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第二十六話 トラロックの祝福

 レンズマメに似たものの圧力鍋による煮込み料理。フォーウィーの街で食べた料理は実に味わい深かった。しかし、この都で出された代物は、そんなものを遥かに超えていた。


「害獣である山羊を捕まえたら、牡はその場で、雌はしばらくは乳を搾って、その後に皮と肉をいただく。子供は山に放つ。山羊の血液と脂身はハーブと混ぜて、腸詰にして干しておく。ほれ、我の緑系統(ネイチャー)魔法を使えば、都も街も村も、ハーブに困る事はない。欲しいだけのハーブを成長させる事ができるのじゃ。」

 いや、ソーセージってこんなに美味しかったんですね。しかも、血と脂身とハーブだけのソーセージで。


「山羊の肉は、圧力鍋でとろけさせて、干した高山トマトと薬草とスパイス、蒸留酒で味付けるのじゃ。」

 真っ赤なスープにドロドロの肉。ボルシチのビーツの色とも違う、本物の赤。口に入れると、トマトの味、それが酸味一切なしで、強い甘みがある。山羊の味も、臭みは全くなく、ひたすらに肉の旨さがスープ全体に溶け出しており、肉にもスープの味が染み込んでいる。絶品だった。そして、大きな満足と共に栄養が身体に染み渡る感覚があった。


「どんな場所でも、人は工夫をして文化的に生きていけるものだ。貧しい生活に見えても、実は文化の香りを感じる、そんな場所こそが神の住処に相応しい場所なのだと、我は思っておる。」その日の夕食で、トラロックが披露した自分の思いに、俺は強く共感するものを覚えた。

「物質に囲まれても一向に幸せになれず、他人の幸福を奪って暮らして恬然としており、自分の幸せについて真剣に考えず、絶えず財貨を増やす事だけに汲々としている。そんな人間には神が何に宿るのかなど想像もつかないでしょうね。」


「お主は上手くまとめよるの。そうじゃ、ところでその想像ができないだろう人物が、ラサリアの国でいろいろと画策しておるようじゃの。」ほら来た・・・・ヘルズゲイトでも同じ事を言われた。

 いや、この人達は完全に情報共有しているんだろうけど。


「今は、その時ではなかろう。フルバートを単に力づくで陥落させても、周辺国が大人しくしておいてくれるとは限らんからな。それはこの国も同様なのじゃぞ。」いや、マジでこの人達は正直だな。けど、これくらい率直な相手だと、却って手強いのか。

「それに、ヴァネスティの動きも気になる。あの気まぐれな女の国こそ、フルバートが隣接している場所のじゃしな。」女王フレイアか・・・どんな女なのだろうか。評判良くないな。

「フレイア女王とは、どのような方ですか?」事前情報は是非欲しい。

「あれは嘘は吐かないが、本当の事もなかなか言わない。ただ、欲求には極正直じゃな。欲しい、好き、嫌い、知りたい、見たい、美味しい、役立つ。そんな感じで、功利的で、極々即物的な女じゃよ。問題は、凄く人を操る事が上手なところでな。汝あたりでは、到底太刀打ちできまいな。」

「トラロック様は、彼女が嫌いなのですか?」俺は聞いてみた。

「いや、取り立てて嫌いではない。けれど、好いて欲しいとも思わない。それくらいかな?」それは好き嫌いを超えて無関心と言う事ですよね・・・。

「さあ、そんな世俗の事はおいておけ。ここでしか見られない景色を見るのじゃ。」展望台に出ると、そこには美しい星空があった。そして、眼下には広い平野のあちこちに点在する都や街や村の灯りが見えた。


「ここからは、人々の営みが見える。我の統治する、我の愛する臣民たちの営みがな。我の楽しみは、ひたすらに臣民の幸せであり、それを知る臣民たちは、我を熱烈に慕い、我の為に命を捨てても戦ってくれる。それ故に、我の軍隊は無敵なのである。」

「汝の主であるアリエルは、我と同様に臣民の熱烈な愛を受ける資質を持っておる。それが小人たちの画策で無駄になっておるのは、まことに片腹痛い事よ。」

「アリエルの父は話の分かる有能な男で、臣民を心から愛しておった。アリエルの母は、娘そっくりの美しい聖女であり、連れ合いのバルディーン同様に民を心から愛しておった。麗しい夫婦の愛、麗しい民との絆。我がラサリアの国を同盟国としておるのは、あの二人の理想があまりにも眩しく、素晴らしいものであったからだ。もう一度、あれと同じ眩しい光景がラサリアの国で見えたならとも思っている。」


