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第百六十一話 バーチに向かう二人、一方ノースポートでは首脳会議が開かれる。

あれから二日。俺達はまたも立ち往生していた。

「困ったものだね。まさかこんなに簡単に死んでしまうとは。」と暗殺者殿。

「何しろ、こいつは草を食べたりしないんですからね。一体何を食べて生きていたのやら。」と俺。


考えてみればわかった筈なのだ。こいつには元来から額に大きな長い角があった。

だから、地面の草を食べていた筈がなかったのだと。

そんな事をすれば、思い切り角が地面にめり込んでいただろうと。

それは額の角をへし折った後も同じだったのかも知れない。何にせよ、元ユニコーンの白馬のできそこないは死んでしまった。


「歩いて行くしかないでしょう。ボスには申し訳ないですが、貴方も最善を尽くして下さったんです。それを責めるとかは不公平でしょう。」俺は思ったままを口にした。

まだ、彼等と別れてから二日しか経過していない。

俺達がこんなところで立ち往生していると知ったら、彼等はどう思うだろうか?少し悲しくなった。


「ふむ・・・。君と我との仲ではないか。貴方とか言う他人行儀な物言いは止めよう、オルミック君。これからは我をサリーと呼んでくれ。」と彼は言った。

「貴方のお名前を略するとサミーになりませんか?」素直に疑問を呈した。


「我はサーラの部下であり、名代なのだ。サーラを言い換えればサリーとなる。多少女の様な名前ではあるが、勘違いされるのは今に始まった事ではないからな!」と笑っている。

なるほど・・・。でもまあ、本当に気さくだな、この人は。


「了解です、サリー。」俺はそう返答した。

「よろしい。君のボスもそう呼んでおるのだ。今後とも、皆で我の事をそう呼ぶが良い。」と言うとクツクツと危険な笑い声を発した。

「むむ・・・。しかし、その名前には他の意味もある様ですね?」と俺は言った。出会ってこの方で、彼の表情は一番危険なものに思えたからだ。


「ふむ・・・。君は感受性が優れておる様だな。そうさ。このサリーと言う呼び名は、我が殺す者の無念と我が背負うべき業を全部彼女におっ被せる事も意味しておるのだよ。なにしろ、我は彼女の代わりに仕事をする者だからね。」と、言うやサメかワニが嗤ったらこうなるのかと言う物騒で邪悪な嗤い顔だった。素直に怖いが、同時に頼もしい。


「俺達はこれからバーチに血の雨を降らせに向かうんです。サリーさんの短剣捌きに期待してますよ。貴方程に頼りになる助っ人とご一緒できて、本当に俺達は幸運です!」そう言った。

「おや、我の邪眼には期待しないのかね?」と彼は不服そうに言った。

「あれは人間相手にはいずれに拠らずやり過ぎですよ。蟻を踏み潰すより余程無道でしょうに。」とこれも正直に口にした。


「全く・・・。君は道理がわかっておるよ。そうだな、赤い血を流すひ弱な人間にはこの力は使ってはならぬの。黒い血を流す汚らしい殺人機械にこそ、我の邪眼は使われるべきだろう。宜しい・・・誓って麻痺以上の邪眼は使わぬとな。」

「う~ん。」どうやら、半分の理解しか得られなかった様だ。そもそも、他人を睨むだけでどうにでもできると言う事、それ自体が不公平なんだが・・・。

「何にせよ、こいつの片づけだけは何とかしないとな。重さ800キロの生ごみなど、道に放置しておいて良い訳がないだろうから。」と言うと、その巨躯をズルズルと普通に路肩に引き摺って行く。

その後に路肩から投げ落とされた死んだ馬型の魔物は、街道下の地面の上で燃え上がり、秋の乾いていない草むらが余熱で乾いて燃え上がり、同じく乾いた土の細かい粒と混じって、黒い煙を上空に舞い上げて行ったのだ。


