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第十六話 外交使節

 それは数日前の事だった。

「とっても・・・驚いてるわ。」朝食の席でシーナが溜息交じりで俺に奇妙な巻物を二つ見せて来た。ザルドロンも溜息を吐いている。

「中身を読んでみて。」シーナが促す。ワックスで封印されていた巻物。しかし、その封印は切断されて解かれていた。内容は簡単なものだった。


「拝啓、ラサリア国には、新たな勇者がやって来た事を古き同盟国として祝賀するもの。ついては、その召喚した勇者に興味があるもの也。是非、定期の外交訪問の際に同道されたし。我は強き勇者と語り合い、その力を見る事を喜ぶものなり。 自筆署名 タルロック」

「新たな恵みの季節到来と、今年も使節交換の時期が来た事を喜ぶもの。友好国であるラサリアを訪れた強き勇者の噂を伝え聞く。女王フレイアは、その勇者の尊顔を拝み、武勇について当地の勇者たちと語り合い、誼を深めるを望む。 訪問を心待ちにしている。 自筆署名 フレイア」


「つまり、俺を名指しで複数の国が外交使節として来訪を望んでいると言う事か?俺にそんな大役が務まる訳がないだろう。常識で考えろ。」俺は言下に断った。もしも問題が起きたら、俺が何の責任を取れると言うのか。

「そうなんじゃな、名指しなんじゃよ。だから問題なのじゃ。」ザルドロンはもう見慣れてしまった専用皮剥きナイフで机をリズミカルに叩いている。今日は皮を剥く柑橘がないにも関わらず・・・。

「どの国も、見た事のない勇者を警戒しているのだと思います。貴方は魔術書にも何の記載もない勇者で、しかも先日カオスの魔法剣士を退けてさえ居ますから。」アリエル姫の分析はそんな感じだ。

「手の内がわからないから、推し量るためにも実物を見ておきたいのじゃろう。まあ、危険はないだろうし、いざとなれば儂と姫様はレンジョーを”勇者招集”の魔法で転送収容できるのじゃがな。」ザルドロンも思案顔で髭をしごいている。


 つまり、どいつもこいつも、俺の判断に委ねるとか言いながら、俺に行けと言ってる訳なのか?いや、アリエル姫は違うようだった。「でも、レンジョウ様は工事現場から帰って来たばかり。いきなりの外交使節への参加。加えて興味津々の各国の大魔術師たちからの招き。そんな重課を背負えと願うのは酷ではありませんか?」と常識論を述べる。

「問題は、アリエル姫の父君の治世当時からの同盟国の主であるタルロックは真っ向から勇者に会いたいと言っている事です。フレイアについては、魔術師同士の協定を承諾してくれているとは言え、同盟国ではありません。それが勇者を招くと言う事でしたら、関係改善の善い方向に向かう可能性もあります。問題は、レンジョウが上手くやればと言う点ですが・・・姫様は期待できると思われますか?」シーナもかなり難色を示している。アリエル姫は、それには答えず、憂いに満ちた顔で俺をじっと見つめていたのだった。その静かな瞳は俺の心を揺さぶった。

「これは本当に困った事じゃ。連中はレンジョー殿の人となりを知らぬ。ほんに、ただその力の程を知りたいと言うそれだけの理由なんじゃろうがな。魔術師たちの共通の悪い癖じゃ、好奇心を煽られると、それが叶わぬとなると、突然不機嫌になったりもする。儂もそうじゃから、特によくわかるんじゃよ。ぶっちゃけ、この話を断るのは、外交的には不利益ばかりなんじゃ。」ザルドロンの言葉は重くのしかかった。その日の朝食は妙に味気なかった。


 その日の夕食の際に、俺は外交使節への参加を承諾した。いろいろと考えた末にだ。

「俺もいろいろと考えた。フルバート伯爵がアリエル姫を狙っている事も考えた。だから、この件は早く片付けておいた方が良いと思う。」印象的だったのは、シーナが迷っていた事だ。俺が信用できなくてではない。俺を気遣っていた事が肌身に感じられた事が印象的だったのだ。その反対に、ザルドロンは積極的に賛成した。タルロックでありフレイアでありの面倒な性格を熟知していたからだろう。露骨に安心していた。「迷惑とは思うが、これも国のためじゃ。引き受けてくれて、儂は本当に安堵しておるよ。」と俺の手を取って握った。枯れた手だった。こんな爺さんでも、国のため、アリエル姫のために頑張っているのだ。俺がやらなくてどうするって感じだった。


 そんなこんなで、あっと言う間に次の日がやって来た。俺が監督しているのは、各種貢ぎ物の積み込みで、バラミルやマキアスが現場の積み込みを監督している。

 カイアス隊長は、工兵隊付きの無産階級下士官から、王城防衛隊の剣士隊の隊長に昇任した。

 強くとある勇者からの推挙があったからだ。彼ならやれる。骨惜しみをせず、部下の統制に全く私情を挟まない立派な態度と、勇猛果敢で清廉潔白な態度を見込んでの事だ。

 アマルやハルトも、剣士隊付きの斥候部隊としてキリキリと扱き使われる事になるだろう。こいつらならやれる、俺はそう強く思うのだ。なにより、彼らは若く、走り回る仕事に向いている。


