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第百六十五話 夜を往く二人

パチパチと爆ぜる炎。


たかが石ころであっても、この赤い恐ろしい男に睨まれた日には、カリカリに干し上げた牧草の束より熱く、同じ重さの石炭に迫る勢いで燃え上がる。しかも煙は一切なしにだ。




「ほら、君が仕留めてくれた兎だよ。」と言いながら、串に刺された良く焼けた肉が差し出される。


塩と野草の干し物、シュネッサと言う黒い肌の妖精が分けてくれた香料を刷り込んだ肉。


「いただきますが、貴方は食されないのですか?」と聞いてみる。




「いや、内臓を抜く時に、我は既に血をすすっておるからな。そこそこに満腹しておるのだよ。」と言う返事があった。凄くワイルドな食事風景だったのだろうが。


もしかして、見ないで済んだのが幸運だったのか?




「いや、旨い。実に旨い。」それは全くお世辞ではなかった。ウサギや馬の肉は、豚などと比べて凄く甘い。そして淡泊だ。それを補う塩とハーブが疲れ果てた俺の身体に滋養を巡らせて行く。


しかし、淡泊な肉と言っても、赤い装束の死の天使は一工夫してくれていた。


「肉の周囲に脂身を巻き付けて焼くと言うのは新しい調理方法ですね。こんな料理法は知りませんでした。満足感が半端ないですよ!」と絶賛してしまう。




死の天使は少し照れた様だった。パタパタと手を扇ぐ様に振ると苦笑いしている。


「いやいや君。これは昔々、それこそ古代ギリシアからある調理法なのさ。”イーリアス”にも書かれている様な、古代ギリシア風のバーベキューのやり方なんだよ。手間はかかるし、手を洗う手間もあるが、残さずに獲物を食べ尽くすやり方だからね。滅多と生贄を捧げられる訳ではない神殿風の作法と言う訳さ。それよりもだ・・・。」と言うと、彼は魔法のスキットルと最近呼んでいるどこから出したのか理解不能な鉄の水筒のキャップを差し出した。


今夜も酒が供されると言う事なのだろう。




彼は酒が好きだ。古代のアステカ文明の者達の話を彼はしていた。


俺がここから見た異世界、あるいは元の世界に居るのだとして、多分そこはアステカの跡地、メキシコと言う場所に居るのだろうと言う話もしていた。




オルミックと言う名前は、オルモと言うスペイン系の名の愛称なのだと言う。


そう呼ばれているサッカー選手が居るのだとか・・・。でも、俺はサッカーと言う競技について知らないのだ。


そもそも、フルバート近くに位置する荘園とも農奴溜まりともつかぬ場所、生産する農民を放し飼いにしながら、貴族やら騎士やらが好き勝手に住民と住民の生産物をついばむ糞みたいな場所の住民には、子供の頃からひたすらに労働が待っている。


俺にせよ、物心ついた後はずっと農地の生産と、家畜の世話をしていた。年中そうだった。


近所の子供と遊ぶ機会も極少なかった。


基本自給自足で年中同じメニューの料理を食べて育ち、辛い労働の中で暮らし、家族で支えあい、余った分の生産物は全て召し上げられた。


遂には姉たちも・・・。それを何とかしようとした父母も。




「ふむ・・・。余計な事を話してしまったものかね。」と赤い死の天使は語るのを止めた。


「いえ、サッカーと言う競技については未知ですが、俺と同じ愛称の有名な人が居ると言うのは嬉しい事ですね。ちょっと慰められました。」と俺は応えた。




「そうかね。君は今までの辛い人生について考えていた。そうではないか?そして、そこから曲がりなりにも引き上げてくれたスパイダーについても恩義を感じている。そうなんだろう?」と彼は言う。


「そのとおりですね。そして、俺はボスの恩に報いる為にバーチを目指しています。でも、たかが鎧の重さに負けて、今もヘロヘロになっている訳です。重い貨幣を貴方が全て担ってくれているのにね。」と自嘲するばかりだ。


「なに、気にすることはないよ。スパイダーは待っていてくれるさ。いや、我等を待たずに仕掛ければ、多数の人死にを被った挙句に、逃げたとして我のお仕置きが待っておるのだがね。」と何やら、俺たちのボスの生死に関わる様な事を放言しているが、反論はマズかろう・・・。




「焦っても仕方ないさ。今日も歩くのはここまでとしよう。明日の夜にはバーチの外縁に辿り着く。そうなったら、数日をおかずに大太刀回り確定なんだ。君は自分の脚力を多少なりとも温存しておかないとな。」そう彼は言った。


「本当、だらしない男ですね、俺って。レンジョウさんやシーナさん、あのエルフのアローラさんとは比べ物にならないし、カナコギさんやマキアスさんと比べても温いです。本当に鍛え方が足りないですよ。」口惜しさがにじんだ。




「あのメンツに比べては、世の中の大半が困った事になるのではと思うね。何しろ、君たちよりもずっと困難な運命を背負った者たちなのだからね。我も君も所詮は脇役なんだから。我はその事を幸運にすら思って居る位なのだがね。」