俺はサリーの恐るべき腕力と、恐るべき邪眼の両方に言い知れない恐れを抱いた。

ただの人間としては、これは当然の反応だろうが。


****


「ここで間違いないと思います。」姫様は地図を示して場所を特定しました。

「多分森の中と言う事になるんでしょうね?」と隣に居る髭モジャに問い掛ける。

「俺の記憶のとおりならそうだろう。」とバラミルが答える。

「ここらは新規開拓地にも入っていないし、手付かずの森林で間違いないと思いますよ。」とマキアスも言う。

「バラミル、お前はバーチの出身なんだろう?ここらはどんな森なんだ?見通しは良いのか?炊煙とかが立ち上ったとして、バーチの巡邏隊に捜索されそうな場所なのか?」レンジョウからも質問が入る。

「いや、誰でも使って良い木こりの小屋が方々にあるし、マタギ(猟師)達の小屋も方々にある。これらは鍵も掛かっていない共用の小屋で、アリエル姫が4年前にお建てになったモノだからな。まだ季節外れでもないから、使っていてもそれ程不審には思われないだろう。」とバラミル。


「そもそも腐敗してるからな、バーチの守備隊は。わざわざ森に分け入って、秋のマムシに脚を齧られたいとは思わないだろう。」とマキアスが笑って言う。

「連中の腐敗を最も知る男としては、マキアスの物言いに完全同意だろうかな。」とレンジョウ。

彼は、まだバーチの守備隊がヘルズゲイトまでの護衛を断ったのを根に持っているようだ。

「この場所だと、近くに小さな川もある。水も得られるし、魚も多少なら取れるだろう。何人かがバーチに買い出しに行ってる可能性もあるな。ただ、連中には馬車はないからな。余りに多く買い込むと不審に思われるだろうさ。」とバラミル。


「金貨を運んでやるためと、買い出しの為にも馬車を一台用意するのはありかな?」とマキアス。

「手形を先に用意しようよ。先立つモノを与えておいて、それからでないと金貨いきなり寄越しなさいは通じないよ。私だって嫌だ。」と意見を補足。

「俺としては、ザルドロンとシーナに素晴らしい力を与えてくれた事には感謝を表したい。シーナとの遺恨は残っているかも知れないが、それでもスパイダーを可能な限り支援すべきだと言う気持ちは変わらない。」最近メッキリと勇者らしいと言うか、良い人として成長しつつあるレンジョウの意見だ。

最初の拗ね者だった彼はどこに行ってしまったのだろう。

それに連れて、以前の恨みや怒りを忘れている自分にも気が付く。さて、私はこんなに寛容で平和な人格の持ち主だったろうか?


レンジョウの横顔を見やると、ヴァネスティから帰って来た時も驚いた。

けれど、あのフルバートの地下の量子コンピューターの中から帰って来た時は更に驚いた。

佳い男になっていた。何故だろう?その事を考えて見るべきだったのだ。

卒然とそう悟った。


「姫様・・・。」と横に居るアリエル姫に囁き掛ける。

「何ですか、シーナ?」と姫様も小声で返事を返す。

「失礼ながら、レンジョウがこの数か月でいろいろと変化した事をわかっておいでですか?」

「いえ・・・。それについては、良くわかっておりませぬ。」と眉をひそめた。

「そうですか?では、最近は料理のお味もわかる様になって来たと聞きましたが?」ちょっと残念。


「それは先代様の御知恵を拝借致しました!」と喜んでおられる。そう言うとこ、ちょっと羨ましい。

「どんな御知恵でしたか?」と改めて問い質す。

「なんでも、赤ん坊に無作為に食物を並べてみせると、何故か食べる食物は栄養的に最善の組み合わせを選ぶそうです。つまり、人が美味しいと思う物は栄養のバランスも良いと言う事なのだとか。美味しさの本質は、生き物が生命を繋ぐのに最適な道筋であるのだと!」


何時になく、姫様が興奮気味の様子で語っておられる・・・。

「わたくしも、その最適な道筋を辿るばかりでしたが、サーラ様からの助言で、本能のままに美味しさを感じる事ができると。そしてわかったのです!シーナやレンジョウ様達が食物を食べて、どんな風に感じるのかが。」

「はあ・・・。」そんな事を言われても何が何だか?

