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第二十七話 女狩人シュリ

 朝が来た。昨日の昼間から夜にかけては、何と言うかこの国の凄さを思い知らされるばかりだった。

 礼儀を知らないと言うより、面白い事があれば何でも走ってしまう子供たちの凄さを思い知った。正直、こんな風景は日本では古代の一時期以外は存在しなかっただろう。


 子供が思い切り子供のままであるのに、大人は男も女も見事に統制されている。実に見事と言うか、どうやってこの国が国民に教育をしているのか、実に興味が湧く。

 過剰なスキンシップについては、多分俺は生涯慣れる事はないだろうが、この国の在り方それ自体が気になるところだ。

「なあ、ファルカン。この国に俺たちの国の様な盗賊がいると思うか?」ファルカンは、黙って首を左右に振った。トラロックの狂信的な崇拝者の国、そう考えれば簡単に解答は見つかりそうだ。しかし・・・多分違うのだろう。だから問答してみたが、トラロックの答えはシンプルなものだった。


「何、簡単な事さ。この国では、弱者を庇う事が善行の基本であると明確に法律の書面で定められており、強者が弱者を虐げる事がほぼ禁忌に近い嫌悪を受けると言う事なんだ。」

「それが代々の伝統になり、子供は赤ん坊を、大人は子供を、男は女を必ず守る。君たちの国の様にならず者が、もしこの国にいたとして、報せを受けた街の兵隊たちは間違いなくそれに襲い掛かる。躊躇なく、しかも熱心に執念深く。他の街の者たちも協力するからな。勝ち目なんか最初から無いさ。」お、おう・・・・。俺はトラロックのその回答に思わず引いてしまった。

「君はわかっているだろうが、この国の女たちが、裸で街を歩き、男と共に風呂に入っていても全然危険はない。好き合っている男女以外では基本的にお互いに欲情しないんだ。そして、この国で合意のない色事は大変な罰を伴う。」

「それに、前にも言ったが、この都の者たちは、生活がそれほど豊かではなくても特権階級なんだよ。神の末裔と共に暮らし、お互いに優しい目で見つめ合い、祝福しあう。そのルールを必ず皆で守る。守れない者たちはこの都を出るしかない。だから、彼ら彼女らは素寒貧でも本当に幸せなんだよ。老齢になっても、この都、この国では決して他人が彼らを見捨てない。」



 以前に、俺が世話になっていた人がいる。大阪の港湾日雇い労働者の労連代表だった人だ。

 その人は、学もあり、人格もきちんとした人だったが、浮き草の様な日雇い労働者だった。何故か?それは彼が年に一月世界中の国を旅行して回る人だからだ。

 彼の持ち帰った写真、中国の黄河が下流で水不足になり、貨物船が転覆している写真。山脈を全て棚田にして、そこに山羊を放っている写真等が、本人も知らない間に、中国の環境汚染の傍証として世間に出回り、それらを元に数々のシンポジウムが開催されていた事を俺は知っている。

 それは余談であるとして、彼は彼の価値観に基づき、世間ではあまり地位の高くない仕事をずっと続けている。


 彼とトラロックには一つの共通点がある。個人的社会的な力の強弱は別にして、双方とも究極の自由の信奉者であり、そこには自分以外の世間一般の目を気にするつもりなど欠片もないと言う事が共通しているのだ。

 結局、メソ・ラナオンと言う国は、トラロック一人の理想を、彼を慕う真面目な国民が共に実現してしまった稀有な例と言う事になる。圧倒的な国民の支持と、トラロックが揮う神秘の力なくして成立しえない国なのだ。

 ここは素朴なユートピアであり、それゆえに軍事強国なのかも知れない。しかし、トラロックが消えてしまった後のこの国はどうなるのだろう?


 この日の朝食は、そんな埒もない事を考えながらも、和やかで心に染みる朝食となった。トラロックは、使節団全員を公平に扱い、誰に対しても気さくに語り掛け、意見を求めた。このような善なる神の子孫が存在していて、幸運にも、自分たちの祖国と友好関係を結んでいる事が奇跡に思える。

 使節団は全員がトラロックの熱烈な支持者になってしまった。これも毎度の事なのだろうが。


「ところで、我が配下の英雄二人が、汝に是非とも会いたいと申して居る。昼には到着するのではないかな?特に片方は大急ぎでやって来ると申して居る。」トラロックの大きな目がいたずら好きな光に輝き、拳が口に入りそうな大きな口が笑み崩れた。

「その片方だが、美人だぞ。全く美しい女だ。我の自慢の配下なのだ。」机を叩いて喜んでいる。余程のお気に入りなのだろう。


「トラロック様、シュリが参りました!」検問所から、彼女が駆けて来るのは見えていた。凄いスピードですっ飛んで来る。塔の展望台から見ていたが、まさに韋駄天走りだ。

 そして、彼女は塔の階段を駆け上がり、トラロックの前に参上し、挨拶をしたのだ。街の道では、周囲の人たちに元気な声で挨拶し、塔の階段もおおよそ1分で駆け上がって来た。恐るべき脚力だ。

 背中に大きな弓を背負い、矢筒には矢をびっしり詰めている。清潔にしているが、使い倒した革の上衣は色あせており、ブーツは見事に埃まみれだ。


「ようこそシュリ。その急ぎ方は何とも無作法。さては、お客人に逢うのが余程楽しみであると見たぞ。」上機嫌のトラロックは無作法と言いながらも、彼女の態度には一切咎めを向けない。彼女の参上をひたすらに喜んでいる。

 彼女は確かに美人だった。凄い量の金髪の髪はたてがみの様で、碧眼はまるで恒星の様に輝いている。爛々とした瞳の光は眩いまでに強く、その生命力の強さを如実に語っている。