「主役には主役の苦労がありそうですね。」と俺は適当に流したが。


「そうだね。我にしてみれば、主役の苦労を味わう位ならば、異能を全開にしてしまうだろう。その方が楽だからね。」としみじみ語られてしまった。




「貴方のその力で、何かを簡単に解決する事は悪い事なのですか?」と俺は訊く。


「そうだと思うよ。我は長生きをしておるが、大体が簡単で楽な事は全て悪い方向に向かうのだと知った。今更だが、我は願うべき事を間違っておったと思うよ。何であろうと適う願いを、簡単で楽でわかりやすい事に使ってしまった。」




「それが比類なき力に繋がったのだとしても、我は間違った選択をしたのだと思う。だが、後悔するだけでは何も変わらない。我は、今ある力で為すべき事をなそうと思う。それだけだよ。」と彼は言う。


兎は食べた。酒も呑んだ。そして、俺は彼の話にも酔ったのだと思う。考える事が多過ぎた。




魔法の水筒に加えて、彼は今日は楽器まで持ち出して来た。細い管を組み合わせた吹奏楽器だ。


「今から我の為に作られた様な歌を演奏しようと思う。」と言いながら、莞爾と笑いつつ、目を細めた。どこかで聴いた事のある様な旋律が・・・。




「ご清聴ありがとう。」と彼は言った。


「この曲はなんと言うのですか?」と俺は尋ねた。


「”エルコンドル、パサー”つまりコンドルは飛んで行くと言う意味だね。」


「コンドルですか?それはずっと南方の空を旋回している猛禽の事ですよね?聞いた事があります。」


「そうだな。死体をついばむスカベンジャーと言う事だ。君の本当の故郷よりも、ずっと南に生息している実在の鳥だね。」




「魔獣ではなく、実在の巨大な鳥と言う事ですか。それにしても、郷愁を感じる、遠い場所から響いて来る様な曲でしたね。」俺はそう言った。


「実際そう言う曲なんだろうね。この曲は、実はシーナ君の生まれ故郷で歌詞を付けられていてね。それが世界的には有名で主流として知られているんだよ。」死の天使はそう言った。


「どんな歌詞だったんですか?そのシーナさんの故郷の歌ですが。」


「”カタツムリよりもスズメの方が良い。釘よりも金槌の方が良い”とか言う訳のわからない歌詞であったよ。原文とはエライ違いだね。でも、今の世界では、そのシーナ君の故郷の歌手があてた歌詞が主流になっておるのだよ。残念な事にね・・・。」と彼は自嘲する様な事を言う。




「参考までに、その元の歌詞を教えて頂けますか?」と俺は訊いた。


「オルミック君、我は君の事が好きだよ。大好きだよ!」と言うと、先程までは楽器で演奏していた歌を声にした。星々に手を差し伸べながら。




”飛んで行け、エルコンドル。コンドルよ、西へ向けて。”


”沈む太陽を追いかけて。お前はエルコンドル、コンドルよ。”


”何時だって、お前は死神の御使いなんだから。”


”飛んで行け、エルコンドル。コンドルよ、お前は争いが溢れる地平サバンナの嫌われ者なんだ。”


”そうであっても、お前は休んでは行けないんだ。どこかへ去ってもいけない。”


”何時だって、この今だって。誰かが死んで行くのだから。”




”エルコンドル、コンドルよ飛んで行け。”




良いなと思った。成程、これは彼を讃える歌ではないかとすら思った。


「俺の姉たち、無念を胸に果てた者達の魂はどこに行くんでしょうか?」俺は尋ねてみた。


「我は殺す天使だが、死を司る天使としては半端だからね。実のところはわからないのさ。」自嘲を帯びた口調のかすれた声が漏れた。


「だが・・・。君のお姉さん達が次の人生に目掛けて進んだと信じておるよ。弟の君がそう願って居る様にね。」と今度は力強く声を発して、鈍色のスキットルを差し出して来た。


「ありがとう・・・。」俺はそう返した。




そんな時だった。


「スパイダーの手の者だな。」と彼は呟く。


「おうい!値踏みをしないでも良いのだよ。我と共に居るのは、君達の仲間のオルミック君だよ。」と更に彼は怒鳴った。




暗い闇の中に、死の天使の雄叫びが木霊した。

街を歩いている最中に、ペルー人が”コンドルが飛んで行く”の演奏をしていました。


CDを買って聞いている訳ですが、その歌詞を思い出して翻訳してみました。


正直、サイモン&ガーファンクルの翻訳以外にGOOGLEでは検索ができない状態みたいです。




でも、本当の歌詞は筆者の記したとおりです。


歌の中のサバンナには、カンポ(ブラジルの赤土土壌のサバンナで、現在の大穀倉地帯。日本人がここを開拓した)から南米北部まで含まれる半砂漠グランチャコやリャノ(リオオリノコ流域の大草原)までが含まれます。




後半は後日投稿します。

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