「その後はサーラ様のご指導の下に大変頑張ってみました。数日の練習結果でも、皆様には好評みたいですし。今後とも頑張って腕を上げるつもりです!」と元気なお返事が。


「そうでした・・・。バラミル隊長、お夕食はまだでしょうか?」と姫様。

「ええ、まだですが?」と怪訝な口調だ。そりゃそうだろう。彼は大魔術師の塔の中で暮らしてはいない。

「なら、頂いて下さい。しばらく席を外しますね。」と・・・。また自分で夕食を作るつもりなの?

私は目を剥いた。そして、姫様はスタスタと歩き去って行く。


「男爵、いろいろと聞きたい事があるんだが?」とバラミルが眉を寄せている。

「あの恰好とかの事?私は今日ここに帰って来たばかりだよ?」と言うが、大体は姫様から聞いてわかっている。

それもこれも、あのイカレタ天使の仕業と言う事だ。最も危険な悪魔どもまで命令を素直に聞いて背かない。そんなとびきり危険な手合いの入れ知恵のせいなのだ。

けれど、それを説明する気力が少し足りない。説明しても理解して貰える自信がない。

更に、ラサリアの元首が自ら自分の為に夕食を拵えているとか言う、驚愕の事実も料理が運ばれて来るまで説明しようとは思わない。


料理は程なくワゴンに乗ってやって来た。厨房にいる手下達、最も信用できる女達は、ここ数日どんな思いでいたのだろう?

前菜は甘い酢に漬けられた小さなキュウリのピクルス。それにメインはたっぷりのグレイビーソース添えの脛肉のローストビーフと炙ったチーズと炙ったハムが乗った白いパン。芽キャベツのクリームスープ。

「どうぞ召し上がれ。」と言って、なんと自らが配膳する・・・。バラミルは当然目を白黒させているが、助け船なんか出すつもりもないし、説明もしない。

精々行儀よく食べなさいと心の中でエールを送った。そして、銀のカップと共に大きなガラスのデキャンタに赤ワインが添えられている。

こっちに目をチラチラと向けているが、私は不機嫌そうな表情は崩さない。

姫様は、私達の前にもワインのボトルと酒の肴を配った。豚肉のパテと、野菜と魚のテリーヌ。


「姫様直々のご馳走なのよ。精々ありがたく頂きなさい。」と、ただ一人遅い夕食を振舞われたバラミルを徹底的に追い込む一言を投げ付ける。

バラミルは愕然とした顔でこちらを見るが、軽くスルーする。

「良く味わって食べろよ。それにしても、ヴァネスティに出向く際にもアリエルのサンドウィッチを食べたが、あれも美味しかったな。ファルカンも感動していたよ。」とレンジョウが口にする。

成程、姫様の料理が上手だったのは前からだったのか。


しかし、それにしてもだが。これは私が知らなかっただけで、姫様は随分前から料理をしていたと言う事だ。さて、私は何故、姫様に料理ができる事を知らなかったのだろう?

ヴァネスティに行く際に厨房を使っていたとして、それを何故知らなかった?

チラリとザルドロンの方を見た。

「ザルドロン。貴方は、姫様に料理ができる事を知っていましたね?そして、それを私には黙っていた?」少し詰る様な物言いになってしまったか?

