第三十一話 勇者様一行の旅路
これで良いのでしょうか・・・・。私は汗ばむ手で目録を何度も見直しています。現在の気温では汗なんかかかない筈ですが。現実の掌は汗で一杯です。
「ファルカン、落ち着け。」勇者様はそう言って下さいますが、背中にある物の目録を見ると・・・。
「国家予算8年分の財宝を貰って落ち着ける人なんかいるんでしょうか?」
勇者様も、流石に平気ではないご様子。ここまでの献上品だとは思ってなかったのでしょう。”貢ぎ物”とトラロック様がぼそっと言っておられましたが、全く凄い代物をポンと出されたものです。
「ファルカン、普通に考えて、これだけの財産を右から左に引き渡す事なんかありえるのか?と俺も思うさ。確かにラサリアではフルバートが好き放題を行っているから、ノースポートは結構財政が苦しい。それにしても、この5台の馬車に積んである財宝と貴金属はそのフルバートまで合計したラサリアの全国家予算の5年分で、後はヘルズゲイトとフォーウィーで追加の馬車がやって来る算段になっている。」
「つまりは、今のラサリアは全然メソ・ラナオンに比べたら国の出来そのものがなってないんだろう。俺たちが見たラナオンの建物には、”大学”や”銀行”があった。俺が居た世界にも似たような施設がたくさんあったが、おかげで国民のほぼ全員が文字の読み書きができるようになっていた。ラナオンの大人の市民は全員が”民間防衛”の本を読めていただろう?あれは地味にデカい事だと俺は思うんだ。」
「つまり、勇者様はこれを元手に、ラサリアの体制をメソ・ラナオンに似たものに変えれば、随分とお金が潤う国になるとお考えか?」私は内心、勇者様の元来居た世界に驚きました。そして、メソ・ラナオンと言う国の真価に勇者様が正確な考察をなさったのにも驚きました。
「長期戦になるが、それが一番だと俺は思う。途中で勉学を投げ出して、力仕事ばかりやってた俺が言うのは何だけどな。」
「今俺たちが進んでいる街道もな。延々と続くフォーウィーへの道。バカでかいフォーウィーの城壁、ヘルズゲイトまでの見事な道筋。あんな物を平気で建築できるのは、数学が凄いレベルで普及しているからだろう。良い水準器を作り、それを見事に使い、石の畳を可能な限り平らに作り、溝を用意して降水を掃いて行く。素人には何もできないが、学のある奴は設計も達者に熟すもんだ。この国は学のある監督者が作った見事な文明国家なんだ。」勇者様、そこまで考えておられましたか。
「そう言えばですが、あの”生命の流れ”も見事な建造物と、魔法の両方が組み合わさった代物でしたね。」と幾分、随分恐怖の交じった物言いになってしまいますが。ああ、勇者様の憐みの視線が痛い。
「あれだって、大量の水を崖の近くで放水するとなると、崖それ自体の崩落を防止、阻止しないといけない。良く考えて作られている仕掛けだったな。そもそも、太陽熱を利用して作ったあの規模の温水装置なんか、俺の居た世界でも珍しかった。昔学んだ建築の本で、そう言う都市に備えられた装置の図面を見た覚えはあるが、それは世界としては全く主流ではなかったな。維持が大変だったんだろう。」
「ほほう、あれに似たものが勇者様の世界にもあったのですね。」と言うと、「お前、一瞬だけレンジョウって言ってたのに、また戻ってるじゃないか?」とお怒りの様子。
「いえ、確かに昨日はレンジョウ様とお呼びしましたが、やはりその呼び方は落ち着かなくて・・・。」これ私の本音です。
「ともあれ、レンジョウ様・・・は、この世界で勉学をやり直しても良いと思うのですよ。勇者はお年を召しませんし、ザルドロン様と言う最高のお師匠様もおられます。それと・・私の感想なのですが、レンジョウ様は、とても頭がよろしい方と見えるのです。お力だけではないお方ではないのかと。」
私の物言いを聞いて、勇者様はしばらく黙ってしまいました。何か問題のある発言をしてしまったのかと後悔しました。
「いや、お前の言った事で気を悪くしたりはしないんだ。それにしても、俺は年を取らないのか?」
「私はそう聞いております。フルバートにいるバルディーン様が召喚なさった勇者たちは、50年以上も姿が変わっていないと聞いております。以前勇者・・・レンジョウ様が遭遇したレイヴィンドにせよ、あれも50年以上存在している勇者ですし。」
「アリエル・・・姫はどうなんだ?彼女は年を取って行くのか?」私としては、支配者の事を云々する事は避けたいと思っていますが・・・知っている事は答えるべきでしょう。
「アリエル姫様は大魔法使いであらせられます。あのお方は、いずれ外見の成長を止める事になり、その後は数百年そのままで暮らす事になるでしょう。バルディーン様も奥方様もそうでしたから。」
