第三十三話 決意新たに
次の日の朝、私は魔術師の塔を出て、ラナオンに復命に戻る事にした。
シーナが可哀想な事になってしまったが、トラロック様に様子を報告したら大笑いしてくれるだろうから、彼女の犠牲も無駄にはならないと思う。
問題は、本件の発案者がレンジョウだと言う事だが、これは皆の幸せのためにも黙っていよう。ファルカンも黙っていてくれるだろう。
どの道決定した事なのだし、変更はありえない。もし、奴が口を滑らせたら、招待する者のリストにファルカンを加えるだけの事だ。きっと本人も喜んでくれるだろう。
まだ精神的な打撃から立ち直っていない様子のシーナは、よろよろと時々よろめいている。まあ、じきに現実逃避のために、一層日々の業務に邁進し始める事だろう。万事事もなしだ。
幟を受け取って、堀の近くまで連れて来たボルトの顔を撫でてあげる。昼過ぎにはバーチで飼い葉を食べさせて、その後はまたラナオンに帰る。今回は行き道みたいに急いでは行かない。
「では、お世話になりました。お話した件については、勇者と詳しくお話下さいますよう。」私はそれだけを言うと、ボルトの背に飛び乗り、アリエル姫と二人の側近に頭を下げて挨拶した。
あれから更にアリエル姫とは二人でいろいろと話をしたのだ。音楽や文学の趣味。天気や森や山の話。南方での戦線の状況。他にもいろいろだ。ザルドロンも、流石に博学で、どんな話題でも必ず返答できる人で、話していて飽きなかった。
次にはサランベルが派遣して来る顧問団がやって来る。彼らはノースポートに常駐して、同盟国ラサリアとの円滑な連絡を取り計らってくれる事だろう。
ラサリアの一番大きな問題は、評議会と王家(姫一人だが)の間の情報共有と意思疎通がまともに行えていない事にある。それらを補佐するためにも、自前の官僚と自前の顧問機関を作り上げる必要がある。
それらの人員選定はザルドロンとシーナが今後行う事になるだろう。
「いや、そこらの詰めを行き道で全然して来なかったのは拙かった。けど、大まかな今後の道筋はアリエル姫の近習に伝えておいたし。サランベルに任せよう。」と・・・。
アリエル姫とザルドロンは塔の前で別れを告げ、シーナだけが城門まで付いて来た。
「盗賊以外にも、危険な炎の精霊が門の近くに出現した・・・か。」無理にでもノースポートを危険な場所に仕立て上げるつもりのようだ。そして、炎の精霊を召喚したのは、カオスの国モルドラの魔法使いだろう。
「勇者レンジョウは一人しかいません。彼が遠出している間は耐え忍ぶしか方法がないかも知れません。」シーナは少し諦めた様子で語り掛ける。
「そうかもね。この街の戦力はあまりに乏しいものだわ。」私がここにいて、アリエル姫を守れたら。そんな夢想をするが、それが叶うなどありえない。
「全ては次の一手に掛かっています。勇者を信じて待つ事にします。」シーナはそう言って、黙って門まで歩いて行った。
「では、ここで失礼します。」シーナの声と振り上げられた右手の合図で、閂が外され、重い門が開いて行く。
「さようなら!次に会う日を楽しみにしているわ!」そう言うと私はボルトの腹を挟んで前進させる。そのまま疾走を開始して、私はバーチに向かって行った。
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大きく事態は動いた。思ってもみなかった程に、トラロックからの援助は大きかった。
物見遊山に防衛力として有力な勇者を取られたと思い込んでいたのに・・・。こんな短期間で凄まじい外交成果を挙げて来るとは・・・。
”やはりレンジョウと言う異質な勇者は並大抵の拾い物ではなかった。”
貰った資金で何をするか?一つしかない、”装甲兵士ギルド”の誘致だ。
これで念願の”聖騎士”を防衛兵力に加える事ができる。レンジョウ同様に魔法免疫を持ち、相手に先制攻撃を行う速度と、重装甲でも貫通する鋭利な武器を持った重騎士団を建設できるのだ。
維持費は莫大になるだろうが、これだけの資金提供があったのだ。相当数を揃えても、10年だって平気で維持できる。これは最優先で行うべき事だ・・・。それに加えて・・・。
礼を言わねばならないだろう。相手も機会を待っていたとは言え、契機がレンジョウの来訪だった事は間違いないのだから。
それにしても、姫様とレンジョウをくっ付けるか・・・トラロック達も難儀な事を言い出すものだ。実際、それはそれで問題ないようにも思うが、あのレンジョウはどうにも偏屈で意固地な時がある。そう言う性格の人間は、統治をする際に感情に流され過ぎる場合が多くなる。
要は統治者に向いていないのだ。それをどうするか、また、アリエル姫は素直で性格が元来から良いのだが、レンジョウは本心ではどんな人間なのだろうか。未だに読めないところがある。
”もっと腹を割って話して欲しいのだけども。”そうも思うが、自分達だって純朴極まりない正直者ではないのだから。そこは仕方ないのかも知れない。政治の世界でも正直過ぎると渡って行けない。