「まあまあ、シーナよ。姫様とても何時かは良い人に出会って、その人に料理を拵えてあげたいと思っておられたのじゃ。つまり、お主の観察力が足りんかっただけではないか?」と切り返された。


「むむむ・・・。」と見れば、バラミルはすっかり姫様の料理に夢中になっている。

「これは素晴らしい・・・。」と言いながら、ナイフを添えただけでポロポロと粒が零れそうな様子のロースト肉を小さく切って口に運んでいる。小さなスプーンでソースを音を立てずに啜っているが、その様子には気品が感じられる。


「姫様?お聞きしたい事があります。その恰好です。幾ら何でも大魔術師が男装をすると言うのは考え物ではありませんか?」と私は小言を言った。

考えてみれば、姫様に小言を言ったのは何時の事だったのか?

少女時代には、いろいろと生意気な事を言った覚えがある。(もちろん、これも運営の付した設定なのだろうが。)

しかし、16歳の成人以降はそんな事を口にした覚えがない。

四の五の言っても、姫様は優等生タイプだったし、忠告した事は必ず守ってくれたのだから。


「この恰好については、サーラ様から渡された小説を参考に致しました。明日からはまた元の姿に戻りますが、この姿をレンジョウ様に見て頂きたかったのです。」と姫様は白皙の面を桜色に染めながら語った。

その瞬間、胸を突き刺される様な苦痛が走った。もちろん罪悪感が齎した痛みだった。


そんな話の傍ら、バラミルは、前菜を最初に食べてしまうのではなく、薬味として食べていた。時々ポリポリと音を立ててピクルスを齧ってはいるが、それとても粗野な音を発している訳ではない。胸を張り、太い両腕の前腕だけを動かして食事を切り分けてゆっくりと口に運んでいる。


「”ウィルヘルム・マイスターの修業時代”だな。俺の母が好きだった小説だよ。そして、その恰好はミニヨンなんだな?」とレンジョウは優し気に語り掛けた。

「はい、左様です。ザルドロンも感動しておりました。わたくしは、あの作品を一読して、矢も楯もたまらずに、男の子の恰好をしてみたいと思い、ザルドロンに相談したのです。そして、カンケル兄様の古着を見付けて着用に及んだのです。」と姫様とザルドロンは満面の笑みだ。


さて、バラミルの方だ。パンは流石に上に具が乗っているので千切って小さくはできなかったが、それでも二つに綺麗に折って端から口に入れて咀嚼する。

定食風に一つのワゴンに乗ってはいたが、食べ方は前菜を除いてコース料理と同じ食べ方で進め、最後は前からテーブルに乗っていたスグリのパイが運ばれて締めとなった。


「何とも素晴らしい!姫様の手によるご馳走だと知らなければ、凄腕のコックが作ったと勘違いしていたでしょうな。」とナプキンで口を拭いながらバラミルが褒めそやす。

マキアスもそうだが、お世辞とかは誰にも言わない偏屈者として有名な男がバラミルだ。この言葉は字句のとおりの賞賛なのだろう。

そう言えば、マキアスはさっきから黙っている。

「どうしたの?嫌に言葉少な目じゃない?」とワインのボトルを手に話し掛ける。


「いや、少し考えてたんですよ。姫様の様変わりについてね。」とマキアス。

「そうなの?」

「俺のタレントは知ってますよね?」

「完全記憶、写真記憶よね?」

「そうです。だから、今までの事を全部思い出していました。」

「?あのさ、でも、それって運営の拵えた架空のストーリーよね?」と口にしながら、私はその時に自分とマキアスを除く全員から凝視されているのに気が付いて怯んだ。


「詳しく・・・。」とカナコギが促す。くそ!カナコギの癖に!!

