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第十七話 使節団出発

「美々しいもんじゃの。流石じゃよ、レンジョウ。」

「うーん、思ったよりずっと似合ってますね。立派な体格の方なので、似合うとは最初から思っていましたが。」

「これなら、使節の一員どころか、使節の主役が十分務まるわ。ただし、荒事をしでかしたら、それでアウトだけど。」

 使節団に加わると承諾してから、あっと言う間に針子と仕立て屋は俺の礼服を仕上げてしまった。しかも刺繍が金の糸と銀の糸の色違いで2着。モールが肩に着いていて、見るからに中世から近世の軍人が着る礼服だ。ベルトと剣帯に剣まで下げろと言われてしまった・・・。これには俺も大困惑だ。しまった、平服で外交使節に行ける訳もなかったんだ。


「普段からちゃんとした服装をしないと駄目よ。仮にも外交使節なんだから。着付け役も一人付けるからね。彼の言う事は聞かないと駄目よ。」シーナはやはりシーナだった。

「でも、タルロック様の所では服装はうるさく言われないでしょう。なにしろ、タルロック様ご本人が普段から上半身裸ですし。そもそも、彼の本当の興味はレンジョウの力量と性格だろうと思うから。後ね、タルロック様のお誘いは必ず受けるのよ。断ると失礼に当たるからね。」何故かシーナは日頃よりも良く喋った。ザルドロンは黙ってニヤニヤと笑っている。絶対に何かあるなと思ったが、まあ、後日の楽しみにしておこう。


「まずはこちらで用意した貢ぎ物を積んだキャラバンと共にタルロック様の首都である”天空の都”にお向かい下さい。我が国ラサリアの南側全てはタルロック様の領土であるメソ・ラナオン国と隣接しています。その後、一度ラサリアに帰還して、バーチの街でフレイア様の治めるヴァネスティ国に向けての貢ぎ物を受領していただきます。」アリエル直々の段取りの提示に、俺が異論を挟む理由はない。

「わかった。頑張ってみるよ。」俺はそう言うしかない。確かに緊張はしているが・・・。


「少し残念なのは、お主を送り出す時に、盛大に式典をしてあげられない事じゃな。お主はまだ秘匿された勇者じゃし、諸国にお主が数か月も留守にしておる事は隠しておきたい。この塔の中でアリエル様の護衛をしておると言う事にしておくさ。」ザルドロンとしても、各国の動きは気になるのだろう。とりわけ、カオスの国は妖精の国ヴァネスティとラサリアの間に跨る広い森林地帯を越境して工事中の工兵部隊を襲撃した。あの遭遇戦が何故起きたのかと言う事もはっきり判明していないのだ。


「シーナの時は凄い式典をやったもんじゃがな。もう、あれは4年前になるのか。若造じゃが、腕の立つ剣士で、頭も良いとなればシーナじゃったからな。先方の受けも素晴らしかったし、ホンに大成功じゃったわ。ホーホッホッホ。」とザルドロンが大笑いしたのだが、その禿げ頭をシーナが思い切り平手で叩いたのには驚いた。シーナの顔は真っ赤になっている。

「・・・・・・。」無言で赤面するシーナを見て、俺の心臓は瞬間強く鼓動した。不安が高まる。

「もーちょっと柔らかくなって帰って来ると思ったんじゃが、むしろ固さが増した様な気さえするの。」明らかにこのジジイ、シーナをだしにして俺を揶揄っているな・・・。

「このブローチをお付け下さい。流石に国外となると、勇者招集の魔法も焦点が定めにくいものですから。いざとなったら、これを使ってラサリアに帰還していただきます。」この件については我関せずのアリエルがそう言って差し出したのは小さなブローチだった。ピンが付いているので、それを毎度下着に着ける事にしよう。

「ありがたく受け取った。」もう覚悟を更に決めるしかないな。


「俺としては、普段は馬車の中に引き籠っていれば良いのかな?」道中の行動をどうすべきかにはまだ迷いがある。

「それが良いわね。どの道、南への旅はバーチまでは宿場町ありの完全舗装道路なので、2日ほどで着くんだし。その後はメソ・ラナオンの国境の街ヘルズゲイトに向かい、山道を通ってフォーウィーの街に向かう。後は、やはり山道で首都であるラナオンに出る。行程としては2週間かかるわね。窓から景色を見ていれば、結構飽きないものよ。」シーナの説明では、途中は険しい山間部を通るのだそうだ。

