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第二十話 悪なる者

「ほーん、それでお前らの頭はおめおめと逃げて来た連中にお咎めは無しで済ませてるのか?やーさしーなぁ!!優しいな!」机の上に脚を乗せ、頭上で腕を組みながら、その男は目前で膝を床につけて頭を下げる男を詰った。

「奴等は、明日の晩の襲撃に使います。次回の襲撃は、バーチの街の盗賊ギルド全員で掛かります。全員しくじったら終わるつもりで行きます。」頭を下げている男の言葉に椅子の上でふんぞり返っている男が被せて来た。「そりゃあ、お前よ。口封じもしないといけないからな。終わりったら終わりだよな。お前も含めてよ。」

 わなわなと震える男を見据えながら、椅子の上の男はしきりに顎髭を撫でている。


 椅子の上で男は思案する。綺麗に整えられた顎髭と鼻の下のちょび髭、薄い紫の開襟シャツを身にまとい、紫に染めた羽毛付きの三角帽子を豊かなクリームブロンドの長い髪の上に置いている。

 一見は洒落者で女好きの吟遊詩人にも見えるが、正体はそんなものではない。フルバートに本拠地を持ち、ノースポート、バーチに支部を持つ、ラサリア国全域の盗賊ギルドの長なのだ。今や、農地と水路を新規開拓中で、今後人口が激増するであろうファイアピークの街にもギルドの連絡支局は置かれている。


 実は、フルバートでは盗賊ギルドは公認の存在なのだ。もちろん、それが街の役所の管轄下にあるのではない。フルバート伯爵その人が、ギルド長の上司であると言う事だ。

 彼の名はスパイダー。これはあだ名ではなく、彼の”本名”である。アリエル姫の父親である今は亡き大魔術師バールディーンがスパイダーを召喚した時に命名したのだ。

 ラサリア国の勇者にして盗賊ギルドの長。王国内の裏社会を統括し、50年に亘り(わたり)支配していたのが、永代ギルド長であるスパイダーなのだ。


 ****


 本来、大魔術師バルディーンは、王国内の裏社会の毒を薄め、社会からあぶれた者たちを上から押さえて凶悪化させないために俺を利用していた。毒をもって毒を制していたのだ。

 しかし、今の俺は、大魔術師の支配から完全に解き放たれて、本来の俺の地金を現し、本来の俺の欲求のままに裏社会を意のままに操っていた。

 それこそ、毒に毒が注がれて、真っ当な人間でも毒に冒される様な、そんな世界を作り上げた。今のフルバートは好き放題の重税を街の者たちに掛けている。これが全部アリエル姫の失政の尻ぬぐいと噂に流すのだから、あの聖女様も良い面の皮だろう。


 あの偉そうな魔術師の娘・・・。あれが困り果てた末にフルバート伯爵に嫁いで来たら、街の貴族や盗賊ギルドの俺にもキッチリ夜伽のお鉢が回って来るだろう。もう、そんな取り決めができているのだが、今から楽しみで仕方ない。

 お初穂はジジイがいただくのは間違いない。その後は、金はあのジジイ伯爵にたっぷりと払わないといけないが、それでもあの美しい聖女を一晩好き勝手に蹂躙できるのだとすれば、応募者は引きも切るまい。

 その時のために、それ用の薬も仕入れてある。あんな小娘の健全な精神、貞操観念など、あっと言う間にぶち壊してやる。聖女の外見の娼婦に堕落させてやる。それが俺を意に反して好きに使いやがった魔術師への報復だ。


 そんな具合の段取りなので、次回のバーチ支部の襲撃は絶対に成功して貰わないとな。

 何をやっても上手く行きません、各地の統治も上手く行きません、外交もまともにできません、全て任せる事ができません。

 そうやって追い込み、そうやって貶め、そうやって皆で非難し、そうやって引き摺り下ろす。

 そうやって孤立させ、そうやって自信と信念を損ない、そうやって自責の念で疲弊させ、そうやって楽な道、つまりは屈服を選ばせる。


 だから、こいつらにも助け船を出さないといけない。「おい、お前。これを見ろ。」

 頭を上げないまま、奴は床に投げられた報告書を見つめた。「頭を上げろ、そして、それを読め。」俺から許可を得ると、奴は膝をついたまま羊皮紙を手に取り、熱心に読み始めた。

「これは・・・一体。」奴は俺に知恵を求めた。

「オークの武装兵をぶん殴ってぶちのめし、カオスの魔法戦士が放った雷撃を食らっても平気な奴がラサリアに現れたって事だ。現場を目撃してた工兵からの事情聴取でも、奴は30人以上の兵隊を相手にして、全く無傷で切り抜けたとわかっている。」奴の顔はみるみる青くなった。「どうやら、そいつが使節団に紛れて(まぎれて)るらしいな。」でなかったら、10人の手練れ(てだれ)盗賊が1分で始末される訳がない。

「次回の襲撃は何人でやるんだ?」俺の問いに「50人足らずです。」と答えた。


「そこらのならず者まで組み込んで50人か。相手になるか?」俺は奴に聞いてみたが、無言で顔を蒼ざめるだけだ。「お前よぉ・・・ちゃんとこの報告書読んだか?」男の顔は狼狽に歪み、目を左右に泳がせた。「ほら、そこだよ、そこ、一番下のあたりだ。」

「オークの武装兵はそれなりの大怪我をしたが、誰も死んでないんだ。そして、魔法剣士が撤退を宣言したら、その後こいつは追撃しなかった。わかるか?」わからなかった様だ、また奴は黙った。