 トラロックは俺の目をじっと見つめた。「汝になら可能なのだ。」彼は俺の肩に大きな手を置いた。「明日の早朝、ここで我と共に景色を見ようではないか。今日はもう休むが良い。」彼は展望台を後にして、俺を居室に案内した。そのまま、俺は眠った。空気の薄い世界での旅は、俺の想像以上に身体に負担をかけていたのだ。


 次の日の朝。トラロックは約束のとおり、俺を迎えに来た。使節団の面々も一緒にやって来た。

「さあ、皆座り給え。」自分も椅子に座った。ここから見えるのは、下界の広い平野だ。そこには都や街や村が点在しており・・・その他に写真でよく見たものと同じ様な何かが見えた。

「あれは地上絵ですか?」そうだ、ナスカの地上絵とか言われるものと同じ様な図形が見えた。

「地上絵とは何かわからない。しかし、これから起きる事で、あの地面に書かれた絵がどんなものなのかは理解できるだろう。」鳥や蜘蛛や魚、その他諸々の図形が各所に点在している。

「ほら、やって来たぞ。」トラロックは、地平線を指し示した。そこには何も見えない・・・いや、何かがやって来る。あれは何だろう?

「蜃気楼か・・・・・。」俺は呟いた。地平線から、まるで水が押し寄せるように蜃気楼が迫って来る。それは、次第次第に眼下の都市を浸し、鳥や蜘蛛や魚を水の中に引き込んだ。

 水の中で水鳥が羽ばたいている。魚が泳いでいる、蜘蛛が水上を歩いている。意味不明だった図形が、蜃気楼の作る水流の中に入る事で、川の中の世界が地上に描かれて行く。


「これは魔法ではない。自然現象だ。では、この都は、この自然現象を見る為だけに作られたのか?」俺は尋ねないではいられなかった。

「勇者よ、美しいものに感動し、善なるものに感動する余裕を持った強き者よ。お前の感じる通りだ。我は、神にすら作れない自然の美に感動するが故に、ここに都を造営したのだ。人々に、神が感動する何かを伝え遺すためにな。」

「見よ、天に輝く太陽を、夜を照らす月たちを。これらは偉大な魔法使いである我であっても作りえぬものよ。それらに感動する心こそ、この世界を創造した者たちへの賛歌なのじゃ。我はそれを守ろうとする者であるにすぎない。」


 俺は、トラロックに対して再び膝をついた。「我はアリエル姫と同じくらい、貴方に尊敬を表したいと思います。」肩に大きな掌を感じる。面を上げると、そこにはトラロックの穏やかな顔があった。

「さあ、今から移動するぞ。もうじきに、準備が整う故にな。この景色は、また明日の朝に見よう。汝ら全員合格である。明日には、我が領土のどこでも歓迎して貰える割符を発給しよう。」使節団はどよめいた。トラロックの言う事を煎じてみれば、この使節団のメンバー全員をメソ・ラナオンに関する外交特権を得たと言われたのだから。


 俺たちは全員、例の用途不明の建造物の方に歩いて行った。それは石造りの複雑な彫刻が入った床であり、ところどころに深い溝やタンク状の窪みがあった。想像図では、電子回路やプリント基板とコンデンサが組み合わさった基盤の様に見えるかと思われた。それらの外縁は堀の様な水の入った溝で区切られているのが謎だった。

「この建造物は一体何なのですか?」とタルロックに尋ねてみたが、「百聞は一見に如かずである。」と言う答えと共に、トラロックは右手を高く振り上げたのだ。

 次の瞬間、近くに聳えていた、立方体の巨大な給水タンクに見える代物の近くで、見るからに力自慢の男が、巨大なレバーを渾身の力で前に押しやった。

 その途端に、膨大な水が謎の建造物の中に注ぎ込まれ、蒸発した水分が湯煙となって空中に噴き上がった。「つまり、この建物は、太陽熱を利用した露天風呂と言う訳なのさ・・・。」とタルロックは答え、おもむろに腰布を取り去った。


