第三十五話 悪徳の国
「よくぞ戻られました、レンジョウ様・・・。」シーナとザルドロン、そして俺の信頼を勝ち得たファルカン。アリエルと共にここに居る4人は、遂にフルバート伯爵への反撃を決意したラサリア国正統を奉じる”正義”の者たちだ。
昔の俺は、正義と言うといかがわしい概念であると思っていた。今は違う、自分の正義を疑っていない。これはマジで幸せって感じる。
「本日は、私とレンジョウ様は、ラサリア国評議会でアリエル姫の護衛としてお傍に侍る事とします。」シーナはキビキビと予定を読み上げた。「レンジョウ様は、この国の議会がどんな感じであるかご存じありません。ですから、明日からまたヴァネスティへの外交使節として出発する準備をしていただきますが、本日だけは・・・この国の有様を見て頂くためにも、議会の中で行われている事を見て頂きたいのです。」
シーナの物言いは、いつになく悲し気で、アリエルの方をふと見て、苦々しい何かを連想しているらしい。
「この度のメソ・ラナオンと結ばれた協定については、外交上の大きなアドバンテージになりました。これらの功績は全て使節団、レンジョウ様の功績ではありますが、アリエル様の功績として、今回は丸めさせて頂きます。」その後、シーナからは細々した分析や図表、図面等が提出され、今回の遠征で得た軍資金を遠慮なく使う事を前提とした1年間の計画が示されていた。
「今回得た資金については、一銭たりとも大貴族たちには渡すつもりはございません。議会対策についても一切行いません。奴等に金を渡しても、それは底の抜けたヤカンに水を注ぐようなものです。下にある火まで消してしまいかねません。利権しか興味のない者たちに金を渡しても、利権を守るためにしか使わないでしょうから。最終的に彼らは和解できない敵であると見据えてブレない事が肝要と思われます。」
シーナは俺をジッと見つめた。「それを納得して頂くために、レンジョウ様には是非議会の現状を見て頂きたいのです。」俺はその言葉に頷いた。
結論としてみれば、議会は俺が思っていたよりもずっとずっと酷い有様だった。
「君臨すれども統治せずって訳にはいかないな。奴等、アリエルを何だと思ってるんだ?」俺はマジで腹を立てていた。
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鎧を着せられて、兜のバイザーを降ろして顔を隠す。使えない剣を腰に帯び、俺はシーナと共に議会の上座、アリエルの席の左右に侍った。
「では、ただいまより、定例のラサリア国評議会を開催します。まずは議事進行役として・・・。」アリエルは議会を招集した君主として、議会運営のために運営議員の指名を行った。
まず、連中が緊急動議を起こして来たのは、俺たちが持ち帰ったトラロックからの献上品についてだ。公表もしてないのに、その総額まで知っており、それらをラサリア国内の各都市に分配するよう迫った。
「メソ・ラナオンからの献上品については、全てラサリア国に帰属するものです。それらが何故ノースポートに全て搬入されたのかについて疑義があります。もしかして、アリエル様の側近たちが、それらの私物化を目論んでいるのではありませんか?国家予算8年分にも及ぶ貴金属と宝石を貴方がたはどうなさるおつもりですか?」そう答弁した奴がいたが、俺はそいつの所に駆け付けて、頭が無くなる位に殴りつけてやりたいとマジで思った。
それについての返答はシーナが行った。彼女の場合はアリエルの顧問として”護衛として起立したままで発言が許可されている”のだ・・・・。
「献上品のお話については、公表もしていないのに、何故議員の皆さまがそれをお知りなのか、そこから疑問が絶えません。憶測で発言されているのならば遺憾に思います。まずは、発言の根拠について質させて下さい。国家予算8年分と言う数値についても、何故それを知っているのか質問したいと思います。」
その議員は、謝罪の後、全ては噂であると言い訳した。しかし、シーナはそれを許さなかった。
「議員の発言は、神聖なる議会と統治者本人を愚弄したものと判断します。公民権の10年間停止、公費による議員給与を遡って半年間返納し、罰金は議員給与2年分とします。以上、統治者権限にて発令しました。
サラサラと羊皮紙にペンが走り、アリエルが自筆で裏書を行い、その瞬間に効果が発揮する。「衛兵、彼を議会から追放します。連行し、責任を持って議場の外に放逐しなさい。」一同シンと静まり返ってしまった。
「件の献上品ですが、ここにトラロック様の自筆による目録がございます。読み上げます。”以下の目録に記載された献上品については、我トラロックがラサリア王国元首たるアリエル・トライトンに対する個人的友誼により献上するものであり、その用途については、全てアリエル姫の恣意に任せられる。余人による、アリエル姫の意に沿わぬ使い方はこれを許さず。”と明記されております。」
「異議のあるお方は、ラナオンにおられますトラロック様に申し出て下さいまし。」と言って、腰のサーベルの鞘を掴んで床を叩いた。
「なにやら、物語を信じて、議会で大騒ぎするような議員が先程まで”そこに”おられましたが、ここは!卑しくも、アリエル姫を補佐し、統治を円滑にするための議会なのですよ。献上品の分け前について緊急動議を行うなど、統治者を何と心得ておられるのですか?恥を知りなさい!」まずはここから大荒れで、シーナが今までの鬱憤もあり自分から大騒ぎを始めた訳だ。
「議題の二番目ですが、木工工芸品、木の皿やスプーン、机、塀に柵、こんなものの作成場をギルドにする必要はありません。品質はどうかとして、職人以外が作って悪いと言う法律は今までもなかったし、これからもありません。議題として却下します。」これは新しくできたバーチの街の木工所が非常に凄腕で、以前からの御用業者が左前になって来たため、圧力を掛けようと目論んだ御用業者が、議員に献金したのが発議の理由らしい。呆れて物が言えない。