「こいつは甘ちゃんなんだよ。もしかしたら、聖騎士の勇者を聖女様は引き当てたのかも知れんな。だが、そんな奴なら、バーチの街を歩いただけで噂になるだろう。工兵隊に入ってたのなら、その時点で騒ぎになってた筈だ。だからよ、そいつの正体はいまいち掴めないが、正攻法だと失敗する可能性は高いだろうな。そう言う事だ。」奴は俺に助けを求める様な目を向けた。はっ!お笑いだな。


「さあ、ヒントはやった。後はお前ら次第だ。精々頭を使って切り抜けるんだな。」机を靴の踵で音を立てて叩いた。退出の合図だ。

「後、失敗したら終わりだからな。そこんとこ、キッチリとわきまえておけ。腕っ節で適わないなら、頭を使え。できなかったら、終わりだ。俺たちから逃げられるとか思うな。」

「じゃあな、健闘を祈ってるぜ。お前らの命に関わる事だからな。使えねえ手下でも、俺の子分だってのは変わんないんだしよ。」奴はしばらく扉の前で固まっていた。 

「ほら、早く出て行け!すぐに仕事に掛かれ!」奴は扉を出る時に一礼するのも忘れて飛び出して行った。


 俺は呼び鈴を鳴らす。程なくして、白い開襟シャツに絹のズボンを履いた体格の良い男が入って来る。

「ビッグ・スパイダー。お呼びでしょうか?」俺の腹心のアランだ。こいつの父親も頭の良い凄腕の悪党だった。「ああ、バーチの支局だが、出入り用の得物が足りないと思うんだ。バーチにある武器庫の一つに命じて、特に飛び道具を揃えてやってくれ。後は、使える狙撃手も何人か協力させてやってくれ。」

「はい、承りました。毒の手配は如何なさいますか?」アランが聞いて来る。

「やってくれ、今回の件は失敗が許されない。念には念をだな。」アランは「はい、その件も承りました。」


「ところで、今月のギルド加入者だが、随分増えているじゃないか?」俺は集計されて来た名簿と付表の羊皮紙をかざした。

「フルバートは現在不満ある市民の坩堝(るつぼ)になっております。重税で生活が苦しいのです。食い詰めた者どもや、農地を捨てた逃亡農民が街にやって来ては悪事を繰り返しています。それらを好き勝手にさせないとなれば、ギルドの人数が増えるのも仕方ない事と思われます。」アランは簡潔に報告する。

「良い傾向だな。もし、バーチの支部が失敗したら、ランソムに命じて食い詰め者とその家族をバーチに送れ。そこを根城にさせるんだ。新天地って事だな。」

「はい、仰せのままに。」アランが一礼する。「後、バーチの親玉のビルリック、こいつはダメだな。作戦指揮を任せられそうな奴は近くにいるか?」

「ノースポートの支部にいるバッサはどうでしょうか?先日も軟禁中の証人をあっさり消してくれましたし。彼の取り巻きも手練れ揃いです。頼りになります。」

「なら、そいつらも急がせろ。すぐに動かすんだ。外交使節団はまだバーチにいる。明日の朝出発したとして、ヘルズゲイトには4日で到着する。それ以降は山道続きだから、どう考えても先回りできないだろう。」

「承りました。すぐに連絡します。ビッグ・スパイダーの命令であると伝えてよろしいでしょうか?」

「許可する。動け。」

「直ちに。」一礼すると、アランは部屋から退出して行く。


 アランが退出した後、思い付いて机の引き出しから、愛用の水晶玉を取り出す。「聞こえるか?聞こえるか、マドロック?」

 しばらくすると、ノースポート支部長のマドロックが応答した。髪がまだびしょ濡れだ。「ビッグ・スパイダー、お呼びでしょうか?」この野郎、朝っぱらから女と風呂に入ってやがったな。

「お前も忙しいんだろうが、急用ができたんだ。アランが連絡入れて来ると思うが、俺からも命令を出そうと思ってな。お前らが雇っていた遊牧民のレンジャーが何人か居ただろう?あいつらをバーチに派遣して、道案内をさせて欲しいんだ。できるだけ有利な地形で先日出発した外交使節団を襲撃したい。わかったか?」

「はい、確かにご命令受け取りました。」マドロックは汗を噴き出しながら返答する。


「お前の子分のバッサにも動いて貰う。凄腕の多分勇者らしき奴が同行している。だが、そいつは後回しで良い。使節団の連中を捕らえて、その後に勇者も手を上げさせて捕らえる。そんな段取りで頼む。しくじるなよ。」俺は念を押した。

「必ずや。」マドロックはタオルで更に汗を拭いている。「詳しくはアランに聞け。昼過ぎには動け、時間が無い事を忘れるな。ヘルズゲイトに入る前に仕掛けるのにしくじったら、お前にも責任を取って貰う。」そのまま通信を切った。


 さあ、できる限りの梃入れはした。後は結果を待つばかりだ。

 これから、月々の上納金をどれだけフルバート伯爵に納めるのかを、伯爵の執事と協議しなければならない。

 未だに残っているアリエル姫の肩を持つ正義派の古い貴族達の処分についても、フルバート伯爵と直々に協議しなければならない。

 それらの案件の立案と実行、証拠の隠滅。ギルド長の仕事は多種多様なのだ。


 悪なる者スパイダー、バルディーンの遺した邪悪な遺産はラサリアの国を徐々に、着実に蝕んで行くのだ。

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