「ああ、わかったさ。あのですね、これは姫様もザルドロン老師に特別に注意して聞いて頂きたいんです。」マキアスが宣言する。私の喉がゴクリと音を立てた。姫様とザルドロンも頷いた。


「まずは、この件の話を聞き及んでいないバラミル隊長に。煎じ詰めれば、黙って聞いてて欲しいんだ。疑問等があっても呑み込んで欲しい。」とマキアスが言い、バラミルは鋭く頷いた。顔が緊張している。

「まずは景気付けに一杯。」と言うと、マキアスは銀のゴブレットにワインを注いで一口を含んだ。


「チーフからの報告のとおりですが、俺達はフルバートの地下で奇妙な機械を発見しました。発見したと言うか、サーラさんのお仲間の死の天使が案内してくれたのです。その機械は、時間を超えて俺達の世界に侵略を行おうとする者達の使う侵略装置なんです。ここらは理解しにくいでしょうが、堪えて聞いて下さい。」

「侵略者達は、綿密な計画に基づいてやって来る様です。この世界についても、南方でトラロック様が戦っておられる死の魔術師達、カーリとラジャは未来からの侵略者の尖兵、先遣隊だと言う事です。連中は、この電脳世界だけではなく、俺達の故郷の世界にもいずれは手を伸ばして来るそうです。つまり、この世界だけの問題では済まないと言う事が明らかになっています。」

マキアスはチラリと姫様とザルドロンの方を見た。姫様達は頷いて、マキアスは話を続けた。


「実のところ、レンジョウやサーラさんだけではなくて、俺もカナコギも、エルフの勇者アローラまでもが、俺達の世界からこの世界に派遣されて来た者である事が判明しています。つまり、俺達は姫様とその身柄、統治しているラサリアを含めて守る様に期待されている様です。ただ、俺達のこの世界への入り込み方はそれぞれです。」

「俺やカナコギはパソコンと言う機械を使って入り込んだ様です。俺もカナコギも現実の世界では違う姿をしています。逆にレンジョウやチーフ、ああこれはシーナ男爵の事ですが。二人は現実の世界とそっくりな外見でこの世界に入り込んでいます。エルフの勇者アローラや、その従者であるシュネッサについては、現実世界の外見は不明ですが、アローラについては不思議な事に現実世界とこの世界で人格が乖離している節があります。その理由は不明です。」


「サーラさんについてですが、彼女は元は中年の豊満な黒髪美女でしたが、今では細身の金髪美少女と言って良い外見に変化しています。死の天使サマエルについては、元はヘラクレスもかくやと言う大男の剣士でしたが、現在では赤い衣の細身の暗殺者と言う風に様変わりしています。つまりは、パソコン経由でゲーム世界に入り込んでいた者が、その正体に近い形に回帰する形で似姿を変えたのでしょう。サマエルの話では、サーラさんには変身能力があるとも聞いています。」

「彼女には変身能力がある。それは私が見て知っている。けれど、今の姿は彼女の本性だと思うよ。性格はあそこまで自堕落じゃなかったけどね。」と私は補足した。

「じゃあ、それで良いんでしょう。問題は、俺達にせよ、レンジョウやチーフ、勇者アローラにせよ。この世界へのかかわり方が違うと言う事です。そして、アローラからは数多くの情報が得られました。彼女は俺達の世界での何等かのキャスティングボートを握っている者であると推測されます。彼女から聞けた最も大きな情報は、レンジョウがこの世界での試練を潜り抜けて、元の世界に戻らないと破滅がやって来ると言う事です。それは同時にこの世界の破滅をも意味します。」


「つまり、この世界でフルバートを討伐し、次にフルバートの地下に眠る危険な因子を消去あるいは無力化し、トラロック様の戦っておられる南部の戦線を膠着から解き放った上でカーリとラジャを追い込んで、可能ならば討ち取る。それらを達成した上でレンジョウを元の世界に戻さないといけません。」

「カーリについては、俺達の世界にこう言う言葉があります。"I am become Death, the destroyer of world"、つまり”我は顕現せし死である。世界の破壊者である。”と。これは我等の故郷の世界の国であるインドの女神カーリーの聖典にある言葉です。この言葉を有名にしたのはユダヤ人、サマエルが嫌う民族の碩学であるオッペンハイマーと言う男です。彼は地上に小さな毒を振り撒く太陽の力を顕現させた者です。何万人もの人間を瞬時に焼き殺し、未知の避けえない毒素で付近の生存者の肉体を生涯蝕む様な恐ろしい兵器を作り出した男の言葉です。」姫様とザルドロンは震えあがっていた。