「お客人との会合を本当に楽しみにしていたのはトラロック様の方でしょう。いけませんわ、その様な他人事みたいな物言いは。」コロコロと笑う美女は邪気の欠片もない、物怖じを知らない天真爛漫な野生児であるらしい。


 それにしても、彼女は確かに美女だが、何故か俺にはそんな事はどうでも良いと思えて仕方なかった。この娘には、どこかで会った事がある。そう思えてならなかったのだ。

「ところで、貴方がラサリアの勇者様ですか?」シュリはそう尋ねて来た。目の輝きに揺らぎが見えた。

 そして、「貴方とは・・・どこかでお会いしましたっけ?」と、俺の気持ちをそのまま言葉にして返して来たのである。


「覚えはないが、俺もあんたを見た事がある。そんな気がしてならない。」俺もそう言葉を返した。

「出会ってなかっただけで、汝らは出会う必然の運命であったのだろうよ。だからそんな気がしてならないのだろう。」トラロックの総括はそんな運命論だった。けれど、俺たち二人は、しばらくの間何故そんな気がしたのかについて考えていたのだった。

 その後、シュリが軽く食事を与えられた後、「ところで、今日も”生命の流れ”を行うのですか?」とトラロックに尋ねた。


 例の太陽熱温泉、屋外混浴大露天風呂だが、”生命の流れ”と言うらしい。あれが実は都市に付与された魔法なのだと言うから驚きだ。

「むむ・・・。あれが魔法には見えないだと?あれ多少難しくはあるが、白系統魔法だから、アリエル姫も習得すれば使えるのだぞ?むしろ、彼女の方がそっちは専門家なのだぞ。」とトラロックは言うが、満座の目の前で清楚そのもののアリエルが裸で登場するのは・・・俺自身は反対としか意見できない。

 都市の住民は多分倍増どころか、住むところが無い位に人口が増えそうだが・・・。


「まあ、別にあれは個人的には毎日やっても良い様な気もするのだがな。適当にしておかないと、人口が激増してしまうのが難点なのだ。」そりゃあ、みんなでああいう事を毎日やってたら、市民の不満もぶっ飛ぶだろうし、好き合う者同士が好意をしっかり確認し合って、人口も凄い勢いで増える事だろう。そう考えると、確かに魔法と言うべき何かかも知れない。


 けど、何かが・・・俺の育った世界の偏狭な価値観が、この魔法に対して深入りするなと警報を鳴らすのだ。鳴らすのだが・・・・。

「けど、シャナがやって来たのだ。今日もやる事にしよう。」と言って、秘書らしき女性に「今日もやるぞ。」と親指を立てた。横を見るとファルカンが真っ赤になっている。

 整った顔で真面目一途の18歳優男系剣士であるファルカンは、昨日は熟女から少女、幼女に至るまでモテモテで、挙句は性悪少年少女の集団に徹底的にオモチャにされて、精神的肉体的な疲労が凄い。

 けれど、卑しくも外交使節である彼は、職務に忠実であろうとしている。だから、今日も酷い目に遭うのは確定であろう。

 ニヤリと、これは決して色っぽい笑いではないが、シュリが満面の笑みでこちらを見る。ただ、不思議な事に、その笑いの成分に色気とかがあまり感じられないのを、俺の心の一部で安堵の気持ちに変化するのは何故なのだろう?不思議な娘だ。


 そして、また昼には例の”生命の流れ”が開催され、ファルカンは湯の中に飛び掛かって来た子供たちによって沈められ、俺も逃げようのない人数に囲まれて揉みくちゃにされた。

 俺は武器を持った盗賊なら、何人来てもぶちのめして、床に乱暴に転がらせるのが常だ。しかし、すっ裸の少年少女や、妙齢の女性たちには何もできない。むしろ、できたらそいつは人間ではないのだろうが。

 しかし、これは・・・・マジでキツイ。この環境に慣れ親しめる人達って凄いな。俺には到底不可能としか言えない・・・・。

 今日も来た!たくさん来た!黄色い声の大合唱で、俺を目掛けて小さいのから、かなり大きいのまで男女とも満面の笑みを浮かべて・・・・。つるつるした裸の肉体が体当たりの波状攻撃を仕掛けて来て、俺は湯の中に背中からぶち込まれた。


「アッハッハッハ。ラサリアの勇者様は本当に良い人なのね。ほらほら、みんなそろそろ勇者様を開放して差し上げなさい。」はーい!と幼い男女の声があがり、俺は解放された。

 目の前には凄く形の良い乳房が見える。朦朧とした目を上げると、そこには太陽の様なシュリの顔があった。マジでこの態勢は恥ずい・・・。

 普段なら、こんなシチュエーションは大歓迎なのだが、あまりと言えばあまりの展開に、俺は半分気絶状態となっていた。

 ふと見れば、目を開けたまま気絶したファルカンが顎を少年少女に掴まれて、湯の中を引き摺られている。本当に、こんな事を心の底から受け入れて、無邪気に楽しんでみたいものだ。

 俺には無理だろうが・・・・・。


「それにしても、貴方は誰なの?凄く懐かしくて、凄く愛しい。やっと会えた。そんな気がする人。」それは俺も同感だった。こんな異世界の初めて会った女性に抱く感情ではなかった。

 強い光を放つ、命あるスターサファイアが俺の瞳を覗き込む。


 そんな俺たちの様子を、高い場所から眺めているトラロックの姿が見える。

 その姿は、腕を組み、何かをじっと思案している様に見えた。


 ****


 4月1日から転勤です。ネット環境が整うまで、投稿不能になると思われます。




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