「議題の三番目、フルバートの街における軍備の拡張ですが、これについては予算面での国からの補助はありません。一都市が国への上納金を減らした上での軍備拡張を行う理由はありません。それならば、国軍の中枢たるノースポートで募兵と訓練を行うのが筋です。今回の献上金品と、今後行われるヘルズゲイトとノースポートの直接貿易の見込み利益で、ノースポートに装甲兵士ギルドを作ります。アリエル様のお膝元なら、信心深い聖騎士がたくさん叙任できるやも知れませんし。では次。」討議の後、すぐにシーナがアリエルと話し合った結果を通知しておしまい。
「議題の四番目、寡婦と孤児のための養育機関の充実ですが、以前にフルバート議員団の勧める民間慈善団体に現地で運営を任せたところ、団体の運営者に公金を持ち逃げされた上に、孤児への侮辱や食事面での虐待、暴力行為の存在がその後確認されたところです。今回は、孤児と寡婦をノースポートの公的機関で雑用に使い、給金を与える仕組みを作ります。具体的には兵舎の清掃と洗濯、水道の簡単な修理と点検等を任せようと思っています。ノースポートに引っ越す必要はありますが、それを希望しない者については、また後日方策を講じようと思っています。」
「議題の五番目、ファイアピークの市内水道及び郊外農地の水利についてですが、これについては、近くの山で採石可能な場所が発見されました。文明化された巨人族の荷役作業者が石材を運搬し、工兵隊が水路の設営を引き受けてくれる事になりました。200年程の使用期間を見込み、水路は少し大きな小川程度の広さにする予定です。近くの川の上流に向けて20年計画で溜め池と遊水地を作り、水害を軽減する方策を講じます。市街地の拡充も川縁近くまでを予定しています。計画に係る図面等は後日複製し、議員全員に回付致します。」
それぞれの議題に共通しているのは、まず枕詞として「アリエル姫の責任」と言う言葉が付く事であり、毎回「政治失策」と「統治能力の欠如」と言う定番の罵倒が付随するところだろうか。
つまり、この議会とは、アリエルの権威失墜を目論む者たちの玩具と成り果てているのだ。横を向く事はなかったが、シーナの言いたい事は実に良くわかった。
「ところで、第一番目の動議についての追加質問があります。」と切り出した者が居る。
「あれはフルバート伯爵の長男坊よ。」シーナが小さい声で教えてくれた。
「質問を許します。」議事進行の議員が許可を行った。
「まずは、レナート卿の処分ですが、余りに苛烈なもので、我々としては到底容認しがたいものがあるのです。撤回を考えては頂けませんか?」と言うもの。
「フルバート伯爵のご長男、アリエル姫が自筆署名した書類を無効にしろと?それでは、今後の国が発行する公文書の全て、アリエル姫の署名した書面全ての効力が疑われる事となります。それらの損失をどう考えておられるのですか?」とシーナが答弁する。
「私はフルバート伯爵の長男ではなく、ミスターとお呼び下さい。ミスター ブレイブ・フルバートです。ところで姫様は、余程腹に据えかねた結果、あのような処分を下されたのでしょうが、余りに可哀想過ぎはしませんか?」と尚も食い下がって来る。しかし、こいつ他人の話を全く聞いてないのではないか?
「ですから、アリエル姫の直筆署名入りの文書なのですよ。それを無効にすれば、今後誰もアリエル姫の署名を重んじなくなりますよ。」シーナが噛んで含めるように説明する。
「今回だけの特例として、レナート卿にご寛恕を願いたいのです。」まだ続けて来る。
「元首の署名に特例で破棄を認めるなど、国としての信頼を損ねます。本件の要望は却下します。第一の議題についての追加質問は以上で終わりですか?」とシーナは斬って捨てた。
「い、いえ、まだ終わっていません!これからが本題です!」と顔をタコの様に赤く染めてブレイブとか言う奴は言い募る。
「今回の献上品、馬車8台分に及ぶ分量だと聞いています。」一体、お前はそれを誰から聞いたんだ?「それについてですが、姫様と側近の方々は、我等に内緒で婚姻を進めておいでではないでしょうね?」と、びっくりする様な事を言って来た。
「それは憶測ですか?それとも誰かから責任ある情報を得て発言しているのですか?」シーナの声は氷みたいに冷たい。
「万が一ですが、それらが結納の品ではないかと思い当たったのです。大国であるメソ・ラナオンとの婚姻ならば、それは喜ぶべき事かも知れませんが。しかし、かの国の支配者であるトラロック閣下との婚姻ならまだしも、配下の諸王との婚姻ならば国がそのまま配下の王の名目的支配下に組み入れられる事になるやも知れません。それは我等との協議なくしては、元首であっても専決可能な事項ではないと思料致します。アリエル姫のご返答をお願い致します。」
会場は静まり返った。アリエルは静かに起立すると「今回の献上品は、新たに召喚した勇者がトラロック様の下に赴き、私の全権委任の上で交渉を行い、その結果多大な献上品を得たと言うのが経過の全てです。そして、かの勇者とトラロック様の間では、私の婚姻の話は出なかったと聞き及んでいます。」そこでアリエルは一呼吸おいて。
「ただ、使節団の帰還に先立ち、ラナオンから使者としてやって来た女勇者の申すところでは、強く優しい、実に素晴らしい男性が居るので、その者をトラロック様が養子に向かえた上で、ラサリアに婿入りさせたいと要望している旨については聞いております。」と・・・・。
議会はその時点で大騒ぎになった。そのまま、事態は収拾がつかなくなり、議長はしばらくして閉会を宣言したのだ。