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第三十二話 シュリの見たノースポート

「来た来た!遂に到着!ノースポートよ!」城壁の下で大笑いしてしまう。城壁の上では、何かを衛兵たちが話し合っている。

「ノースポートの衛兵さんたち!メソ・ラナオンの勇者シュリです!トラロック様の命を受け、使節団に先行して、我々の主のお言葉を伝えに参りました!」と(のぼり)を振り回しながら大きな声で挨拶する。

 更に衛兵たちは何かを話し始めた。そして、しばらくして(いや、随分して)から、迎えがやって来た。

 なんでこの国は面倒なんだろう。そもそも、この昼間に城門を閉じているって何事か起きたのだろうか?


「シュリ様、もうすぐお迎えが参ります。しばらくお待ち下さい。」と言いながら、彼らはまだウダウダと話し続けている。時々怒鳴り声が聞こえるが、まあ上手く行ってない国なんかこんなもんだろうか。


 途中のバーチを出てすぐの場所では、レンジョウの話していたとおりに盗賊団の姿を見掛けた。こっちが弓を持っているのを見ていた筈だけど、なおもそいつらは街道近くの森から姿を現して、私を追う様な動きをしたのだ。

 そんな連中に情けは無用なので、弓を弾いてそいつの片腕に見舞ったのだが、魔法の弓に掛かった炎の魔力は盗賊の腕を盛大に吹き飛ばしてしまい、奴らはそれだけで倒れた仲間を見捨てて逃げてしまった。

 やはりこの幟は目立つのだなと思い、弓に掛けられた魔法は人間相手には強力過ぎると思ったが、卑しくも一国の使節を襲うとか、そんな奴等がのさばっていたのでは、ラサリアとしても迷惑だろう。次に会った盗賊も吹き飛ばそうと決意した。


 けれど、ここまで白昼に盗賊が出現する理由が不明だ。しかもバーチに程近い街道沿いに。

「アリエル姫を是が非でも陥れるために、自作自演の治安悪化を目論んでいるのかな?自分達が将来統治する筈の市民たちにも迷惑掛かるでしょうにね。」そう思ったが、そんな小さな事をいろいろ考えているようでは、国盗りなんかできないのだろう。


 そんな事を考えている内に、門が開かれて、駆け付けた若い女性が丁寧に挨拶をする。「ようこそ、シュリ様。まずはお入りになって下さい。」と彼女が言うや、私はボルトを進めて、門を潜った。すぐに後ろの門は閉じられた。ここは外側の城門だったらしく、中には更に水を張った堀と高い城壁があるのが見えた、奥の壁の向こうに魔術師の塔が見えた。

”厳重な防御の付された街だ。”私の最初の感想はこんなもんだ。ずらりと並んだ街並みは石造りでそこそこの高さであり、最も高い建物は五階を超えている。

 平地の街で、こじんまりしているけど、人数は収容できる感じね。周囲も肥沃な農地が広がっており、マズマズって都市の規模だと思う。その割に人口は多くはなさそうだ。

”多分、フルバートとの緊張が長く続いて、商人もあまりこの都を訪れていないのかも。”そう推測する。


「まずは馬を厩舎に繋いで下さい。その後にアリエル様がお話を伺いたいとの事です。」単刀直入で実に良い感じ。

「貴方のお名前は?」私は彼女に尋ねた。「侍従筆頭のシーナと申します。」と彼女は答えた。

「よろしく、シーナさん。」心の底に湧き上がる愉悦で胸の中がグルグル回っているが、今は我慢だ。


「ボルト、また後でね!」と顔を撫でて、飼い葉の桶をドスンと置く。「おかわりもあげといてね。」と馬番の男の子に声を掛けて、そのままシーナの所に戻って、塔に向けて歩き出す。

 幟を持ったままだったので、道行く人たちは全員私に注目していたが、元気に手を振って、ひたすら大きな声で挨拶するだけだ。どこの国でも、子供たちはそう言うので大喜びしてくれる。満面の笑みが浮かんでしまう。

「さあ、この調子で気分良くお姫様に挨拶しましょう!」と大きな声で言うと、隣を歩いているシーナが、幾分恐れをにじませながら「どうぞ、こちらです。」と案内してくれた。


 遂に塔の下まで到着した。思わず笑い声が出てしまう。「あっはっはっはっは!」もう、頬が痛くなる寸前まで私の笑いは止まらない。「さあ、行きましょう!シーナさん。」と手を取って階段が降ろされるのも待ち遠しく、その場で足踏みしてしまう。