「お主、帰って来たら随分日焼けしておったが、本当に窓から見ていただけなのか?」今日のザルドロンは妙に粘着力が高い。そして、案の定、シーナに睨まれていた。


 そんなこんなの内に、大急ぎで編成された外交使節団は馬車を連ねて出発する事となった。昨日届いた書簡に応えて、今日出発する。あまりこんな例はなかったのではなかろうか。

「フルバート伯爵の画策の調査、カオスの国の調査、それらを並行して行っておく。貴方が帰って来た時には、国内の再統一の戦争が始まるかも知れない。だから急がないといけないの。詳しくはまだ貴方には話してなかったけど、フルバート伯爵の有する戦力は強大なの。数年前にノースポートの軍は、大規模なモンスター襲撃を受けてまだ回復しきっていない。主力の長槍兵は防戦の際に壊滅しているし、剣士団も大損害を受けた。アマゾネスの勇者シャナもその戦いで戦死したの。貴方を呼び出したのは、その穴埋めの勇者を補填するためだったのよ。そして、援軍を送ろうともしなかったフルバート伯爵は、何かに付けてアリエル姫に難癖を付け、最近では降嫁して、自分の妻になれと言い始めている。あいつはもう60歳に手が届く爺さんよ。息子じゃなくて、自分の嫁なのよ。」シーナの声は最後は怒鳴り声に達していた。


「まあ、落ち着けシーナ。お前らしくもない。」と先程まで散々シーナの自制心を削っていたザルドロンが宥めようとする。「そして、重要な事なのじゃが、フルバート伯爵と言うよりもフルバートの街には、勇者が二人おるのじゃ。先代であるアリエル姫の父君が召喚した勇者じゃ。一人は隻眼で凄腕の剣士、もう一人は洒落者の盗賊じゃ。」

「なんで、それがアリエル姫じゃなくて、フルバートの街に味方するんだ?」俺は疑問に思った。

「アリエル姫の父君は、奥様である先代聖女様が亡くなった際、一年間の喪に服しておられたの。その最中に父君も亡くなられて・・・。当時8歳だったアリエル様には勇者を拘置する魔力がまだ無かったのよ。それで、勇者たちは再び召喚された頃と同じく自意識を失って、赴任地のフルバートの街を守ると言う以前の主の命令だけを頼りにこの世界に駐留している訳。いっそ、世界に留まる理由を求めずに、消えてしまえば清々したのに。」シーナの説明には不明な点も多々あったが、アリエルが王位を継承した際に不運が重なり、今もその影響を受け続けていると言う事は理解できた。


「わかった。俺は今回の任務を可能な限り急ぐ事としよう。」結果としてはそうはならなかったのだが。


 ラサリアを出発した馬車は3台。俺と俺の臨時の付き人になったファルカンと言う若い男。シーナの手の者なのだから、こいつも癖のある奴に違いない。多分スパイ組織の一人なのだろう。しばらく俺にいろいろと話しかけて来ていたが、俺がほぼ黙って窓の外を見ているので、後は自分も黙って窓の外を見始めた。

 俺としては、いろいろ考える事があったのだ。事前情報が全然足りていない。タルロックと言う神の末裔については、シーナもザルドロンも安牌だと請け負ってくれた。しかし、俺にはこの世界の常識はない。何が他人を怒らせるのか、今一つ理解できないのだ。特に、この世界では人殺しがそんなに悪い訳ではないと言うのがデカい。理由があれば、人を殺してもそんなに罪は重くない。

 さて、そんな世界で俺はどう振る舞うべきなのか。ループする思考の中で俺は次々と答えの出ない問いが浮かんでは消えた。結局辿り着いた結論は、なるようにしかならないと言う事だった。


 そして、俺は知らなかった。俺がノースポートを出て、バーチの街に辿り着いたその日の内に、現実世界から鹿子木誠人が俺を探し求めてラサリアにやって来ていた事を。

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