表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/166

第三十四話 フルバート震撼

「アラン、お前ぇ、何を言ったかわかってんのか?」俺は凄んだが、アランは同じ事を繰り返し報告するだけだ。

「ノースポートの盗賊ギルド支部はほぼ全滅しました。これは確定的な事実です。マドロックの死体らしきモノは検分されて、本人だと確認されました。現場の森の中と外でヘルズゲイトの凶暴戦士に殺された支部員は八十二名。今やあちらの指揮を執る者も誰もいません。」

「バーチの支部は、ランソムの行き過ぎた恐怖政治が仇となって、今や四分五裂です。彼は以前の勢力の粛正にかまける余りに、現在の勢力も委縮させてしまいました。失敗に対して重い罰を加えたのですが、まだ半人前の者どもが失敗しない一番の方法は何もしない事ですから、巧妙な方法で皆が逃げ回る様になってしまいました。現地は統率方法の最悪の陥穽に嵌り込んでいます。」淡々と結果報告を、辛らつに分析を口にする物言いも癪に障る。

「つまり、ノースポートとバーチの両方で盗賊ギルドの出先は使い物にならなくなったって事か?」

「はい、左様で。」奴の顔を睨んだが、平気の平左だ。


「それよりも、緊急の続報が入って来ています。ノースポートで鳴りを潜ませている潜入者たちからですが。」アランは多少勿体ぶって話題を切り出した。

「言えよ。」顎をしゃくって促す。

「はっ。ノースポートに外交使節団が帰還しました。その使節団ですが、件のヘルズゲイト凶暴戦士団が護衛していた隊商であった様です。3台で出発した馬車が、帰って来たら8台に増えていたそうです。」

「なに?どう言う事だ?」反射的にそう水を向けたが、答えは一つしかない。

「使節団の任務が予想よりも成果を挙げたため、莫大な献上品を持ち帰る事ができたと言う事でしょう。」平板な表情と抑揚でアランはそう口にした。

「糞っ垂れが!」天井に向かって怒鳴ったが、それで終わりではなかった。


「まだ報告があるのですが・・・。」

「続けろ。」どうせ悪い事に違いない。その通りだった。

「その到着に先立って、装甲兵士ギルドに潜入させた小者から、シーナ侍従筆頭からノースポートにギルドの支部を置いて欲しい旨の要請があったと報告が入っております。」スラっとアランは言葉を吐いた訳だが、その重要さは目を剥く様なものだ。

「つまり、今後はアリエルを奉じる聖騎士が、あの街を防衛し始めると言う事か?」

「維持できるかどうかは別にして、その条件は整うと言う事になります。」

 いや、それができると踏んだからこそ、シーナの女郎は先手を打ったのだろう。流石に、装甲兵士ギルドの支部を襲うとかはありえない。支部の進出も妨害できない。そんな事をすれば、フルバート市内の戦士ギルドが退去を考え始めるだろう。

「畜生が!あいつの家族全員を没落させた上で始末したのに、悪運だけで生き残った小娘風情がよ、ここまで俺の邪魔をしくさるとはな。」鼻を鳴らすが、だからと言って奴を今すぐどうこうできる訳もない。


「水晶玉でレイヴィンドを呼び出せ。至急だ。」俺はそう言い放つとアランに退出するよう合図した。全く癪に障る事夥しい。


 ****


 気乗りのしない任務だ。鎧兜を基地の鎧櫃に入れたまま、魔法のペンダントも置いたままで商人のふりをして馬車の中に籠り、時々自力による魔力行使で炎の精霊を呼び出しては、ノースポートの城門近くで暴れさせる。

 簡単だが危険は大きく、いずれ馬車を乗り換え続けたのだとしても、見当を付けられてしまう事だろう。

 そもそも、馬車の往来それ自体が減っているのである。バーチやフルバートからの大規模な隊商に相乗りさせて貰っているとしても、後数回でネタはバレて、大きな危険が部下共々に襲い掛かって来る予感がある。前回の事件が起きた時と同じ顔、同じメンツと言うだけで拘束調査の理由としては十分なのだ。


 今回もスパイダーの要請で、”前回同様”の事件を起こす為に、揺れる馬車の中でジッと待機しているのだが、こんな事のために他国の勇者を使って良いと、あいつはどうして思い込めるのだろうか?