”だけど、姫様の家族になる人なのよ。裏表があり過ぎると嫌だ。”そんな事も考えてしまう。シーナがアリエル姫の婿に求める資質とは、アリエル姫を絶対に裏切らない、家庭的な幸せを満たしてくれる美しい心の男である事。それに尽きる。
”そんな男が、このラサリアをどうにかできるとは思えないのだけど。”見事に二律背反なのである。
もっと勇者レンジョウの事を知りたい。そして、彼がどんな男なのか、将来自分が知ってしまった時、自分が深く悩む事をこの時の自分は知らなかったのだ。
”それよりも・・・来年の使節団”、その恐ろしい未来が問題だ。刻一刻、未来が迫って来る。頭を振り、実務に没頭する。そうする事でしか、その恐ろしい未来を忘れる事はできそうになかった。
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盗賊ギルドノースポート支部長のマドロックは追い詰められていた。先日の外交使節団襲撃に失敗し、最も腕の良い手下のバッサが、その配下三名ともども、アリエル姫の勇者に殺害されて、バーチ郊外の川縁で死体となって見つかった。凄腕の弩弓狙撃者も複数名追加しておいたが、それらの者たちも重傷を負い、バーチの警備隊に(名目上)逮捕されて、牢にぶち込まれている。
手下の盗賊たちは、未だに200人程もギルドに所属しているが、凄腕の手下はほとんど払底してしまっている。それなのに、バーチの元親玉ビルリックのヘマの煽りを食らって問責を受けている有様で、まさに踏んだり蹴ったりなのだ。
それどころか、先日などは、奇妙な旗竿を持った女が馬を走らせているのを、斥候が見つけて接近したら、いきなり女が弓矢を放ってきて、それに当たった手下の一人は、腕が吹き飛んで半死半生に成り果てたのだと言う。「しばらく鳴りを潜めておいた方が良いんじゃないですか?」と助言して来た手下もいるが、それができるなら苦労はしない。督戦令が出ているのだ。
ビッグ・スパイダー曰く。「ノースポート及び周辺の治安を徹底して悪化させるべし」と。
そもそも、そのお触れに素直に従った結果、ノースポート内部での策動は恐ろしい結果を招いた。本人は侍従と言いながら、事実上の諜報部筆頭であり、アリエルの専属護衛であるシーナが、部下と共に連続して拠点を襲い、ギルド本部の館を含む拠点全てに剣士と弓兵が取り囲み、押し入って来たのだ。
配下の工兵たちは、市内に掘られたトンネルその他を見つけては潰したが、さながら、蟻の巣を水で潰すような徹底ぶりだった。
「没落した貧乏貴族の小娘が!忠義面して、とんでもない事をしでかしやがる!」と息巻いたが、奴には既に身内はなく、弱みらしき弱みが全くない。天涯孤独で失うものは自分の命だけ。それすらもアリエル姫に捧げ尽くして惜しまないと言う、手の付けようがない狂信的な忠臣なのだ。
先日来のバーチにおける新支部長ランソムの就任以降、治安が悪化しているのはむしろバーチの方で、血腥い事件が連続して起きている。
対して、ノースポート付近は衛兵がガッチリ固めており、大ボスにせよ、何をどうやったのか怪物を召喚してみせ、それで嫌がらせを行うのみで、正直なところ、他には手の付けようがなくなっている。
だから、マドロックは森の中に逼塞し、斥候が見つけて来た獲物になりそうな連中をつけ狙っては、追尾している。
行商人は既に街道を通らなくなり、馬を駆る者は軍隊か、先日の様な意味不明な危険人物のみ。そろそろ食糧も減り始めており、部下たちには不満が募っている。
我慢できないからこそ、楽に生きたいからこそ、こいつらは盗賊になったのだ。
”粒揃いの問題児たち。こんな連中の統率は至難。ではない、要は上手く行ってる分には問題ないのだ。上手く行ってないからこそ、問題が普通並みの人間を統率しているよりも大きくなるのだ。”
それを解決する方法は何か?ただ一つである。上手く行く事を一つでも良いから提供する事だ。時間はあまりない。この状態を長引かせると、馬鹿どもは後先考えずに問題を起こしまくる。内部での喧嘩や殺し合い、下手すると長である自分の寝首を掻かれかねない。
そこにやって来たのは、ヘルズゲイトからバーチを通って、ノースポートへの街道を進む隊商である。護衛は儀仗兵の様に着飾った真っ赤な装束の兵隊が20人ばかり。護衛の武器は長柄の斧らしきを担いでいるだけだが、あんな斧は飛び道具を防ぐ役には全く立たないだろう。8台の馬車の前後に2人ずつ整列し、先頭と最後尾が4人ずつ並んでいる。
「数から言うと俺たちの方が6倍も多い。まずは先頭の兵隊を射手全員で包んで射殺す。その後に、馬車の前に並んでいる連中に斬り込み隊を送って倒して行く。相手が逃げたら、馬車を頂いて終わり。逃げずに集結したら、やはり射手に射殺させる。その繰り返しで行こう。」それ以上の計画は、愚か者揃いの盗賊ギルドメンバーの練度を遥かに超えており、実現が不可能だった。
