第十九話 超人戦士
バーチの街には、次の日の昼に到着した。
陰湿なやり口のフルバート伯爵の手下、駄々洩れとしか思えないアリエル姫の周囲の情報、小さな事から大きな事まで何でも画策して来る偏執狂的なやり口。
そんなこんなを考え併せた上で、やはりやって来た昨日の昼の盗賊の斥候と、頭の悪い手引きをして全てを台無しにした盗賊の夜襲。
”これら一連の出来事を画策した連中は、実は頭が悪い”と言うのが俺の判断だ。
別に全部が全部相手に勝たなくて良いのに、負けが生じたらそれを取り返さずにはおかれない・・・そんな働きをする精神は既にして異常である。しかし、今回の相手はその様な異常な輩であるようだ。
そして、そんな奴等は総じて報復を残忍にしようとする。今までの人生の記憶、努めて忘れようとしている記憶の数々が蘇る。それらは、守れなかった人たちの犠牲の記憶だったから。
俺はファルカンを見やり、彼がどれだけ自分達が危険な立場にいるのかを知らない。その事を俺は実に幸運な事だと思っていた。
過度に残忍で、邪悪な者たちは、俺の様な強い者は狙わない。より弱く、より不用心な者たちを狙うのだ。それらの実行犯・・・俺たちを狙って来るのは、全て捨て駒。黒幕自身は決して血の流れる場所には押し出して来ないのだ・・・・。
糞・・・マジで忌々しい・・・。絶対にやらせない、今度こそは。
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バーチの街で、メソ・ラナオンへの貢ぎ物の瑠璃石を馬車に積み込みました。
先方の国では、瑠璃石が金とあまり変わらない値段で取引されるのだそうで。
彼らは瑠璃石を使い、巨大なフレスコ画を作り、偉大な人物の死後に骸骨を美しく飾るとも聞いています。
「はあ・・・。どうのこうの言いながら、私は国外に出るのは初めてなんですよね。」何事も経験だ、とシーナ様はおっしゃってましたが。
妙に気になるのは、レンジョウ様がメソ・ラナオンで受ける歓迎の有様を、詳細に報告せよとのご命令。シーナ様はあの時、それはそれは露骨に笑ってましたが・・・・。どう言う意味なんでしょうか。
それにしても、勇者様が結構神経を尖らせているのが印象的です。ピリピリしていると言うか。「もう露骨に警戒しているくらいで丁度良いんだ。相手はこれくらいでは諦めない。」そう言い切ってました。
「こっちが警戒していると明らかにしたなら、相手は却ってこちらの消耗を待つために、攻撃を控えるかも知れない。」とも言っておられましたが。
しかし、昨晩の異様な速度で駆け回り、暗い中で盗賊を殴り倒して行く姿。
あれはまさに超人的な強さでした。あの勇者様の活躍が知れ渡っているならば、盗賊あるいはその背後の者たちは外交使節団への手出しを控えるのではとも思うのですが・・・・。
実際、勇者様に自分の意見を述べてみました。
私の意見に対する勇者様の回答は「どんなに腕が立っても、所詮一人の力なんか大した事はない。要は使節団の到着を阻止し、アリエル姫の顔に泥を塗るのが目的なら、積み荷を奪わなくても、お前たちを殺し、馬車を焼いてしまえば良いんだろうから。」との事でした。
「あいつらは、俺とスポーツをして勝ちたいんじゃない。アリエル姫を陥れたいんだ。それなら、俺を無視するか、俺をまともに戦わせないか。そう言う方法に出て来る事は十分にありえると、俺は思ってる。」
ほう・・・と私は感心しました。この勇者様は単に強いだけではなく、勝ち負けの条件をしっかりと考えておられる。多少悲観的なのが気になるところですが。
そして、彼の様々な所作について浮かんだ疑問も、解答が見つかりました。そう、彼の動作が戦士らしくないのは何故かなのですが、彼はもとより戦士ではなかったのですね。
彼はスポーツマン、あるいは競技者なのだろう。しかも、意固地なまでに正々堂々と戦う、損で融通の利かない、客受けしないタイプのスポーツマンなのではないかと。
”そして、彼は何度も非スポーツマン的な敵手と戦い、その際に酷く心を傷付けられて来た・・・。おそらく、私の想像はそんなに外れてはいないでしょう。”
そう考えを巡らせると、自分でも不思議な気持ちが湧いてきます。なるほど、道理で勇者様は盗賊を殺さなかった訳だと。
彼の本質がスポーツマンであるのならば、敵と言われる者どもでも殺すつもりはない。全力を尽くした競技において、相手を事故で殺してしまう事は仕方ないとして、勇者様としては戦いにまだ全力を尽くしている訳ではないのですか・・・。
”あれで、あの凄さでまだ手加減ありですか?”そう気付くと、我知らず身体が震えて来ます。
私は・・・私は自分の心に生じた変化を、当時理解できていませんでした。