「あの、落ち着いて下さいまし。」とシーナは言うが、これが落ち着いてられる場合なのか!そう問い詰めたい気持ちですらある。

「うんうん、落ち着いてるよ!私はいつでも冷静なんだ!」とついつい大声を出してしまうから、シーナだけじゃなくて、自分でも自分の言葉を信じられない。

 降ろされて来た階段をスキップしながら駆け上がる。幟は巻き上げ機の近くにあった大きな壺にぶち込んでおいた。さあ、これで私は身軽に前進できる。


 一歩一歩が長い。しかし、ここで走り出す訳にはいかない。けど、本当は走り出したい。アリエル姫の所に突撃して行きたい。場所はわかってる・・・何故わかるのはわからないけど。

「姫様、メソ・ラナオンの使者、勇者シュリをお連れしました。」ノックと共にシーナがそう告げた。

 その瞬間、今までの焦りはどこかに消し飛んでしまった。「どうぞ。」と言う鈴を振る様な美しい声と、静かな抑揚が、私の過度な興奮をどこかに吹き飛ばしてしまった。

「シュリと申します、アリエル姫。おめもじ適いまして、真に光栄に思います。」と、ちゃんと挨拶できた。

 そこに居たのは、白百合の様な、華奢で美麗なお姫様だった。白い神官の服が良く似合っている。そんなに豪華な服じゃないし、幾分大き過ぎる様にさえ感じられるが。それでも神官服の少女の佇まいは驚くほどに清楚で美しかった。

 そして、宝石の様な瞳。青く、紫がかった、私に良く似たサファイアの様な目がこちらを静かに眺めている。「この国の姫巫女、アリエルと申します。」言葉は短いが、丁寧な挨拶だった。良く自制されていて、しかもハッキリと言葉を紡ぐ。本当に美しい音楽的な声。


 その時に私の心に浮かんだのは、ただひたすら尊敬の念ばかり。ほとんど姫様の視線に私は麻痺させられていた。そして、次にこみ上げて来る不思議な懐かしさ。

 多分今の自分は間抜けな顔をしているだろうと、心の一部が告げていたが、それは私の顔面の筋肉に何の作用も及ぼさない。あっけに取られていたと言って良い。

”これは、レンジョウが惚れこむのも無理ないよね。”と言う気持ちと共に”この姫様を還暦直前の爺さんが所望している。”と言う気持ち。

 前者はレンジョウの姿と重なって、気持ちがホカホカと温まる気がするが、後者はグラグラと熱湯の様に怒りが自分の内部で沸騰し、激しい水蒸気を噴き出しそうな気持ちに変化する。


「勇者レンジョウは、ラナオンの都で神の子孫たる我が主、トラロック様の歓待を受けられました。今もこちらに向かって帰還中ですが、それに先立って私がトラロック様の使いとして、今回の使節に持たせた献上品の目録を持って参りました。」カバンの中から、巻物をドサリと机の上に置く。

 内容を確認したシーナは「これは、ラサリア全土の税収合計の七年半を超える財貨と言う事になります。かほどの贈り物を頂いても、当方には何かを返す宛がありません。」と驚愕を隠せない。

「加えて、トラロック様は、バーチ経由でノースポートとヘルズゲイトの直接貿易を行いたいと申し出ておられます。要は、ヘルズゲイトに集積された国内の交易品を、ノースポートの商人によって売りさばいて欲しいと言う事です。周辺の孤島植民都市や各地の中立都市に卸せば、相当の利益が見込めます。もちろん、ラサリア国内で販売しても問題ありません。」と持ち掛けておいた。

 傍らで頷いている老人、あれは勇者ザルドロンだろう。王国の知恵袋。信用できる人物と私は見た。


 シーナは考え事をしていた。ただでさえ減っているノースポートの商人をどうやって引き戻したり誘致したりするか、現時点では方法が見当たらないのだろう。

「ぶっちゃけて言います。トラロック様は、ラサリアの統一をお望みなのです。勇者レンジョウにそれだけの期待をしているのです。だから、軍資金を渡し、後ろ盾になるおつもりです。」

 この発言は、室内の者全員の息を一瞬止めた。アリエル姫も同じだ。「貴国が、さような重大な決断に至ったのは何故でしょうか?」と問いかけて来た。

「レンジョウ様の強さと正しさ、男としての度量と寛容さ故です。トラロック様は個人的にレンジョウ様を友人と思っておられる様子にさえ見えました。」シーナは小さく頷き、ザルドロンは何度も頷き、アリエル姫はお辞儀をして「その決断に感謝致します。きっと、トラロック様のご期待に沿える様、我等一同心を合わせて努めます。」と謝辞を述べた。


「お茶を運んで参ります。」とシーナは部屋から辞去して行き、部屋にはザルドロンとアリエル姫だけが残った。

「しかし、物凄いもんじゃのぉ。トラロック様のご聖断とは言え、流石のメソ・ラナオンでも、ここまでの財貨を右から左とは行かなかったろうに。」ザルドロンはそう言う。

「まあ、そうなんでしょうけど、ここ一番と言う時に出し惜しみをして、その後はジリ貧とか言うのより、随分とマシに思えます。我が国が南方の死の軍勢と膠着(こうちゃく)していられるのは、おそらく後数年、その後はサイコロ次第の一六勝負となりかねません。有利に転べば御の字ですが、不利に転んだら目も当てられません。」その言葉に、ザルドロンの目が光った。