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「わあ!」と大きな叫び声を挙げて、森の中からどこかで見たような連中が走り出て来る。
「段々、こいつら芸の無さを露呈して来るな。」と、俺は隣のファルカンに向かって呟いてしまう。
「全く、昼間に仕掛けるなら、責めて、もう少し引き付けるか、射撃が効果を挙げたと確認出来てからにしないと。」ファルカンが応じる。「突撃して来た者たちが退くか、進むかも判断できなくなりますよね。」と・・・。
ヘルズゲイトの兵隊たちは、鎧の背中に固定していた手斧をそれぞれ取り出した。全く問題にならない練度の弓兵は、たかだか30メートルの距離で放った矢の半数以上を的(自分達)に当てる事に失敗した。
半数の命中する筈だった矢は、手斧で弾かれて軽々と落とされて行く。地面に突き刺した大斧はうちやっておいて、手斧の投擲で弓兵を殺戮する。ビュン!ビュン!と言う風を切る音が響き、回転する手斧が、次々と射手の頭に吸い込まれて行く。同僚の死に動揺した弓兵は、その場で逡巡したが、すぐに同僚の後を追って死んで行った。次は大斧の出番だ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」と言う怒声と共に、着飾った凶暴戦士たちが本性を現す。大斧を掴み、狂った声で叫びながら、ヘルズゲイトの兵隊たちは、当たるを幸いに盗賊たちを殺して回る。ほぼ一方的な状況で、悪魔的な腕力で盗賊を殺して行く凶暴戦士たち。
殺した相手の背中と肩、首に連発で不必要なまでの暴力を叩きつけ、八つ裂きに近い状態までに死体を損壊して行く。礼服は更に赤い色に濡れ、乾いてからは赤黒く染まるだろう。
「あああ・・・・・・・。」マドロックは120人以上居た手下が、最初に20名の弓兵、次に斬り込み隊が殺され、既に半数が討ち取られた。
残る半数も追撃を受けながらも、仲間を見殺しにしつつ退避して行く。そんな様子を放心の体で見つめていた。その間にも、どんどん人数は減って行く。
”もう終わりなのだ・・・・。”と、諦念と共に現状の把握がなされる。残った盗賊は、逃げられたならば、フルバートかバーチに逃げて行くだろう。しかし、自分の手元に戻る者は居るまい。この瞬間に、ノースポート支部長としてのマドロックは死んだも同然となった。
こんな事に成り果てたのも、無謀な督戦令を出したビッグ・スパイダーと、腰巾着のアランのせいであると、身勝手なマドロックはそう思ったものだ。
この男には客観性がない。自分が基本的に人間の屑で、誰からも本来的に必要とされていない者だと言う考え方を持てないのだ。だから犯罪に手を染めるのだが・・・・・。
そんな彼に審判が下る。遠くから飛んで来た炎の矢が、頭を貫通して、脳漿を沸騰させ、頭蓋を破裂させたのに、彼は最後まで気が付かなかった。
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大規模な盗賊団を撃退した戦い。その最終局面で私は参戦する事ができた。まずは何か叫んでいる不用心な盗賊を炎の矢で吹き飛ばし、逃げる屑どもに炎の矢で追撃を送り込み、殺して殺して殺しまくった。
精強なヘルズゲイトの兵隊たちは、最後は半ば笑いながら仕事を完遂した。私も仕事が終わった後に、彼らに「楽な仕事だったわね!」と声を掛けたのだが、みんなゲラゲラ笑い、肩を竦めるばかりだった。戦いのプロに数を頼りに素人が挑んでも相手になりはしない。
そんな事よりもだ・・・。
「レンジョー!お姫様に会って来たわよ!とっても素敵な人。あの人と貴方なら、私たち全力で手助けするわよ!」と怒鳴ったら、困った様子で頭を下げて来た。横にいるファルカンって男の子も苦笑いしてる。
「ホントよ、みんな貴方たちの味方なんだから!」と叫んで、弓を掴んで振り回す。と・・・その時になって、戦闘の邪魔になるからと言う事で、幟を道端に捨てて来たのを思い出した。慌ててボルトと共に道を引き返して行く。
その後、馬車と行き会ったが、レンジョウは静かな顔で私の方を見るばかり。軽く手を振って、頭を下げて挨拶して来た。”本当に、私たち貴方たちの味方なんだからね。”と心の中で思いながら私も会釈して通り過ぎる。
その後は下らない雰囲気のバーチと言う街を素通りして、私はヘルズゲイトの街に向かう事にした。もう、ラサリアで今回行うべき事は済ませたのだ。
しかし・・・・すぐにヘルズゲイトの街から出しても貰えなかった。市長であるサランベルに徹底的に叱られて、油を搾られたからだ・・・・。
まずは自分に会おうともしなかった事、今後のノースポートとの折衝について話し合わなかった事、容儀を正さずに武装してノースポートに出向いた事、使者の幟を乱暴に扱っていた事。その他諸々で徹底的に叱られた・・・・。
いや、もう、本当に反省しています。それ以外の言葉はなかったのだけれど。