「姫様、ザルドロン老師。貴方がたは想像できますか?天空の太陽がこの地に降り立った時に、如何なる災いが降りかかるのかを。それは死の天使であるサマエルすらも、我等の世界の碩学から説明を受けなければ理解が及ばなかったと言う災厄なのです。おそらく、カーリとは、その様な災厄を象徴する代物だと、俺は理解しています。」耳に痛い。何故なら、その兵器を日本に投下したのは私の祖国なのだから・・・。

「俺達は・・・この世界を、姫様を守らないといけない。何故ならば、未来からの侵略者は、この世界を橋頭保にして、俺達の世界に侵略の魔の手を伸ばして来ると考えられるからです。現に、その未来からの侵略者とレンジョウは、”雲海”と彼が呼ぶ小さな世界、多分侵略者達が送り込んで来た機械の内部で戦いを繰り広げ、勝利した様です。今ならばフルバートの勢力は弱体化している筈ですし、トラロック様の戦線に投入できる戦力も同じく減少した事でしょう。」


「レンジョウ様、その未知の侵略者と戦われたと言うのはどんな風にでしょうか?」と姫様が問い掛ける。

「俺は奇妙な積層の空間の中で戦った。あれが戦いかどうかもわからないが、俺は連中の先遣隊らしき何かと遭遇した。そして、連中の守っていた何かを破壊した・・・のだと思う。実際のところ、俺が何と出会って、何を行ったのかについては確証がない。ただ、サマエルは俺が何かをやり遂げたと評価していたな。しかし、詳しい事は俺にもわからないんだ。」とだけレンジョウは答えた。


「漠然としてはおりますが、少しずつ状況への理解が深まって来た様ですな。つまり、我等の住まうこの世界は、レンジョウ達の世界と繋がっており、こここそが実は最前線だったと言う事になりますかな。つまり、我等は知らぬ間に、レンジョウ達の故郷のお役に立つ事をしようとしていた。そう言う事ですかな?」

「そう考えても良いでしょう。けれど、もう一つ大きな事が判明したんです。」とマキアスは続けた。


「勇者アローラだけじゃなく、俺もそうですし、チーフ・・・シーナ男爵も同じだったんですが、この世界には意外に多くの俺達の世界の者達が、記憶を制限された状態で送り込まれている様なんです。もしかすると、ザルドロン老師や姫様も元来は俺達の世界の住民であるか、住民であった可能性が高いんですよ。」とマキアス。

「姫様については、ほぼ確定で私達の世界の住民。多分、サマエルやサーラと同じ天使だったのだろうと私は思っています。」私も発言した。


「どうしてシーナはそう思うのですか?」と姫様が問い返して来た。

「私は時を遡って姫様と同じ顔、同じ姿、同じ声の人物と出会いました。彼女は人ならぬ何かであり、知識も力も溢れておりました。そして、彼女は言いました。”そのアリエルが、私の似姿を有しているならば、何も知らない訳がない”と。」

姫様は露骨に困惑していた。

「シーナ、わたくしは確かに大魔術師などと祭り上げられてはおりますが、所詮は世間知らずの小娘です。その点については、フルバート伯爵の言っている事は正しいのだと常々思い知っておりまする。」と弱音を吐いている。それに対して誰も何も言えなかった。


