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第十八話 バーチの街、不穏な影

 ***ファルカン定時連絡


 早朝から準備していた馬車の準備が完了。昼過ぎに出立の予定。勇者様の荷物は既に用意完了。

 先行隊から異常の報告なし。街道の路面は良好な状態と聞く。天候は晴れ。

 バーチにおける替え馬の用意完了、待機を命ずる。本使節団についての情報漏洩の証拠なし。

 バーチにおいて、貢ぎ物の瑠璃石の用意が完了したとの通知あり。出立時刻を待つ。

 以上終わり


 ***


 シーナは簡潔な報告書を読むと、そのまま掌の上で空中に浮かし、報告書を巻物に込められた魔法で焼き尽くした。

 これからレンジョウを待ち受けるであろう、ちょっとした試練を思い浮かべて思わずほくそ笑む。まあ、精々その際のファルカンからの報告を楽しみにしているし、本人にも楽しんで貰いたいものだと思っている。だが、そんな些事はすぐに頭の中から消えた。目の前に違う報告書がやって来たからだ。


 ***拘束中のロッシ容疑者について


 勇者を篭絡せんとする陰謀を巡らせていたギブリーと共謀していたロッシ容疑者は、軟禁中の自宅にて、不審な死を遂げたり。

 死因は縊死と目せらる。容疑についての自白は済んでおり、その内容は公文書として登録されたものの、法廷に招致する事が能わざる状況となる。

 現時点では他殺の証拠なく、自殺と見るには状況があまりにも不適当。暗殺されたものと仮定し、捜査を続行する。

 現場の施錠については完全と思料されるが、侵入者の有無は確認されず。警備の状況について再確認を行うもの。


 ***


 先手を取られたか・・・。相手も素早い。確実に警備をすり抜けられて殺されている。歯噛みしながら、この巻物も炎で消去する。


 ***フルバート伯爵の近況

 フルバート伯爵は、昨今更なる軍備の増強をアリエル姫宛に申請せり。

 内容は国境警備兵力の拡充を名目とする兵備。内容は4個歩兵大隊、それに伴い、賦役の削減も同時に申請せり。

 騎馬兵力については変更なし。3個騎馬大隊を維持。

 歩兵兵力増強後の戦力については、2個長槍兵大隊、3個剣士大隊、2個魔術師大隊。

 ***


 これについては、アリエル姫に直接裁可を求める必要がある。しかし、カオスの国がちょっかいを掛けて来た直後にこんなものを送り付けて来るとは。もしかして、繋がってるのか、連中は?

 いや実際、そうなのだろうと思う。たかだか工兵部隊を襲撃するために、越境で浸透してきた少数兵力が勇者までをも伴って奇襲を行って来た。確実を期したのだろうが、それすらもが失敗した。

「けれど、王国への賦役を減らし、自分の手駒を増やす口実としては使える。そう見た訳ね。下品でかなり強引だけど、転んでもただで起きたりはしないって事かしら?」実際、フルバートの街から徴収する税金が減ると言うのは大問題だ。しかし、反対するとなると問題が生じる。この件では王国を守るため、前線の太守が義務を果たそうと努力している。そう言う名目だけは整っているのだから。


 実際問題としては、王国の実権を狙う野心ある大貴族が、自分の兵力を増やし、王国本家の歳入を減らそうとしているのだ。これを許せば大問題が近日中に起きる。断れば、アリエル姫に対して糾弾を行い、更に自分の発言権を利用して難癖を付けて来るだろう。


”崩壊に向かう王家の家臣って、こんな気苦労を背負って宮仕えしてる訳なのね・・・。”

 歴史書に書かれていた悲劇の内に滅んだ王家の数々。それら大小関係なく、きっとどの国にも私の様な事を考え続けた臣下がいて、努力虚しく歴史の奔流に呑み込まれて消えて行ったのでしょうね。そもそも、歴史を紐解けば、外部の敵国に滅ぼされた王家よりも、内紛で没落した王家の方がずっと多いのだ。

”兵力は圧倒的に相手が上。若い指導者はまだ未熟。家臣たちも人材に乏しい。”どうする?例えば友好国の主であるトラロック様に援助を求める?

 いや、そんな事をすれば、統治能力がない王家として、複数の周辺の国に土地を蚕食されて王国は滅ぼされるだろう。トラロック様にしても、名君ではあるけれど、お人好しではないのだ。

”レンジョウ・・・。”あの勇者が本気で王家を支え、戦士たちの先頭に立って王国内の不穏分子たちを斬り従えてくれたなら・・・。正直、アリエル姫にそんな気があるのかないのかは不明だが、あの二人はとても仲が良く、レンジョウもいざとなれば姫様のためなら立ち上がってくれるとは思う。思うけど・・・・。


「そんなにやって来たばかりの、しかも異世界に迷い込んで来た者を頼りにするのも酷だわよね・・・。」常識的にそう思ってしまう。しかも彼の実力が未知数だと来ているのだ。どこまで信じて良いのやら。

「伝説の聖騎士英雄なら、神の使徒である英雄なら・・・。そんな話にもなろうかって感じだけど。」そう、あのレンジョウは、腕前はどうかとして、性格は実は引っ込み思案で思索型の行動力にやや欠ける人物に思えるのだ。凄く前線向きの資質でありながら、性格的には補佐役が向いているように思える。


 けれど、反面思う事もある。異様に強力な武器を携えてやって来た勇者。そんなものは古今存在したとは記録されていないのだ。あの男は通常の勇者と比べても何かが違う・・・。でも、何が違うのだろう?

