他人様の好意を汚すのは、人として許されない事だと私は心得ておりますよ。」俺は驚いた。アリエルでも怒る事があるのだ。静かに怒るのではなく、嚇怒する事があるのだ。


「国を思う気持ちが、人として許されない事だと?」アラリックも応じる構えだ。

「貴方の間違った判断は、既にしてメソ・ラナオンとの間に大きな亀裂を生じせしめ、多くの兵士たちが割を食って命を失いました。それでも足りずに、まだ貴方は同盟国との間に緊張と不信を産み出さねばならいのですか?」アリエルもここは引かない。

「その不信を拭う方法がありまする。是非、アリエル様にはご自身が国を愛する統治者であると(あかし)を建てて頂きたいのです。」アラリックは澄ました態度を崩さない。決定的な一言を次に言うつもりだと、皆が感じていた。

「聞きましょう。その証を建てる方法を。おそらく、私の考えるところと一致しているでしょう。」アリエルの目が、藍色に輝き、魂が発する嫌悪を表現していた。


「その方法とは、メソ・ラナオンの持ち掛ける縁談を断る事です。貴方様は代わりのない、バルディーン様の最後の忘れ形見なのです。であるからこそ、正統を保つために、国内の貴族と成婚して頂きたいと言う事です。」最後までアラリックは言いたい事を言った。

「であるならば、答えは一つです。断ります。」アリエルは即答したが、これには俺も驚いた。時間稼ぎを全くしようとしていない。

「今の私には心に決めた男性が居ます。そのお方と添い遂げ、共にラサリアを守り抜く所存です。」大きな声でそう宣言し、議会の中はしばらくの間誰も声を発する事ができなかった。


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