「シーナ、連中の面倒は頼んだぞ。俺が見込んだ奴等だ、きっと真面目に仕事してくれると俺は信じている。」シーナは出発間際までずっと使節団の準備を手伝い、そのカリスマで追い回しの仕事を引き受けてくれた。実際は追い回してたんだろうけど。「わかったわ。あんたの預けた新米は、私が死なない程度にこき使って、あんたが帰って来た時には即戦力になる様に仕立ててあげる。あんたの副官になる付き人も、良いのがいるから、帰るまでに仕上げておくわ。そこらは信用して。」と含み笑いしていた。頼りになる女だ。こういうのだけは元の世界よりもここの方が進んでる気がする。


 俺は、夕食の後に王城の魔術師の塔の上に登った。高さ50メートルを超える魔術師の塔、その展望台は日本の基準で言えば8階建てのビルの最上階相当の高さがある。けれど、この国の夜景は、夜に明々と照明をつけている建物が少ない事から、まばらな灯りが作り出す寂しい夜景でしかなかった。その反面、色とりどりに輝く空の星々と明るい月が空を照らしている。

 緑と青と赤の月。今は登ってないが白もあり、良く見えないが黒もあるらしい。それはそれとして、美しい光景だったのは間違いない。

「いかがですか?この世界の月は?」その言葉に振り返ると、アリエル姫が純白の装束で月光の下に姿を現したところだった。「神秘的でとても美しいよ。」この言葉、月ではなくて、実はアリエル姫の事を言ったのだが、純朴極まりない聖女様は、他人の言葉をそのとおりに受け止めてしまうのだ。


 アリエル姫は年の頃は18歳、この世界では成人の年齢であり、既にラサリア国の国王として15歳から統治に携わっている。高校入学の頃に国王になる・・・・俺たちの世界はモラトリアムがキッチリ設けられたイージーモードの世界なのだと嫌でも思い知らされてしまう。

「姫様は、こうやって月を見上げる事が多いんですか?」単に社交的な挨拶だったのだが、二人だけの時のアリエル姫はそう言うまどろっこしい事を嫌った。

「アリエルとお呼び下さい。父母はそう私を名付けて下さいました。ですので、私は本当は名前で呼んで頂きたいのです。」

「例えば、例のフルバート伯爵が名前で呼んで来たら、貴方はそれで嬉しいのですか?」俺はちょっとだけ意地悪をしてみた。

「いいえ、嬉しくありません。私はあの方に心を全く許していませんので。」

「なら、俺には心を許してくれている?」横を向いて、美しいアリエル姫の横顔を見やった。「はい、もちろんですとも。レンジョー様になら、そう呼ばれたいと思っております。」こっちを向いて、輝くような笑顔でそう返事したものだ。

 俺は微苦笑しながら「二人だけの時はそうしよう。」と答えた。脳裏に浮かぶのは、マジ切れしたシーナの姿だった。


 その後、俺たちは他愛もない会話をしたり、流れ星を探したり・・・・。

「これから出発される目的地・・・。トラロック様は問題ありませんわ。あの方は国の民を愛し、民たちから熱烈に愛されている、雨や風を操る神の末裔なのです。性格も温厚なので、彼の街でのもてなしはきっと驚きでしょう。シーナは困っていましたが。」と言って、クスクスと笑っていた。


「反対にフレイア様は要注意です。とにかく気まぐれで、突拍子もない事をしでかすので有名です。悪意はないのでしょうけど、大変ないたずら者です。不老不死の妖精ですから、常に刺激に飢えているのでしょう。配下のエルフたちは、揃って見目美しいのですが、実は頑固で嫉妬深い、とても面倒な種族です。馬鹿だと思って、何を言おうが笑って許すくらいの度量が必要だと思います。」俺は多分とても難しい顔をしたのだろう、アリエル姫・・・・アリエルは心配な様子だ。


「やはり、そう言う人たちは我慢ならないのですか?」

「いや、残酷で下劣なくせに、自分達が高尚で傷つきやすい、良識溢れる人物だと思い込んでいる輩は沢山見て来たさ。俺は社会の底辺近くで暮らしてたんだからな。」

「そいつらに、いちいち教育していたら、俺は今頃牢屋の中に入って出て来れていなかったろう。我慢はできる。けど、平気にはならないもんさ。」


 しばらくアリエルは俺の横顔をじっと見ていた。「ここに来てから、レンジョー様は落ち着く暇もありませんでした。あっと言う間に道路工事、工事現場でカオスの魔法剣士と戦い、帰って来たら外交使節。もう少しだけ、この街に居ついて下さったらと・・・私は思うのです。」

「アリエル。そのレンジョー様ってのは・・・二人だけの時はやめてくれ。」

アリエルは俺をじっと見た。「主税・・・が良いな。チカラと呼んでくれ。」

「はい、わかりました。チカラ様。」俺は微苦笑した。育ちの良い聖女様には、これが精一杯なのだろう。


「チカラ様のご無事を、ノースポートの塔で私は毎日お祈りします。」金色の長い髪が吹き去った風でフワリと流れた。美しい青い目に月の光が複数の光を煌めかせる。見事に美しい聖女と再び離れ離れになってしまう。道路工事は俺の意志で行った。しかし、こんなに早く再び街を離れる日が来るとは思っていなかった。

 思うようにはならないものだ。「さあ、夜も更けて来ました。お部屋までお送りしますよ。」「わかりました、よろしくお願いします。」俺たちは塔の中の廊下を歩いた。

「また明日の朝食でお会いしましょう、チカラ様。」「ああ、そうしよう、アリエル。」アリエルが部屋の中に去って行く。閉じた扉を背にして、俺は自分の居室に向かう。


 そんな俺の後姿を、シーナが穏やかに微笑しながら見つめていたのを、俺が気付く事はなかった。

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