 シーナの悩みは尽きない。そして、そんなシーナの思案をよそに、事態は更に違う方向に流れて行くのだ。


 ***

 ゴロゴロと揺れる馬車の中、勇者は目を薄く閉じています。眠っているのか、起きているが目を閉じているのか。実は良くわからないですね。

 この男、実に見事に抑制された心を持っているのではと思えるのです。元来の資質がそうなのか、ここまで訓練した結果かも私にはわからないですが。


 身のこなしもそうですが、この方はかなり訓練された武術を学んでいるのでしょうか。足運びが、剣術の達者とも違う、見た事のない武術の成果でスルスルとした滑らかな動きをしている。必ず片足が地面にしっかり置かれているのも印象的で。そんな事を考えながらも、自分自身も同様に目を薄く開けて、勇者の動静を覗っていたのです。


 不意に、勇者は窓の外を見ました。「何か気になる事でも?」と私が声を掛けると、「何人か、不審な奴がこっちを見ている。俺が走って見て来る。」と言い残して、街道の脇に走り出しました。

 私自身も扉を開けて横の足場に立ってみると、本当にそこには頭巾を被った男が見えました。勇者は恐ろしい速度で走り抜け、森の中に消えようとした男に追いついたのです。

 短い問答の末に、男は刃物を抜いたように見えました。が、そこまでで、勇者は無造作に男を殴り倒し、手から落ちたナイフを自分の衣服に収めると、そのまま男を引き摺って馬車に帰って来て、残りの人影はそのまま去って行ったのです。まだ王城を出てから半日も経っていないのに・・・。


「こいつはまだ話はできる。尋問すべきだ。」と勇者が言います。「はい、左様に致します。」とだけ私は答えたのです。

 勇者が言うには、この男は誰何したところ、近くの農民だと答えたらしいのですが、身体検査をすると言ったら、いきなり刃物を抜いて来たらしく、明らかに盗賊とわかったのだと・・・即断即決ですね。

 尋問は短い時間で終わったのです。男は盗賊の斥候で、隊商や行商人を狙うために本隊と共に網を張っていたのだそうで。本当か嘘かはわからないですがね。

 勇者はそんな盗賊の膝を拳で一撃して、その後路肩に放り出したのです。もう、使い走りはできないだろうなと、男の脚の曲がり方を見て思ったのですが、そうそう同情してもいられないでしょう。


 まだ白昼なのに、盗賊が出現した。その事に私は不安を覚えました。先行している者たちからは、異変があるとは聞いていなかったのです。

「露払いの者たちからは特段の異変は伝わっていませんでした。けれど、我々は盗賊に遭遇しています。あるいは待ち伏せられたのかも。」私の説明に、勇者は「そうなんだろうさ。俺はフルバート伯爵の手の者が道路工事部隊に入っていたのを知っている。あちこちにスパイが入り込んでいるんだろう。この使節団の中にも、妙な連中が入ってないとも限らない。」

「お前はシーナの部下なのか?」ズバッと聞いて来ましたね。仕方ありません。「はい、シーナ様の部下です。このキャラバンの安全確保を任されております。」

「なら、今晩の野営には信用できるものだけを付けろ。身元が不確かな者はひとまとめにして野営から外せ。バーチの街に着いたら、先行している者たちを補充に使い、雑役を任されている様な小物は王城に帰還させろ。」なんともはや・・・。


「わかりました。そのようにします。野営に付かない者はひとまとめにして、歩哨を付けます。」それが大当たりで。

 夜になり、馬車は路肩に寄って、休憩できる広場に留められました。そこに盗賊が10名ほどやって来たのです。我々は焚火の近くの兵隊以外はそのまま寝たふりをしていたのですが、夜半に鳥の鳴き声のような静かな笛の音が小さく響き、盗賊たちは近くの森から近付いて来るのに気が付きました。

 手袋をはめた手で、横になっている仲間たちに合図をします。

 その後はえい、やあで・・・・。武器を持った者は武器を揮い、勇者は月明りの下を目にも留まらぬ勢いで駆け抜け、笛を吹いた馭者の一人は紛れ込ませていた私の部下に取り押さえられ。

 慌てふためいた盗賊たちは算を乱してあるいは逃亡し、あるいは斬り殺され、あるいは勇者の拳骨に叩きのめされました。

「これでは先が思いやられるな。」と勇者が呟きましたが、私も同感でした。


 急に羽振りが良くなった者、借金をしているとわかった者、古くから仕えてくれていた者たちに対しても、身辺調査は怠っていないつもりでした。馭者を締め上げると、彼の娘の嫁いだ家が、急に商売が傾いて、それを助けるために金が必要となり、悩んだ末に知人に紹介された者が実は盗賊で、その者たちに言葉巧みに篭絡されたのだとわかりました。

 王国は今、恐ろしい危機に瀕している。盗賊は、馭者の娘が嫁いだ家を嵌めたのでしょう。得意先だと思っていた商家が取り込み詐欺をして逃げる。そんな事が都合よく起きる訳もないのです。

”巧妙な罠が仕掛けられて、誰も信用できなくなる”、王国に信用できる小物がいないのでは、何事もなしえなくなります。

 そして、アリエル姫には世間での悪い噂が流れています。心が美しくても理想主義に過ぎて何も成しえない。世の中の事に無関心。全部嘘ですが、それを無理やりに本当にしようとしている者たちがいる。巧妙に周囲から敵は迫って来る。


 世事に長けたすれっからしの敵に対して、自分たちは本当に無力であると思えました。それにしても・・・。

 勇者は何故この襲撃を知りえたのでしょうか。私にはそれが解けない疑問として残ったのです。彼は何故・・・。疑問、解けない疑問がそこには残りました。けれど、勇者がそれを説明してくれる事はなかったのです。何しろ普段は無口な人ですから。

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