第二十二話 ジャンクションの夜
四人の暗殺者を倒し、俺は使節団員の救援の為に林の中を駆け抜けていた。現場はすぐに見つかった。
そこには盗賊と思しき四人の男が倒れていた。全員、首への一撃で死んでいる。
「ファルカン、こっちは何人生きている。」
「九名全員生存しています。相手はこいつらと他の場所で三人倒してます。意外と林の中の人数は少なかったみたいです。」もしかして、連中は林の中に俺たちを追い込んで殺すつもりだったんだろうか?あるいは、封鎖を抜けられないと観念したところで捕獲するつもりだったのか。
いや、考えてみれば、あの凄腕暗殺者なら、四人だけでも使節団全員を簡単に殺してしまえただろう。最初から、相手の最強と俺がぶつかって、幸運にも叩き潰してしまったと言う事なのか。ならば・・・。
「お前たち、自分の身は自分で守れるな。」と聞いたら、全員がはいと答えた。
「じゃあ、まずは馬車を奪おうとしてる盗賊から片付ける。」俺はそう言い捨てて、そのまま林を駆け抜けて外に出た。
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「レンジャー二人が、林の中でノースポート支部の組頭バッサと手下衆三名が倒されているのを発見したそうです。」バーチ支部の親方であるビルリックは、その報告を受けて心臓が止まりそうになった。
あの凄腕たちがあっと言う間にやられてしまった?それはさっきの奴なんだろうか?あいつが例の武装兵を30人あっと言う間に倒すと言う、例の報告にあった未確認の勇者なのだろうか?
と考えている間にも、馬車の付近で鎖と錠前に悪戦苦闘していたバーチ支部の者共が、林の中から飛び出して来た奇妙な男にあっと言う間になぎ倒されて行く。
白い明るい月明りの下で、鎧も着ていない、武器も持っていない男が、籠手を嵌めた手で、次々と殴り倒して行くのだ。到底現実の光景とは思えない。
「ビルリックさん、あいつを射止めて殺してしまいましょう。良いですよね?」ノースポートから派遣されて来た狙撃手の一団が許可を求める。つまりは、流れ弾でのびている手下に被害が出ても、それでもあいつを射殺しようと言う事なのだろう。
「よし、一発でやってくれ。」射手はクロスボウを構えた。全部で5人。予備のクロスボウをバーチ支部の盗賊が手に持っている。狙撃手が撃っている間に、こいつらがクロスボウを装填する係なのだ。距離は50メートル。多少遠いが、この明るさの中なら、昼間とそんなに照尺の精度は変わるまい。
「よー、てー、はい!」掛け声に合わせて、5人の射手は一斉に鉄の矢を放った。バーチ支部の盗賊たちは、仲間を巻き添えにするのが怖く、長弓を引こうとしない。逃げ惑う盗賊の最後の一人が殴り倒されて、土手を降りて手伝いに行った者も含めて都合15人の盗賊がぶちのめされた。
不思議な光景だった。相手は一歩も動かず、前に突き出した右で左右上下に掌を払い、次に左足を前に出して、左の掌を縦横に払った。それだけで、命中した筈の鉄の矢は弾かれて逸れ、もう一度予備のクロスボウを使って行った射撃も失敗に終わった。単に相手が横に大きく避けただけで、掌すらも使わせることができなかった。
その後、男は躍動するように坂を駆け上り、必死でクロスボウを装填しようとしている盗賊を殴り、クロスボウを失神した盗賊から奪って他の盗賊の顔面にぶつけ、這って逃げようとする盗賊の股間を蹴り倒し、逆上してクロスボウで殴りかかって来た盗賊の腹を強打して空中に浮かせた。
最後の装填役の盗賊は、呆然として中腰のままで固まっていたが、近づいて来た男の拳骨を脳天に食らい、鼻から鮮血を噴き出して倒れた。
狙撃手の面々は、両手を上げて地面に膝を着いていたが、男はこの期に及んでの降伏を認めず、全員が顎を右から回す打撃と、正面からの打撃で叩き潰して回った。折れた歯が、空中を飛んで美しい光を放っていた。
背後の手下たちが悲鳴をあげる。弓を投げ落とす音が背後から聞こえる。ああ、終わりだ。俺はもう終わったんだ。
魂の力が全部抜け落ちて、もう戦意も執念も散逸して戻って来ない。美しい白い月を見上げながら、もう、この世の中のどこにも居場所のない自分の儚さを噛みしめていた。
そして、目の前に立った男が拳を放ち、自分を打ち倒した事にもビルリックは気が付かなかった。