バラミルはボーっとした顔で前方を見詰めている。余りに情報が多過ぎるし、その情報が漠然とし過ぎていて困っているのだろう。

「マキアス、ありがとう・・・。」とレンジョウが言う。

「お前のまとめてくれた事実の数々を考え併せると、俺のやるべき事も見えて来た。だから、俺はサマエルとオルミックの後を追う事にする。」

「バラミル、地理に詳しいあんたの助けが必要だ。鹿子木、お前も来い。今回はモンスターだけじゃなくて、人間相手の斬り合いもあるだろう。覚悟はできているか?」

「いや、兄貴。実は、俺としては訳わかんないモンスターよりも、人間相手の切った貼ったの方が随分得意なんすよ。知ってるっしょ?」と言いながらニコヤカに嗤っている。

「シーナとマキアスは、アリエルの傍を離れるな。お前達だけが最後の最後まで信じられる護衛だからな。」とレンジョウは言う。マキアスは頷いた。


「そうだね。私は今のコンディションじゃ、遠乗りなんかできそうにないからね。明日からは短剣だけじゃなくて、背中に長剣を背負って塔の中を警護する事にするよ。」と私は答えた。

「それと俺にはもう一つ聞きたい事があるんだ。誰でもない、あんたにだ。ザルドロン・・・。」とレンジョウは言う。


「儂に何を聞きたいと言うのかね?」と不敵であり、頑固でもある老人の姿の勇者が意表を突かれた様子で問い返す。

レンジョウは意外な事に、ザルドロンの前で膝を突いた。

「俺には朧気だが、あんたに関する記憶がある。あんたは何処か、何時かはわからないが、俺の教師あるいは師匠であったと言う記憶だ。あんたにはそんな記憶は無いか?俺は、あんたが元は俺達の世界で、人間の中で暮らしていたのだと思えてならない。」


「それはわかりませんな。儂にはトンと覚えのない事です。ただ、最近夢を見ました。あのエルフの勇者の夢です。儂が夢を見る事があるとは、先日まで知らない事でしたがの。」とザルドロンは答える。

「ああ、それならば良いんだ。けれど、その夢と言う奴は内容を覚えておいた方が良い。できれば、文字に書き出しておいて欲しい位だ。」

「レンジョウ、相分かりましたぞ。先日の夢については、明確に記憶に残っております。バーチから帰って来られたら、それをお見せしましょう。」とザルドロン。


「出発は明日の朝だ。それで良いな?」とレンジョウが言うと「まあ、仕方ないっすね。」とカナコギは両手を挙げ、バラミルは「じゃあ、準備をしないとな。」と言いつつワインをデキャンタに注ぐ。マキアスは私の方を向いて小さくウンウンと頷く。

さあ、フルバート攻略の前の下準備の開始だ。バーチに巣食う反王国勢力の頭を潰すのだ。


この夜、誰も口にはしないがアラドリック・ロンドリカの殺害は既定事項として定まってしまったのである。

遂にウクライナ戦争も一つの山を越えたと言う事でしょうか。

首都キーウの攻囲がドンドンと減衰し、兵力が南方あるいは東方に配置変換され、一部は北のベラルーシに帰還してしまったのですから。(しかし、ウクライナ国内の各地の呼び方をウクライナに忖度して変更したのは何故ですかね?戦争中に急に呼称を変えれば、随分と混乱が生じると思うのですが。わざとでしょうか?)


ウクライナの戦い方は、最初からそうでしたが、いわゆる”ロングボウ戦術”と呼ばれるものと類似しています。

中世のイギリス軍を何度も何度も勝利に導いた戦術ですが、これが通用しなくなったのは、言ってみれば”待ち構えて”の戦いにしか利用できない戦術だからです。

けれど、相手から攻撃を仕掛けて来る限りは、非常に、途轍もなく効率的な戦術でもあります。現にロシア軍は攻撃を仕掛けては甚大な被害を被っています。


実際のところ、この地球上で現在、最も一般的かつ強力な防衛手段とは地面そのものと言っても過言ではないでしょう。柔道その他の投げ技を使える人に取って最強の武器にもなりえます。(人間程度なら簡単に殺害できる程の衝撃力を手軽に生じさせますから。)

ミサイルだ爆弾だと言っても、余程至近距離で命中しない限り、正しく作られた塹壕の中の人間を殺害したりはできません。

広域焼夷ロケット弾とかなら塹壕の中を炙る事もできるでしょうけど、そんな代物では市街地の一部をローストできるとして、その後に制圧任務の歩兵を投入するのが困難になるでしょう。