勇者様は曰く言い難い顔つきで頷きました。少しだけ不安が解消されたご様子です。
この事はシーナ様にも報告できませんね・・・。恋愛に疎い自分でもわかります。勇者様はアリエル姫に恋しておられるのだと。
それにしても、戦いでは信じられない程に達者なお方が、恋愛では非常に不器用なご様子です。そんなところも、ちょっとこの方に好意を抱いてしまうところでしょうか。ちょっと勇気を出してみました。
「勇者様は、アリエル姫と結ばれて、ラサリアを統治なさるつもりはおありですか?」その反応はと言うと、文字通り勇者様はギョッとした顔付きになってしまったのです。心の底から驚愕なされたご様子。
「俺が人様を統治するとか、そんなの冗談にしかならない。俺はただのゴロツキだからな。お姫様と結ばれるとかもありえないだろう。」”俺にはそんな資格はない”、寂しそうに呟く勇者様に、私は思わず胸がふさがってしまいました。
その時の勇者様のお顔は、怒っているのではなく、とても寂しそうな表情でした。胸に迫る何かを感じて、こんな軽口を叩いた自分に怒りを感じたものです。
勇者様の昔の事など、この世界の誰もご存知ではないのですから。さぞや辛い人生を送って来られたのかと思えます。それなのに、全然ひん曲がっていないお方なのですが。
「私には、勇者様はゴロツキだとはとても思えませんよ。貴方様は勇敢で、しかもお優しい方に思えます。子供にも優しく、あんな綺麗なお方に裸で横に寄り添われても紳士的でしたし。」勇者様はその言葉を聞いて何か考え事をしておられますね。
「あれ程の歓待と、これ程の献上品は、多分過去の外交使節で類例のないものでしょう。逗留の期間こそ短かったのですが、我らは見事に使命を果たしたのです。ですが、私は、今回の成功は、貴方様のお力あっての事だと思っております。」勇者様は”いつも”の訝し気な何かを見つめる目線をこちらに向けて来ます。もう、それに苦手意識を持っていたのは過去の事。
「貴方様がラサリアを変えて下さる。トラロック様はそう見込まれたからこそ、軍資金とアリエル姫の功績のために、これほどの献上品を下さったのです。悪びれずに頂いて、精々トラロック様のご期待に沿うべきではございませんか?私などはそう思ってしまうのですよ。」とまあ、そう言われたら、またまた考え事をなさっておいでです。
「ラサリアを変える。アリエル・・・姫を自由にする。国民を今よりも幸福にして、トラロックの期待に沿って、彼の戦いを楽にしてやるか・・・。」
「アリエル姫にはお二人のお兄様がおいででした。一人はバーチを治め、一人はフルバートを治めておられました。それが、姫様が幼い頃に、フルバート大公であらせられたサジタリオ王子が父君の逝去まもなく、フルバート伯爵の姫君と婚約を発表した直後にお亡くなりになりました。」私はジッと勇者様を見つめて昔語りを始めます。勇者様も気になったご様子です。
「シーナ様も、こう言う微妙なお話は避けておられたのですね。私も幼かったので、その当時の事は存じておりません。けれど、今もわかっているのは、フルバート伯爵の姫君は、今もフルバートにある尖塔に幽閉されていると言う事だけです。あれから15年、姫君はもう27歳であるとの事です。これがフルバートの目に見える小さな暗部です。姫君は勇者様とそれ程変わらない御歳なのですが、ずっと幽閉されておいでです。」
「それは・・・・。」
「知っておいでなのでしょうね。姫君は過去のご自分の父親のしでかした事を。そして、幽閉の身の上を甘受しておられると。サジタリオ王子とサリアベル姫は、政略抜きで互いに愛し合っておられたらしいと聞いています。もう15年も前の事ですが。」
「・・・・。」
「バーチを統治しておられたカンケル王子はノードから出現した怪物との戦いで戦死なさいました。何故かご遺体は発見されていません。戦闘の初期に王子は奇妙な経過で行方不明となり、軍勢は壊滅しました。真に奇妙な事です。これも15年前の事です。」
「・・・・。」
「姫様は天涯孤独であらせられます。」
「俺と同じだな・・・・。」そうお答えになった勇者様の目が異様な光を放っています。身体から触れそうな靄の様な何かが噴き出してる様に見えます。
「ヴァネスティの方も手っ取り早く片付けようじゃないか。」勇者様はそう言って、ご自分の両拳をジッと見つめておられました。
それからしばらくして、まだまだフォーウィーの街から遠いところで、私たちの馬車を誰何して来る騎兵に出会いました。
「よお!俺たちはラナオンからフォーウィーに向かう、ラサリアの外交使節団だよ!」ヘルズゲイトの衛兵の方々が我々に代わって返事をして下さいました。
「聞いてるよ!フォーウィーは昨日の昼前に暴走モンスターに襲撃されたんだ。それで警戒を今も続行しているんだ。」騎兵はそう答えて来ましたが、それは大変な事では。