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「おい、お前たち。俺に降伏すると言うのは本当か?」
「本当です。」正座したままで、最後の盗賊たち6人は異口同音に唱和した。
「なら、作戦中止の合図を送れ。森の中にいる盗賊の残りを退却させてみろ。」
「わかりました。」盗賊の一人は、金属製の笛を盗賊の親玉から取り上げて、それを吹き鳴らした。
それは鋭い笛の音で、三回鳴らされた笛の後、しばらくしても何も起きなかった。
「どう言う事だ?」と俺が聞くと「部隊はこれで解散されたんです。林の中の連中は、三々五々、バーチに向かって帰って行きます。」とだけ答えて、後は沈黙した。
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「凄い奴だったな。」「ああ、獣でもあんなのは見た事がない。獰猛で敏捷で頭が良い。」
「三人で囲まれていたのに、あの脱出方法は驚いたよ。」「一六勝負で勝った訳じゃない。奴は手斧使いを最初から狙っていた。」
「どんな奴だったんだろう。」「わからん。しかし、あいつは脅威だ。俺たちは故郷に帰るべきだ。」
「主様に報告しないとな。」「そのとおりだ。もう、ノースポートでの使命も終わりだ。」
「アリエルは国内を統一するか。」「そうだろう。時間の問題だ。」
「こいつらはどうする?」ナイフの光が・・・。「生きていても、人に迷惑を掛けるばかりだろう。」
「良民の敵ども。」「我等がお前たちにどれ程我慢した事か。使命でなければ・・・。」
「他の仲間たちは?」「あそこだ、馬を用意して待っている。」
「もう一度、この国に来る事があるだろうか?」「次は違う服を着て来る事になるだろう。主様の命の下。」
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ファルカンの言うには、この現象は”ジャンクション”、月の結合現象と言うらしい。複雑な図形を描く月の軌道が、特定の月の魔力を増やす効果を呼ぶらしい。
「白の月は、アリエル様の力と同じ、”善の力”を表現しています。」
「”善”とは何か、それは人と人を結ぶ力である。”悪”とは何か、それは人と人が離別する力である。」
「それはどなたのお言葉ですか?」
「スピノザと言う、俺の世界の賢者の言葉だ。命の力は善であり、死の力は悪である。死は永遠の離別だからな。けれど、悪はそれだけじゃない。」足元に転がる馬鹿者たち。楽に生きようとして悪に堕ちた馬鹿者たち。
「アリエル姫は、善なる生命の力を揮い、人と人を善意で結ばれるお方です。まこと、聖女であり、生きている神であらせられます。」
「それを悪意で貶め、徹底的に足を引こうとしているのも、同じ人間なんだ。まあ・・・拳骨で殴れるだけ、死よりはマシかな。」
「こんなに王国が支配する都市バーチの近くでありながら、盗賊を届ける事すらできないとは・・・。」ファルカンが憤っている。
「お前たち、生きてる者をバーチまで運んでやれ。食料や水は分けてやれない。勝手にどうにかしろ。」生き残りの内、五体満足なのはたった6人、意識不明の盗賊ギルド支部長、鼻と口、顎を砕かれて食事がお粥以外は食べられないだろう5人の狙撃手たちと5人の装填係、腕や肩、肋骨や足の骨をボロボロにされた15人の盗賊たち。
他は暗殺者たちは何故か喉を斬られて殺されており、使節団に襲い掛かった盗賊も全員が返り討ちに逢っている。他に逃げ出した者が20名近くいるらしい。まあ・・・どうでも良い。
「馬車は無事か?」
「はい、あちこち弓矢を食らってますが。」馬車をそのまま持ち逃げしようとしてくれて助かったと言う所か。
「よし、このまま出発しよう。」不服そうなファルカンに「帰って来てから大掃除すれば良いんだ。それだけだよ。」と俺は言い放った。
呆然と立ち竦む盗賊たち。「やはり、失敗の罰は死なのかな。」と俺は冗談で言ったのだが、まさにそのとおりの罰が下ったのだが。まあ、俺のせいじゃないし。
さあ、ヘルズゲイトまで後2日の行程だ。ホント、こんな調子で道中何度も荒事があったら、俺はマジでノースポートに帰ろうと思った。多分、使節団の面々も同感だろうと思ったが。