それらの弾頭は、大体が人体に有害な物質で構成されてますからね。そんな代物の起爆地点に突入したがる歩兵がどれ程存在するのやら。


抵抗を止めない規模の大きな、石やコンクリートでできた都市に対して、戦車やら装甲車のできる事なんか知れてます。ましてや、それらの建物の中に対戦車ミサイルやロケット弾で武装した兵士が隠れているのなら尚更でしょう。

無謀だったとしか言えません。そして、ベラルーシでの数か月に及ぶ”演習”が、ウクライナに戦争への備えを意識させ、その準備のための時間を与えてしまったのは最悪のクジだったと言えるでしょう。


ロシアの指導者達は、この戦争の前に二つの選択肢を持っていました。戦争を始めるに当たり、精密誘導兵器を揃えておくか、戦争の継続に必要な外貨を備蓄するかと言う選択肢です。

できたら、第三の選択肢である避戦を選んで欲しかったのですが、ロシアの指導者達が選んだのは外貨の備蓄でした。

まあ、海外から不評を買うのは当然と思っていたのですが、待っていたのはまさかの全面経済制裁と、外貨を稼ぐために必要な原油やガスの禁輸と言うまさか魔坂の下り坂だった訳です。


あんまり楽観的な予測に基づいて戦争をするべきではないと言う。当たり前の結果に加えて、アメリカの退役軍人から”衝撃的な弱さ”と評価されてしまう程の軍隊の戦闘力の低さが露呈してしまったから、さあ大変と・・・。


上意下達式の軍隊が、指揮官の戦死、指揮官の無能と言う苦難の下では何等の戦闘力も発揮できないと言うお手本の様な事態に叩き込まれています。

正直なところ、ロシア人の兵士達が気の毒に思える程です。

ただ、これは作者の座右の銘なのですが、「武器を持って戦場に居る限り、それが女子供であろうと、どれだけの弱兵であって何十万程も殺害されたとしてもアンフェアではない」と言う事も事実でしょうからね。


ロシア人の行っている様に、地方公務員を拉致して家族ごと殺害するとかは論外ですが、武器を持った兵士なら、殺してもイーブン、殺されてもイーブンです。

兵士が戦争から逃れる方法は、武器を捨てて投降した場合のみ。それで生命が助かるのは、投降した相手がハーグ陸戦協定を遵守するまともな相手だった場合のみです。

いやはや、その意味ではウクライナ戦争は地獄の様相を呈しているとしか言えないのでしょうね。


ともかくも、この戦争で良かったと思える事は、ロシア人の大苦戦を見て、中国が台湾に侵攻を仕掛ける可能性が大きく減ったと言う事だけでしょうか。

日本における台湾の戦略的な重要度は、ウクライナにおけるクリミアとオデッサの重要度を加算して10を掛けた位の重要度です。

アメリカもトランプの時代に、流石に台湾を放置しておく事が、日本の死活を分けると認識できた様ですが、まだ足りなかった。

国際社会の中で、有力な国ロシアで狂気の独裁者が本性を露わにしたのは各国に深刻なショックだったとは思います。しかし、ある意味以前にはなかった覚悟が生じたのも確かです。


台湾有事になれば、各国は確実に中国に対して信じられない程の経済制裁を行うでしょう。

アメリカの艦隊は中国の艦隊を確実に制圧するでしょうし、日本の自衛隊も手抜きなんか一切しないでしょう。

ワンサカと供給される戦争用の物資、陸送よりも遥かに規模の大きな補給が無尽蔵に近い規模で行われた場合、ロシア軍よりもユニット単位では圧倒的に戦闘能力が低いと思われる人民解放軍とやらに何ができるのかと言う事です。

うん?何故人民解放軍が弱いと思うのかって?そんなの戦闘機パイロットの年間訓練時間を見れば一目瞭然じゃないですか?(嗤)

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