 ”私”はこんな事は好きではない。嫌いだ。”私”は魔法剣士なのだ。こんな小細工ではなく、力と力で勝負する大舞台で力を揮いたい。商人に変装して、テロ活動をする様な卑しい仕事は真っ平だが、主君の求め、導師の指示であるならば、こんな小細工でも手を抜く訳にはいかない。


「しかし、魔法道具に類する物を持っていれば、その時点でアリエル姫の”魔法感知”で捉えられてしまう。これは本当に不便である。」そんな訳なので、連絡用の水晶玉すら携行できないのだ。

 あの姫様も、世間知らずに見えて(いや、そう噂を流されているだけか)、実は手抜きをしない真面目な実力ある魔法使いなのだ。

 内通者によって、この国の裏の内情を知るからこそ、アリエル姫の苦労はレイヴィンドにも考えさせられるものがあった。”私”程度の苦労など何でもない程に苦労しておられる。

 ”敵”であっても、アリエル姫には同情を禁じ得ない。なにしろ、レイヴィンドは力の信奉者であり、戦場での武勲こそ名誉であると心得ている。だからこそ、自分が携わっているこの汚い仕事には嫌気を覚えて仕方ないのだ。

 こんな事を隠れてするよりも、大手を振って力づくで屈服させてしまえば良いのに。とは言え、それができない情勢でもあり、周辺国が黙っていないと言う足枷もあるのだろうが。


 ”私の国”もそうなったら黙ってはいるまい。そんなこんなを考えながら悶々とする内に、早馬がやって来て、横の扉を叩き始めた。例の盗賊ギルドの連絡員である事を確認してから、私は横の扉を開く。

「緊急の要件があります。至急連絡を頂きたいのです。」と告げて来た。今回の”テロ活動”はどうやら中断となる様だ。


 実際、それで良かったのであろう。おそらく、この時に城門近くで炎の精霊を呼び出したならば、その時点で私は捕縛されていただろうから。


 ****


「レイヴィンド様は、既に指示のとおりにノースポートに向かわれた由。事前の協議にあったとおり、魔法の道具は全て市内の隠れ家に置いて出られたとの事です。」アランはそう言う。

「そうだったよな。」アリエルの奴は、魔法道具の全てを感知してしまう。ノースポートに向かって来る魔法道具、魔法生物は一定の範囲内では全て感知を逃れられない。

 だから、レイヴィンドが使命を果たそうとするならば、完全丸腰でなければ不可能なのだ。忘れてたぜ・・・。

「先方に顔が知れている連絡員を早馬で送ります。まだ出発してから半日程度です。十分追い付けますよ。」アランの言う通りだろう。今は待つしかない。

「それで行ってくれ。」

「はっ。」アランが去るのを待ってから、俺はしばらく思案していた。


 今の状況では、攻勢に出ても何一つ上手く行かない。理由は・・・・まず、手駒の質が低すぎる事だ。ヘルズゲイトの超精鋭にぶつけるのは論外としても、シーナの小娘が指揮する新規募兵の剣士団ですら、チンピラ盗賊たちの手には余る相手なのだ。

 解決策としては、フルバートの盗賊ギルド本部の精鋭を繰り出す事か?最低でも、壊滅してしまったノースポートの盗賊ギルド支部が、まともな情報を渡せる様に梃入れしないとマズい。

 問題はギルドの精鋭を分散させてしまうと、本部でここ一番で使える手駒が減ってしまう事だろう。大きな作戦を実行する際に支障を来す恐れがある。

”最悪の場合は、俺やアランを繰り出すってのはありだな。これは奥の手だが、こう失敗続きじゃ、俺の貫目も減っちまうからな。”背に腹は代えられぬと言うところか。


 ****


 拙いな。そう思う。こんな情報を何故報せて貰えなかったのか。怒りが込み上げて来る。

「では、アリエル姫は、”魔法感知”で一定範囲内なら魔法道具の位置を特定できるのですね?」

「そう聞いている。実際、それで間違いはあるまいよ。」目の前の魔法使いはそう言い切った。

「では、ノースポートの盗賊ギルド支部の本拠が露呈したのも、連絡用の水晶玉があったからと言う事になりませんか?」

「それで間違いなかろうな。連中は前々から、ノースポートの中を内偵していたのだろうよ。魔法道具があり、それが怪しい用途ではないかどうか、虱潰しにな。人手と能力さえあれば、後は作業になる。」


 レイヴィンドと話している盗賊は、アランの部下である連絡員だ。彼の名前はオルミック。

 何故水晶玉を持たずに任務に出たのかと、軽く聞いてみただけなのだが、レイヴィンドは別段理由を話してはいけないとは思ってなかった様子だ。

 ビッグボスはこの事を知っていたからこそ、レイヴィンドに忠告したのだろう。ならば、何故俺たちには注意喚起がなかったのかだ。つらつら考えてみたのだが、理由がわからない。

 悩むオルミックの顔を眺めながら、レイヴィンドは思ったものだ。”ははあ?こいつら、自分達のボスが狂気に冒されているとは思ってもみないんだな。幸せな連中だ。”と感想を抱いたものだ。

 しかしながら、顔見知りとは言え、所詮はケチな盗賊に対しては真摯な友愛も抱けないため、自分が見抜いている事実についても全く彼に対して助言するつもりはなかった。こんな連中に親切にするような身の上にはなりたくないのだ。下らない、不愉快な、危険な結果になるに決まっているからだ。