「どんな連中だった?」と衛兵の方が聞いたところ、死の軍勢の危険な大群だったようです。シュリ様とラキール様が主体となって難なく撃退したみたいですが。
「ラキール様が皆さんをお待ちだよ。シュリ様にすげなくされたので、かなりおかしくなってるよ!」みんなゲラゲラと笑っています。この国って、本当にみんな良く笑いますね。良い事か悪い事かは判然としませんが。
「ここで足止めは御免だ。さっさと行くぞ。」勇者様はにべもないご様子。
「シュリ様もお急ぎでしたよ。ラキール様には目もくれない有様でした。」フォーウィーの騎兵は大笑いしています。しかし、この騎兵、見るからに強そうで、馬のあしらいも普通並みの腕前とは思えません。
「市長殿も勇者様ご一行に馬車を一台お渡しすると言っておられましたので、市役所に必ずお寄り下さい。」騎兵たちはそう伝言すると、手を振った後、元の哨戒任務に立ち戻りました。
しばらくすると、フォーウィーの城壁が視界に入り、次第に高々と見えるようになりました。城壁の上からこちらを見ていると思しき人たちが動き回っています。次第にその動きが慌ただしくなり、城門の上から、誰かが飛び降りて来ました。いや、15メートルの高さからです。
そんな事をしたら、普通は死にます!けど、その人影は、ロープらしきものを片手で握っていた様子で(よく手が千切れないものです・・・)そのままこちらに駆け出して、恐ろしい速度で疾走して来ます。
「あれが勇者ラキールか?一体全体あいつは人間なのか?」と勇者様が独り言ちていますが、それは私も同感で。
そんな事を考えてる間に、薄い空気もなんのその、2km以上を全力で突っ走って来た大男が、息を切らしながら、我々の馬車の前にやって来ました。
「おーい!勇者はどこだ?俺じゃないぞ、ラサリアの勇者だ!」と怒鳴りあげています。ちょっとこの人、恥ずかしいとか言う考えはない方なのでしょうか?
「俺がラサリアの勇者、蓮條主税だ。」と勇者様は覚め切ったご様子で返事をしておられます。
多分、この手の方が苦手なのでしょうね。ええ、私も苦手です。彼のお姿はと言うと、驚くほどにトラロック様と似ておられます。マッチョで、上半身が大きく、太腿もふくらはぎも太く、腕なんか私の太腿位太くありませんか?この標高で上半身裸とか、トラロック様もそうですが、どんだけ元気なんでしょうか?
「おお、そうか!俺はトラロック様の勇者ラキールだ。よろしくな!こいつはシルバー、俺の相棒だ。」と大きな猿を肩に担いでいます。
「さあ、今日はフォーウィーで一緒に夜通し呑もうじゃないか。お前の話を聞かせてくれ!」と彼が言いますが、勇者様はと言うと「先を急ぐんだ。俺たちは馬車を貰ったら、すぐにヘルズゲイトに向かう。」と一言でバッサリ!
「えー!シュリもそうだが、お前もかよ!どいつもこいつも冷たいぜぇ!」とガッカリしたご様子。それにしても、声がデカすぎて耳が潰れそうです。
「仕方ないだろう。それが俺の仕事なんだから。」勇者様はまるで借金取りみたいに冷たい態度でご対応されておられます。
「ん????」ラキール様は勇者様を見て、何かに気が付かれた様子。
「お前の・・・その目は・・・・。」
「ん?ん?ん?なんだ、お前の目はシュリそっくりだな。いや、髪の毛も黒か金色かだけで、随分違うが良く似ている。」このお方、馬鹿に見えて凄く鋭いですね。私などでは、散々考えた末に辿り着いたのですが、この方は会ってすぐに気が付かれたようです。
「全く赤の他人だよ。とにかく、そこにお前がいると、俺の仕事が中断する。さっさとどいてくれ。」全く取り付く島もない、交じりっけなしの塩対応です。
でも、結局、馬車が揃うまでの間に、勇者様同士でお二人は昼食を摂っておられました。
意外に気が付くけど、がさつな態度がマイナスのラキール様と、不愛想に見えて実はホットで温かい勇者様。
お二人は結構お話も合う様で、最後は拳闘の型を見せ合い、模擬格闘を腹ごなしに楽しんでおられた様子でした。
「マジで俺たちは急ぐんだ。ヘルズゲイトに行かなきゃならない。」勇者様は昼過ぎには出発すると言って譲りませんでした。
「仕方ないな。俺は勇者に二人ともふられちまった!けど、急いでるなら仕方ない。俺も南方に戻らないといけないし、グズグズはしてられないな。」
「すまんな、だが本当に急いでいるんだ。トラロック様の頼みでもあるんだ。」
「そうか、またゆっくり話せる機会があれば良いな。」ラキール様はサッパリ系の良い男みたいです。凄くがさつですが。
「そうだな。」と言って、勇者様はラキール様に右手を差し出しました。固く握手をして、二人は踵を返して別れたのです。さあ、これからヘルズゲイトまで2日間。何もなければ良いのですが。