 俺も、俺の同行者たちも、一様に言葉を失った。さすが神!人間の及ぶところではなかった!そう叫びたかった。「さあ、君たちも一緒にどうぞ。」そう言われて、俺たちも衣服を脱いで、静々とトラロックの後ろに続いた。


 続いて、黄色い声が聞こえたかと思うと、走って来る裸の子供たちの大群と、それに続く笑いながらやって来る若い男女の大群、年配の男女の大群。に・・俺たちは真っ蒼になってしまった。

 ずらりと並んだ全裸の男女、老若男女に子供達や赤子、それらがびっしりと並んだ前で、直立して起立したすっ裸の俺はヘルズゲイトでの力自慢大会の活躍を顕彰され、ラサリアの強力な勇者であると褒めそやされ、その他人格の高潔さや、自然に対する畏敬の心を持つ、心豊かな者であると激賞され・・・。最後の締め括りに、「彼はトラロックの友であり、皆とも心通じさせられる友人であると我は信じる。どうか彼を受け入れてやって欲しい!」と言った途端に、地鳴りのするような歓声があがり、すっ裸の男女がこちらに向けて突撃して来た。


「きゃー!」と言う声と共に、幼い少女と少年が俺に突撃して来て抱きつき、続いて成人の男女が俺をもみくちゃにした。もう、何が何だか理解できない。

 ようやく落ち着いてみると、俺は複数の全裸の少女に手足と胴体を全て絡められて、頬摺りされているところだった。両手は拗ねて涙目になった幼い少年たちに引っ張られている。

 いや、今になって気が付いたが、背中から抱きついているのは、見事なバストを持った妙齢の女性であり、その腕は俺の胸のあたりをまさぐっている。


「その辺にしておけ。」トラロックが俺に近付いて来たが、そのトラロック自身も偉大な・・・を子供の男女にいじられて、両太腿にも幼い男女がしがみついているが、それをあまり気にしてないようだ。

「女や子供と言うのはな・・・・こいつは行ける!と思ったらトコトン来る生き物なのだ。何事も気にしない余裕を持つのが一番じゃよ。」ありがたいアドバイスだけども、経験を積んでない俺にはちょっと。

 ファルカンも俺と同じような目にあっていた様だ。かなりショックを受けている模様だ。


「神とのスキンシップ・・・これは人間にとってはどのような意味を持つのだろうな。」俺はふとその事を真剣に考えてみた。

「神の愛を本当に感じる事でしょうね。」トラロックは頷いてみせた。「我は妊婦に対して、この場で子供が健康に生まれますようにと共に祈る。生まれた子供を同じくここで洗い清め、人生の幸福を祈る。初潮を見た女児にも、将来良き伴侶を得て、良き母になるよう祈る。」

「我は、人の誕生と成長を見るのを喜ぶ。この街の民の特権とはそう言う事なのだ。」

 俺は頷いた。「人には過ぎた幸せかも知れませんが・・・。」


「ところでじゃがな・・・・以前にこの都に来たシーナと言う娘、あれはどうしておるのか?」意外な事をトラロックは聞いた。

「彼女がどうかしたのですが?」俺はとりあえず事情を聞いてみた。

「いやな、彼女が以前にここに来た時に、我はあ奴を揶揄った(からかった)のじゃよ。我があ奴を抱きかかえて、こういう風に開脚してやって、それを全員に見せてやったのじゃ。そうしたら、もうお嫁に行けないとか言い出しての。まあ、その後に子供たちや大人たちに、身体中を散々に触りまくられてたのも随分と気にしてたみたいじゃしの。」


 ああ、これはアウトだ。完全にこの人は神じゃなくて鬼だ。「まあ、あれから五年経つからの。もう、あ奴も小娘ではあるまいしな。」それはどうでしょうね・・・・。

「なんでしたら、来年の外交使節団に、彼女を名指しでお呼びなさればよろしいかと。俺にしてもそうですが、トラロック様のお呼びとあれば、ラサリア国は決して断れませんし。」俺は衷心からそう進言してみた。

「それは良き案である。あれから五年、成長したシーナと共に入る風呂となれば、我も心底滾るところがあるな。」・・・お、おう。シーナ、頑張れ、超頑張ってくれ。


 まあ・・・これで八方めでたく収まると言う事だろうか。

 俺の横にいるファルカンが「これは報告しない方が良いでしょう。」と小さく呟いていた。

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