 精々頑張って自分の頭で考えるんだな、とは思う。いや、あの切れ者の盗賊であるアランあたりだと、スパイダーの狂気に気が付いている可能性が高い。しかし、連中には連中のゲームボードがあり、その上からの退場はなかなかに難しいのだ。

 何しろ、退場とは、死か、国外遠くへの逃亡か、そんな過酷な選択肢を選ぶと言う事に他ならないのだから。何にせよ、そんな事はレイヴィンドには全く責任を感じる筋合いの事柄ではなかった。だから、冷淡に、これ以上は一切踏み込まない事にした。


 ****


「これはこれは、御前様。私如きがお言葉を頂けるとは光栄の至り。」水晶玉から浮かび上がる光が醜い老人の映像を結び始める。

「報告を受けたぞ、スパイダー。申し開きがあるなら申してみよ。」それは不愉快な顔付きで、額に大きな亀裂の様な縦しわを刻み、黒皮の様な分厚い皮膚がたるんで垂れ下がり始めている。見事なまでの悪相と残存する毛髪の割合が醜さを更に引き立てる奇怪な老人であった。

 その声も、奇妙に甲高く、それでいて尊大に鼻を鳴らしながら小さな口を開く。その唇だけは奇妙に赤かった。

 これこそがフルバート伯爵、若き日は大魔術師バルディーンの配下として前線指揮官や工部部門の大臣を拝命し、持ち前の有能さを発揮していた。しかし、今やラサリアの大きな病巣として、本人には全く自覚なく老醜を晒している。


「はは、手下の不始末は私めの不始末。このスパイダー、必ずや失点を取り戻し、アリエル姫を早々に屈服させるべく務めまする。」下手に出る事と、強い者への追従も盗賊の得意技である。

「そんな事よりも、ノースポートに運び込まれた財宝じゃ。大変な額面であるとの事じゃが?」伯爵の両目が物欲と嫉妬にギラついている。手前の首が飛ぶかも知れない状況で尚も欲目を塞げない。とんだボケ老人だ。

「あれらはラサリア国への献上品と言う事になりまするか。ならば、議会を通じて、各都市に分配し、その繁栄に供する旨の要請を行うべきですな。」議会の大多数は、フルバート伯爵の息が掛かっている。あの小娘を孤立させる位は訳ないもんだ。


「財宝の件は儂も動こうと思う。問題は更に、アリエルめが聖騎士団を編成しようとしておる事じゃ。そのような事をされては、我らの軍事的優位が脅かされてしまう。フルバートには装甲兵士ギルドも、大聖堂もあるが、アリエルめが祝福し、叙任をせん事には、聖騎士ではなく、単なる騎兵にしかならんのじゃ。」これがフルバートの泣き所で、爺がアリエルを嫁に欲しがる理由なのだ。


 別に白系統魔術の使い手の国以外でも、聖騎士は編成できる。しかし、大魔術師の祝福なしには、聖騎士の武装に破魔の力は宿らない。そして、事実上の内乱勢力であるフルバートの騎兵にアリエルが祝福をする理由がない。こればかりは、議会で強制されても無理だろう。

”彼には資質がありませんでした。”と惚けられておしまいだ。全員が全員ダメな訳はないのだが、それならあの小娘は”私には聖騎士の祝福は荷が重過ぎるのかも知れません”と言いかねない。

「周辺国と張り合うためにも、我らの陣営にこそ聖騎士の編成は必要なのだ。」爺が吼えている。

 しかし、騎士の叙任は生涯一度だけだ。今までに騎兵とした者たちは、生涯聖騎士にはなれない。

「まさか、こんな手で出し抜かれるとは・・・。」二人して頭を抱える。


「明日からは、使節団の帰還は想定しておらなんだが、フルバートの国境警備隊増強について議会で話し合う事になっておる。その際に、我らの要求を突き付けてみる事にする。あ奴は議会の言う事には逆らわんからな。」フルバート伯はそう言ってほくそ笑んだ。

”どうかな?まだ腹を括っていなかったし、態勢が整ってなかったから大人しくしてたんじゃないか?”と腹の中でスパイダーは考える。”そもそも、不健康な爺と健康な少女、数年程も待ってるだけで敵は死んでくれるかも知れないのだしな。”そうも思う。

「婚約の儀についても、打診だけではなく、議会の案件として提出してみられては如何でしょうか?」とついつい追い打ちを掛けてしまう。

「それが一番早道かも知れないな。あ奴を追い込む方法さえあれば・・・・。」老人はそう言ってスパイダーに目配せした。

「お任せを。荒事になりますが、必ずやアリエル姫が泣き付く様に取り計らいまする。」スパイダーのギラつく瞳が老人の目を見据える。

「頼んだぞ、手段は選ぶな。」水晶玉の光は失せ、闇の中に光るスパイダーの眼球だけがそこに見えるだけだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