その後に自分の心に気が付いて、非常に驚いたものですが。
私は気が付けば、勇者様のファンになっていました。そして、勇者様が全力で戦う様を、一度、一度だけで良いから見てみたいとも。そんな凄まじい戦いを私が生き抜けるとは思えないにもかかわらず・・・です。
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「ヘルズゲイトか・・・。」もう、信じられない名前の街もあったものだ。地獄の門?誰だ、そんな名前を自分たちの街につけたのは?不吉極まりない。
「・・・・・。」いや、そうではないのか。ヘルズゲイトはラサリアとの国境の街、そして攻め込んで来るのは立地的にラサリアのみ、その方向はバーチの街だけ。つまり、露骨に威嚇して来ていると言う事か?この街を攻めたりしたら、そこからは地獄だと・・・。
”同盟国とか言うが、実際はどうなんだ。”ここまであからさまな威嚇を平気で行って来る相手。おそらく、力関係では相手の方が圧倒的強者なのだろう。
「内に陰湿な敵、外に危険な味方、頼りはジジイと小娘と少数の部下たち。員数外の新参ゴロツキ野郎は、外交使節としてただいま留守にしております・・・か。」どう見ても絶望的な状況なのに、アリエルは全然希望を失っている様には見えない。
「疾!」気晴らしにその場でシャドウを始める、最初はボクシング、次は空手の型。空手の型は、”慈恩”で、三倍速で終わらせた。籠手を嵌めてないので、自力だけでやってるが、まだまだ身体が鈍ってないみたいで、ちょっと安心した。
稲妻の籠手は素晴らしい武器だが、その力に頼って自力を落としたのではこれ以上は強くなれないだろう。
ただでさえ年齢が28歳に近付き、実現できる破壊力それ自体がこれからは失われて行く。先輩たちを見て、俺はその事を理解していた。
頼れるのは自分だけ。ここでは誰かに教えを請う事もできない。自分で自分なりに、今まで学んできた成果で研鑽を繰り返すしかないのだ。
ふと気が付くと、ファルカンが俺の稽古を遠くから見ていた。不快な視線ではないが、妙に熱っぽいのが気になった。まあ、シーナの手の者なのだから、俺を監視するのは当然なんだろうが。
後は少しの間クールダウンして、更に続けて稽古をこなした。
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”美しい!”そう、美しいのですよ。勇者様の動き、勇者様の動作、勇者様の目線。その全てが。
先程の一人稽古の様を思い浮かべて、私はついつい興奮してしまいます。
昔、拳闘の試合を見ました。両方の拳闘士は、ゴツいグローブを手に装備して、凄い速度で殴り合っていました。
けれど、華麗な動きをしていた拳闘士が、疲れて来たのか、最後には双方とも足を止めて撃ち合う展開になり、グダグダの試合は最後は流血の決着となったのです。
倒した拳闘士も、倒された拳闘士も・・・美しくなかったのです。彼らは競技者として、スポーツマンとして最後まで振る舞えなかった。
観客たちは流血に興奮していましたが、私は冷め冷めに心が冷たくなってしまいました。
特に、相手に組み付いて弱らせようとする、目を狙う、鼻を狙う、耳を叩く。股間に膝を入れようとする。勝てば良い、それだけです。いや、私が習った剣術なんかはそう言うもんでしたが。
相手を殺す技、そこには勝てば良しと言う結果だけが求められます。そこには感動はなく、単に勝利が積み重なるだけ。
勝利は時に罪ですらありますが、それを背負って生き、努めて気楽に罪を忘れるべきですらある者が剣士です。そして、いずれ戦い続ければ、いつかは自分も敗者の列に加わる運命なのです。
私は思うのです。競技者とは、つまりは罪と共に歩んではならない人であるのだと。彼らは常に清廉潔白で、人々を感動させ続け、最後は正々堂々たる勝負に勝てなくなり、消えて行くべき存在なのだろうと。
そう、過去の栄光を守るために去り、敗北の無様を晒す事が許されない・・・。
そこまで考えが及んだ時、私は鋭い痛みが心を貫くのを感じました。この方も、いつか去ってしまわれるのでしょうか。あるいは、清廉潔白を保てなくなるのでしょうか。
年齢の頃は、既に20台の半ばと言うところ、男子としての肉体の最盛期は過ぎ去り、今後は技術の成長で後進と戦う事になる、そんなお歳ですから。
そんな自分の考えが、シーナ様がアリエル様の将来を憂うのと、非常に似通ったものであると。随分経ってから気が付きました。
そして、次の日の夜、私たちがヘルズゲイトに向かう道中に、私たちはかの超人戦士、正義のスポーツマンの畏怖すべき戦いを再び目にする事になるのです。