”戦将”(ウォーロード)の二つ名を持つトラロック様の分析ならば、それはそうなのじゃろう。我等の事も、そこまで信用して頂けるならば、それに応えるために最大の努力は致しましょう。」私はその言葉に頷いた。

「ところで・・・少しだけ二人で話させて頂けませんか?本音を言うと、私はそのために参りましたので。」と無礼極まりない申し出をしてみる。


「私には異存はございません。席を外して下さいまし。」とアリエル姫からも許可が出た。この人も流石の器量だわね。ザルドロンは僅かに目を見開いたが、敬愛する主君の言葉に逆らったりはしない。そのまま廊下に出た。

「改めまして、シュリのワガママを聞いて下さり、感謝の念に堪えません。」立ち上がってペコリと一礼する。

「実は・・・レンジョウ様の事です。ぶっちゃけて申しますが、どう思っておられますか?」と・・・もう自制心がほとんど絶滅しようとしている。

「えっと、あの・・・。」アリエル姫は、外交使節から切り出されたまさかの恋バナに目を白黒させている。

「あの方ですが、私たちと話してて熱くなった時に、ついつい姫様の事を”アリエル”って呼び捨てにしてたんですよ。だから、そう言う仲なんでしょうかと・・・。これはトラロック様にも”詳しく聞いて参れ!”と念を押されている事なのですよ。」ニヒヒと言う笑い声があがるが、もう駄目だ。これ以上我慢できない。

「私どもは、まだそんな関係ではありません・・・・。」と、姫様は小動物的な表情と仕草でモジモジしている。恥ずかしさに顔を赤らめながらも、私の不躾な問いには少しだけ怒っている様子だ。

 ああ!どこかに恋の矢は落ちてないのかしら?落ちてたらこの奥手な姫様を蜂の巣にしてあげるのに!!

「だって、見た事もない勇者様が、貴方のためにこの国に来てくれたんですよ?これって運命じゃないんですか?」ついつい興奮で言葉が荒くなりそう。いや、なってるw


「いえ、今の私にはそんな事を考える余裕もなくて・・・。」白いお顔が真っ赤っかだ。わかりやすい!初心過ぎる!そこが可愛い!と言っても、私だって恋愛経験とか全くない、単なる戦馬鹿だけど、いつか素敵な人が現れたらとは想像する。

 もし私がアリエル姫の立場だったらどうするか?弓矢を掴んで、城壁に矢桶をズラリと並べて、反乱勢力を全員射殺!とかしか考えられないけど、もしも共に戦い、私を常に援けてくれる、強くて真っ直ぐで、ちょっと怖いけど格好良い勇者がいたら一撃で恋に落ちちゃいそうな気がする。いや、そんな男がいたら絶対捕まえる!

「姫様、逃がしちゃ駄目ですよ。もし、レンジョウ様の格式や身分が足りないと言うのなら、トラロック様の養子に向かえて、政略結婚させちゃいますからね。これ、トラロック様の許可は既に得ていますから!いや、トラロック様の発案ですから!」

 それを聞いて、茹でられたみたいに指先まで真っ赤になってしまったアリエル姫を見て、脈ありありと見た私の喉から、ついつい大笑いが迸り出てしまう。

「絶対くっ付けちゃいますから!みんな姫様とレンジョウ様の味方ですよ!」と姫様に抱きついて念を押してしまう。お姫様はアウアウって感じで泡食ってたけど。


 さあ、やる事をやったから、次はお茶を頂く事にしよう。さっと近付いて、大きくドアを開けると、その前に立っていたシーナとザルドロンは知らない顔をして澄ましていた。

 まあ、今はここまでしかお膳立てはできないから仕方ない。全てはフルバートを陥落させてからだ。


 それからの和やかなお茶会で、私とアリエル姫は更に仲良くなった。可愛い妹の様でもあり、とても懐かしい誰かの様でもあるアリエル姫。彼女は私にとってどんな人なのだろうか?

 それは追々考えるようにしよう。それよりもだ・・・。

 お茶会の最後に、シーナに告げなければならない事を告げた。

「それよりもシーナさん、来年の使節団にはシーナさんも同行して下さいね。トラロック様が”大人になったシーナと生命の流れを共に浴びる事を楽しみにしている。身も心も滾るわ!”と伝えて欲しいとの事でした。お互いの同盟関係のためにも、是非参加して下さいますよう。」


 それを聞いた途端に、シーナは蒼褪めた顔になったかと思うと、目を開けたまま卒倒して、盛大に椅子ごと床に倒れ込んだものだった。

 そんな彼女は、私がノースポートを去る直前まで、ずっと手当を受けながら寝込んでいたのだった。あっはっは!

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